百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【両国の絆】第二話「留学生」

リアクション公開中!

【両国の絆】第二話「留学生」

リアクション





【試合開始】


 鋭鋒、ティアラによる宣誓も終わり、ファンファーレが鳴り響く。
 ステージへ上がり、それぞれの陣営にスタンバイした選手達は、程よい緊張感の中で相手チームと向き合っていた。
『――尚、ステージからの落下については、五秒以内にステージに復帰できない場合はそこで失格となりますのでご注意願います』
 戦闘可能範囲はステージ上に限ること、ただし上空はこれに含まれないこと、観客席の利用は不可能であることや、戦闘不能者への過度な攻撃の禁止等、ルールの再説明が終わって、合図を待つばかりになると、両者の間に一気に緊張感は膨れ上がった。

『それでは、両者正々堂々と戦うように――始め!』


 その合図が響いた、その直後。
 開始早々、最後方、ディミトリアスの正面へスタンバイした朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、エナジーコンセントレーションを発動させ、右腕の手甲、光龍へとそのエネルギーを収束させた。それぞれのチームの選手配置は異なるが、大将旗の位置は中心を挟んで両端、つまり自軍の旗の直線状だ。障害物はない。それを確かめて、限界までエネルギーを集中させ終えた垂は、ぐっと姿勢を落として構えをとった。
「さて、行くぜ……皆、離れろ!」
 その一斉に、垂の前がばっと分かれた、次の瞬間。
「先ずは挨拶代わりの一発だ。遠慮せずに受け取れ!」
 全エネルギーを注ぎ込んだ滅技・龍気砲を、真正面に撃ち込んだ。空気を唸らせるほどの激しいエネルギー光弾が一直線に奔り、ヴァジラへと向かう。咄嗟に正面にいた従騎士や龍騎士候補生がその盾をかざしたが、完全な防御体制に入るには一歩遅く、盾ごと弾き飛ばしたそれは止まらなかった、が。それがヴァジラに激突するかと思われた次の瞬間。ひゅうと閃いた一本の剣先が、その剣圧と剣速で空気の壁を生むと、更にティーのトリップ・ザ・ワールドがヴァジラを包み込んだ。そのフィールドの表面に激突し、光弾の威力の殆どが打ち消される中、ヴァジラのサーベルに似た形状の剣から、パリッと静電気のようなものが走ると、振り下ろされたその切っ先からは、こちらも正面へと真っ直ぐ一直線に凍りつくような光の刃が走った。それをアブソリュート・ゼロをありったけ重ねて防ぎきった垂は、砕けた氷がきらきらと舞うその先で、ヴァジラがその口元を、好戦的ににやりと歪ませているのが見えた。
「へへ……面白いじゃねぇか!」
 垂は気が合いそうだ、と同じように好戦的な笑みを浮かべる。
「ふん……なかなか、退屈せずに済みそうだ」
 一瞬その勢いに飲まれるように時を止めていた会場は、ヴァジラの一言に再び動き出した。
 
 

「途中で相手の一人が変なことをするかもしれないけど、動揺しないでね」
 
 第一声、そんな奇妙な忠告を、エリュシオン陣営に送ったのは、新婚ほやほやの筈のパートナー、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と敵味方に分かれることとなったセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。セレンフィリティーが何かやらかすのではないかと、女王の加護をかけ、要塞化の指示を出している間、エリュシオン陣営で最初に動いたのは武尊とそのパートナーである猫井 又吉(ねこい・またきち)だ。
 武尊が遊撃手として3−D−Eを使い、北側の立方体状の障害物へと飛び移る間で、最前線に陣取る又吉は緋色の粉塵を撒き散らした。粉塵爆発を狙った、と言うよりは、シャンバラ側からの炎熱系の範囲攻撃を防ぐためと言う意味合いが強かったが、その空気中に散布されたそれを、源 鉄心(みなもと・てっしん)が構えたスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)から吹き荒れた風が押し流した。
「……おっ?」
 事態を予想していたかのようなその動きに、障害物を遮蔽に身を隠しながら、武尊は目を細めた。とは言え、鉄心の警戒していたのは実際にはしびれ粉使いの強襲の方ではあったのだが。
 そうして、最前線へ躍り出た又吉の乱撃ソニックブレードによる味方への攻撃を、ぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)が前へ出て受け止め、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が即座に回復すると言う生きた盾作戦によって防ぎつつ、飛び込んだアキラと又吉が激突する間で武尊が援護射撃に狙撃を行うのを、魔銃ケルベロスで牽制したりとお互いの攻防を繰り返しながら、両者の思考は僅かに交流戦を超えたところで巡らされていた。
(流石に場慣れした契約者相手じゃ、前線の候補生にゃ荷が重いか……)
 忘れられがちだが、できるだけ留学生に華を持たせるべき交流試合である。余りはっきりと負け試合にするわけにはいかないが、とりあえずキリアナとヴァジラはそう易々と敗れるような相手ではないから、試合そのものは安心していられるが、問題はそれに乗じる敵の存在だ。自分がエリュシオン側に寄せた格好をしているように、シャンバラ側の刺客が潜んでいる可能性はゼロではない。
(結果そのものより、そいつらが明らかになっちまう方が問題なんだよな……ま、そうさせねぇために動いてるわけなんだが)
 自陣の警戒をしながら、鉄心も同じく眉を寄せる。彼が気になっていたのはもう一つ、この交流戦を狙うに当たっての代償――手駒の喪失や、捕縛されて立場を失うリスク等に対して、達成される成果が見合わない、ということだ。
(……コレでは、単に反体制派のあぶり出しだ)
 『両国に不和の種をまく』それ自体は達成できても、それ以上の得をしない。ティアラたち帝国側の目論見には沿う結果にはなるのだが、この状況となるために扇動したと思われる相手の思惑がわからない。とにかく亀裂を入れるためなら消耗を厭わないのか、或いは消耗などそもそも、どうでもいいと思っているのか。まるで、個人の利己的な欲求のままに事態を動かしているようではないか。
(……いや、それは流石に飛躍しすぎか?)
 鉄心が首を振っているその後ろでは、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)達が、陣形を柔軟に変え、又吉達の激闘する前線の隙間を縫うような形で、旗を直接狙いにやってくる従騎士を相手に防衛ラインを引いていた。
 一同より一歩下がったところで、相手の陣形と動きを見ながら指示してくるエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)の声にあわせ、分身の術で視線を誘導し、わざと引いて隙を作らせたところへ誘き込んで、引き返した分身で退路を防いだところで千返 ナオ(ちがえ・なお)の真空波とエドゥアルトのブリザードを浴びせかける。
「わわ……っ」
 それでも止まらず侵攻を続ける従騎士に、ナオはたまらず踵を返――す振りをした。そこへ、邪魔者を排除しようと、背後から剣を振り下ろそうとしたところで「やあ」とひょっこりそのフードから顔を出したのは
ノーン・ノート(のーん・のーと)だ。突然の思わぬところからの伏兵に、たたらを踏んだところへ、ノーンのサンダーブラストが襲い掛かって、その足を止めさせる。
 そんな、前線と後衛でそんな攻防が続けられる中、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は選手達の攻撃の隙間を、ひょいひょいとかわしながら、不意にキリアナの見える位置まで近づいていた。余りに殺気のない様子に、他の選手も反応が遅れたのだろう、慌てて切りかかってきた留学生の攻撃を避け、或いは受け流しながら「なあ、キリアナ?」と唯斗はキリアナに声をかけた。
「全員纏めて死なない程度に倒して良いんだよな?」
 その言葉の意味を即座に悟ってキリアナが頷くのに、唯斗も少し笑って見せた。
 本当の所、交流戦という機会にキリアナやヴァジラと正面から勝負してみたい気持ちは有る。だが、試合が始まった途端に感じた異質な殺気は、どうやらそれに専念させてはくれないらしい。外から狙っている人間もいるだろうが、そちらは別の誰かが対応しているだろう。と考えれば、自分の仕事はステージ上に紛れ込んでいる何者かだ。恐らくこちらの大将――ディミトリアスも気付いているだろうが、どうやら不心得者は自陣の方にも紛れているようなのだ。
(ま、そっちはキリアナに任せて大丈夫だろ)
 あくまで交流試合の体裁を損なわずに、収めるのがベストである。おお、忍者っぽい仕事じゃないかと口の端を上げて、唯斗はこきりと腕を鳴らした。敵に手の内を晒すわけには行かないので、あくまで剣技で応じる必要があるのは面倒だが、考えようによってはそれも、腕試しと言えるだろう。
「さって、いっちょやりますか」
 呟き、唯斗はとんっと地面を蹴ってその場から離れると、激突の中心地……最前線へと飛び込んでいったのだった。
 
 ――と、そんな風にして、パートナーの剣や鎧となっている者を含めて、総勢70名を越すような乱戦である。
 混戦になったためもあって、どちらかというと個々のぶつかり合いの様相を呈している光景は、特に殆どのシャンバラ側の契約者は前線へ出ていてしまっているため、前線同士の削りあいである。留学生に選ばれるだけあって、従騎士たちは優秀では有るが、同じ年頃ならば戦闘経験では契約者の方が今一歩上であるため、単騎が神である龍騎士の候補生が力尽くで押すことで、戦線が維持されている、と言ったところだが、あちらは陣形をきっちりとった集団だ。後衛の援護が効いて、少しずつ前線が圧されつつあるように見える。
「……このまま押し切られるわけにはいかないな」
 戦況を見るように一歩引いたところで樹月 刀真(きづき・とうま)が不意に呟いた。例え交流戦と言うのが、襲撃を誘うのための手段としての側面が強いにしても、勝負は勝負である。
「負けてられないね」
「うん! 行こっか!」
 代弁するように、コハクが口にするのに、美羽も大きく頷いて、それぞれの武器を構えて前線へと飛び込んで行ったのだった。