リアクション
※ ※ ※ ミツ・ハ率いる参ノ島軍の参戦により、天秤の傾きは再び釣り合う方向へと戻りかけていた。 彼らが雲海の魔物の相手を一手に引き受けてくれていることによって、霜月たちはオオワタツミの元へたどり着くことができるようになる。宙のマガツヒたちがまだいたが、雲海の魔物を気にしなくてよくなった分、格段にマシになっていた。 「やっとこの時がきましたね」 クコの背中にいる深優に「お母さんのそばから決して離れてはいけませんよ」とあらためて言い置いてから、霜月は一気に下降へ移る。マガツヒたちの横を抜け、オオワタツミの背中に着地した瞬間、靴底の下から黒い瘴気が噴き出した。 ――オオオオオオオオオーー…… ここまで近づけばはっきりと、足の下から悲しげな、それでいてすべてを憎み、恨む声がしているのが分かる。いいや、足元だけじゃない。鱗の1枚1枚がまったく違う別人の声で、しかし同じ怨嗟の念を発しているのだ。少し遅れて着地したクコも、それを感じたようだ。自分の足元を見つめたあと、驚きの表情を霜月へ向ける。だがうかうかとそれにばかり意識をとらわれているわけにもいかなかった。 オオワタツミの体内から湧き出るように、周囲に白い人型の影が立ち上がる。口端を吊り上げ、ケタケタと声もなく笑うそれが攻撃に入る前に、霜月とクコは左右に跳び別れた。 離れすぎず、近づきすぎもしない、微妙な距離感を保ちながら、2人は互いに背中を預けるようなかたちでマガツヒと戦った。霜月は孤狐丸を用いての滅殺の構えからの抜刀術『青龍』だ。刀に宿る光輝の力がマガツヒを霞のように散らす。マガツヒたちはすぐさま霜月の持つ孤狐丸を真似た剣を己の白い影の一部でつくり出したが、しょせん本物にかなう出来ではなく、1度でも合と打ち合えば本体と同じく散る代物だった。 戦いの最中、霜月は自分よりもクコと深優が敵の標的になっていることに気づいた。決して2人が弱いというわけではないのだが、強敵である彼よりもまだ子ども連れの女性の方が比較的倒しやすいと考えたのだろう。クコもそれと気づき、麒麟走りの術や分身の術を用いてマガツヒの包囲網を抜けようとしているが、彼女の動きに合わせてマガツヒも移動し、なかなか簡単に抜けさせてくれようとはしない。 「おまえたちの相手は自分です!」 霜月はアナイアレーションを発動させた。先までが剣士の動き、どんなに強くとも人の強さであるとしたら、今の霜月はたとえるなら鬼神だろうか。目で追えないほどに軽々と孤狐丸を操って、クコの周りのマガツヒを散らしていく。そしてマガツヒが完全にこちらを向くと高く跳躍して距離をとり、クコたちから引き離した場所まで引きつけておいてから残りを散らした。 そんな勇猛な戦い方が、宙のマガツヒたちの目を引いたようだった。 霜月の真上にマガツヒが集まって、ノコギリ歯の並ぶ口を大きく開けて一斉に噛みつこうとする。しかし。 突然真横から走った巨大な稲妻が一度に大量のマガツヒを貫いて蒸発させた。さらには残ったマガツヒたちに向かい、追い討ちをかけるようにレーザー光が走る。そしてマガツヒたちの消えたその空間を、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の操縦するタケミカヅチが通り過ぎた。 「どう?」 「残存敵影なし! やるじゃんセレアナ」 後部席のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がヒュウッと口笛を鳴らす。 「あー、っと。セレアナ、2時の方向、敵影反応あり! 数約26! こっちへ近づいてきてる。あと13秒で到達!」 「了解。13秒あったら十分よ」 ぐぅんと半円を描いて旋回したタケミカヅチはそこからさらに加速して、自らマガツヒの集団へ突撃していく。 「影なんかおよびじゃないのよ。消えなさい」 セレアナの親指がスイッチを押し込む。同時に雷撃がマガツヒたちの中央を走り抜け、その衝撃波だけでマガツヒは散った。 「よし。そろそろころあいね。 セレアナ、援護してちょうだい!」 「何を――ええっ!?」 セレアナが驚いて目を見開いている間に、セレンフィリティはキャノピーを開くと突然外へ身を乗り出し始めた。 「ちょ!? あなた、ここをどこだと――」 「援護、お願いね。信じてるわ!」 ウィンクをして、セレンフィリティはまるでダイビングでもするようにまっすぐ背筋を伸ばした背中から宙に身を投げた。膝を効果的に使って両足で危なげなく着地すると、その低い体勢のまま、ゴッドスピードで走り出した。 「効果あるかどうか分かんないけど、ま、ものは試しよねっ」 続々と周囲に湧いてきたマガツヒから視線を足元に向け、オオワタツミに向けてフールパペットを飛ばす。しかしこれは死者を操る術で、生きているオオワタツミに使用しても何の効果も表れなかった。 「あーやっぱりか」 たいして落胆しているふうでもない声でつぶやくと、攻撃方法を我は射す光の閃刃に切り替える。 「一体何してるのよ、セレン……」 マガツヒに包囲されて捕まることのないよう逃げ続けるセレンフィリティだったが、マガツヒはもしや無限沸きなのではないかと思えるほど次から次へと鱗から現れて、その光景はまるでゾンビ映画の様相を呈してきている。セレアナはホバリングさせたタケミカヅチのなかではらはらしながら見ていたが、やはりいつまでもそうしていられるほど戦場は甘くなかった。動きを止めているタケミカヅチに、宙のマガツヒがうようよ集まり始める。今すぐここから離れなければ。けれど、そんなことをしたら援護などできない。彼女を完璧に援護する方法は、たった1つだ。 「しかたないわね」 セレアナは小さく舌打ちをするとタケミカヅチを捨てて、自分もまたオオワタツミの背中へ飛び移ったのだった。 |
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