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リアクション
chapter2 カフェテラス狂想曲
カフェテラスの中で一際盛り上がっている愛美たち。しかし店内には、まだひとりでいる生徒もちらほらと見える。もちろん団体行動に一切興味がない人も中にはいるが、輪に加わる機会を逃した人や、一歩踏み出せないでいる人もそこにはいた。そんな様子を見たひとりの女の子が、飲み終えたドリンクを片付け、辺りを見回し始めた。活発そうでありながら、どこか色っぽい雰囲気も併せ持っているこの女の子は、弥隼 愛(みはや・めぐみ)。
「ん〜っと、おっ、発見発見!」
何かを見つけた愛。歩みを進めた先には一組の男女がいた。
「こんにちはっ! いやー、かわいいねキミ! そっちの男の子は着ている服装からして、この子の守護天使かな?」
急に話しかけられてやや驚くふたり。意に介せず愛は続ける。
「さっきからちょこちょこあっちの団体さんの方見たり周りを見たりしてたよね?」
話しかけられた女の子が答える。
「あのね、もしかしたら、あんな風に友達つくりたいけど恥ずかしいって子がいるかなって思って、それでそういう人を探してたの」
それを聞き、逆に驚く愛。
「うっそー、マジ!? あたしまったく同じこと考えてたよ! じゃあさじゃあさ、一緒にそれやろうよ!」
「ほんとー! わぁ、なんか同じ考えの人がいて嬉しい! 私、シゼル・アスラン(しぜる・あすらん)っていうの、よろしくね! こっちはパートナーのアルセーヌ・ダヤン(あるせーぬ・だやん)!」
優しい目つきをした穏やかそうな青年が、よろしくと挨拶をする。
「あたしは弥隼愛! アスランほんとかわいいねー! 青い目とか八重歯とか!」
「愛ちんもかわいいよ! かわいいっていうか綺麗!」
「……ふたりともかわいいのは分かったから、とりあえず友達づくり、始めないかい?」
ダヤンが飄々と言う。
「よしっ! じゃああちらさんは友達100人づくりらしいから、こっちはこっそりそれの手助けってことで、友達100人補完計画!」
「なんか聞き覚えあるけどね。まぁいいか」
愛、アスラン、ダヤンの3人はひとりで淋しそうにしている人を探そうと辺りを見回してみた。すると、アスランが面白そうな会話を耳にした。
「すごいな! 弁当つくってくるなんて! しかもすげえうまいよこれ!」
「いや、オラこんなことくらいしかできへんから……」
「そんなことないって! ていうかこれ立派な特技だし! なあなあ、名前何て言ったっけ?」
「どした、アスラン?」
愛に話しかけられ、会話は途中で聞けなくなってしまったが、もしかしたら、とアスランは思った。
「そこに、私たちと同じようなことしてる人がもうひとりいるかも」
「うっそ、ほんと!? これは行くしかないでしょー!」
言うや否や向かっていく愛。その後にアスランとダヤンも続く。
「ねーねー、何やってんのー?」
軽いノリで話しかける愛。ふたりの男とひとりの女性がいたが、褐色の肌でやや童顔な、元気そうな方の男が答えた。
「俺、まだここ来てまもないから友達少なくてさ! で、あっちで何か盛り上がってるじゃん? だから、俺は俺で友達増やして、後であっちと合流したら一気にみんな友達になれるんじゃねえかなって思ったんだ!」
「アスラン、ビンゴだよー!」
喜ぶ愛とアスラン。
「私たちもね、同じことしようとしてたんだ。やっぱり友達はどんどん増やしていくべきだよね!」
アスランも嬉しそうに話しかける。
「すげえなぁ! これも縁ってヤツだな! 俺はにみ てる(にみ・てる)! よろしく頼むぜ! そんでこいつが俺のパートナーで剣の花嫁のグレーテル・アーノルド(ぐれーてる・あーのるど)だ!」
紹介されたグレーテルはぺこっと頭を下げ、挨拶をした。
「はじめまして、よろしくね!」
剣の花嫁としてはやや小柄でポニーテールをしているその外見は一見幼くも見えるが、純白のドレスや透き通る青い瞳は色気も感じさせた。愛たち3人も自己紹介を済ませ、自然とみんなの視線は残ったひとりに移った。優しそうな目の、どこかのんびりした感じの男だ。
「あ、オラの名前は青空 幸兔(あおぞら・ゆきと)って言うねんけど、オラも友達少ないから、仲良うさしてもろうて、ええかなあ?」
「何言ってんだよ、俺らはもう友達だぜ? なあみんな」
にみてるの言葉に頷く4人。
「ありがとうみんな。お近づきの印に、これ食べてんか」
そう言って幸兔が差し出したのは、購買1番人気の霜降りバッファロー生キャラメルサンドだった。
「えーすごい! これ大人気でいつも買えないのに!」
「幸兔……パシリさせられないように気をつけろよ?」
にみてるの冗談にみんなが笑った。6人の男女がカフェをうろついていると、ひとりで読書をしている女性が見えた。
「んんー、アレは……どうだろうね?」
「アレは淋しいっちゅうより、ひとりが好きなタイプなんと違うか?」
「そんなの、話しかけてみりゃ分かるよ! 行こ行こっ!」
それぞれが話し合った結果、とりあえず話してみることにしたようだった。色白で長い黒髪の、知的そうなその女性はテラスの端の方で読書にふけっていた。
「すいませーん、ちょっといいですかぁ?」
今度は、アスランが先陣を切った。本から目線を移し、顔を上げる女性。
「あのー、今私たち、友達づくりの最中なんだけどね、よかったら、どうかなって思って」
女性は一通り5人を見渡した後、にみてるのパートナーのグレーテルをじっと見つめてから、
「うん、常に一緒に行動とかじゃないなら、喜んで」
と言い、本を置いてお辞儀をした。
「私は望月 ユエ(もちづき・ゆえ)。声をかけてくれて、嬉しいよ」
断られるかも、と頭の片隅にあった6人は少し拍子抜けしたものの、深くは考えず新しい友達が増えたことを喜んだ。ただひとり、グレーテルだけは「なんで私だけじっと見られたんだろう」と心の中で思ったが、本人には聞けなかった。ユエの真意。それは、彼女の耽美主義な考えによるものだった。ユエは同性愛者でも何でもなく、単純にグレーテルの綺麗な姿形、妖艶な様を気に入ったのだった。それだけのシンプルな理由だが、ユエにとって美しいことは最高の価値観であった。しかしもちろん、グレーテルがそれを知ることはなかった。同時に、ユエにじっと見られた時に感じた胸の高鳴りのわけも、グレーテルは知れずにいた。グレーテルがその理由と自分の恋愛観に気付くのは、まだしばらく先の話だった。
ユエが加わり7人になったメンバーは、すぐに次のターゲットを見つけた。何やら袋を持って、愛美たちの方を見ている女の子だ。赤い瞳と、遠くからでも分かる大きな胸が特徴的だった。
「よっ! なんかあっちの方見てたけど、どうしたんだ?」
にみてるが話しかけると、女の子はおっとりした感じで喋りだした。
「ん〜とぉ、たまたま今日プチケーキをつくってきて〜、それでせっかくだからあそこにいるみんなに渡したいなって思ったんですけど〜」
見ると、確かに袋にいくつか一口大のケーキらしきものが入っていた。ひとつひとつがかわいくラッピングされてある。
「でも〜、人数が多くて、どうしようかなって思ってたんですぅ〜」
一通り聞き終えたにみてるは、あっさりと言ってのけた。
「別にケーキ配んなきゃ仲良くしてもらえないとかねーから大丈夫だろ? それでもケーキ配って仲良くなりたいなら、今度またいっぱいケーキつくってくればいいじゃん!」
「わぁ、そうですね〜! あ、でもせっかくだから、これおひとつどうですか〜?」
7人にケーキを配る女の子。あっという間に食べ終えたにみてるが言う。
「うまかったぜ、ケーキ! ありがとな! これで俺ら、もう友達だろ?」
「ほんとですか〜? 嬉しいです〜! 私、天音 ゆあ(あまね・ゆあ)です〜、みなさん、よろしくお願いします〜」
にみてるとゆあに続き、名乗る残りのメンバー。甘いものが大の苦手であるユエは口の中のケーキを中々食べきれずにしばらくつらそうな顔をしていたが、幸兔が水筒を常備していたためどうにか事なきを得たのだった。
8人が次に目をつけたのは、ゆあと同じように愛美たちの方をじっと見つめていた、一組の男女だった。女性の方はグレーテルに近い純白のドレスを着ていたので、おそらく男のパートナーで、剣の花嫁だろうと思われた。男の方は大人びた様子で、角刈りなせいか、あまり学生っぽくない印象を受ける。
「じゃあ次あたし行こっかな! ねーねーそこのしぶーいお兄さん!」
女性と話していた男が愛の方を向いた。
「やっぱお兄さんもあの人だかりが気になっちゃう?」
「あぁ、いや、自分というか自分のパートナーの方がちょっと、な」
「パートナーさんが、どしたのー?」
「あそこの中心にいる栗色の髪の子がいるだろう? そのパートナーと思われる、あの褐色の肌の子が気になるらしいんだ。なんでも昔見た記憶があるかもしれないらしい」
「へー、よし、じゃあさ、あたしたちと一緒に行動しない? 今あたしたち友達募集中なんだぁ! ある程度集まったら、あっちの団体さんと合流しよっかなとか思ってるから、ちょうどよくない?」
「……だってさ、どうする? マナ」
マナと呼ばれた女性は、小さく頷いた。
「決まりだな。よろしく頼む。自分はベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)、それとパートナーのマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)だ。」
「よろしく、お願いしますね」
あまり喋る方ではないのか、小さめの声で挨拶をするマナ。さらに増えたメンバーだが、間隔を空けずににみてるが新しいターゲットを見つけていた。その男は、均整のとれた顔立ちで、強そうなオーラも出ていた。
「よぉ、ずいぶんかっけえなぁ。ひとりか?」
「……あぁ。そうだが、どうしたんだ?」
「いやぁ、なんつーかさ、あっちもすげえ盛り上がってるじゃん? 俺もいっぱい友達欲しいなーとか思っちゃったわけよ!」
「……オレは大事なものを探してる最中なんだ」
「そうなんだ? 見た感じセイバーっぽいし、伝説の剣とか?」
「違う。兄を探してるんだ」
「なーんだ、人探しか! だったらなおさら、俺らと一緒に行動した方いいと思うぜ?」
「……どういうことだ?」
「だって俺ら、これからもっといろんなやつに声かけるんだ、人探すなら、たくさんの人の話聞けた方がいいだろ?」
少し考え込む男。やがて男は、自分から手を差し出した。
「篠谷 彗星(しのたに・ほし)だ。言っとくが友達を増やしたいんじゃなく、オレは兄を見つけたいんだからな」
「分かってるって! でも、もう俺とは友達だぜ?」
にっと笑い、手を握るにみてる。11人目の仲間に、他のみんなも手を上げて喜んだ。
「おし、じゃあ次はたまに幸兔が声かけてみようか!」
「オラが!? あかんて、ごっつ緊張しぃやもん」
「ほら、ちょうどあそこに大人しそうな子いるぞ! 声かけてこいって!」
「ほんまに〜?」
にみてるに言われ、観念してひとりでいる女の子のところへ向かう幸兔。
「あの〜……」
声をかけられた女の子は、ロングの銀髪で、小柄なかわいらしい子だった。
「あっ、はい〜、なんですかぁ?」
「えーと、その、ひとりなん?」
「そうです、ひとりですよぉ」
「あー、じゃあ、よかったら、友達にならへん? 他にもおもろい人めっちゃおんねん」
なんだかナンパをしているような感じになってしまい、途中から顔が赤くなる幸兔。
「声のかけ方がナンパじゃねーか!」
案の定、後ろにいたにみてるに笑われてしまった。他のメンバーを見て、女性もいると分かると安心した様子の女の子。
「なんだか楽しそうですねぇ、私も入っていいんですかぁ?」
「ええよええよ、仲良おしてや」
「ありがとうございますぅ。あ、私、ファリー・グリーンフィールド(ふぁりー・ぐりーんふぃーるど)って言いますぅ」
ぺこりとかわいらしくお辞儀するファリー。にみてるがふと気付いた。
「……なんか、ゆあとキャラかぶってんな」
「えぇ〜、そんなことないですよ〜」
「ですよねぇ、かぶってないですよぉ」
「かぶってるかぶってる」
全員に突っ込まれ、困ったような笑みを浮かべるゆあとファリー。ふたりは胸の大きさまでかぶっていたのだが、それを突っ込めるチャレンジャーはいなかった。
12人と大所帯になってきた一行。その一行は次なる友達候補を探していたが、探し当てる前に一行に話しかけてきた少年がいた。150ほどの身長にぼさぼさの髪をしたその男は、小学生と言われても何の違和感もなかった。
「あ、えっと、ごめん、ここってどこだろう?」
話しかけられたメンバーたち。真っ先に反応したのは愛だった。
「やーんかわいー! 小学生? どこから来たのかなボク?」
下を向いたまま動かない少年。
「んー? どうしたのかなー? おねえさんに話してごらーん?」
ぷるぷると震えだす少年だが、その理由は愛が思っていたのとは違っていた。顔を真っ赤にした少年は、大声を出した。
「かわいい言うなぁぁぁ!!」
いきなり怒った少年に、驚く愛たち。
「これでも俺は15だ! 馬鹿にすんな!」
少し腰を落としたにみてるが、少年に明るく話しかける。
「元気だなーオマエ、子供と間違えたのは悪かったな。で、迷子なのか?」
謝られたことで少し冷静になった少年は、黙って頷いた。
「パートナーは一緒じゃないの?」
アスランの問いにも頷く少年。
「参ったぜこりゃ。よっしゃ、じゃあ俺たちと一緒に来い! そのうち知り合いと会うかもしれねーぞ!」
「ほんとか! じゃあ一緒に行く!」
ディック・ジェラルド(でぃっく・じぇらるど)と名乗ったその少年も、一行に加わることとなった。ぶすっとした顔で愛を見るディック。
「悪かったよー、褒めたつもりで言っただけなんだってば!」
「もう、二度と俺にかわいいって言うなよ!」
それがかわいい! と言いそうになり、愛はほころびそうな顔をどうにか堪えた。
「これで13人かぁ、結構増えるもんだね! あ、14人目見つけたかも!」
アスランが言って指差した先には、物静かな雰囲気の男がいた。黒髪に黒目で渋そうな外見だ。
「すいませーん! おひとりですか?」
「ん? あぁ、そうだが?」
落ち着いた対応をする男。
「なんか、いぶし銀! って感じですね!」
「まぁ……26だからな、他の生徒よりはおっさんに見えるかもな。で、何か用かな?」
「あ、今私たち友達づくりの最中なんですけど、どうですか? みんなと一緒に仲良くお喋りしましょうよ!」
男は穏和な笑みを浮かべ、
「俺のようなおっさんでよければ、仲間に入れてもらおうかな。俺は月白 修也(つきしろ・しゅうや)。まぁ……よろしく頼む」
と簡単に自己紹介を済ませた。修也が14人目の友達として加わったのとほぼ同時に、愛もまた別な人に声をかけていた。すらっとしたスタイルに長い黒髪、色白で赤い目をした女性だった。
「はじめまして! キミ、いいスタイルしてるねー!」
160ほどの愛にとって、170を越す彼女の身長には憧れがあった。
「あら、どうもありがとうございます。あなたも肌が綺麗で、色っぽいですよ?」
「そお? 嬉しいなあ! ところでさ、今あたしたち友達募集中なんだけど、とりあえずこっち来て、みんなと喋ってみない?」
「まあ、素敵ですね! 私、巫剣 凪紗(みつるぎ・なぎさ)と申します。よろしくお願いしますね?」
「こっちこそよろしく! あたしは弥隼愛っていうんだ!」
愛やアスラン、にみてるたちの元へ続々と集ってくる生徒たち。総勢15名が、愛美たちとは別に盛り上がりを見せていた。
そのふたつのグループを少し離れたところから眺めている、4人の男女がいた。彼らが持つ雰囲気は、蒼空学園生徒のそれとは微妙に異なっていて、制服からも学外の生徒であることが分かる。その中のひとりが話し出した。
「いやー、やっぱり和食が食べたい時はここに来るのが1番だよな!」
かわいい雰囲気と色白の肌のせいか一見女性に見えるが、言葉の主は立派な男性だった。
「ボクたちの学校、ほとんど洋食しか置いてないもんね」
金色の髪を横で束ねた、かわいらしい声の女性が応じる。
「もうオムライスは食い飽きたぜ、なぁユーニス」
男に名前を呼ばれた女性――ユーニス・シェフィールド(ゆーにす・しぇふぃーるど)は何度も首を縦に振って、同意した。
「俺らの学校も色々メニュー増やせばいいのに。なぁ、星次郎」
男はユーニスの隣にいた、釣り目でパッと見とっつき難い印象の男に話を振った。セルフレームのメガネの位置を手で直しながら、男――姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)が答える。
「学校のイメージに囚われすぎてる感は否めないな」
「そういや、あんたのとこの学食はどうなんだ?」
男は軍服を着た女性に尋ねた。この4人は蒼空の生徒と違う制服を着ているが、この女性は他の3人とも違う制服を着ていた。シャンバラ教導団の軍服である。赤い髪と瞳をしたこの女性の背は180を超えており、精悍という言葉がとても似合っていた。
「あんたではない、私にはきちんと蒼 穹(そう・きゅう)という名前があるのだ」
「あー、悪かった、で、蒼穹さん、教導団の学食はどんな感じなんだ?」
「そうだな、中華が多めだが、他の食事もなくはない」
「中華かぁ! 中華もいいな、今度はシャンバラ教導団行くか? ユーニス、星次郎」
「キミ、ただでさえボクたちの学校はこことライバルなのに、これ以上トラブル起こそうとする気?」
そう、彼ら3人は蒼空学園のライバル校、イルミンスール魔法学校の生徒だった。
「冗談だって、冗談! あーあ、ここで学食食ってるのバレたら、また怒られんのかな」
「ケイは、よその学校に来すぎだ」
男が星次郎に突っ込まれる。今名前を呼ばれたこの男は緋桜 ケイ(ひおう・けい)。親に「男女どちらに生まれてもいいように」とつけられたこの名前のせいか、彼の外見は本人の理想とは逆に女性らしくなってしまったのだった。そのせいでよくイルミンスール入学当初は周りから「ウィッチ」と呼ばれからかわれていた。その度本人は「ウィッチじゃねぇ、ウィザードだ!」と言い返していたが、そんな乱暴な口調がさらにかわいさを増長させていたのだった。女の先輩に無理矢理ホウキとニシンパイを持たされ、黒猫と写真を撮らされたことが彼の人生最大の屈辱であった。
「ケイ、さっきからなんか人だかりができてるけど、どうしたんだろう?」
ユーニスが愛美たちの方を指差して言う。
「俺も気になっていたんだ、ケイ、行ってみないか?」
星次郎もユーニスに続いた。
「そうだな、みんなでちょっと行ってみようぜ! 蒼穹も来るだろ?」
「あぁ、蒼空学園の情報網もあった方が便利だからな」
4人は愛美たちの元へと向かった。多くの人に囲まれている女の子が見え、どうも中心人物らしい感じはしたが、周りに人が多いため話しかけることが難しかった。ケイたちは人だかりの中心から少し離れたところにいた3人の男女にまず声をかけることにした。
「ねえ、この人だかりってなんかのイベント?」
ケイにそう話しかけられたのは、アクア、茶柱、多神の3人だった。
「ううん、あそこにいるマナミンって子がね、友達づくりしませんか? って呼びかけて、それで集まった人たちなんだ!」
アクアが答える。
「へー、なんか仲良さそうでいいな、ここ!」
「君たちは、蒼空の生徒じゃない……ですよね?」
多神に聞かれ、学食を食べに来たことを打ち明けるケイたち。
「自分はウィザードなんで、イルミンスールの人と会えたのは嬉しいです」
親近感を覚える茶柱。
「せっかくだし、他の人たちとも仲良くなっていってくださいね」
多神の言葉に4人は礼を言うと、それぞれが思い思いのところへと散らばっていった。愛美のところへ向かうユーニスと星次郎。近くの生徒から分け隔てなく接していくケイと蒼穹。
愛美たちのテーブルも、愛やアスラン、にみてるたちのテーブルも盛り上がる中、ふたつのグループの中をせわしなく動く男がふたりいた。愛美たちのグループであちこち動いていたのは鈴木 周(すずき・しゅう)。重力に逆らったようなツンツン頭が特徴的な、あまり優等生タイプではない感じの男だ。そしてもうひとつのグループで同じように右に左に声かけしていたのは、エドワード・ショウ(えどわーど・しょう)。短い金髪は育ちがよさそうで、そこそこ年齢は重ねているものの清潔さは損なわれていない。このふたりが無節操に振る舞っていた理由は、まったく一緒だった。一言で言えばナンパである。無類の女性好きである彼らは、人の集まる場所に行ってはお互いに女性を口説き、どちらがより多く女性を射止めたか競い合っていた。もっとも、周はこれまで成功した試しがなく、エドワードも法的に問題のあるような年齢の子にすらあしらわれた経験があるので、数を競い合う以前の問題だった。お互いがお互いを馬鹿にする度、周は「俺はまだ15だから、モテ期はこれからなんだよ!」と言い張り、エドワードは「私はここに来る前記者をやってて、情報収集がてら女性と話しているだけなんでね」とどこまで本当か分からない主張をしていた。そんなふたりは相変わらず、それぞれのテリトリーでナンパに励んでいた。
周がまず目をつけたのは、中心で楽しそうに喋っている愛美だった。
「そこのおねえさん! 俺と愛し合わないかっ!?」
言われた愛美本人は、きょとんとした後面白そうに笑った。その笑顔を勘違いした周は愛美の手を握ろうとする。が、しかし周りにいた那由多とテイワズ、幸、そしてすっかり彼女らと打ち解けていたユーニスの4人に伸ばした手を叩かれ、追い払われる。しかし周はめげずに次の目標へと駆けた。アクアとひよりが楽しそうに喋っているところに入っていく周。
「こんなとこにかわいい子がふたりもいた! ふたりとも、俺と愛を語らないか!?」
アクアとひよりは苦笑いをし、「ごめんね〜」と言いながらそそくさとその場を離れていった。それでもへこたれないのが周である。アカネと詩穂が話しているところに遠慮なく割り込む。
「なぁなぁ、愛って知ってる? 俺が今から教えてあげよっか!?」
詩穂は困った様子だったが、アカネは笑って相手をし始めた。
「あははは、どうしたんですか突然?」
手応えアリと思ったのか、手を握ろうとする周。しかしまたもや横から叩き落とされてしまった。パートナーの渚だった。周をじーっと睨みつける渚。
「なんや渚、せっかくおもろい子やなー思っとったのに」
「ナンパだよナンパっ! いい? 怪しい人とはなるべく話しちゃいけないよ?」
「怪しい人って、そんな変な人見たことないわ〜」
「ここっ! 目の前っ! ほらもう、あっち行くよアカネ〜」
渚がアカネをやや強引に引っ張っていき、詩穂もそれについていく。
「何がいけないんだ……! いや、考えててもしょーがねえ! 他の子だ!」
周は辺りを見回すと、蒼穹のところに向かった。
「シャンバラの子? 僕たちで学園間に愛の架け橋を……つっ!?」
後ろから頭をどつかれ、言い終えることができなかった周。
「いって〜、誰だ……って、げっ、レミ!」
後ろで腕を組みご立腹なのは、周のパートナーで、剣の花嫁のレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)だった。
「ちょっと目を離したらすぐ女の子を口説きに行くんだから! あたしまで恥ずかしいじゃない! 大人しくしてって言ってるでしょ!?」
「あーあー、いつものお説教だよ」
「何回言っても聞かないからでしょ! ほら、こっちで大人しくしてる!」
引っ張られていく周。レミは蒼穹に向かって頭を下げた。
「ごめんね〜、悪いヤツじゃないんだけど、ちょっとお馬鹿さんなの」
レミに引きずられていく周をただ呆気にとられて蒼穹は見ていた。
「……なんだったんだ?」
一方、別グループの方では、エドワードが同じように女性陣を口説いていた。愛と凪紗に声をかけるエドワード。
「やぁお嬢さんたち。こんな爽やかなカフェにあなたたちのような妖艶さは似合わない。あなたたちにぴったりの景色を、私が用意しましょうか?」
愛と凪紗は顔を見合わせ、ふたり同時に声を上げて笑った。
「ん? どうしたんだい?」
お腹を押さえながら、凪紗が言う。
「今私たちが話していた内容をお聞かせしましょうか? 女性同士の恋愛について、熱く語っていたのですよ?」
「ま、簡単に言うと範囲外ってことだねおにいさん!」
呆然としているエドワードを尻目に、ふたりは同性愛トークで盛り上がり続けていた。
「たまたま……たまたま最初に声をかけたのがそうだっただけさ」
モチベーションを再び上げ、次の獲物へと向かったエドワード。矛先はアスランとユエだった。
「やぁお嬢さんたち。パラミタ1の幸せ者になる気はないかい?」
「わぁ、ナンパだ! ユエっち、私初めてナンパされたよ!」
はしゃぐアスランとは対照的に、ユエはじっとエドワードを見つめている。数秒後、ユエの非情な判定が下された。
「……そんなに美しくはないね」
それだけを言い残し、去っていくユエ。アスランも後を追いかける。
「あっ、待ってユエっち〜」
「つっ、次こそは……!」
気力を振り絞ったエドワードは、ゆあとファリーの元へ歩き出した。見た感じふわふわしてそうなので、強引に押し切れば成功するかもしれない。そう考えたエドワードだったが、ふたりの元へたどり着くその前に、ひとりの女性が立ち塞がった。エドワードのパートナーでシャンバラ人のファティマ・シャウワール(ふぁてぃま・しゃうわーる)だ。
「……また、ナンパ?」
「ええいどきたまえっ、男にはやらねばならぬ時がある!」
「この、節操なし……」
ファティマのディフェンスを潜り抜け、ナンパへと向かうエドワード。しかしファティマのマークは外れず、隣でぶつぶつと文句を言い続ける。
「やぁお嬢さんたち、とっても魅力的なボディですね。私はその胸の奥にある心まで愛したい」
「……この性犯罪者」
「えっとぉ〜」
「犯罪者さんなんですかぁ?」
「えっいや違います、違いますよ! ほらファティマ、誤解されるではないですか」
「歳考えて行動しなさいよ、すぐいやらしいこと考える……」
「いやらしい人なんですねぇ」
「すいませ〜ん、怖いのでごめんなさい〜」
目の前からいなくなるゆあとファリー。エドワードは空を仰ぎ呟く。
「ふっ……まったく、神様は選ばれし者だけにたくさんの壁を用意するということですね」
「……少しはめげなさいよ」
本日も、周とエドワードの勝負は引き分けだった。
基本的には女性なら誰でも声をかけるふたりだったが、周もエドワードも声をかけなかった女性がこのカフェにひとりいた。その女性の名は沢 スピカ(さわ・すぴか)。ほっそりとした体のラインはスレンダーというよりどこか儚げに見え、歩き方もどこかふらついているような印象だ。生まれつき病弱な彼女は、「吐血姫」という不名誉な通り名を持っている。入学初日、朝1の授業から放課後までの間に13回血を吐いたことでつけられたその名は結構な知名度になっていた。一応吐血姫という名前はみんなが親しみを込めてつけたのだが、いざ近くにいるといつ血をこぼされるか分からないので、距離的には避けられているのだった。彼女は生命力が他の人より少ないせいか、多くのものをほしがる癖があった。人の物を何でも欲しがるので、一時期は「怪盗吐血姫」という、もはやなにがなんだかよく分からないあだ名をつけられていた。そんな彼女のパートナーでシャンバラ人のドゥドゥ・ホー(どぅどぅ・ほー)は、いつも苦労させられていた。ドゥドゥの外見は沢と真逆で、銀縁メガネにベリーショートの黒髪といたって真面目そうな顔と、180を超すガッチリした体格の持ち主だ。実は先ほどから沢たちも愛美のグループに紛れ込んでいたのだが、周とエドワードは血を吐かれるのを恐れて声をかけることができなかった。肝心の沢本人は、特に誰かと仲良く喋るわけでもなく、ひたすらテーブルにある料理を盗み食いしていた。
「沢……どうしてお前はいつもそうやって盗み食いばかり……!」
注意しようとしたドゥドゥ。しかし沢はこういう時決まって自分のあだ名を利用するのだった。
「うっ、持病が……っ! けほっ、げほげほ、かはっ!」
「お、おいっ、沢、大丈夫か!?」
背中をさすろうとするドゥドゥ。しかし沢は隙アリ! と言わんばかりにそそくさとドゥドゥから逃れ、またつまみ食いを始めるのだった。
「沢ぁ〜……っ!」
ドタドタと派手に追いかけ回すドゥドゥ。次第に周りも吐血姫――沢がいることに気づき始める。走った反動で血を吐く沢。悲鳴が漏れ、ちょっとした騒ぎになるが、すぐにドゥドゥが後始末をし、周りに頭を下げた。吐血姫の吐血事件は割と頻繁に起こるので、みんなも「あ、なんだ吐血姫か」くらいのテンションが当たり前になっており、すぐに今までの賑わいが戻ってきた。
悲鳴が聞こえたことで、愛美たちのテーブルに目を向ける愛、アスラン、にみてるたち。
「どーしたんだろ?」
「吐血姫がまた吐いちゃったとかじゃない?」
「だったらいいんだけどな」
もちろんよくはないのだが、吐血姫のネームバリューはそこそこ大きいのだ。
「なぁ、そろそろ俺たちもあっちと合流しないか?」
にみてるの提案に満場一致で賛成コールが起こった。
エドワード、ファティマも輪に入り17人となった団体が、愛美たちのところへやってきた。
「わ、すごい団体さん! 何の人たちだろう?」
不思議がる愛美に、愛が話しかける。
「はじめまして、人気者さんっ! あたし弥隼愛っていうんだけど、実はね、キミたちが友達100人計画を実行している間、あたしたちも友達100人補完計画を立ててたんだよね〜!」
「最初の呼びかけの時タイミング逃しちゃった人とかに話しかけて、こっちも同じように友達を増やしてたんだぜ!」
にみてるが補足する。
「後からふたつが一緒になったら、もーっといっぱい友達ができるんじゃないかなって思って、ね!」
元気な声で言うアスラン。
「わぁっ、どうしよう、超感動だよ〜! マリエル、みんないい人だね!」
「うん、よかったねマナ!」
「じゃあもっといーっぱいテーブルくっつけて、みんなで仲良くなろっ!!」
ガタガタと移動が始まり、総勢48人もの生徒が一ヶ所に集まった。愛美たちのグループはカフェの面積の約半分を占めるまでになっていて、必然的に賑やかさも増していた。
そんな様子を、やや離れたところから見つめていたひとりの男がいた。彼は黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)。現代を生きる忍者だが、その職業には不釣り合いなトラブル好きという性格をしていた。
「……元気だねぇ」
はしゃいでいる愛美たちを見て、眠そうに呟く。本来忍者は表に出ることは避けるべきだが、自身の性格がトラブルを求めていた。
「どれ、浮ついてる新入生たちをちょっとからかってやろうかね」
そう言ってゆっくり立ち上がったにゃん丸。カウンターに向かいショートケーキをひとつ注文すると、それを持って愛美の方へと進んでいく。愛美の前にケーキが置かれ、びっくりする愛美。
「えっ、どうしたんですか?」
にゃん丸は白々しく咳払いをひとつし、わざと大きな声を出しすらすらと言葉を繋げた。
「はじめまして、かわいい新入生のお嬢さん。私は黒脛巾にゃん丸。この蒼空学園の習慣をご存知ないようでしたので、私が実際にお見せしてみたのですよ。この学園ではね、友情の証にケーキをご馳走するという習慣があるんです。私の友情の証、きちんと食べてくださいね? ではごきげんよう、かわいいお嬢さん」
満足そうにその場を去るにゃん丸。その瞬間、多くの男子学生がダッシュでケーキを買いに走り、すぐに愛美のテーブルはケーキが山積みになった。
「えーっ、こんなに食べれないよ〜!」
愛美のそんな言葉が聞こえると、してやったりという表情で席に座るにゃん丸。
「単純だねぇ、男の子ってのは……」
ゆっくりとカップに口をつけると、にゃん丸はぽつりと続けて呟いた。
「友達はつくるもんじゃなくて、できるもんだと思うんだけどねぇ」
山のようなケーキを前にどうしようかと困っていた愛美だったが、ちょっとテーブルから目を離した隙に、ケーキが減っていた。
「えっ、あれ……?」
見る見るうちに減っていくケーキ。愛美がひょいっと逆側を覗き込むと、そこには沢がいた。ここぞとばかりに、大量のケーキをパクついていたのだった。ケーキはあっという間になくなり、満足そうな沢。ふと愛美の視線を感じ、慌てて仮病を使おうとするが、愛美の反応は沢の予想と違っていた。
「沢ちゃん、ありがとう! 困ってるマナミンを見て、手伝ってくれたんだね!」
予想外の言葉に戸惑う沢。そんな沢をドゥドゥが引き取りに来た。
「小谷、こいつはそこまで考えてやってないよ。盗み食いしてただけなんだ」
「でも、私は嬉しかったよ! ドゥドゥもいい人だね!」
敵わないな、といった様子で頭をかくドゥドゥ。沢はよく理解してないようだったが、怒られなかったことを喜んでいるようだった。しかしケーキの食べすぎで、再び吐血する沢。
「おーい、また姫が吐血したぞー!」
「タオルそっちにあったから持ってきてー!」
騒々しさを増す愛美たちを遠くで見ながら、沢がケーキをたいらげたことなど知る由もないにゃん丸は、ちょっとやりすぎちゃったかもしれないな、といらない反省をしているのだった。