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第ニ章 闇は深く…… 1

 一部の生徒たちが黒薔薇にたどり着いたその頃。
 思惑や事情により出発時間のずれた生徒たちはまだ森の中にいた。

「あの子ならきっと大丈夫ですわ……」
 荒巻 さけ(あらまき・さけ)はまだまだ可愛らしい幼さを残す外見からは思いも寄らない方法で黒薔薇を目指していた。
 目の前を歩くのは如月 清毅(きさらぎ・しんぎ)。薔薇の学舎の生徒であることは見れば明らかだったのだが、あまりにも警戒していない様がさけの目を引いたのだ。
 霧も濃く森は深く、元々あまり日などは入ってこないのだが、日没を向かえ、その闇はさらに深みを増していた。
 だというのに、清毅は周囲の物音にもまったく関心を示さず、ただ散歩でもしているかのような足取りで森の奥へと進んでいた。
「ん?」
 少し音がした気がした。
 しかし、清毅は小動物か何かだろうと思い、気にせず歩きだした。
「吸血鬼なんていないじゃないか、単なる噂なんだ」
 まったくルドルフ先輩も大げさなんだから……と思いながら、清毅は銀髪を揺らして歩く。
 その銀色に光る髪と、ちょっとつり目がちな青い瞳の美貌に惹かれるものがいるとも知らずに。
 清毅の白い頬に何かが触れた。
「ん? 誰? 邪魔しないでくれないかな」
 漆黒の薔薇を横取りされたくないと思っていた清毅は、他の生徒かと思って、少し邪険な言い方をした。
 しかし、その相手は答えない。
 ただ、清毅の白い頬を触れるか触れないかくらいの手つきで撫で、その指が清毅の唇をなぞるように動いた。
「!?」
 そこで初めて清毅は自分に触れているものが、手だと分かった。
 そして、その手の持ち主も、その目にハッキリと映った。
「まさか……冗談でしょ?」
 清毅の否定したい気持ちをあざ笑うかのように、唇をなぞった手が首の方へと回って行く。
「ん……っ」
 頬と同じく触れるか触れないかくらいで動かされる手が、怖いのと同時に、清毅をどこか焦らした。
「や……だ……」
 抵抗の言葉が上手く出ない。
 それは呪縛とかではなく……いや、ある種の呪縛かもしれない。
 首を撫でていた手が制服の方に入り、清毅から抵抗の言葉を奪っていた。
「いや……やだってば!」
 出てきた否定の言葉が、拒否なのか、それともやめないで欲しいという意味なのか、清毅自身も量りかねた。

 そして、清毅の甘い声を聞きつけて、寄ってきた者たちがいた。
 清毅の体に手を伸ばそうとする。
 しかし、それを制止する者がいた。
「……待ちなさい。彼に手を出すというなら、私をキミ達の欲望の犠牲にするがいい……」
 清毅に手を伸ばそうとした者たちは、背の高い繊細な美貌を持つ青年の声に足を止める。
 そして、神無月 勇(かんなづき・いさみ)の金に輝く瞳と中性的な美しさに魅入られるように、彼らは目標を変えた。
 勇は彼らを受け入れる体勢を取った。
「好きにするがいい……ただ、私はすべて開発済みだぞ。後ろの方も拡張済みだし、指も二本いける。日々、ミヒャエルに拘束されて、嬲られて……ふふ……キミ達はそれ以上のことが出来るかい?」
 挑発するように勇は彼らを見る。
「……出来ないだろう? それでは素直に闇の帝王ラドゥ・イシュトヴァーンとの関係を話すといい」
 勇の金の瞳が吸血鬼たちを見つめる。
 しかし、彼らの答えは、勇の望むものではなかった。
「ん?」
 自分の腕に人ならざる何かが絡みついてるのに気づき、勇はそちらに目をやる。
 しかし、それが何かに気づいた時には遅かった。
 植物の蔓に似た、しかし、その色が植物のそれとは違って毒々しいものが勇の体に巻きつく。
 その蔓のようなものは、勇の体を持ち上げ、それと同時に服の中に自らを侵入させていった。
 その様子をミヒャエル・ホルシュタイン(みひゃえる・ほるしゅたいん)はとても楽しそうに見ていた。
「ふふふ、うまくいったようだね」
 妖艶な微笑みを浮かべて、楽しそうにミヒャエルはその様子を眺める。
 吸血鬼であるミヒャエルは、森を駆け回り、仲間の振りをして、他の吸血鬼たちに、良い獲物がいると伝えたのだ。
 同じ吸血鬼の言葉に、彼らは疑いを持たず、ミヒャエルの言われたところにやってきた。
 一瞬、清毅と間違えそうになったが、勇が自ら進んで体を差し出したので、ミヒャエルの予定通りに行った。
 勇の制服のあちこちがおかしな形に歪む。
 制服の中で触手が蠢いているからだ。
 服の袖、ズボンの裾、襟元。
 あらゆるところから触手が入り込み、勇の体を弄んでいく。
「……っ」
 勇は入りこんでくるソレに負けないように唇を噛む。
 今までミヒャエルに毎晩のように色んなことをされてきたが、ミヒャエルの手は人の手のそれとほぼ一緒なので、触手の感覚は初めてだった。
 唇を奪われないように、と思っていた。
 吸血鬼に使おうと思っていた英霊珠は全く役に立たず、勇の手から零れ落ち、彼は人の指とは違う感覚の中に堕ちていった。
 堕ちていく意識の中で、勇は自分が犠牲になって、他の学生が助かるならばそれでいい、と思い、自分の嫌いな自分がより汚れることをどこかで望んでいた。
 勇が弄ばれる姿を見たミヒャエルはそれに満足し、手近な吸血鬼に近づいた。
 ミヒャエルは背後から抱きしめるようにして吸血鬼を捕え、相手の首筋に唇をつけた。
 血を吸いながら『吸精幻夜』を使う。
 蕩けるような感覚が相手に入りこみ、その精神を惑わせた。
「……僕が躾けた玩具に面白いことを教えてくれたね。これはその礼だよ?」
 青い右目と金色の左目が怪しく光る。
「ほら、もっと鳴きなよ。……いい声でね」
 吸血鬼の甘い声と勇の快感を噛み殺すような声が重なる。

 その光景を見ていた有明 海晴(ありあけ・みはる)はドキドキが抑えられなかった。
「わ〜すごいことになってるなあ」
 漆黒の薔薇よりも、暗い森で熱く激しい絡み合いが展開されているはずと期待した海晴は、期待以上の光景に釘付けになっていた。
 吸血鬼避けに食べてきたニンニク料理の臭さが自分から感じられるのが気になるが、それよりもっとすごい光景に海晴はドキドキしていた。
 実はここに来る前に海晴はミヒャエルが唆した吸血鬼たちとはち合わせていた。
 しかし、海晴は機転を利かせてこう言った。
 「私よりも、もっと美味しそうな美形男子が後から来る」
 海晴のその発言を信じた吸血鬼は、逃げる海晴を見逃がした。
 そして、今、こうやって海晴の望みどおり、海晴が描いていた同人誌以上の世界が展開されている。
「すごい……本当にすごい!」
 これならカメラを持ってくるんだった! と思いつつ、海晴は目に焼き付けるのだった。
 一方、さけも望みの物を手に入れていた。
「やりましたわ……! これで晶に漆黒の薔薇がプレゼントできますわ」
 さけは吸血鬼に襲われるのを望む生徒達の後ろをつけ、彼らを生贄にしながら進むということで、自分の安全を確保したのだ。
 弄ばれるなんてもってのほか、と思っていたさけは、見事にそれを上手に避け、漆黒の薔薇に辿り着いた。
 さけは自分の分とパートナーの分の漆黒の薔薇を二輪持ち帰ることに成功したのだった。