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リアクション
「これが、ドラゴンの『長老』の洞窟ね…」
霧の深いなか、ドラゴンの『長老』との対話を求めてやってきた一同は、それぞれに鼻をつまんだり、マスクをして『クサー・ヤ・ノ・ヒモノ』を洞窟の前にお供えした。
「るーくん、マナちゃん、頼んだよ!」
倉田由香がそっと、二人を岩の上に置いた。
「まかしとけ!」
「大丈夫なのだよ」
小さな二人がちょこちょこと歩き、『クサー・ヤ・ノ・ヒモノ』から少し距離を置いたところで念じ始める。
「二人の体から、不思議な波動が出ているわ…」
「ほんとうだ♪」
その波動が徐々に広がり始め、その場の空気一帯が異次元のような雰囲気に包まれ始めたその時、洞窟の中からすさまじい光の玉が飛び出してくる。
「うわあ!」
「きゃあ!」
その光の玉の風圧と光量に圧倒された一同は、ばたばたと地面に倒れ込んでしまう。
『なにものじゃ…わしを呼ぶのは誰じゃ…』
衝撃から回復し体を起こした面々に、不思議な声が直接頭の中に響いてくる。ドラゴニュートの能力で、ドラゴンの声が直接脳波に届くようになったのだ。
「あなたは、『長老』?」
蒼空寺 路々奈がまず、頭の中で語りかけてみると、不思議なことにその路々奈の思考を他のみんなも受け取ることが出来た。
ゆっくりと輝きの中から顔を出したのは、いかめしい雰囲気を持ちながらも、どこか仙人のようにこの世のものを全て超越したドラゴンだった。一目見て、それが『長老』と呼ぶにふさわしい存在であることが、その場にいる全員が理解した。
『長老…のう…確かにわしをそう呼ぶ連中もおるが、ただの老いぼれたドラゴンにしか過ぎん。お前たち、何か話があってきたそうじゃな? わしは人前に出るのは好かん。恥ずかしいでのう…しかし、このような小さなドラゴニュートたちがわしの大好物、『クサー・ヤ・ノ・ヒモノ』なんぞもって、わしに必死に語りかけてくるもんじゃで、出てこざるを得なかったんじゃ。』
「凄い、ホンモノのドラゴンの『長老』を見ることができるなんて…一生に一度、あるかないかよ…カノン」
「本当だぜ。樹の願いが一つ、叶ったんだぜ」
ドラゴンに憧れている水神 樹は、側にいるパートナーのカノン・コートと目を輝かせていた。
早速ルークが、『長老』に平身低頭して懇願した。
「『長老』様! 私たちにアンテナ設置のお許しを下さいませ!」
『アンテナ? それはなんじゃ』
「俺たち、人間同士が連絡を取り合うときに必要になるものです。実はその設置場所が、ドラゴンの飛行ルートと被っているんです」
沖田 総悟が続ける。
「僕たちはドラゴンたちに危害を加えるつもりなんて、一切ないんです。ただ、遠くにいる家族の声が聞きたい、その願いを叶えるためにはアンテナが必要なんです」
「お願いです、『長老』様。私、お父さんと話がしたいの。もう、ずいぶん長く、お父さんとは会えなくて、とても寂しいんです…お父さんは今、空京に出稼ぎに行っています。私はお父さんが怪我していないか、病気していないか、心配になって気になって…夜、眠れないこともあります。それに私たちの村では、親が空京に出稼ぎに出てしまい、寂しい思いをしている小さな子供たちが、いっぱいいるんです。でもアンテナが設置出来て、携帯電話が使えるようになったら、その子たちは遠く離れているお父さんやお母さん、家族といつでも話をすることができるんです」
レインはうっすらと涙をためて、『長老』に語りかけた。
「ボクら一生懸命努力して、ドラゴンさんたちに迷惑をかけないアンテナつくるつもりや。そやから『長老』さんから、ドラゴンさんが苦手なものを教えてください。それをアンテナにつけて、ドラゴンさんが近寄られへんようにしまっさかい。たのんます!」
二十六木 大夢がぺこっと頭をさげた。
「『長老』。家族を大切に思う気持ちは、あらゆる種族に共通するものでございます。離れ離れになってしまった家族を結び付けるために、アンテナの敷設を了承してください」
マナに続いて、ルークが懇願する。
「ドラゴン側に要望があるなら叶えられるよう、私たちが人間種族と交渉いたします! お願いします!」
「お願いします!」
ルークとマナが小さい体をより、小さく折り曲げて頭を下げる。その小さな体が、かすかに揺れていた。さすがの二人も自分たちと同じ種族の先人、『長老』から自然と発せられる威厳とオーラに打ち震え、内心、恐れおののいていたのだった。
『ふうむう…』
『長老』は少し、時間をおいて考える様子を見せたがやがて、すうっと手を伸ばし、『クサー・ヤ・ノ・ヒモノ』を口に運び始める。
『おお、たまらぬ、この豊潤な香り。すえた味わいが素晴らしい。わしはこの洞窟にこもって以来、これを口にすることはほとんどなかったんじゃ。久しぶりで嬉しいわい。それにしても、これはなかなかの逸品のようじゃな。…よし、お前たちの言いたいことは良く判った。ではアンテナとやらを立てるのを許そう』
「本当ですか!? 『長老』様!」
『じゃがな、わしもこの一帯の『長老』、一番の年寄りじゃ。お前たちが家族の絆を強めたいのと同様、わしはわしらの仲間、家族であるところのドラゴンを護ることを考えねばならん』
「もちろんです」
『じゃからな、アンテナは低くて小さいものにして欲しいんじゃ』
「はい!」
『さらにわしらドラゴンは、お前さんたちほど、頭が良くない。たとえ人間とドラゴンの間でなんらかのルールや規則を決めたとしても、この地帯の全てのドラゴンがそれを守りきれるわけではないんじゃ。じゃから、今から言うものをアンテナにつけて欲しい。わしらはそれが大嫌いじゃ。そうすれば、わしらはそれに近づく事はできなくなる。アンテナと衝突する事故もなくなるじゃろう。それとな、時々はこの『クサー・ヤ・ノ・ヒモノ』を持ってきてくれるよう、コンフリー村の村人に頼んで欲しい。わしもそうすれば、アンテナのことを時々、思い出して気にしておくことが出来る』
「もちろんだよ♪ドラゴンのじいさん♪」
荊原 ちいこのぶしつけな物言いに、周囲が慌てて止めに入るが、『長老』はどこかほほえんだような声でこういった。
『元気な子じゃな。それではわしらドラゴンの苦手な物を伝える。我らドラゴンの命を守るためにも、なにより家族のきずなを強めるためにも頼んだぞ』
『長老』のもとを後にした一行は、資材置き場とベースキャンプになっているところまで戻りながら、早速設置するアンテナのタイプについて話し合っていた。
「これで、アンテナ設置ができるね」
「『長老』から、お墨付きのお札ももらえたので、これは私たちの社に安置させていただきます」
レインを護っていたヒツナ ヒノネが、そっとお札を自分のドレスの中に隠す。
「それにしても、ドラゴンが苦手なものが『演歌』と、金色、そしてラベンダーの香りって言うのに、びっくりしたわ。アンテナを立てたら、この山のあたりには『演歌』が響き渡ることになるのね」
リネン・エルフトが呟くと、一同、首を縦に振って見せた。
「まあ、平和でいいんじゃないか。ラベンダーの香りは癒しにもなるから、この辺を荒らしているパラ実の奴らも、大人しくなると思うぜ」
レインを心配して、宿の仕事を中断してついてきた緋桜 ケイ(ひおう・けい)の言葉にそれもそうだね、となんとなく、納得した一同だった。
アンテナの資材に関しては、十分なものが用意されていた。というのも、陽平のパートナー、シェスター・ニグラス(しぇすたー・にぐらす)がツァンダ領主に頼み込み、ドラゴン対策の資材や資金を調達することを約束させたからだ。
「君の言いたいことはよく分かったよ、素晴らしい」
ツァンダ領主の言葉にシェスターは
「私の話を聞いて下さってありがとうございます。私は男ですが、豊穣の神に仕えるもの。みんなが豊かになることを望んでおります。特に今回は家族と家族の絆を強めるためのプロジェクトですから、力も入るというものです」
と、端正な顔立ちでほほえんだのだった。
技術者との打ち合わせで『長老』と会って話をしてきた生徒たちがことの子細を伝え、アンテナに関しては小型タイプのマイクロセル方式が採用されることになった。また、ドラゴンがぶつからないようにするため、金色に塗られ、ドラゴンの『長老』から聞いたとおり、スピーカーから演歌を流し、アロマディフューザーでラベンダーの香りを放つようなオプションがつけられた。
万が一、ぶつかった場合でも被害を最小限とするため、円い椀型にすることとなり、アンテナの形や設置方針が決定された。
資材置き場を中心とした警備は、御影 春華が建 設が完了するまで続けた。
「私の名に懸けて、ここは通さないよ!」
時折光学迷彩をまとったゆる族やパラ実が、資材目当てに侵入してくることがあったが、春華は魔の気配を察知し、事前にウィングから貰っていたカラーボールを投げつけ人目に付きやすくすると、びっくりしたゆる族は逃げ出してしまうことがほとんどだった。
またカリバン・ロックウェルが、資材目当てで突っ込んでくるパラ実の一群に弾幕援護を行い、侵入者の行く手を封じ、アサルトカービンで撃退した。
そんな中、こっそりと上手く作業員たちに紛れ込んでいるパラ実の生徒もいた。その名はナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)。三本編みおさげが特徴的な、特殊部隊の出身者だ。
ナガン ウェルロッドは目立たぬように大きな体をわざと小さく見せ、コツコツと真面目に働く作業員を装っていた。しかし、その腕は確かで、誰もナガン・ウェルロッドの盗みに気がつくことはなかったのだ。
「わざわざ目立つようにやってきては追い返されている連中と、自分では、頭のデキがちぃっと違うんだなあ…おっとまたお宝ゲット! ちゃりーん。今日も一つ、良い資材をくすねてやったぜ」
ナガン ウェルロッドは、資材が目当てなのでアンテナが立つかどうかはどうでも良く、また、積極的に妨害工作をする気にもならなかった。しかし、せっかく自分が作業員として入り込んだ現場。結末をみて帰るつもりで、すっかり温泉宿の人たちとも馴染みになってしまったのだった。
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