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聖夜は戦いの果てに

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 第5章 よこしまな人々(2)


 教導団実習施設女子更衣室
弥涼 総司(いすず・そうじ)殿、いや部長。ここは拙者が譲るでござる。のぞき部の部長として、梅琳殿に確実にのぞき予告をするでござるよ」
 椿 薫(つばき・かおる)は、開会の時から抱えていた箱を総司に差し出す。総司はすまなそうな面持ちで、薫から箱を受け取った。
「悪いな」
「そんな台詞、部長らしくないでござるよ。これものぞき部の更なる繁栄のためでござる」
 からからと笑う椿に、総司は決意を込めた顔で頷いた。
「わかった。命に代えても、オレは今日の任務を遂行しよう。……ところでこの中、何が入ってるんだ? 随分重いな」
「ああ、それは――」
 薫がにやりと笑う。
 総司は箱の蓋に手をかけて、開ける――瞬間に、箱を薫に突っ返した。途端、中からボクシンググローブが跳ね出てきて薫にアッパーカットを食らわせる。
「ぶごっ!」
「はっ! お前の考えてることなんか見え透いてるんだよ! さあメッセージカードを渡せ! 没収だ!」
「なんと! プレゼントの中身までバレているとは……」
「……え? お前、マジでカードしか持ってきてねーの?」
「…………」
 にやりと笑う総司。
「あああだまされたでござるうううう!」
「まだまだだな薫。オレを騙しきることが出来たら部長の座を譲ってやるよ。さあ、カード渡せ。ほれ」
「くっ……かくなる上は……!」
 薫は雅刀を取り出した。目が本気だ。
「げっ! おまっ、ここ更衣室だぞ! 逃げ場所が……」
「問答無用!」
 繰り出される雅刀の攻撃をラウンドシールドで受ける。幸い、刀はしょっちゅうロッカーに引っかかって勢いを削がれている。
「ああもう馬鹿は面倒くせえ!」
 総司はブラックコートで身を隠して薫の脇を通り過ぎ、遠当てを放つ。薫がロッカーに激突し、切り刻まれていたロッカー群が崩壊して中に入っていた下着がスキンヘッドの上に落ちてくる。そこに近付き、総司は吸精幻夜で薫の血を吸った。
「うえ、まじぃ……おい、早く渡せ。オレが捨てといてや……」
「部長に食われたらディナーも泣くでござる……」
 薫は残っている意識を使ってカードを出して一気に口に入れ、咀嚼した。
「あっ……! ちっ、しょうがねえなあ」
 総司は薫と散乱した下着を見下ろし――数秒の沈黙のうち、呟いた。
「いくつか持って帰るか。なあ、なつめ」
 
 ほくほくして更衣室を出た総司は、酒で顔を真っ赤にした関羽を前にして驚いた。その隣には、今日の真のターゲットである梅琳も立っている。梅琳は別の意味で顔を真っ赤にしていた。
「ディープキスだな!」
「うわあああ何で知ってるんだーーーーーーー!? (うっ、酒くせっ!)」
「今盗ったものを出しなさい。さあ早く。とぼけるとどうなるか、わかるわね?」
 関羽の口臭にやられた総司はへたばりながら、下着を出した。ついでにプレゼントも差し出す。【今宵、貴女の着替えをのぞきます 仮面ののぞき魔より】というメッセージカードと危ない下着だ。カップもばっちり合っている。
 それを見た梅琳は。
「バカーーーーーーーーーーー!」
 総司の顎を思い切り蹴り上げた。

「ねえあなた」
 再び食堂。24番の大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は、45番のゼッケンを付けた天槻 真士(あまつき・まこと)に声を掛けられた。対戦相手だ。細身の身体を黒いタキシードで包んだ彼女は、日本の有名な劇団の男役にも見える。
「自衛官の制服を着ているということは、結構出来るのよね? 場所を変えて対戦しましょう」
「え、でも……」
 剛太郎は躊躇った。教導団の制服で装備を固めているというならともかく、タキシードの女性と戦うというのは――
 戦闘があるとはいえ小銃射撃はダメだろうと、剛太郎は今日、徒手格闘だけで挑もうと武器を持ってきていない。開会後には後悔したが。
 彼女と徒手格闘をした際のことを想像して、剛太郎は赤面した。
「何? はっきり言いなさいよ」
「い、いえ! 本当に戦うのでありますか……?」
「当然でしょ。あなた、ここに何しに来たの?」
 真士の質問に、剛太郎は友人のことを思い出した。今日の合コンに誘ったら『行きません!』と断られてしまった。おまけに、プレゼントの相談をしたら『知りません!』と完全に怒らせてしまい、彼女の機嫌を直すことが剛太郎の目下の課題だ。せめて、このパーティでおみやげを持って帰りたいのだが……。
 口ごもる剛太郎に業を煮やして、真士は答えを待たずに攻撃を仕掛けた。シャープシューターを使う予定だったが、ここまで近距離だと意味がない。食堂で銃を使うのは遠慮したかったので、近接格闘にする。
 懐に入って掌底を叩き込み、続けて左足を軸に蹴りを繰り出す。
「う、うわっ! 待つであります!」
 剛太郎は反射的に、真士のシャツを掴んだ。引き倒して、身を拘束しようとしたところで、何かやわらかいものが口に当たる。
「きゃあ!」
 真士が飛び起きる。顔を紅潮させて両手で肩を抱き、ふるふると全身を震わせている。
「違うであります! 今のは不可抗力というやつで……」
 だから言ったのにと思いながら(言ってない)剛太郎は抗弁するが、真士が聞く耳を持つわけもなく――
「忘れなさい! さもなければ殺す!」
 アサルトカービンを撃ち込まれ、剛太郎はもんどりうった。自衛隊の防弾チョッキを着ていなければ、確実に天国に旅立っていただろう。
 ――――――――
「なんだ、そんなことで悩んでたの?」
 戦闘後に友人とのことを打ち明けると、真士は剛太郎の水晶をもてあそびながら、あっけらかんと言った。
「そんなことって……自分には重要なのでありますよ……」
「ふぅん……」
 暫く水晶を手に持って色んな角度から眺めていた真士だが、彼女はそれを、ふいにぽいっと剛太郎に返した。
「これを渡してあげれば? きっと喜ぶと思うわよ」
「へっ? この水晶を?」
「そうね、この門松もついでに――」
 真士がディープキスよりはマラソンを、と門松を渡そうと手に持った時だった。
「よし! 決着がつきやがったな!」
 再び口調設定を忘れた関羽が、怒涛の勢いで突っ込んでくる。剛太郎が抱きつかれてディープキスされ、気絶した。
「えっ、関羽さま、私は……いやあっ!」
 狙ってた! この酔っ払い絶対狙ってた!
 真士が果てるのを見届けながら、ギャラリー全員がそう思った。