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ふぁーすときす泥棒を捕まえろ!?

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ふぁーすときす泥棒を捕まえろ!?

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3.カフェテラスにて2 

 授業が終わって少し経って、カフェテラスはますます繁盛している。
「花粉症対策にマスクをどうぞー」
 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は、店を訪れる生徒たちにマスクを手渡している。季節柄、花粉症対策と称しているが、もちろんファーストキス泥棒対策だ。
 犯人は被害者にキス以上のことをしようとしていない。マスクをしていれば、突然キスされるというのは防げる。
 無理矢理にマスクを引きはがしてキスをするというのは、優斗のイメージするファーストキス泥棒のイメージにそぐわない。そうまでしてファーストキスを奪おうとするなら、例え犯人が少女であっても力尽くでもとめるつもりだ。
「あっという間。でしたね」
 諸葛亮著 『兵法二十四編』(しょかつりょうちょ・ひょうほうにじゅうよんへん)は空になったマスクを入れていた籠を揺すってみせた。優斗の自腹を切って三百枚用意したが、配り始めて一時間しないうちに無くなってしまった。
「まったくの無駄ではないと信じたいですわ」
 マスク配布案は『兵法二十四編』の発案だが、彼女はまるで他人事である。
「できることを一つずつやっていくしかないよ」
 優斗はまったく疲れを感じさせない笑みを浮かべてみせる。カフェテラスの責任者に話を通し、ここでマスクを配布させてもらえるよう話を通したのも優斗だ。『兵法二十四編』は焚きつけるだけで、自分はほとんど動かなかった。
「さて……次は囮の件だね」
 優斗の言葉に、彼のパートナーであるテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)ミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)が凍り付く。
(私たちに囮をやれっていうの?)
(まさかそんな)
 テレサとミアは視線を交わす。
「まずはファンデーションで下地作りを……」
 優斗はなぜが慣れた手つきでリキッドファンデーションをスポンジにとって顔に塗っていく。
「……なにを……なにを、しているんですの?」
 テレサは震えながら呟く。彼女の視線の先には、今まさに男女の差を乗り越え『風祭 優斗子』とでも呼ぶべき存在へと脱皮しようとしているパートナーの姿があった。
「う……う……」
 ミアも目に涙を浮かべて優斗の姿を見つめている。
「善き哉善き哉」
 『兵法二十四編』は、テレサたちには見えぬように笑みを浮かべる。
「優斗さん、そこに座りなさい!」
 テレサは、ビューラーでまつげをカールさせている優斗をカフェテラスの床の上に正座させる。
「はべ!」
 ビューラーでまぶたを挟んでしまった優斗は情けない悲鳴を上げる。
「優斗さん……何をしているんですか?」
 テレサは優斗に詰め寄る。
「いや、二人が囮になるくらいなら、ボクが変装して囮になろうと……」
「……ファーストキス泥棒は女の子なんですよ?」
 静かな怒りを秘め、ミアが優斗を見つめる。
「え?」
「優斗さんが囮になるっていうことは、他の人とキスをしたいっていうことですか?」
「いや、その」
「それなら私にキスをしてからにしなさい!」
 テレサは優斗の肩を掴んでゆっくりと顔を近付けてゆく。
「私も……」
 ミアも優斗の顔をのぞき込むようにしながら、ゆっくりと距離を狭めていく。
「う……あぁぁぁぁ!」
 優斗はすっかり訳がわからなくなり、桜色のリップスティックを塗りながらその場から逃げ出した。
「はわー。なんだったんでしょうね」
 優斗がメイクを始めてからカフェテラスを飛び出すまでの一部始終を見守っていた宇佐木 みらび(うさぎ・みらび)が、溜め息を吐き出しながら呟く。なんだか、見てはいけないものを眼にしてしまった気分だ。
「蒼空学園って怖いところなんだな」
 グラスの中のオレンジジュースをストローで混ぜながらセイ・グランドル(せい・ぐらんどる)がいう。彼らはイルミンスール魔法学園に籍を置く学生だ。
「でも、このスィーツはおいしいね」
 霧島 春美(きりしま・はるみ)はさくらフレーバーのアイスクリームをぱくつきながら何度もうなずく。
「パンケーキの上にアイスを載せるとは、蒼空学園もなかなかだよね」
 ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)もさくらネーロが気に入ったようだ。完全に獣化しているので、なんだかウサギっぽい生物が甘いものを一心不乱に食べているようにしか見えない。
「いやー、それにしてキスってどんな味なんだろ」
 みらびは打ち合わせ通りの台詞を言う。若干不自然なくらいの大声がカフェテラスに響く。
「甘酸っぱいよ!」
 これまた打ち合わせ通り、春美の声もまた舞台の上に立っているかのようだ。
 カフェテラスで休憩していた女生徒たちが妙に優しげな視線で彼女らをみる。
「そっかー、宇佐木ちゃんキスしたことないんだねー」
「う……うん」
 打ち合わせ通りだが、さすがにこれ以上カフェテラスで注目を集めながらキスをしたことがないと宣伝するのは限界だ。
 みらびは言葉に詰まって硬直している。
 表情を消したセイが伝票を持って立ち上がる。
 春美たちは、みらびがファーストキスがまだであることを不特定多数の人々に知らせることで、より能動的にファーストキス泥棒を誘き出そうとしているのだ。
「じゃあ、うさぎちゃん。またねー」
 カフェテラスの外、春美はみらびに手を振った。みらびの背中には、ウサギっぽい生き物をデザインしたリュックサック――に変装したディオネアが背負われている。
「俺が守ってやる――だから心配するな」
 セイは、睨みつけるような強い視線でみらびを見つめる。みらびは無言でうなずく。自分は一人ではない。背中にはディオネア。そして少し離れて光学迷彩でセイと春美が見守っていてくれる。
「セイ、怒ってるの?」
「――守ってやるから、心配するな」
 セイはみらびの質問には答えず、春美の去っていったのと同じ方向へと走っていった。
 もし自分がここでキスをしたら、みらびは怖い思いをしなくて済むのではないか。
 そう考えてしまった少年の含羞と自己嫌悪を、みらびが知るよしもない。