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ちーとさぷり

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日中

 {#鬼崎朔}は裏通りに入ると、人目がないのを確認してから薬を飲んだ。瞬発力強化――強くなるために必要とされるものだ。
 飲んだ直後は何も感じなかった。うっすらと青いそれは無味無臭だし、身体にも変化はない。
 近づいてくる足音に顔を上げ、朔は数人の男たちがこちらへ来るのを確認する。喧嘩を売られると分かって、朔は彼らの行く手を塞いだ。
 無言の中の睨み合い、戦闘開始を告げる風。
 先に動いたのは朔だった。男の攻撃を避け、素早くその腹へ蹴りを入れる。次々に襲いかかる攻撃を見事な瞬発力で避けて行く。――いける!
 数分後、朔の前にいた男たちは一様に地面へと伏せていた。

 チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)は心配げな顔をした。理沙がリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)を見て言う。
「誰……だっけ?」
「え?」
 リュースの顔がひきつる。
「……ゴメン、分からないわ」
 と、申し訳なさそうな顔をする。
「そんな……理沙?」
 理沙の肩を抱いたチェルシーが説明をする。
「すみません、理沙さんは例の薬を飲んでるみたいで、記憶を失くしてしまっているんです」
「……う、嘘だ。どうして、どうしてだよ、理沙!?」
 と、チェルシーを突き飛ばすようにリュースは理沙の肩を揺さぶる。
「……ごめんなさい」
 理沙はそう言うと、リュースの手を退けて歩き出してしまう。
「待って! 理沙……独りにしないで!!」
 絶望したように泣きわめくリュースを置いて、チェルシーは理沙の後を追う。
「嫌だ……お願いだから、行かないで……」
 そしてリュースはその場にくず折れた。

「あ……おはよう、京子ちゃん」
 双葉京子(ふたば・きょうこ)が声をかけると、真はどこか元気がなかった。
「どうしたの、真くん?」
「俺は、別に普通だけど……」
 そう言われても、何故だか胸がざわつく。京子がまた声をかけようとして、東條カガチ(とうじょう・かがち)柳尾なぎこ(やなお・なぎこ)にばったり出会う。
「よう、椎名くん」
 真がびくっとしたのを京子は見逃さなかった。
「えっと、誰ですか……?」
 と、小さな声でカガチへ問いかける。
 カガチは目を丸くすると、「まさか、椎名くんも?」と、真へ近寄る。
 真は京子の前へ立つと、小さな声で京子へ告げた。「大丈夫、俺が守るから」
 何かがおかしいことに気付いた京子だが、自分にはどうしようもない。――真があの頃に戻っている原因も、治す方法も知らない。
「まさか、俺のこと忘れたなんて言うんじゃねぇよな?」
 カガチの言葉に真は反応しなかった。それどころか、
「だから、誰ですか? 少なくとも俺は知りません」
 と、警戒する様子をみせる。
 カガチは拳を握りしめると、真の顔を殴った。勢いよく床へ倒れる真。
「どいつもこいつも、どうなってやがる!? 何で知らねぇんだよ!」
 と、カガチに二発目を入れられる前に真は京子の手をとり、走りだした。
「ちょっと、真くん!?」
 カガチもすぐに後を追う。真と会う前に友人のリュースに会ったのだが、彼もまた様子がおかしかったのだ。半狂乱でカガチを認識せず、どんなに話しかけてもまともな返事が返ってこない。
「カガチ、なぎさん聞いたことある」
「あぁ?」
「へんな薬がはやってるって。記憶がなくなっちゃうんだって」
 カガチは舌打ちをした。追いかける速度を上げ、真へと真っ直ぐに向かう。

「待たんか! オウガめ!!」
 昼間の空京を走り回るのはグラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)。パートナーのオウガ・ゴルディアス(おうが・ごるでぃあす)が飲みかけのちーとさぷりを手に逃げ出したのだ。
「……まったく、考えが単純すぎだ」
 と、アーガス・シルバ(あーがす・しるば)もグランの後に付いて追いかける。
「知らないでござる! 拙者は何も知らないでござる!」
 脚力を強化し、走る速度が格段に上がったオウガはひたすら空京の街を駆けて行く。
 軍用バイクを走らせていた夜住彩蓮(やずみ・さいれん)は、向かってくるオウガと正面衝突しそうになった。それをオウガは驚異のジャンプ力で交わし、彩蓮は急ブレーキによる衝撃に耐え地面へ転がるのだけは免れる。
「全く、危ないんだから……」
 と、バイクを立て直す。すると、どこかからか声がした。
「誰か! あいつを捕まえてくれ!」
 後から来たグランとアーガスを見て、彩蓮はすぐに事情を察する。追う者と追われる者、困っている人たちがいるなら放ってはおけない。
「私が行きます!」
 と、オウガの去った方へバイクを走らせる彩蓮。
「知らないでござる! 拙者は何も知らないでござる!」
 同じことを繰り返し叫びながら逃げ続けるオウガの後ろにバイクが迫る。
「そこのあなた! 止まりなさい!」
 全速力で走っていけば、ついに彩蓮はオウガと並ぶ。
「知らないでござるぅぅ!!」
 涙ながらにそう叫び、足を止める様子のないオウガに、彩蓮は最終手段をとった。
 ――普段ならこんなことしたくないんですけど、ね! ――オウガの前へ出て、間もなくブレーキで急停止、行く手を塞ぐ。
 オウガが気づいた時には遅く、勢いよくぶつかった。……誰が見ても交通事故だ。
 地面へ飛ばされた彩蓮だったが、幸いなことに意識までは飛ばずにすんだ。
「すまんのぅ、お嬢ちゃん」
 と、息を切らしながらグランが彩蓮へ駆け寄る。
 アーガスは気を失っているオウガを縄で縛りあげていた。
 立ちあがった彩蓮は、オウガの手に未だ強く握りしめられている瓶を見て言う。
「まさかあれ、ちーとさぷりですか?」
「ああ、そうじゃ。あんな薬に頼るとは情けない奴じゃろ」
 彩蓮はオウガへ近寄ると、その手から瓶を取り上げた。
「これ、回収させてもらってもよろしいでしょうか?」
 と、グランを見る。
「研究の為に回収して回ってたところなんです」
 グランはにっこり頷いた。
「感心じゃのう。オウガとは大違いじゃ」