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蒼空サッカー

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蒼空サッカー
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終章・1 新たなる挑戦者?

 どこかから、クラシックの優雅な曲が聞こえてくる。
 放課後の百合園女学院。若葉も鮮やかな並木が並ぶ中に置かれた掲示板の前に、水無月良華は立っていた。
(う〜ん……)
 目を丸くして、掲示板を隅から隅まで見つめる。どんなに探しても、彼女の探しているものはなかった。
「良華ちゃん、どうしたの?」
「あら、ヴァーナーちゃん」
 声をかけられた良華は、「見て下さいよ」と不満そうな顔で掲示板を指さした。
「? 何かヘンな掲示でもあったの?」
「いいえ、ないんです」
「? 何が」
「第二回蒼空サッカーの告知」
 はぁ、と良華は溜息をついた。
「別に、サッカーじゃなくてもいいんです。ただ、同じような競技大会が、もっと開かれてもいいのでは、と……」
「ふぅん。良華ちゃん、そしたらまた選手として出るの?」
「もちろんです。ちゃんと事前に準備をして、万全の態勢で参加します」
 答える良華の手には、百合園学園の各種運動部や同好会のチラシや勧誘ビラがあった。
「良華ちゃん、今度は勝ちたいんだね」
「当然です。やるからには、ちゃんと勝たないと」
「じゃあ、動いてみたら?」
「動く?」
 「そう」とヴァーナーは頷いた。
「待ってるだけじゃ、何も始まらないよ。したい事があるんだったら、できるように動かなきゃ……もう動き始めている人、結構いるみたいだよ?」

 放課後の蒼空学園のカフェテリア。
 芦原郁乃は、色々と詰め寄られていた。
「だからさぁ、この前の試合はそれなりにとっても楽しくて、有意義だったのは確かだよ。それは認める」
 身を乗り出してくるミルディアに、芦原郁乃は一応「うん、そうだね」と頷いた。
「でもまぁ、あのバカっ広いフィールドはないと思うし、やっぱりスキルの使用も控えてさ。普通のスポーツをやりたいわけ。できれば今度は、女の子だけでさ」
「うん。気持ちは分かるよ」
「で、競技ってのは、チームでやるもので、最低2チームないと試合出来ないからさ」
「うん」
「まず、人集めてチーム作ってよ、キャプテン。競技はサッカーで」
「……どうして私に言うの?」
「ごめん、ちょっといいかな?」
 ミルディアを押しのけて、レロシャンが一枚の書類を芦原郁乃の前につきつけた。
「キャプテン。これに名前書いて」
「……何コレ?」
「あー、深く考えないでいいから。とにかくキャプテンは名前書けばいいの」
「……ヤだ。何だか凄くコワい」
「あー、そこの百合園サッカー部。アコギな真似はいけないな」
 横から葛葉翔が声をかけてきた。
「相手に契約内容を理解させないで作った契約書はルール違反だ。またレッドカード喰らいたいのか? 蒼学に出入り禁止にさせるぞ」
「いいじゃないの別に、入部届ぐらい」
「大体なぁ、蒼空学園までわざわざ来て部員勧誘するってのは筋が通ってないんじゃないか? 勧誘は自分のホームグラウンドでやってくれ」
「仕方ないでしょ、百合園ってば大人しい子ばっかりなんだから」
(嘘をつけ)
「何か言った?」
「何も? ……さ、キャプテン。これを一読した上で、サインしてくれ」
 また書類が差し出された。
「えーと……『蒼空学園サッカー部 入部届』?」
「よし、これで書類の内容は把握したな。あとは名前を書けばいい。今なら即レギュラーの特典つきだ」
「私、運動苦手なんだけど」
「つまり、これからいくらでも成長できるって事だな。いいよ、あんた。気に入ったぜ!」
「ねぇ部長さん」
「何だ、キャプテン?」
「何か言い切って親指立てればカッコいいって思ってない?」
「……分かった。代わりに俺が名前を書いておこう。名字の『あはら』の『あし』って字、簡単な方でいいんだよな?」
「こら、蒼学! そっちの方がレッドカードじゃないの!? それどころか永久追放ものじゃない!?」
「うるせぇ! 後で分かってもらえるからこれでいいんだ! 蒼学生が蒼学生を部活に引き込んで何が悪い!」
「チクる! 絶対そっちの生徒会にタレこむ! 私のコネ駆使して、蒼学サッカー部を部活停止にしてやる!」
「この野郎! 裏工作に走るとは何事だ! お前にはスポーツマンシップってものがないのか!」
「入部届偽造する人間に言われたくないわよ!」
「この百合園〜っ!」
「この蒼学〜っ!」
「戦るか!」
「受けて立つわ!」
「サッカーで勝負だ!」
「望む所!」
「「キャプテン、どっちに着く!?」」
「私もうキャプテンじゃないってば〜ぁ!」
「ヒャッハー! すっかり人気者だなぁ、芦原さん!}
 カフェテリアの入り口から声がした。
 見ると、イルミンスールの制服を着たグループが、どやどやと入ってくる。
「この前は実にいい試合だったぜ、芦原さん! あんたは将来人の上に立ち、人を引っ張っていく器だ! 間違いない!」
「はぁ、どうも」
「で、今度は野球やろうぜ野球! パラ実式瞑須暴瑠(ベースボール)よ! ルールは簡単、生き残ったヤツの勝ちだ! 分かりやすいだろう!?」
「「それスポーツじゃない!」」
「黙れ、蒼学&百合園のサッカー部員! ま、健全なスポーツをやってる白のみなさんじゃあ、死と隣り合わせの美学ってのは分からないかも知れんがな、フッ」
「そんなの私も分かりたくないよぅ……」
「いや、芦原さん。あんたならできる。生死の狭間にある至高の境地、俺と一緒に行こうじゃねぇか! とりあえず人集めてくれ! 集まったら連絡先は……」
「そんな怖い境地、行きたくない!」
「部長、ちょっといいかな!?」
 遠野歌菜が割り込んできた。
「ねぇねぇ、白のキャプテンさん! 今度は空飛びながら何かやろうよ!」
「何かって何!? それに私、空飛べない!」
「大丈夫! 空飛ぶ箒の乗り方は教えてあげるから! えーと、下に安全ネット敷いた空中式バレーボールとかどう? あ、選手入り乱れた方が楽しいから、空中バスケとか空中ラクロスなんてどうだろ?」
「イヤです。そんな怖いの絶対イヤ」
「えー、面白いと思うんだけどなぁ……じゃあいっそ、魔法で力場作って無重力状態にして……」
「ますます危ないじゃないの!」
「そうだよ、ただ試合するなんて面白くないって。ちょっとどいて……んしょ」
 遠野歌菜の答えを聞かずに、カレン・ クレスティアが芦原郁乃の前に割り込んだ。
「えーと、ちょっとコレ見て」
 そう言って、カレンは一冊の大きな本を開いてみせる。紙面を満たすものは、ミミズの這いずったような、文字とも模様とも分からぬもの。その内の一箇所が指さされる。
「……分かる?」
「いいえ、全然」
「これはね、ナントカいう神様の祭壇の前で複数の人数が二派に別れて何かやると、そのナントカいう神様が呼び出されるって書いてあるみたいなんだ」
(憶測と推測ばっかり……何かって何?)
「ん? 何か言った?」
「いいえ、何でもありません」
「で、二派に別れてやる何か、ってスポーツの類だと思うからさ。こっちも人集めるからキャプテンさんもちょっと協力してよ」
「呼び出すナントカいう神様ってどんなの?」
「ん? 多分安全でいい子だよ」
「多分って何、多分って」
「いいからいいから。詳しい解読はこっちで進めとくから、人集めの手配お願い」
「イヤです。絶対やりたくありません」
「キャプテンさん、人生は冒険なんだよ! 未知への挑戦こそが、新たな世界を切り開くの! 行動に勝る知識ナシ、だよ!」
「私、逆の方が絶対安全だと思います!」

「……賑わってますね」
 風森巽は、カフェの一画を眺めながら嘆息した。
「すっかり人気者だね、白のキャプテンは」
 如月正悟が口笛を吹く。
「試合終わってからずっとあんな感じなんですよ。騒がしくてかないません」
「まぁ、あれだけの熱戦を繰り広げたチームの、仮にもキャプテンなんだ。人気が出るのも道理といえば道理であろう」
 四条輪廻が肩を竦めた。
 他にも、ちょっと焚きつければ意外とノッてくれる一面が明らかになった、というのもあるだろう。
 トリガーワードは「チビ」or「小さい」。
 ――もっとも、それは同時にNGワードであり、間違いなく本人を傷つける言葉でもある。それを敢えて用いないという辺り、詰め寄る者達は彼らなりに、スポーツマンシップに則って、ある種のフェアプレーに徹しているのかも知れない。
「熱戦か……むぅ」
 風森巽は唸った。
「? 何か不満か、17番――いや、えーと」
「今の我は風森巽。妙な気遣いは無用です」
「……風森。で、何が不満なのだ?」
「熱戦だったのは確かです。我々は力を出し切り、白も大いに健闘しました。シュートを受けた時正直死ぬかと思いましたが、それについての遺恨もありません。紅も白も、選手みんなに、我は惜しみない賞賛と敬意を送ります」
「それは光栄だね……で?」
「あれは勝てた試合でした。そうは思いませんか?」
 風森巽の質問に、ふたりは苦笑した。
「……負け惜しみか? 俺も人の事は言えんが」
「済まなかったね。最後の戦術、もっと早くに思いつければ良かったんだけどね」
「戦術を何も思いつけなかった我に、文句を言う筋合いがないのは重々承知しています。けれど、後半の白の作戦が分かっていた段階で、もっとこちらのフォーメーションや戦術を練る事が出来れば……と、未だに残念でなりません」
「確かに……重力使いを、もっとはやく前線に投入する事ができればねぇ……」
「いや、それも一長一短だ。後半の白の進撃スピードやパスワークの速さは凄まじいものだった。ザカコの重力干渉がなければ、紅ゴールもシュートラッシュを浴びていたかも知れん。あの大砲の連発だ。風森、お前は耐えられたか?」
 風森巽は首を横に振った。
「我は無理ですね。だが、あの男なら――」
「あの男とは?」
「決まってるでしょう、仮面ツァンダーソークー――」
「そういや、本郷さんが戦術分析してたよね?」
 如月正悟が口を挟んだ。
(最後まで名乗らせろよ……)
「あぁ、やっていたな。結局あの後、『選手のデータをカードにして分析する』って言ってた……結果を聞こう、ちょっと電話してみる」
 四条輪廻は、ポケットから携帯電話を出すと、キーをいじりながら耳に当てた。
「……まぁ、結局の所は、紅がもっとサッカーに通じていれば、って事になるんだろうけどね」
「それは認めます。反省点を素直に受け入れ、糧にしていくのは、実に正しいと思います」
「それで風森さんはこれ、どうする?」
 如月正悟は、正面にある共用掲示板を指さした。
 様々なサークル、クラブ、同好会の勧誘ビラが貼ってある中に、「蒼空学園サッカー部」の勧誘ビラがあった。

 「蒼空学園サッカー部
  初等部、中等部、高等部、大学校関係なくサッカーを楽しむ為の部活です。
  入部、見学、随時歓迎」

「……これ、部長が確か白の15番なんですよね」
「実際白を引っ張っていたのはあのプレイヤーだからね。当然と言えば当然」
「で、この部に入るとなると、その人を『部長』と呼ばなきゃならないわけです」
「……なるほど。ちょっと迷うかもね、それは」
「如月さんはどうですか?」
「自分にできない事ができる人には、俺は素直に頭を下げるよ。でもねぇ……」
「何か問題が?」
「ここ、蒼学生しか受け付けてないんだよね」
「……あ」
「だからって、百合園女学院サッカー&フットサル部、ってのも……女装はハードル高いし。それに、やるかどうか分からない第二回に備えるってのも、その、ちょっと……」
 苦笑する如月正悟。
「ま……サッカーだけに明け暮れる、って訳にもいきませんしね、我々は」
「そうそう。やんなきゃいけない事はいっぱいあるんだ。俺達が戻ってきたのは、そんな忙しい日常なんだよ」
「そうですね。我々にはタスクが山積しています。忙しいったらありませんよ」
「……試合、楽しかったね」
「……ええ。でも、勝てた試合でした」
(やっぱりこだわるんだね)
 ――ま、俺も人の事は言えないさ。
 如月正悟も肩を竦めた。
 その時、いきなり四条輪廻が「もしもし」と言い出した。どうやら電話がつながったらしい。
「もしもし、こちらは四条、試合では紅の4番だった……いや、気を使ったつもりだ……覚えててもらって光栄だ。
 で、試合の分析だが……やっぱりサッカー経験の有無か……ほう……ふたりいれば違った……うむ、あの実行委員の飛び入りは確かに不確定要素だ。
 「バーストダッシュ」に「軽身功」……確かに、そのスキルは要だ……同感だ、俺も覚えていれば、白15番に食らいつけただろう……そうだな、俺はサッカー未経験だった……それは楽しいだろう、『たら・れば』の思考実験はいくらでも時間が潰れる……すまん、皮肉で言ったのではない、気に障ったら許してくれ……ほう……カードゲーム? なぁ本郷、それは主旨から離れて……なるほど、結構進展してるんだな……ん? あ、すまない、ちょっと待っててくれ」
 四条輪廻は保留キーを押すと、腕をつついてきた如月正悟に振り返った。
「何だ、俺はまだ通話中だ」
「一体何の話をしてるんだ?」
「本郷が、この前の試合をもとにしてカードゲームを作れるかも、と言っている。現在はルール細部のツメだそうだ」
「ごめん、ちょっと替わって」
 四条輪廻の答えを聞かず、如月正悟は携帯電話をひったくった。
「やあどうも、如月です……うん、試合ではお疲れ様でした。で、いま四条さんから聞いたんだけど……そう、テストプレイには俺も呼んでよ。約束だからね……え?」
「如月さん、我も呼んで欲しいと伝えて下さい」
「もしもし、風森さんも呼んでくれ、って」
「呼んでくれないと、お仕置きに仮面ツァンダー――」
「シカトしたらひどいってさ」
(頼むから名乗らせろ……)
「……いいね。完成したら、何回だって蒼空サッカーができるわけだ……うん、期待してるよ、それじゃあ」