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第5章 試合場見学――働くみなさん

《東方ゴールポスト前、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)。マイクのテスト中。音拾えてますか?》
《西面客席、ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)。北面大型ビジョン、こちらの画像移ってますか?》
《東面客席、イル・プリンチペ(いる・ぷりんちぺ)。モニタできているか》
《こちら実況席ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)である。感度良好。ワンセグにも映像は届いているぞ》
《放送機器担当、アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)。ただいまのテスト音声ならびに映像、正常な記録を確認しました》
 あちこちのスピーカーから音声が聞こえていた。
 そして、据え付けられた巨大モニターには、色々な映像が映され、次々に違うものへと切り替えられていく。
 観客席が城壁みたいと言うのなら、その後ろに建てられている超大型モニターは、まるで砦や城そのものだ。
「随分大がかりなんですねぇ」
 クレアが、ほぅ、と溜息をついた。
「空京オリンピック代表選手選考、ってのもあながちウソでもないのかも?」
 イングリットの台詞に「何ですかそれは」と安芸宮和輝が眉をしかめた。
「あの運動ってまだやってるんですか? もう頓挫したと思ってたのに」
「ん? でも百合園校門前で受付窓口あったよ? そこに大きく『空京オリンピック サッカー選手選考』とかって書いてあったけど」
「あー、あたしも見た見た。何かヘンなゆる族が座ってたっけねぇ?」
 ミルディアの頭の中にも、光景が思い出されてきた。
「あの受付が空京オリンピックの選手選考ってのはウソだろうけど、これ見ると……」
「少なくとも蒼学は、空京オリンピックを諦めてはいないようだな」
「たかだか生徒達の交流イベントだけに使うには、規模が大きすぎますからね」
 葛野翔と安芸宮稔も、色々と大がかりな作りにまた溜息が洩れる。
 センターライン付近まで来た所で、大きなサイズで広げられた天幕が見えてきた。『蒼空杯サッカー実行委員会本部兼給水所』と書かれてある。
「いらっしゃい。見学者の方ですね?」
 天幕の中からそう言ってきたのは浅葱翡翠だ。
「何だか喫茶店みたい」
 そう感想を洩らしたのはネノノだ。
「ねーねー、ケーキとか食べ物ないのー?」
 注文してくるイングリットに浅葱翡翠は苦笑する。
「残念ですが、ここで出すのは選手や観客の為の水にスポーツドリンク、あとは珈琲にせいぜいに糖分補給用のお菓子です。春先とは言え、最近暑くなってきましたから。熱中症には気をつけないと」
「水にスポーツドリンクってのは分かった。珈琲ってのは何だ?」
「その芳醇で深い味と香りを楽しむものです。そもそもの起源は……」
「いや、珈琲の蘊蓄を聞きたいんじゃなくてだな。飲み物として必要なのか、と」
「……ほら、水だけだと味気ないし、スポーツドリンクも飲んでるうちに皆さん飽きてくるんじゃないかと思いまして」
(理由は今考えたろ)
(絶対今考えましたね)
(本人の趣味ですわ)
(というより、趣味のために実行委員になりましたね、この人は)
 蒼学サッカーの面々は、心中で一斉にツッコんだ。
 天幕の下には、様々な銘柄のコーヒー豆が収まる棚が並び、業務用の大きな冷蔵庫が据えられている。長机の上には水出し珈琲用の機材が並び、現在抽出中である。
 一応長机の片隅に、たたまれているゼッケンや無線機などが置いてはあるが、どう見てもこちらの方がオマケだ。
「よろしければ、どうぞ」
 目の前に人数分、紙コップが並べられた。それぞれにポットから焦茶色の液体が注がれて、独特の香りが漂った。
 飲む。
 見学者達それぞれの反応を、浅葱翡翠は注意深く観察していた。

 フィールドを歩き回る白チーム見学者の姿は、もちろん観客席からも見えていた。
「何だか、旅人に見えますね」
 観客席で作業をしていた神和 綺人(かんなぎ・あやと)は、手を休めながら言った。
「だだっ広い背景に、トボトボと歩く人々の姿。絵にしたら、『巡礼者』なんて題が付きそうです」
「『死神の列』かも知れん」
 そう返すのはユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)だ。
 何せ、スキル解禁のサッカーの試合だ。どんな殺人技が繰り出されるか分からなかった。
「どうせなら、私も選手で参加したかったですねー」
 クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が、何枚もの座板を担ぎ上げながら言った。
「そう言えば、飛び入り参加ってできましたよね?」
「やめろ」
 ユーリは即座に却下した。
「サッカーの試合などにクリスや綺人が参加しても、かえって力を発揮できないでしょう」
 ボルトをスパナで締めながらそう言うのは、神和 瀬織(かんなぎ・せお)だ。
「本当に命のやりとりをするような場面でしか、あなた達は真価を発揮できませんから」
「分かっているよ、瀬織。だから僕は実行委員をやっているんだ」
 神和綺人は再び作業を始めた。
 やりとりを横で聞いていたユーリは、ひっそりと苦笑した。
(鍛えた技が、殺し合いの中でしか活かされないというのも、寂しいものだな)
 さらに言うなら、このサッカーだってひょっとしたら「命のやりとりをするような場面」になるかもしれないが。

 マイクロバスが遠ざかっていく。
 白組の見学者達が乗り込んだマイクロバスだ。
「優?」
「何だい」
 バスを見送りながら、水無月零は神崎優に訊ねた。
「本当は選手で出たかったんじゃないの?」
「俺は裏方でいいんだよ」
 神崎優は答える。
「俺は自分自身じゃなく、皆に楽しんでもらいたい。それに自分が出ても迷惑になるだけだろう」
「そうとも限らないぜ?」
「どうしてだ、聖夜?」
「お前の力は俺がよく知っている。力の揮いどころはいくらでもありそうなものだ」
「買いかぶりはよせ」
「買いかぶりじゃない、客観的な評価だ」
「とにかく、俺は裏方がいいんだ。こういう派手なイベントで目立つのは苦手だからな……さ、仕事に戻るぞ」
 神崎優はマイクロバスに背を向け、会場に戻った。
「……つまらん所で遠慮するヤツだな」
「らしいといえば、らしいんですけどね」
「分かっているさ、そんな事」
 横で会話を聞いていた刹那も、「確かに優らしい」と思った。が、
(でも……選手で活躍する優も、見てみたかったな)