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Dragon Buster

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Dragon Buster

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■第三章

「……状況は?」
 子ドラゴンが洞窟から飛び立つ一連の流れを冷静に見ながら、相沢 洋(あいざわ・ひろし)が隣で待機していた乃木坂 みと(のぎさか・みと)に問いかける。
 何故かサンタ帽を頭に引っ掛けられたトナカイに繋がれた荷台の中に詰まれている爆薬を確認していたみとが、振り向いて規則正しく直立する。
「多少の誤差はあったようですが、洞窟内に対象は居ない様です」
「よし……爆薬設置に向かうぞ」
 端的にそう言うと、みとが確認していた荷台に近寄る。
「C4か。てっきり、TNTだと思ったが。しかし、この感触、信管に触れる感じ……このまま、偵察兵専門になって爆弾屋するかな?」
 荷台に積んだ爆薬を指で撫でながら口の端を歪ませる洋に、みとが真っ直ぐ向き直る。
「C4で良かったです。電気式雷管使わない限り誘爆しませんから」
 続けて、C4とTNTの爆発について切々と違いを口にするみとを横目に、洋が洞窟内へと進む。
「行くぞ」
 振り向いて短く呼びかける。後を追うように、みとが少し悲しそうな目をしながらトナカイを引き連れて洞窟内へと入っていった。

 洋達が洞窟を進んでいる間に、巣穴を調査していたと思われるメンバーと遭遇した。
 負傷している者もいたので短く説明を受けると、どうやらドラゴンの子供が中に残っていたらしい。
 先程自分達が見たのが、多分そうなのだろう、と適当に当たりを付けて先へ進んだ。
「爆薬、及び雷管、積んでいるものすべて下ろしました。設置をお願いします」
 話に聞いた巣穴と思われる場所に着いたみとが、トナカイから爆薬を下ろして、次々と洋へ渡していく。
「C4のいいところは安定した爆破が出来るところだな」
 設置した爆薬に電気雷管を差し込みながら、洋が作業を進める。程なくして爆薬の設置が終わった。
「みと、爆薬の無線起爆連動装置を渡せ」
「はい……撤退のいい時期だと思われます」
 一見すると黒い小さな箱にしか見えない起爆装置を渡して、みとが背後のトナカイを見た。
「どうしましょう……?」
「捨て置け。と言いたい所だが……怪我人を拾うには丁度良い、か」
 その言葉を聞いて、みとの顔に笑顔が浮かんだ。



『ういっす。こちら誠一。元気か?』
 肩から下げた小型通信機で、佐野 誠一(さの・せいいち)が聡にコールをかける。
『はいよ。こちら聡。女の子から通信が入らないから元気じゃないです、オーヴァー』
 面倒そうに返事を返す聡に、思わず誠一が苦笑する。
 どうしても我慢できなければ自分から女子に通信を入れ始めるだろう、と踏んで誠一は用件を切り出し始める。
『今回は新しいパイロットが多いから、適度に援護してやっちゃくれねぇかな?』
『わかってる。死人は出させねぇよ。……死なない程度なら自分で何とかしてもらうがな』
 男に関しては、とキッチリ補足を入れる辺り、好感が持てる。が、先を進める。
『いやいや、待てよ。ここで俺達がサーッとピンチを救ったりしちゃったらよ。
 もうこれは……黄色い声援が止まないんじゃねぇか?』
 通信の向こうで息を呑む音が聞こえた。
『全力でサポートする。安心してくれ。むしろ全てを俺に任せろ』
 どことなく口調がハッキリとしたような気がするが――気のせいではないだろう。
『じゃあ後で時間あったら、そのコームラントもメンテ入れるからこっち来てくれ』
『はいよ。可愛い子を集めておいてくれよ』
 じゃあな! と力強く通信が切れた。
「さて、と。こっちはこっちで性……整備すっか。
 ちょいとメンテして頼れる人アピールすりゃあ……ナンパだって成功しやすいはずだ! 多分!!」
 そう叫びながら拳を握り締めて一人でガッツポーズを決める誠一に、結城 真奈美(ゆうき・まなみ)が冷たい視線を送る。

「誠一さん……もう少しTPOというものをですね……」
 そう言いかけて、カーマ スートラ(かーま・すーとら)は言葉を続けるのを止めた。
 誠一の表情があまりにも希望に満ち溢れていたのも理由の一つだったが、本心は更にその奥に有った。
(この先、こんな青春を感じる事も無くなってしまうような戦いもあるでしょうし……今のうちに楽しんでくださいませ)
 そんな考えを知ってか知らずか浮かれる誠一を、何となくスパナで殴打したくなる気持ちを抑えて、真奈美が通信機のスイッチを入れる。
 相手は、聡が乗っているコームラント。ただし、コール先は複座を指定してある。
『こちらサクラ・アーヴィング(さくら・あーう゛ぃんぐ)です』
『突然、すみません。あの、以前から気になってることがありまして、その……』
 口篭る真奈美に、サクラは何も言わずに発言を待っている。
 通信機を握り締めたまま数泊の時を以って、ようやく言い出す決心がついたのか、深く深呼吸をした。
『さ……サクラさんと聡さんの馴れ初めって何なんですか!?』

『……………………』
 たっぷり10秒は経過した頃、通信機にノイズが走った。
『ういっす。山葉 聡だ! サクラとの馴れ初めか。アレは確か……いつだったかな。
 そうそう、俺が修学旅行で空京に行った時に、たまたまサクラがいてな?
 随分綺麗だなーっと思って声を掛けタブァ!』
 突然、饒舌に聡が語り始めた事にも驚いたが、それよりも今気になるのは、会話が止まった通信機から鈍い打撃音が断続的に聞こえている事だった。
(いや、多分今の流れからしたら出会いがナンパっぽい所に驚くべきなんでしょうけど……)
『すみませんね。ちょっと今、急ぎの用が入ってしまって。また後程で宜しいでしょうか?』
『あ、いえその、もう大丈夫です! あ……ありがとうございましたっ!』
 思わず通信機を落としそうになる程に、優しい声でサクラの声が響いたので、真奈美は手早く礼を言って通信を切った。
 悪い事をしたわけではないのだが、何となく罪悪感が胸を刺激する。
「……せ、整備、しましょうかね」
 真奈美は、ぎこちない笑顔を浮かべながら自分に言い聞かせるようにそう呟くと、イコンの整備に向かった。

 その僅か先。複数のイコンが鎮座している中で、朝野 未沙(あさの・みさ)が右へ左へと急がしそうに駆け回る。
「すみませんっ! ちょっといいですか!」
 現状で出撃可能なイコンとは別に、万全を期すために待機時間を利用して自機の最終チェックを行っているイコンのパイロットに声をかけていた。
「イコンの整備をさせて欲しいの!」
 パタパタと走ってきては、一辺倒にお願いをされては聞かない人間の方が少ないだろう。
 未沙は、了承を得るや否や装甲の合間に潜り込んで、メモを取りながらメンテナンスの甘い部分などに手を入れている。
 起動しているイコンが(何処のハンガーから持ってきたのかは知らないが)整備用の足場を持ち出してくれた事も手伝って、文字通り手の届く範囲をくまなく見ていく。
「基本構造は同じに見えるけど……微妙に配列が違うなぁ」
 細かな相違点を漏らすことなくチェックしながら、理解が出来る範囲で調整を掛けていき、数機のメンテナンスを終了させた。

「サンキュ! 助かったぜ。お礼は身体で」「こちらこそ、ありがとう! それじゃ!」
 天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)が、整備を終えたイーグリットへ乗り込みながら未沙に礼を言うが、言い切らないうちに切り上げられてしまった。
 何か不穏な空気を感じたようだ。
 口を半開きにしていた鬼羅は、頭を掻いて遠ざかる未沙を見ていたが、やがて何事も無かったようにコクピットへ座るとイーグリットを起動させた。
 イーグリットを立ち上がらせながら、適当に回線を開いているパイロットをディスプレイで探す。
「……あん? なんでクドが天御柱の制服着てイコンに乗ってやがんだ?」
 パイロット一覧の中に、見慣れた顔を見つけるが、いつもと若干様子が違う。
 鬼羅は、さして疑問も持たずに直接その回線へとコールをした。
『こちら、山葉 聡だ。もう待機中は女の子としか通信しないぞ。オーヴァー』
 非常にぶっきらぼうな返答に、鬼羅が面白い玩具を見つけたように目を輝かせる。
『クドじゃない。山葉 聡だぁ? あーっはっはっは! じゃぁ、質問だ!
 女の子は好きか? ナンパは好きか? 女の子にいじめられたらどう思う?』
 矢継ぎ早にまくしたて、モニター越しに指を指す。
『女の子は好きだ。ナンパは好きというより、趣味だ。まぁ、要するに好きだ。虐められたら……まぁ、プレイの一環としてはガフッ』
 最後の回答の瞬間に、映し出されていた聡の顔がモニター外に吹き飛んだ。
 代わって映し出されているのは、スラリと伸びた足。
「痛ぇな……何するんだよ」
「プレイの一環としては、良いんですよね?」
 複座に座っていたサクラが、嗜めるように聡に数回蹴りを入れた。
「くっくっく……やっぱクドじゃねーか!」
「あ、あれってストレイフちゃん? なんや雰囲気は一緒やねんけど……」
 鬼羅の後ろから覗き込むようにモニターに注目していたリョーシカ・マト(りょーしか・まと)が、頭を抱える。
「あ、あのストレイフちゃんがこんなにリア充なわけがない!!」
 襟首を掴まれてサクラに淡々と何かを言われ、謝り続ける聡を見ながら不可思議な叫びを上げる。
 言い得て妙だが、見ようによっては充実しているように見えない事も無いが。
 腹部を押さえて、モニターの向こうで繰り広げられる光景を見ながら笑っていた鬼羅に、コールが入る。
 確認もせずに適当に出ると、相手は今まさに名前を出したクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)だった。
 クドの回線が聡達にも繋がると、開口一番、
『生きてたのか、兄弟……!』
 と言い放つ。わざわざメインカメラに顔を近づけて目にうっすら涙まで浮かべている。
 24回目の「ごめんなさい」を言い終えた聡が、クドを見て目を見開く。
『お……お前は、まさか!』
 ただ事ではないのか茶番なのか判断しかねる顔でサクラが複座に座りなおした。
「……お知り合い、ですか?」
 微妙に気だるげなイントネーションでルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)が、複座からクドに問いかける。
『いや、全くの初対面でさぁ』
『あぁ、まったく知らんな。っていうかマジで誰だ』
 ルルーゼが額に手を当てて深い溜息をついたのと、サクラの蹴りによってモニタから聡が再び消されたのは、まったくと言って良いほど同時だった。



「あのカミロさんと渡りあったのですか? それは凄いのですねー♪」
 『誠一に整備を任せる』という名目で、聡がコクピットから逃げ出してから2分後。
 聡は凝りもせずに、待機させているイコンの陰でオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)と談笑していた。
「ほう……腕の良い方なのですね」
 オルフェリアのパートナー、ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)が聡に笑顔で賛辞を送るが、何故か目だけ笑ってない。
 どころか、薄い殺気を放っている気さえする。
 その事に気が付いているのか、いないのか。オルフェリアは会話を続ける。
「凄く腕の良い方なのですね♪ 是非、今度一緒に演習に出て貰えないでしょうか?」
「もちろ」「……サクラさん!」
 オルフェリアが、いつのまにか聡の後ろに居たサクラの手を取りながら懇願する。その瞳はキラキラと輝いていた。
 手を取ろうとした気配を察知してか、片手を前に出したままの姿勢で固まった聡の手を、ミリオンが取って硬く握った。
「オルフェリア様に手を出したら……額を風通し良くして差し上げますので、そのように覚えていただけると」
 と、冗談のように笑顔で言うミリオンだが、相変わらず目が笑っていない。ついでに言えば、握り締められた手に必要以上の力が込められていた。
「ご安心を」
 凛とした声で、サクラがミリオンに笑いかける。
「……えぇ。聡様がオルフェリア様を誘うということは、絶対にありませんからね」
 と、ミリオンも穏やかな笑顔でサクラに笑いかける。

 軽やかな笑い声が響くその集団の中で、聡ただ一人だけが泣いているように見えた。



 ――洞窟から一番近い閑素な村。
 ドラゴンの襲撃に備えて、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)達が村人の避難を始めていた。
「ちょっと、すみません」
 避難を始めていた村人の中に老人を見かけて、トマスが呼び止める。少し皺の深い老人は荷物を抱えながらも、何事かと顔で答える。
 トマス達は、突然ドラゴンが村を襲うようになったのは、村人達にも何か原因があるのではないかと考えて、避難させながらも情報を集めようとしているのだ。
「最近、この村で何か新しい事……例えば、行事とか、何か始めたりしましたか?」
 まさか、直接『何かドラゴンに嫌われるようなことしてないか?』と聞くわけにも行かないので、言葉を選ぶ。
 村人は心当たりが無いようで、首を横に振った。
「そうですか……ありがとうございます」
「何か収穫は有りましたか?」
 立ち去る村人に頭を下げているトマスに魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が声を掛ける。
「全ッ然。若い兄ちゃんから爺さんまで大体聞いてみたけど、心当たりは無さそうだな」
「そう、ですか」
 子敬はトマスの返事に相槌を打ちながら、顎に手を当てて何かを考えている。
「そっちは?」
「ドラゴンの被害に遭われた方のご家族に話を聞くことが出来ましたが、特に変わった点はありませんでした。
 焼き払われた建物も許可を頂いて行ってみましたが、殆どが何の変哲も無い民家でしたよ」
 穏やかな口調は崩さずに、ただ見た事実を語りながらも、思慮の先に有った考えがこの村に当てはまらない事について考察しているようだ。
「ほんとうに、何故襲われているかの心当たりもないのかしら、村人たちには……」
 ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が瞼を伏せながら、未だ考察を続ける2人に近づいた。
 大きな村でもなかった為、比較的早く人間がいなくなった村は静寂が広がっている。
「避難は終わったわ。逃げ遅れてる人がいないか見回りながら、
 ……ちょっと失礼だと思ったけど建物の中も見させてもらった。だけど、普通の家庭ばっかりだったわ」
 ドラゴンの怒りを買う様な事をしていたわけでもなく、襲われた人間にも非がない。
 村ぐるみでドラゴンに対して嫌忌の感情があったわけでもない。本当に何も変わった所が無い村が襲われた事実に、その場の空気は重くなる。

 それはつまり、単純に『ドラゴンが一方的に村を襲った』事実を語っていた。

「何だよ、皆で腹下したみてぇな顔してよ」
 場の空気にそぐわない雰囲気で、あっけらかんとした表情を浮かべながらテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)がトマスの肩に手を置く。
「とりあえずよ、避難が終わって被害が広がる心配は、もう無ぇんだ。
 それに、本当に言葉が通じねぇのかは、ドラゴン様にコノヤローって叫んでみるまで、わかんねぇだろ?」
 テノーリオが持つ独特のテンションが、その場にいた全員の緊張感を和らげていく。
 な? と、口を大きく広げて笑うテノーリオに、トマス達の顔にも僅かながら笑顔が浮かぶ。
 微かな希望を胸に、トマス達は空を見上げた。



 ――木々が生い茂る森の中。
「皆さん!こっちです!」
 トマス達の誘導で村を離れた住人達を、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)が誘導している。
 隙間から見える空を警戒しながら、全員に声をかけて村から離れるように促す。
(村を出ただけじゃ、まだ安心とは言えない……できるだけ遠くに行かなきゃ)
 避難の最中に、転倒などで負傷した村人の傷を癒しながらも、衿栖は胸中で焦りを感じていた。
 今もし、この人達にドラゴンが襲い掛かってきたら。
 そう考えただけで震えそうになる足を自ら叩いて活を入れる。
(もし……もしこの人達が襲われても、私が守る!)
 決意と共に、震えが止まった足を動かして、村人達の後を歩いていく。

 しばらく進んだ時、遥か後方から金属を拉げた様な音が聞こえてきた。
 重なるように聞こえたのは、聞いた事も無いような咆哮。心臓が止まるかと思うほどに脈打ち、顔からは血の気が引く。
 背後でどよめく村人達の方へ振り返って、そのまま視線を空へ移すと、そこには装甲から黒い液体を流しながらドラゴンを振り切るように走るイコンが居た。