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その正義を討て

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その正義を討て
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第5章

 その頃の高峰 結和。
「だから……ここはいったい……どこ……なんですか……」
 もはや立っているのがやっと、という具合である。
 すると。
「よお、困ってんのかお嬢ちゃん?」
 ブレイズ自身の疲労も激しいのだが、それでも困っている人を見捨てるわけには!!
「まだ何も言ってないじゃないですかー!!!」
 果たして結和は無事に友人宅へと辿り着けるのであろうか。

 すでに無事ではない気もするが。


                               ☆


 愛銃のマガジンをセットし、力を込めてスライドを引く。弾丸の装填と共にちらりと覗くチャンバーには『Perforamance』の刻印。黒と銀の塗装に塗り分けられた個性的なカラーの銃――PC356はテロ犯罪の重武装化に対抗すべく開発されたオートマチック・ガンである。諸事情により現在は公式には製造されていないが、それは決してこの銃の性能を貶めるものではない。
 銀行の頭取から侵入ルートを聞き出し、その愛銃PC356を構えたのは皇 鼎(すめらぎ・かなえ)、美鷺 潮のパートナーである。精神感応で銀行内部の様子を聞いた鼎は、侵入ルートから先の様子を予想していた。頭取から聞いた話と照らし合わせると、この通路の先が銀行のホールで、おそらくはそこに見張りがいるであろう。
 鼎に同行するのはタルト・タタン(たると・たたん)秋月 葵(あきづき・あおい)の二人。いずれも進入ルートから入ったが、葵は天井裏からホールの上に行けないかチャレンジするという。
 鼎とタルトは忍び足で通路を進み、見張りがいるであろう曲がり角の前まで来た。そっと様子を覗うと、やはりホールに続くドアの前に二人の見張りがいる。
「さて……この二人を黙らせるのは簡単だけど、タイミングを図らなくちゃね。」
 中の犯人グループに侵入者の存在を知られて、人質を取られてはやっかいだ。中か外で何らかの動きがあれば、その隙を突いて行動できるのだが。
「うむ。わららのパートナー……主も中におるのじゃ、万が一にも危険にさらすわけにはいかぬ」
 苦々しげに呟くタルトだった。

 銀行の外では、エヴァルト・マルトリッツが犯人のリーダーと交渉中だ。
 犯人の要求は金庫の開放と逃走経路の用意。エヴァルトの要求は人質の解放だ。
「……分かった。まずは金庫の解放を銀行の頭取に交渉する。だが、頭取はショックで病院に搬送されたそうなので少々時間がかかる……そうだな、30分ほど待ってもらえないいだろうか」
 ふむふむ、と電話の声を聞くエヴァルト、どうやらとりあえずの時間稼ぎは成功したようだ。
 ちなみに頭取が病院に搬送された、というのは嘘だ。本当はまだパトカーの中に避難しているが、この付近にいる。だが、犯人がこの要求を飲んだということは、中のグループ以外に外から様子を知らせる協力者はいない、ということを意味している。
「用意が悪いな犯人! 組織的な犯行じゃないってことか?」
 と、ベルトラム・アイゼン。確かにその通りではある。
「……ん、どうした?」
 と、電話で交渉中だったエヴァルトの様子がおかしい。銀行内で何かが起きたようだ。

「そ、そこまでよ?」
 銀行のホールに集められた人質たち。その中から一人の少女が立ち上がり、犯人グループを睨みつけている。
 正確には、睨みつけているポーズを取っている。
 そう、この少女――北郷 鬱姫(きたごう・うつき)は、パートナーであるタルトが近くまで来ていることを潮に知らされて、彼女らが突入するきっかけを作るため、囮役をやろうというのだ。
 ――いうのだが、敢然と立ち上がり犯人たちに向って見栄を切るべきはずのこのシーン、どうもおかしい。
「あなた……たちの悪行……も、ここで、おしまい、よ? この私が、成敗してあげる……わ?」
 何故疑問形。しかも棒読み。
「あ!? 何だてめえは!」
 電話でエヴァルトと交渉していたリーダーは、特に武器を持っているふうでもない鬱姫を睨みつける。
「ひぃ、ごめんなさい……え、謝るな? う、うんがんばる。え、名乗れ?」
 その睨みにビクっとした鬱姫だが、気を取り直して続けた。
「わ、私は正義のメイド……少女? 北ご、え、本名NG? じゃ、じゃあえーと。」
 見るとごにょごにょと隣にしゃがみ込んだパートナー、パルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)にいちいち指示を聞きながら喋っているようだ。どうりで口の回りが悪い。
 それでも、律儀に正義の少女っぽいカッコ可愛いポーズをたどたどしく決める鬱姫。よほど恥ずかしいのだろう、耳まで真っ赤だ。
 一度深呼吸。
「月夜に輝く紅玉の瞳、JEWELSルビー……とか?」

 ――数秒の沈黙。
 『無反応が一番怖いですね、ええ』と、後に鬱姫は語ったという。

 そして、鬱姫の名乗りに合わせて立ち上がったパルフェリア。コンビニのビニール袋に覗き穴を開けて頭から被っただけのズサンな変装である。
「あたしは2号!」
 名前まで手抜きだ。そもそも鬱姫には変装すらさせていない。
 大体、その変装では『コンビニ仮面』程度が関の山である。

「舐めとんのか、ああっ!?」
 さすがに怒ったリーダーが鬱姫たちに拳銃を向ける。だが、その時異変が起こった。
 カウンターの中に置いてあった大きな鉢植えが天井スレスレを飛び、いつの間にかリーダーの頭上に移動していたのである。そして途端に力を失って落下する鉢植え、そのまま重力の法則に従ってリーダーの頭へ。
「――あ?」
 突然、思いもよらない衝撃を受けて倒れるリーダー。鬱姫の仕業だと思いこんだ仲間が一斉に銃口を鬱姫とパルフェリア――JEWELSルビー1号と2号に向けた。
 すると、突然天井のパネルが蹴破られ、一人の少女が降りてきた。
 秋月 葵である。
 カウンターの上に着地した葵は、何が起こっているのか分からない犯人グループに警告を発すると同時に名乗りを上げる!
「キラッ! と華麗に登場! 美少女ロイヤル・ガード葵!」

「――何やっとるんじゃ、あのアホは。後できっついお仕置きが必要じゃの」
 鼎から主である鬱姫の様子を聞いたタルトは一人歯噛みするが、今は言っている場合ではない。チャンスには違いないのだ。
 葵が天井を蹴破った物音に、見張りが振り向いた隙を突いて二人は動きだした!
「そりゃ!!」
 通路の角から突然飛び出して、猛然とダッシュするタルト。勢いで壁を利用して立体的に走り、一瞬、犯人の銃口を惑わせる。
 そしてその一瞬があれば、鼎には充分だった。続けざまにPC356が火を噴くと、見張りが持っていた銃が撃ち飛ばされた。
「――フッ!」
 事態は一瞬だった。壁を走ったタルトは勢いを殺さずに見張りの顔面にヒザ蹴りを叩き込む。
「――ハッ!」
 さらに着地と同時にもう一人のみぞおちに掌底を入れる。あっという間に見張りを鎮圧した二人は、中の人質の救助に向うのだった。

 ホールの中は大混戦であった。葵に注目した何人かはヒプノシスで眠らされ、生き残った数人は武装した刀やナイフで葵と戦っている。人質を取ろうとした者もいたが、潮が隠し持っていた凶刃の鎖を奈落の鉄鎖で飛ばし、次々と倒されてしまった。
 その傍らでは、琳 鳳明も頑張っている。
 そんな中、人質に紛れていたノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は人質解放に奮戦するメンバーのためにギターをかき鳴らして応援していた。ちなみに、葵のヒプノシスに合わせて眠りの竪琴で犯人の内の数人を眠らせてもいる。
 ノーンのパートナーは影野 陽太(かげの・ようた)であるが、彼は今ここにはいない。暗殺されてしまった最愛の人をよみがえらせるため、異界にて超絶奮闘中なのだ。
 だからひょっとしたら今頃は、

「やっと見つけました……」
 とかやっているのかもしれないのだが、それはまだ希望的観測でしかない。

「おにーちゃんだって頑張ってるんだもん、わたしもせいぎのみかたを応援するよ!」
 とますます応援に熱が入るノーンだった。

 そんな折、眠りについた犯人を次々と武装解除していくのが草薙 司狼(くさなぎ・しろう)である。
 ことのついでに懐を漁って財布や現金も武装解除しているのが、やや気になるところではあるが。
「まったく……白昼堂々と銀行強盗とは全くふてぇやつらだ。これはたっぷりと迷惑料を頂かなくては」
 普段は昼行灯を絵に描いたような司狼だが、実はそれは演技で、水面下ではいつも着々と金儲けの算段を怠らない。
「ふぅ……これくらい貰っとけば時給分程度にはなるか」
 どんな仕事だそれは。

 そろそろ潮時だろうかと、脱出経路を考え始めた司狼の耳に、おかしな物音が聞こえ始めた。それは壁から聞こえてくる。まるでコンクリートを削岩機で削るような音と震動が外側から響いて来るではないか。
「――な、何だ!?」
 間違いなく、誰かが削岩機でコンクリートの壁を削っているのだ。
 警察がこんな乱暴な突入をするはずがない。では、一体誰が?
 その答えはすぐに出た。

 あまりの騒音に、この場の全員が戦闘を忘れてそちらを見ていた。銀行の壁を工事用削岩機で人型に砕いて、そこから一人の女性が現れたのである!

 砂塵の中から現れる、鋭い目つきの女の子
 トレードマークは長袖の、手首を隠すボーダーシャツ
 壁に風穴ぶち空けて、迷惑気にせずやってきた
 誰が呼んだかコンクリート モモ(こんくりーと・もも)!!

「――金ならあるのよ。」
 ポツリと呟くモモ。
「……ただ、おろせないだけで」
 その足元にはパートーナーのハロー ギルティ(はろー・ぎるてぃ)の姿がある。
「そうともそうとも、入り口がなければ壁をブレイクすればいいだけの話ネ!!」
 そして、その後ろからはクロ・ト・シロ(くろと・しろ)がひょっこりと顔を出した。
「その発想はなかったwwwww」
 そこに数十匹の野良猫と六体の機晶犬がモモの空けた穴から次々と飛び込んでくる。
 機晶犬はイルマ・レストのペットでる。ファンシーは外見とはうらはらに、次々と犯人に噛みつき、撃退していく。
 ちなみに野良猫はクロが連れて来た仲間である。そして、クロの手には正義マスクが握られている。
 そのマスクはパートナーであるラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が拾ったものだが、自宅に居間に放置されていたのでクロが無断で借用してきたのだ。
 最近の言葉では、かっぱらってきた、とも言う。
 だが、そんなことも気にしていない当のラムズはというと。
「ふぅ……お茶がおいしいですねえ」
 と、今日も分厚い手帳に今日あったことの詳細を書き写しているのだった。

「変ww身ww!!!」
 妙に高いテンションでホールに躍り出たクロは、おもむろに正義マスクを着用する。
「オレはキャッツ・オブ・ウルタールwww!!!」
 名乗るが早いか、正義マスクの力を利用して物凄いスピードでホール中を跳ねまわるクロ。床、天井、壁を使い縦横無尽に跳ねまくるスピードは、一般人では目で追うことも困難なほどだ。
「みwなwぎwっwてwきwたwぜw!!」
 あたふたと目で追う犯人グループを翻弄しつつも、クロは野良猫が噛み付いた隙を狙って必殺奥義を叩き込む!!

「白黒神拳奥義(笑)www!!!」
 しろくろしんけんおうぎかっこわらい、と読む。

「白黒肉球破(激)www!!!」
 しろくろにくきゅうはかっこげき、と読む。

「白黒柔肉脚(爆)www!!!」
 しろくろじゅうにくきゃくかっこばく、と読む。

 いずれもただの猫パンチと猫キックである。
 であるのだが、そこは正義マスクを着けたクロのこと、ただの猫パンチや猫キックであろう筈もない。
「ありがとうございますっ!?」
「ご褒美ですっ!?」
 奇妙な現象が起きていた。クロの攻撃を受けた犯人たちは一様におかしな叫び声を上げながら吹っ飛ばされて行くではないか。

 そう、これこそが白黒神拳奥義(笑)の威力なのだ!!

「な、何なんだこいつらは……」
 鉢植えで気絶していたリーダーが目を覚ましたのか、一人逃走を試みていた。だが、その前に立ちはだかるコンクリート・モモ!
「ひぃっ!!」
「……あんたらのせいでお金おろせないじゃない。……イライラするのよ。イライラさせないでよ」
 ギリリ、と他人にも聞こえるくらいの音をたてて歯軋りをするモモ。その足元からハロー ギルティがちょろっと出てきた。
「ミー達の貴重な時間を奪った罪……ギルティ!!」
 どうやらモモとギルティによる一方的な有罪判決が下ったらしい。モモはあまりの迫力に腰を抜かす犯人のリーダーに削岩機を向ける。
 当てられた場所は、だらしなく広げられた股間であった。
 そして、死刑執行のボタンが押された。

「……ギルティ!!」

 数分後、銀行強盗事件は解決していた。
 犯人たちは全員取り押さえられ、武装は解除された。やっと駆けつけてきたパトカーや護送車に入れられる犯人グループ。
 やれやれと胸を撫で下ろすエヴァルトとベルトラム。
 どさくさに紛れて銀行の金を持ち逃げしようと思っていたクロと司狼はお互いに金を取り合っている。そして警官に見つかって逃走したようだ。
 六体のメカドックスはよくやったとイルマと朝倉 千歳に褒められてご満悦だ。
 潮と鼎はとりあえずお互いの無事を確認し合う。無表情な潮だが、人質に怪我がなかったことを内心喜んでいることを鼎は察している。
 その後ろではタルトがパルフェリアにお仕置きをしていた。ちょっときつめに。鬱姫は止めようとしているが、タルトの怒りは収まらない。
 犯人逮捕に尽力した葵を『せいぎのみかた』として、すっかり仲良くなってしまったノーン。

 そんな光景を尻目に、ガトンと地面に削岩機が転がった。

 夕陽の中へと消えていく、ニヤリと笑った女の子
 結局お金はおろせない、用事を果たせず困り顔
 タマだけ潰して去っていく、ぼさぼさヘアーのその勇姿
 その目で見たか、コンクリート・モモ!!

 コンクリート・モモ!! 
 コンクリート・モモ!!