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第2章 廃坑

「気を抜くなよ、腹空かせた獣が潜んでるかもしんねーしな」
「わかってる。ブラヌこそ足滑らせんなよ」
 大荒野にある廃坑にたどり着いたブラヌと分校生達は、ナイフやナタを手に、今は使われていない採掘場へと足を踏み入れていく。
「あ、そこ、蛇がいます。気を付けて」
 響いてきた女性の言葉通り、足下にとぐろを巻いた蛇がいた。
「おー、サンキュ。毒もってそーだよな。皆気をつけろよ」
 蛇を避けて、ブラヌと分校生達は洞窟へと近づく。
 洞窟の前には、先ほどの声の主――志方 綾乃(しかた・あやの)の姿があった。
「ここに危険な獣が出るという話を聞いて、調査に来たんですけれど……皆さん、そんな装備で大丈夫ですか?」
「ヤバくなったら逃げるから平気。動きやすいように軽装のままなんだ。キミこそ、あんま近づかない方がいいぞ」
「いえ、私は大丈夫です。皆さん、パラ実の方ですよね……。申し遅れました、私は志方綾乃と申します。パラ実の風紀委員を務めています」
 綾乃はニコッと笑みを浮かべる。
「げっ」
 ブラヌ達は飛び退くように、後方へ下がる。
「探索を阻むつもりはありません。獣による被害者が出ないよう、努めさせていただきますね」
「お、おー。それなら助かりマス」
「頼んます」
「――あら。風紀委員の方がいるの? 助かりますわ」
 軽装だが品のある恰好の女性が、馬車から降りてメイドと共に近づいてくる。
「採掘目的ですか? 廃坑なのに、採掘に訪れる人多いんですね」
 綾乃がその女性、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)に尋ねる。
「ええ。この廃坑で、珍しい鉱石採れるらしいの、それが目当てよ」
「持つ者に勇気と力を与えるって噂の紅蓮の鉱石だ。見つけたら教えてくれよな。って、亜璃珠さん?」
 若葉分校生が亜璃珠に気づき、驚きの声をあげる。
「手伝うと言いたいけれど、私は自分の分を採りにきたの。お互い頑張りましょう?」
「うぃーっす」
 分校生達は返事をすると、洞窟へと入っていった。
「勇気を与える紅蓮の鉱石ですか……私も欲しいな」
「キマクの工房でアクセサリーに加工してもらう予定なのよ」
 亜璃珠も綾乃にそう言いながら、メイドを連れて入口へと歩いてくる。
「アクセサリーですか……それなら、こうして握ることが出来るようなものが」
 綾乃は勇気が欲しい時に、握りしめることができるようなペンダントを思い浮かべる。
「うん、私も見つけよっ」
 興味を持った綾乃も、剣を手に中に入ってみることにする。
「……中、暗いわね。……どうかした? 大人しいわね」
 入口の間で立ち止まって、亜璃珠は隣を歩く長身のメイドに穏やかな微笑を向けた。
「喋ったらバレるかもしれないだろ……」
「地球人の風紀委員の方が一緒だし、バレても大丈夫かもしれないわよ?」
 言いながら、亜璃珠はメイドの首に結ばれている赤いリボンに手を伸ばして、結びなおしていく。
「……ふふ、かわいい、見立て通りね」
 間近で顔を見上げながら言うと、ほんのり赤くなって、彼女はぷいっと顔を背けた。
 肩より少し長い深緑色の髪、暗めの青色の目。
 落ち着いた色のメイド服を纏っているその女性は神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)だった。
 髪はウィッグ、目にはカラーコンタクトを入れている。
 勿論化粧も、亜璃珠の手でばっちり施されている。
 眉と目じりはいつもより優しく見えるように。
 唇にはキュートでみずみずしいピンク色の口紅を。
 アイシャドーや頬紅も、可愛らしさを引き出すものを選んだ。
「かわいいとか、言うな……っ」
 優子は照れ隠しに、近くに置いてあったつるはしを掴みあげて片手でくるりと回転させ、ずかずかと洞窟の中に入っていく。
「あ、あの……行動がメイドらしくないのですが……」
 亜璃珠の本物のメイドであるマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)がメイド指導の為優子の後を追う。とはいえ、彼女も2人の護衛のためについてきたのだけれど。
 がっつーん
 がんがん!
 壁につるはしを叩きつけている優子の姿に、亜璃珠は苦笑しながらついていき、トレジャーセンスで目星をつけていく。
「洞窟を壊さないでくださいね。皆様が生き埋めになってしまいます。それに……ああっ、やっぱり!」
 マリカは殺気看破でいち早く感じ取り、武器を構える。
「グルルルルッ」
 激しい振動と物音に焚きつけられ、獣が姿を現した。
「他にもいますね。退きなさい」
 綾乃は神の目で獣の存在を暴き出し、警告で畏怖させる。
 退いた獣は追わず、飛び掛かってくる獣に向い、綾乃は足を踏み出す。
「ハッ!」
 女王の剣を振りおろし、一刀両断。向ってくる獣には、容赦はできない。
「良い太刀筋だな。洞窟に影響を及ぼさない、最小限の動きで、鋭く強く……」
「はいはい、そういう分析はしなくていいから! バレたくないんでしょ」
 斬り込みたくてうずうずしている優子を亜璃珠は押しとどめて、自分の鉱石探しのサポートをさせる。
「護衛は任せてください。近づけさせません」
 マリカは襲ってくる獣を則天去私で退ける。
「今晩のおかずー!」
「肉肉肉ーーーー!」
 止めは刺さなかったが、ここぞとばかりに分校生が弱った獣にとびかかって、タコ殴りにして倒し、外へ引きずり出していく。
 そんな彼らの様子に、くすっと優子が笑みをこぼしたことに、亜璃珠は気付く。
「可愛い子たちよね」
「まあ、そうかな……」
「今のあなたのかわいらしさに敵う人はいないけれど」
「私は可愛くない。キミの方が100倍可愛いだろ」
 ぷいっとまた顔をそむける優子。
 くすりと微笑みながら、彼女に聞いてみることにする。
「鉱石が見つかったら、何に加工したい?」
「バックル」
 さほど考えずに優子は答えた。
「そう、じゃそうしましょう。でもね……ううん、なんでもないわ」
 亜璃珠はちょっと苦笑しつつ、この先の言葉は分校で行われているという寄せ書きに書こうと決めた。

「なんだこれ、ペットかー、便利でかわいー」
 ブラヌは、分校生の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が連れている火蜥蜴に手を伸ばす。
「あ、触らない方がいいわよ。主人は触っても熱くないんだけどね」
「そうなのかー」
 伸ばしていた手をひっこめて、ブラヌは懐中電灯で壁を照らしていく。
 廃坑なので、そのほかの明かりはない。
「行き止まりだから奥からは襲われる心配はないが、背後は気をつけないとな」
 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が背後を照らす。
 宵一は分校生ではない。
 パートナーのヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)にプレゼントをせがまれ、何か良いものはないかと考え情報収集をしたところ、この廃坑の噂を聞き、鉱石を採りに訪れたのだ。
「暗いくて、怖いですわ」
 ヨルディアもついてきており、怖がりながら宵一の服を掴んでいる。
「前に来た時は、獣が来たら皆で体当たりして突破したんだけど、今回は人数も物も多いから、全員で突破はしにくいよな」
 道具や台車が道を狭めてしまっている。
「その代わり、獣くらいなら、難なく倒せるさ。任せておけ」
 宵一がブージを片手に、後方の護りにつく。
「頼んだぞー。鉱石見つけた時には、その彼女の分も採っておくからな!」
「えっ、彼女……っ」
 ヨルディアはちょっと赤くなる。辺りは暗いから、誰にもわからないだろうけれど。
 そういう風に見えるんだと思いながら、宵一の腕を掴んでみる。
 宵一は彼女という言葉を否定しないし、ヨルディアを振りほどくこともしない。
「離れるなよ」
 彼のそんな言葉がすっごく嬉しくて、不安な気持ちは吹っ飛び。
「うんっ♪」
 ヨルディアは明るい笑顔と返事を返した。
「邪魔な石は台車に乗っけてね、どこかに放ってくるから。怪力の籠手持ってるから、多少重くなっても平気よ」
「さんきゅー。お前役に立つな! 俺の秘書になってくれてもいいんだぜ」
「遠慮するわ」
 祥子はにこっと笑みを浮かべて即答。
「んー、この間はこの辺りから採ったんだけどさ、今回はもっと掘らなきゃダメそうだよな」
 その壁には、一般人の力で一生懸命掘ったと思われる跡があった。
「思い切って発破する? 用意はあるわよ?」
「おっ、助かる! 一日じゃ無理かもって思ってたんだ。頼めるか?」
「了解」
 祥子はネコ車をブラヌに預けて、破壊工作の技術を基に機晶爆弾をセット。
 皆に注意を呼びかけた後、岩盤を爆破する。
「さて、もう少し掘っておきましょうね」
 言って、祥子はヴォルケーノ・ハンマーを取り出して、岩壁へスタンクラッシュ。
 固い岩が飛び散って、奥の石が見えてくる。
「この辺りにありそうな予感!」
 目星をつけた場所に、ブラヌがピックハンマーを叩きつける。
「あてっ」
「ほら、ちゃんとゴーグルして」
 飛び散った石で、瞼を軽く切ったブラヌに、祥子はゴーグルを渡す。
「気がきくなー。なんなら俺の舎弟になってくれても……」
「お断り」
 今度はびしっと言って、祥子は邪魔な岩を手押し車に積み込んで。
「余ったら私も分けてもらって、何か作ろうかしら」
 岩を運びながら祥子はブレスレッドにしようかなーとデザインを思い浮かべていく。
「掘り出した鉱石は、皆で分散させて持って、2、3人くらいの小グループで工房に行くのはどう? 着くまでの間の、恐竜騎士団のカツアゲや風紀委員の持ち物チェック対策にね」
 ブラヌの傍で護衛をしながら、ヨルがそう提案する。
「そうだなー。今日中に絶対完成させたいしなっ」
「うん……っと!」
 ガルルという鳴き声が響き、何かが飛び込んでくる。
 びっくりして、ヨルディアは宵一の腕にしがみついた。
「オオカミ? こっちに来るなー!」
 ヨルはスコップを振り回して、ブラヌ達一般分校生を庇う。
 狼のような獣だった。
「ほらよ!」
 カティが肉を遠くへと投げる。気をとられた獣に、宵一がブージを一振り。
「退け!」
 この場での流血はちょっと避けたい。
 だから、当てはしなかった。
「キャンキャンッ」
 それでも驚かせるのには十分で。
 獣はカティが投げた肉の方へ走り去っていった。
「はあ……驚きましたわ」
 でもこうして、彼に守られながら手に入れた鉱石で作ったアクセサリーを貰えるということが、凄く嬉しい。
 ヨルディアは宵一を見上げて尋ねてみる。
「鉱石のまま、ではありませんわよね? 何をいただけるのでしょう」
「イヤリングの予定。それでいい?」
「はいっ」
 思わず耳たぶに触れて、彼から贈られるプレゼントを想像し、ヨルディアは幸せそうな笑みを浮かべた。