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リアクション
第四章 無差別級
「それじゃ、これから無差別級を開始するぞ」
アッシュの言葉に反応する者は誰もいない。
無差別級のスタート前は、緊張感のある雰囲気に包まれていた。
無理もない。レースとはいえ、武器・スキル・アイテムの制限なし。
下手をすれば大怪我では済まない戦いなのだから。
「……よーい」
それ以上無駄口を叩かず、アッシュはスターターピストルを空へと掲げる。
「どんっ!」
そして、引き金を引く。アッシュの声がスタートの合図として辺りに反響しようとした。
――が。
「いいでしょう――崩壊する空」
シメオンの硬質な声と共に、上空にヒビが入る。
そうして生まれた隙間から、何かが落ちてくる。それは視認出来ない、『何か』。
「うああああぁぁぁぁっ!」
選手の誰かの絶叫が木霊する。
続いた音は、その誰かが押し潰され身体が壊れる音。
「――ははっ、これは凄い」
絶叫と破壊音の二重奏。
阿鼻叫喚の最中。シメオンの嘲笑のみ、やけにはっきりと響きわたった。
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケッ!!」
スタート地点から後方の上空。一部始終を眺めていたゲドーは、腹を抱えて笑っていた。
対照的にゲドーの隣にいるジェンドは、冷静そうに残った選手を数えている。
「一、二、三……十六人。けっこう残りましたね」
そう言って、白く染まったため息を吐いた。
「先走ると危ないですし、序盤は極力戦闘を避けて離れておきましょうか」
「危なかったー! 神速でスピード強化してなかったら、絶対巻き込まれてたよ」
誰よりも早いスピードで箒を飛ばしながら、郁乃は安堵の息を漏らした。
「って、なんですかぁ〜!? このスピードはぁぁぁ〜〜!?」
その後ろに乗ずる桃花はあまりの速さに目を回していた。
おまけに、がくがくと震えながら郁乃にしがみつく。
「もう、桃花ったら大げさだなぁ」
「いや、これは大げさとかそんなレベルではないですからぁぁ!!」
それでも、ぐんぐんと上がっていくスピード。
その後ろを負けじと二人のレースクイーン……いや、セレンフィリティとセレアナの二人を乗せた空飛ぶ箒が追いかける、
「あはははーっ! 気分は最高だね!!」
「……寒いわよ、さっさと熱いシャワーを浴びたい……」
正反対の感情を吐露しながら、二人もスピードを上げる。
だが、スキルによって速度を上乗せしている郁乃とは距離を縮められず、開いていくばかりだった。
「んーっ、不味いわよね。どうしたらいいのかしら?」
流石に焦燥が募ったのか、セレンフィリティは考える。
「……そうね、こんなときに相手を妨害するのだろうけれど」
「妨害……、了解だわっ!」
セレアナの意見を聞いたセレンフィリティは、すぐさま熱線銃を取り出し、前を飛ぶ相手に照準を合わせる。
熱線銃の銃口から発射された強力な熱線は、郁乃と桃花に向かって一直線に飛んでいく。
「あ、甘いですっ!」
桃花は背後からの攻撃を察知し、片手に持つ盾で熱線を防御した。
「あれー? あんまり効果がないみたい」
「……何発か撃ち込めば効果があるわよ。今は精密さより手数を優先したほうがいいんじゃない?」
セレンフィリティは残念そうに呟き、それをセレアナは慰めた。
「うん、分かった。そうするね」
何度も引き金を引き、熱線を連射する。
狙いこそ無茶苦茶だが、その分かく乱には効果がテキメンのようだ。
「くっ、これだけ多くてはひとりでは対処出来ません。それに狙いも予測出来ない……っ!」
やっとスピードに慣れてきたのか、桃花は郁乃にしがみつくのを止めた。
振り返り、追ってくるセレンフィリティとセレアナの二人の動向に全力で注意を払う。
「桃花、大丈夫?」
心配そうな郁乃の声に、桃花は後ろを見ながら答える。
「大丈夫です。あの二人は桃花に任せて、郁乃様は魔法の玉に集中して下さいっ」
「……うんっ、分かったよ桃花っ!」
桃花の言葉を信じて、郁乃は魔法の玉に意識を集中させる。
しばらくすると、視界の端に素早く動き回る魔法の玉を見つけた。
「――見つけたっ!」
郁乃は方向転換し、魔法の玉へと一直線。
その付近を飛ぶ小型のガーディアンが数名いるが、幸い今はまだこちらの様子に気づいてはいない。
「飛ばすよ、桃花。しっかり掴まっててね!」
「はいっ!」
桃花も慣れてきたのか、臆することなく勢い良く返事をした。
郁乃はそれを聞いてから、バーストダッシュを発動。
先ほどとは比べ物にならないスピードで、魔法の玉に迫る。
「――そうはいかせるかっ!」
不意に、遠くから菫の声がした。
と、同時に郁乃の前方が氷の嵐で埋め尽くされる。
これでは、魔法の玉を視認出来にくい。
「うわわわぁぁっ! 寒いぃ!」
郁乃は反応が出来ず、そのまま氷の嵐に身を投じる。
いくつもの雹のような氷の塊が、二人の身体次々と当たった。
「しかも痛い、痛いっ。はやく抜け出さないと――」
郁乃はスピードを上げ、とにかくここから抜け出そうとした。
見れば、すぐそこに氷の嵐の切れ目を視認出来た。
「よし、脱出――って、あれ?」
しかし、抜け出した先は暗闇に包まれていた。
「郁乃様、なにか頭が痛くなってきませんか?」
「んー、桃花も。しかも胸もむかむかするし……気分が悪くなってきちゃった」
郁乃の顔色はだんだんと青白く、悪くなっていく。
それは、桃花も同じだった。
「……とりあえずここから離れようか。飛ばすよ、桃花」
魔法の玉から離れた場所、イリス・クェイン(いりす・くぇいん)は不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふっ、どうやら上手くいったようですね」
さきほどの、郁乃と桃花の視界を奪ったのはイリスの闇術。
それを二人に発動し、まるで真っ暗闇の空間に飛び込んだように錯覚させたのだった。
「あの二人は見当違いの方向へと飛んでいったみたいですし。さて、それじゃあ私は確実に魔法の玉を奪取しようかしら」
イリスはゆっくりとしかし警戒を怠らず、魔法の玉に近づいていく。
「ん……?」
魔法の玉に近づいていくと、周辺のガーディアンがイリアに向けて墜落の魔法弾を撃とうとしているのが分かった。
試しにガーディアンにも闇術を発動するが、どうやらガーディアンは視覚に頼らず、人を認識出来るらしい。
「ガーディアンは全部で五体ですか。……いくら私といえども五体に囲まれるのはきついですね」
そう考えたイリアは周囲を見渡す、ガーディアンの標的を他の選手に移すためだ。
「ん、一番近いのはあの人のようですね」
イリアが見つけたのは、魔法の玉に近づいたのはいいが、どうしようか作戦を練っているライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)。
背後から近づき、ガーディアンの注意をライカに移そうとした。が。
「え……? あ、あれ箒が」
いきなり箒が自分の思い通りに動いてくれなくなった。
それどころか、ガーディアンに近づこうと自分の意思と反して行動する。
「ちょ、ちょっと。この箒……っ!」
イリアは言うことを聞かない箒に憤慨した。
今まさに、ガーディアンが自分に向けて墜落の魔法弾を撃とうとしていることが分かる。
「へっへーん、私を罠に嵌めようとした罰だよーだ」
突然、ライカはイリアを振り返り舌を出して挑発した。
「……気づいていらっしゃったのですか?」
「私の殺気看破は全てお見通しだよ。ついでに、サイコキネシスでライカさんの箒の制御を狂わせたのも私だよ」
どうやら最初から気づいていたらしい。しかも、手の内を全てさらけ出した。
胸を反ってえばるようなライカのポーズに、イリアの頭でなにかがプツンと音を立てて切れた。
「……そうですか、分かりました。全てあなたの所為なのですね」
迫ってくる墜落の魔法弾に目すら向けず、イリアはゆったりとそう言うと、身体を逸らすだけで墜落の魔法弾を回避。
そして、箒の制御を取り戻すとライカの正面に移動した。
「ん? どうしたの?」
能天気そうにライカはそう言う。対照的にイリアは歪に口元を吊り上げた。
そして、砕けた口調で、ライカに向けて宣言をした。
「……私、少しブチ切れたわ。ちょっと相手をしてもらおうかしら」
低く、唸るようなその声に、ライカは少し戦慄を覚えるのだった。
イリアがライカに夢中になり、魔法の玉の付近には誰もいなくなった。
「攻めるなら今ね……菫!」
魔法の玉にずっと注目していたパビェーダは、パートナーの菫に指示を出す。
それと同時に他の選手の視界の妨害のため、アシッドミストを使い霧を発生させた。
「んなこと、百も承知よ!」
妨害に集中していた菫は、一転魔法の玉に向かって飛んだ。
この霧の中でも、特技である優れた方向感覚で魔法の玉の場所を明確に感じることが出来るからだった。
「ガーディアンがうざいわね。――ブリザード!」
魔法の玉を守るように付近を飛ぶガーディアンにブリザードを発動。
さきほど郁乃と桃花を苦しめた氷の嵐が、ガーディアンを襲う。
音もなく、あちこちから煙を出したガーディアンは、パラミタ内海へと真っ逆さまに落ちていった。
「他のガーディアンが気づいていない今のうちに」
「――させんよ」
低いがよく響くバリトンの声が、菫の耳にしっかりと届く。
声のした方向を振り向くと、真っ先に目に入ったのは無数の氷の粒。
「!? でも、この程度……ッ!」
菫はディテクトエビルで反応する。急旋回に背面飛行、さらにはコブラ。
菫は見事なまでのアクロバット飛行で、無数の氷の弾丸を避けきった。
「あんた、私の邪魔をするとは。どうやらリタイヤされたいようね……」
キッと目を鋭くさせ、菫は弾丸を飛ばした主を睨みつける。
件の主であるデーゲンハルトは感嘆の息を洩らしていた。
「ほう……あれを避けきるとは流石じゃのう。だが、これはどうかの? ……氷術」
もう一度、デーゲンハルトは無数の氷の粒を作り出す。
「はんっ、馬鹿の一つ覚えにこんなことしたって!」
菫は同じようにディテクトエビルで反応し、回避しようとした。
無数の氷の粒が、菫に接近したとき。
「同じ手は使わんよ。……火術」
「――んな!?」
デーゲンハルトは無数の氷の粒の一割を弱めの火術で溶かし、水をかけるようにして気化熱による冷却で菫の集中力を奪う作戦。
「しまった――ッ!」
一瞬、それに気を取られた菫にいくつもの弾丸が着弾。
姿勢を崩した菫は箒と共に海へと落下したいく。
「大会優勝は伊達ではないのだよ……ん?」
デーゲンハルトは違和感を感じ、落ちていく菫から視線を外した。
目に映るのは、こちらに向かって全速力で飛んでくる乳白色の髪色の箒乗り。
「ふむ、あれはパビェーダ殿か」
「――ブリザード!」
パビェーダが大声でそう言うと、氷の嵐がデーゲンハルト目掛けて発生する。
デーゲンハルトは奈落の鉄鎖で重力を可能な限り軽くした上で尾を箒に巻きつけ、箒を軸に体を回転させ位置を移動し回避をした。
「おっと……危ない危ない」
「よくも菫に手を出したわね。祈りなさい……それくらいは待ってあげるわ」
デーゲンハルトとパビェーダが対峙をする。
「生憎、戦いの最中祈る矜持は持っていなくてな」
「……そう、なら今すぐに墜落させてあげるわ」
パビェーダが体勢を整え、構える。
デーゲンハルトはそれを見て、愉快そうに笑う。
「ほほう、これだけ正面切ってそう申し立てられれば、逃げることも叶わん。いざ、勝負といこうか」
「……はんっ、その余裕な態度も今のうちよ」
突然、真下から声がした。
デーゲンハルトが下を向くと、そこにいたのはいくらかの生傷を負いながら体制を立て直した菫の姿。
「これで二対一、あんたにとってはとても悪い知らせね」
傲慢そうに笑う菫に対し、デーゲンハルトは肩を震わせて笑った。
「……何がそんなに可笑しいの?」
パビェーダが怪訝そうな顔でデーゲンハルトに問いかける。
デーゲンハルは心底楽しそうに笑い続けながら答えた。
「くくくっ、愉快、愉快。血湧き肉踊るこのような感覚、久しぶりじゃからのう……ッ!」
三人が戦いに夢中になっている最中、一陣の強い潮風が吹いた。
それにより、魔法の玉周辺の霧が晴れ、魔法の玉の周りが鮮明になる。
「ふふん、仕掛けるなら今かしらね」
よく響く、透きとおるようなソプラノ。
スキルである神の目で辺りの安全を確認した、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はそう呟いた。
しばらく激戦区から離れ、少し離れた所で選手の魔法の傾向とガーディアンの様子を観察し、好機だと踏んだからだった。
「さて、派手に行こうかしらね」
詩穂はそう宣言すると空を翔る。魔法の玉までの障害は、ガーディアンが二体いるだけだ。
時間差で撃ちだされた二つの墜落の魔法弾を、行動予測し最善の回避方法を導き出す。
「甘い、甘い。そんなのじゃあ私は落とせないよ?」
持ち前の超感覚で先に来る墜落の魔法弾を華麗に避け、遅れてやってきたもう一つを歴戦の立ち回りで手堅く回避する。
「喰らいなさい、稲妻の札!」
ポケットから素早く御札を取り出すと、詩穂はそれを天に掲げた。
共鳴するかのように現れたのは、真っ白な雪雲の隙間から迸る一筋の稲妻。
「イッツ・ショーターイム☆」
詩穂のノリノリな台詞と共に、二体のガーディアンに稲妻は着弾。
大きな音と共にガーディアンは爆発し、ばらばらに砕け散って海へと落ちていく。
「残るガーディアンは二体だけだけど。こっちは――」
詩穂は左右を確認し、分かれて魔法の玉を守護するガーディアンを確認。
どうやら二体とも戦闘中で、こちらには気づいていないらしい。
「お先に頂くとしますか」
詩穂は姿勢を直し、空飛ぶ箒を走らせた。
一方、セレンフィリティとセレアナはガーディアンと対峙していた。
セレアナが女王の加護で自らの力を高め、歴戦の防御術で相手に注意を払い確実に立ち回る。
セレンフィリティが主に攻撃に努め、放電実験で機先を制し相手の動きを封じる。
見事なコンビネーションで攻め立てる彼女たちが、ガーディアンを倒すのも時間の問題だ。
「セレンフィリティ、今よ……!」
「オーケー! 任しときなって!」
ガーディアンの動きが鈍くなったのを見て、セレンフィリティが機晶爆弾を投げる。
そして、サイコキネシスで微調整し、ガーディアンに向けて命中させる。
「あはははーっ! 終わりだよ!」
大規模な爆発。大気を震わすような轟音に、海の水面が振動で揺れた。
セレンフィリティの破壊工作の技術により、機晶爆弾は規格外の真価を見せたのだった。
「……木っ端微塵ね、跡形もないじゃない」
セレアナの呟きにセレンフィリティは豪快に笑った。
「あはははーっ! 気分は最高だね!!」
「……さっきも聞いたわよ、その台詞」
疲れたようにため息を吐くセレアナは、何かに気づいたのか目を見開けた。
「セレンフィリティ、少し不味いわよ……」
「え? 何が?」
セレアナが指を指した方向では、詩穂が今まさに魔法の玉に接近しようとしているところ。
「うわっ、ほんとね。急いで妨害しなくちゃ!」
「……先に魔法の玉を取ろうという発想はないのね」
すぐさま熱線銃を取り出し詩穂に向けて連射し出したセレンフィリティを見て、セレアナはどこか諦めたかのようにまたため息をつくのだった。
「焔のフラワシ!」
アキラの肩の上で敵を指差し、宣言したアリス。
その小さな人形の何倍もの大きさの炎が、意思を持ったかのように動き、ガーディアンを飲み込み破壊した。
「アリス、ナイス! これでガーディアンは全滅だな」
アキラはそう言うと、アリスとハイタッチをした。
前半は様子を見て力を温存していた二人は、ルシェイメアが言ったとおり虎視眈々とチャンスを狙っていた。
「今のうちに魔法の玉をイタダコウ」
辺りを見れば、今はどこも激戦を繰り広げていて、今魔法の玉に近づいても誰も気がつかないだろう。
おまけに、厄介なガーディアンはもういない。安全で、勝負が決まったかのように見える。
けれど、アキラはなにかを忘れている気がした。
「……なぁ、アリス。何かおかしいくないか?」
それは漠然とした不安。
言うなれば、何かが引っかかる程度の。
「そうかナ? それよりも、せっかく巡ってきたチャンスにアキラはナニもしないノ?」
アリスの問いかけに、アキラは少しの間考えた。
「……それもそうだよな。うし! 行くか」
「うん、それがイイヨ!」
アキラは箒を操り、魔法の玉に向けて駆ける。
(誰も気づいていない。よし、今なら楽勝で――)
そう考えたアキラに、一人の声が届いた。
それは、スタート直後に地獄絵図のような状況を生み出した張本人の声。
アキラが失念していた漠然とした不安。
「――崩壊する空」
やけにしっかりと耳に残った声の次に聞こえたのは、上空で何かにヒビが入る音。
「アキラ、危なイ――!」
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