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リアクション
第10章
「わぁ、いろんな料理がいっぱいですよ……!!」
白雪 椿(しらゆき・つばき)は、いよいよ始まったパーティ会場をうきうきと眺めていた。
カメリアが戻り、湖のヌシを始め山の瘴気を浄化した光景は、多くの者が見ていた。見ていない者も、魔物化した動植物が元に戻ったことで、この山が正常に戻ったことに気付いたのだろう。
「さ、それじゃ始めましょうかねぇ。」
レティシア・ブルーウォーターがマイクを取り、パーティ会場に元気な声が響き渡った。
「みなさ〜ん! それでは、これよりパーティを開始しまーすっ!! カメリアさん、おかえりなさーいっ♪」
レティシアの元気な声が響き渡ると、ひとしきり拍手が起こり、あちこちで乾杯の声が聞かれた。
このパーティの主賓であるはずのカメリアは会場のどこかにいるのだろうが、もとよりカメリアが帰ってくることにかこつけて騒ごうという趣旨のパーティだったのだから、そこはさほど重要な問題ではない。
パーティという会場があり、旨い料理や美しいスイーツが並び、そして酒が振舞われ、それを楽しむ人々がいる。
パーティとしては、それで充分だった。
「はーい、衣装を希望の方はこちらで受付してまーす」
イリス・クェインはパーティ会場の入口に受付を移し、様々なコスプレ衣装を貸し出している。
「あ、ほら。何か貸し出していますよ……せっかくだから何か借りてみたらいいのかな……?」
椿はほんわりとイリスの受付の前に来て、ずらりと並んだ衣装を眺めている。
パートナーのヴィクトリア・ウルフ(う゛ぃくとりあ・うるふ)もその横に並び、衣装を見た。
「そうですね、せっかくですから何か借りてみるのも一興かと思いますよ、椿様」
とはいえ、ヴィクトリアもこの手の衣装に詳しいワケではない。無難なところで、と手近にあった猫耳などを手にとってみた。
「こ、こうですか……?」
と、そこに口を挟んだのがもう一人のパートナー、ネオスフィア・ガーネット(ねおすふぃあ・がーねっと)だ。
「いいやダメだ、似合いすぎる!! その様な格好をしていて変な虫がついたらどうする!! ただでさえ女性とまちがえられやすいというのに!!」
もとより椿は男性だが、その中性的な外見のせいで、女の子に間違えられることもしばしば。
ネオスフィアはまるで『娘は嫁になどやらん』と幼稚園児に向かって主張する父親のように、いつも椿をガードしていた。
「五月蝿いぞ、この卑猥吸血鬼が。大体お前がいつもしゃしゃり出てくるからこのような場でも椿様にご友人ができないのだろうが。
……椿様、このような歩く猥褻物陳列罪の言葉に耳を貸してはなりません。人も多いですから……どうか私から離れませぬように」
「は、はい……」
確かにパーティが始まって、人通りが増えてきた。人ごみの中ではぐれたらやっかいなので、椿はとりあえずヴィクトリアに身を寄せて従う。
その様子がまた気に入らないのか、ネオスフィアは声を張り上げた。
「やかましい! 椿、その漢女の言うことこそ聞いてはいかん! つけあがらせるだけだ!!」
その様子を見て、イリスは軽くため息をついた。
「あの……受付の前で揉めないでもらえませんか? あと、その衣装も借り物なので……一応、こちらに名前を書いてもらっているんですけれど……」
「あ、すみません……ほら二人とも……」
椿が二人を言外でたしなめた。誰かに強く注意したりすることは苦手だが、誰にでも優しく、気を使う椿は公共のマナーには少しだけうるさい。
「う……すまん」
「……申し訳ありません」
二人にも悪気がないのは分かっている。ただ椿が少しおっとりしているので、二人ともつい過保護になってしまうだけなのだ。
コープス・カリグラフィー(こーぷす・かりぐらふぃー)はそんな二人の喧嘩を眺めるのがいつも面白くて、その喧嘩を煽ったりしているのが常だった。
だが、今の彼にはもっと関心を引くものがある。
「はぁ……やっぱり椿の書く字はいいなぁ……」
コープスは、椿がイリスの用意したノートに書いた名前に頬ずりして、遠慮なく接吻の雨を降らせた。
魔道書である彼は『文字』そのものに恋愛対象があるらしく、特に椿が書く字はお気に入りなのだ。
「あの……ノートにキスしないでもらえませんか……? あと、後ろに人が詰まってるので……」
イリスの言葉に、椿がコープスをノートから引き離す。
「す、すみません!! ほら、後ろの人に譲って……!!」
しかし、椿の字にまっすぐラブなコープスはなかなかノートを離そうとしない。
その様子を見て、イリスは微笑みと共に軽くため息をついた。
「こう言ってはなんですけど……あなたも大変ですね。ええと……白雪 椿さん?」
「は、はい……、ご迷惑をおかけして……でも、みんないい人なんですよ……」
椿にとってパートナーたちは家族のようなもの。やはり素行に問題があるように見えるとはいえ、悪く見られたくはないものだ。
過保護な2人とちょっと変な趣味の1人。その3人が椿を慕い、椿を中心にして集まっている様子がよく分かった。それが微笑ましくて、イリスはまた少し笑う。
「ええ、ちょっと過保護なだけで基本的にはいい人みたいね……今日はパーティを楽しんで行ってくださいね。イリス・クェインです、よろしく」
「はい……! 白雪 椿です、よろしくお願いします!」
椿は礼儀正しくお辞儀をして、ようやくコープスをノートから引き離した。
いよいよ人は増え、あちこちで自慢の料理が振舞われ、ある人は歌を歌い、ある人は大道芸を披露したりして、皆を楽しませている。
まだいがみ合っているネオスフィアとヴィクトリアに向き直って、椿は笑った。
皆ともっと仲良くなれるといいな、と思いながら。
「パーティ……楽しみましょうね!!」
その笑顔を見ていると、互いにいがみ合うこともできなくなる2人なのだった。
☆
「ほら、これ見てください。牛の丸焼きですよ……初めて見ました」
椿は、佐々木 弥十郎と佐々木 八雲の兄弟が作る牛の丸焼きを興味深く見つめている。
「さぁ、もう食べられますよ。どうぞ」
弥十郎は切り分けた肉を皿に取り、椿に渡した。
「あ、ありがとうございます……おいしい……!!」
椿の口から率直な感想が漏れる。口に入れた途端にジューシィな肉汁があふれ出す牛肉は、丸焼きの見た目のインパクト以上に食べた者に感動を与えた。
「椿、こっちの串焼きもなかなかのものだぞ」
ネオスフィアは八雲が網で焼いた串焼きを頬張っている。
「おや、こちらも焼肉ですか……これは、変わった肉ですね……? というか、料理人が……!!?」
その横でヴィクトリアは、網で焼かれた赤く新鮮な肉を見ていたが、それを処理して焼いている人物を見て驚きの声をあげた。
神条 和麻(しんじょう・かずま)は日中は他の料理人たちの料理などを参考にしながら、自分も集まっていく食材を検分して作るべき料理を模索していた。
だが、最近魔鎧の影響で半身が魔物のように変化してしまうことがある和麻は、集められた食材の瘴気の影響で、魔鎧を装着したわけでもないのに、半魔物化してしまっていたのだ。
「ん? どうかしたのか?」
だが、元々この状態でも精神に影響があるわけではないので、本人としては全く平常通りに料理を続けている。
カメリアが山の瘴気は浄化したものの、影響を受けた人間はもうしばらく瘴気が抜けるまで時間がかかりそうだ。
「い、いや……何でも……」
驚きながらも、ヴィクトリアは椿と共に和麻の鮮やかな包丁捌きに見とれていた。
「すごい……キレイ……」
和麻が捌いているのはリリィ・クロウが『もったいないから』という理由で食材として持ち込んだ山のヌシの肉だ。
元は大きな熊だったのだろう。デリシャスメイスで無毒化された山のヌシは今やただの大きな熊の肉。
「熊といえば鍋、という印象も強いだろうが……こうして可能な限り薄くしてやれば、焼いても食べやすい。
もちろん独特の獣臭さはあるが――この香辛料と最低限の調味料でも充分、味を引き出すことはできる」
和麻が山のヌシを調理するのに使っているのは、クセのある食材も多かろうと、アカーシャ・シャスカンスが持ち込んだ香辛料だ。
「――お役に立てて幸いです……はい、おひとついかがですか?」
アカーシャは新しい皿に和麻が焼いた熊肉を取り分け、椿たちに渡してくれた。
「はい……ありがとうございます……」
その肉をネオスフィアとヴィクトリア、そしてコープスと共に楽しむ椿を見て、アカーシャは微笑む。
「……楽しんでいますか?」
「ええ……とても!!」
☆
「じゃーん、完成だよっ!!」
御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は大きなケーキのてっぺんに可愛い雪だるまを乗せて、ケーキを完成させた。
「ふむ……なかなかいい出来じゃないか」
天城 一輝はその完成したケーキを眺めて満足気に頷いた。
霧島 春美やディオネア・マスキプラ、そしてスプリング・スプリングと共に狩ってきたケーキ型魔物と蜂型魔物から採取した蜂蜜で作った巨大ケーキである。
「いやぁ、苦労した甲斐があったね!」
ディオネアは春美と共に笑い合った。
「楽しかったね、スプリングちゃん」
その春美の言葉に、スプリングも頷きつつ、視線を横に逸らした。
「うん……狩り自体はまぁ楽しかったでピョン……でも……」
一輝とスプリング、そして春美とディオネアがケーキ型魔物と戦っていた狩りの様子は、一輝のデジタルビデオカメラを通じてパーティ会場にモニターされていた。
そして、ミスティ・シューティスの手によって編集され、会場で繰り返し放映されていたのである。
「うん、我ながらいい出来です」
その映像を見て楽しむ人々を見て、ミスティもまた笑顔を見せるのだった。
「まぁまぁ、いいじゃない。ほら、スプリングちゃんも食べて!!」
春美がスプリングの口にケーキを運ぶ。そのかけらをもぐもぐと食べながら、スプリングも笑った。
「――うん、おいしいでピョン」
ところで、その春美と一輝が持ち込んだケーキ食材を雪だるまの飾りつきケーキに仕上げたのは、イナ・インバースと秋月 葵である。
「うん、なかなかいい出来じゃない? イナちゃん」
作業中にすっかり仲良くなったイナと葵は、ケーキの出来にも味にも満足していた。
「はい……皆さんが持ち込んで下さった食材もいいものでしたし……」
しかし、イナがちらりと横目に見ると、その横ではあまり微笑ましくない光景が展開されていた。
「やっと見つけたでこのタコ!! 手の込んだ逃げ方しくさって!!」
「タ、タコではないでスノー!! 可愛い精霊でスノー!! もっと上等な扱いを要求するでスノー!!」
ギリギリラインの仕事を本当に最低限しか片付けていなかったウィンター・ウィンターが七枷 陣に見つかり、捕まっていたのである。
いつもの9歳程度の姿に戻ったウィンターは後ろ首を陣に引っ掴まれてかまくらへと連行されそうになっている。
そこに、ノーンが話しかける。
「ねぇ……ウィンターちゃんはどんなお仕事してるの? わたしも同じ氷結の精霊だけど……特にそういうお仕事はしてないよ?」
ノーンの疑問ももっともだが、ウィンターは引きずられながらもその問いに答えた。
「ふっふっふ……私はまた特別な存在なのでスノー。
『冬』という大きな仕事を授かった私はこの辺りの気候をコントロールする管理職なのでスノー。
人間でも色々な仕事に就いているのと同じことでスノー」
自慢げな表情を見せるウィンターだが、引きずられながらではまったく締まらない。
「はいはい、そういうことはせめて下っ端の一人でもついてから言えや、この下っ端主任」
陣はそんなウィンターを意にも介さず、ずるずると引きずっていく。
「き、気にしていることを!! 傷ついたでスノー!! 繊細な乙女のハートは粉々でスノー!! というかノーン、助けてほしいでスノー!!」
しかし、その叫びを聞いたノーンは、微笑みつつ首を横に振った。
「ううん、ウィンターちゃんはそういう大事なお仕事してるんだから、まずはそっちを優先させなきゃ!!
私も手伝うから、お仕事が片付いたら一緒にパーティを楽しもうよ!! この間ギターを新調したんだよ、後で一緒に歌おうね!!」
「こ、この真面目っ娘め!! 助けを求める人選を誤ったでスノー!!」
必死に助けを求めるウィンター。そこに現れたのはヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)とキリカ・キリルク(きりか・きりるく)であった。
「やけに騒がしいと思ったら……相変わらずだな、ウィンター」
九死に一生とはこのことか、とウィンターは最後の望みをヴァルに託す。
「おお、ヴァル!! 助けて欲しいでスノー!! 仕事ならパーティの後でもできるでスノー!!」
大まかな事情を察したヴァルは、おおらかな笑顔で笑った。
「ははは……なるほどな。じゃあ、そんなウィンターに仕事がはかどるようなクリスマスプレゼントだ」
「スノー? プレゼントでスノー? 確かに、そういうご褒美があれば少しは頑張れるかも知れないでスノー」
「はい、これをどうぞ」
と、キリカが差し出したヴァルからのクリスマスプレゼントを目にした瞬間、ウィンターの希望は粉々に打ち砕かれた。
何故ならば、ヴァルが用意したクリスマスプレゼントとは――
国語の教科書。
理科の教科書。
数学の教科書。
社会科の教科書。
英語の教科書。
芸術の教科書。
音楽の教科書。
という教科書詰め合わせセットだったのである。
「安心しろ、ちゃんと全部できるようになるまで、この帝王がしっかりと『冬の友』として勉強の面倒をみてやる!!」
その教科書の山の前で、もはや引きつった笑顔を浮かべることしかできないウィンター。
「キ……キリカ……?」
せめてもの慈悲を、とキリカの顔を見ると、まるで聖母のように清らかな笑顔でキリカは微笑んだ。
「……ファイトですよウィンターちゃん。後でパーティの後片付けも一緒にやりましょう――大丈夫、僕たちも手伝います」
「まるで助かってないでスノー!! どうして私の周りにはこう真面目な奴しかいないでスノー!? 前門の魔術師、後門の帝王でスノー!! そこの帝王、まるで父のようなおおらかな笑顔で見守るなでスノー!! キリカ、お主も母のような優しい微笑みで見送るなでスノー!! 私が求めているのはそういう助けではないでスノー!! ノーン、やる気を鼓舞するステキな音楽はいらないでスノー!!」
「はいはいわろすわろす」
「陣、おかしくないでスノー!!」
あらん限りの騒音を撒き散らしながらかまくらへと連行されていくウィンターだが、彼女が騒がしいのはいつものことなので誰も気にしない。
ついにかまくらに放り込まれたウィンターだが、その隅っこに先客がいることに気付いた。
「あれ……誰でスノー?」
シャウラ・エピゼシーだった。
「あ、スノー……元気か?」
山のヌシとの戦場に自分と同じ姿の魔物が裸で30体乱入する、という悪夢のような状況からようやく脱したシャウラだったが、まだ本人はそのショックから立ち直ってはいなかった。
「とりあえず元気でスノー……でも悪魔のような正義連中に捕まったでスノー……言ってることが正論なだけにどうしようもないでスノー……」
シャウラと並んで肩を落とすウィンター。
「そうか……スノーも大変だな……」
「お主も何があったか知らないけれど元気を出すでスノー……会場でくすねたチョコレートでスノー。甘いものは元気が出るでスノー……これでも食べて元気を出すでスノー」
「ん……サンキュー……」
ウィンターが懐から取り出したチョコレートを受け取るシャウラ。
「どうせバレンタインも近いから義理チョコでスノー……ホワイトデーには期待してるでスノー」
くすねたチョコレートでお返しを期待とは、さすがに面の皮が厚いウィンターであった。
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