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ハロウィン・ホリデー

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ハロウィン・ホリデー

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「ごめんなさい、どこか休める部屋はありませんか」
 羽切 緋菜(はぎり・ひな)は、すっかり酔いつぶれてしまった羽切 碧葉(はぎり・あおば)をお姫様抱っこの要領で抱きかかえたまま、通りがかったパトリックを呼び止めた。
 パトリックは、(その、非常に素晴らしい眼前の状況に内心とても喜びながら)落ち着いた声で、お困りのようですね、と紳士的に微笑みかける。
 全くお酒の飲めない(第一未成年だ)碧葉が、うっかりジュースと間違えてシャンパンを飲み干してしまい、すっかり潰れてしまった。緋菜はその顛末をパトリックに告げ、休ませる場所の提供を求める。
「更衣室としてお貸ししていた客間が使えますよ。ベッドもありますから、どうぞお使い下さい。鍵は全て開けてあります」
 にっこりと微笑むパトリックにお礼を述べて、緋菜は碧葉を個室へと連れて行こうとする。その背中に、パトリックが「鍵が掛かっている部屋は使用中ですから」と付け加えた。

 パトリックの言うとおり、いくつかの客室の扉は閉まったままだったけれど、大半の扉は開け放たれていた。そのうちの一つを借りることにして、ベッドに碧葉を寝かせた。それから一応、扉には鍵を掛けておく。
 そしてベッドの縁に腰掛けて、碧葉の顔を覗き込む。頬はすっかり真っ赤になって、瞳はとろとろと溶けている。完全に酔いが回っているようだ。
「もう、不注意が過ぎるわよ」
 碧葉の髪を掻き分けてやりながら、緋菜は呆れ顔で呟く。
「ごめんなさぁい……」
 碧葉はしおらしく答えるけれど、顔は緩んだままだ。やれやれ、と緋菜はため息を吐きながらぽんぽんと碧葉の頭を撫でた。
 すると、碧葉の手がするりと伸びてきて緋菜の手を捕まえる。
「ねえ、折角ですし、一緒に寝ましょう?」
 アルコールが入っている所為だろうか、碧葉は甘えるような声で言うと、掴んだ手をくいくいと引く。
「そうね……私も慣れない服装で疲れたし……」
 緋菜が纏っているのは真っ赤なパーティードレス。普段はあまりしない格好に、正直少し疲れていた。ちなみに、碧葉は青いドレスを着ている。そのままで寝るのは少し躊躇われるが、碧葉の手を振り払う気にはならなかった。
 仕方ないわね、と表情を緩めると、緋菜はそのままベッドに潜り込んだ。

●○●○●

 パーティーでシャンパンなどを引っかけてほろ酔い気分になった大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は、パートナーであり恋人でもあるコーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)と共に個室で一休みしていた。
 剛太郎はハロウィンにちなんで仮装をしている。コーディリアも一応、魔女の装束をイメージした服装をしているが、普段から古めかしい印象のフリルたっぷりの洋服を着ているせいで、あまり変化は感じられない。
「ふう……少し、飲み過ぎたか」
 剛太郎は洋服の胸元を開けて、ぱたぱたと仰ぐ。ほどよくアルコールが回って火照った体に、風が気持ちいい。
「大丈夫ですか」
 隣に座るコーディリアが、気遣うように剛太郎の方を見遣る。その視線に甘えるように、剛太郎はコーディリアの肩に頭を乗せてみた。
 コーディリアは特に嫌がる素振りも見せず、剛太郎の好きなようにさせて居る。剛太郎は少し調子に乗って、コーディリアの腰にそろりと手を伸ばす。
 腰を抱き寄せても、文句は帰って来ない。戸惑うように口を噤んでは居るけれど、しかし、コーディリアの表情に不満そうな色は見て取れない。それどころか、抱き寄せられるまま剛太郎の方に寄り添ってくる。
 今なら、もう少し先へ進めるかもしれない――酒の勢いも手伝って、剛太郎はゆっくりと、コーディリアの頬に手を添えた。澄んだ緑色の瞳が、そっと伏せられる。
 吸い寄せられる様に唇を重ねて、そのままベッドに倒れこむ。
 すると一瞬コーディリアの体がこわばった。剛太郎は慌てて顔を上げ、ベッドに手を突いて体を離す。
「……駄目か?」
 いやだ、とコーディリアが言えば素直に引き下がるつもりだった。欲を出しすぎて嫌われてしまっては元も子もない。
 しかし、コーディリアは恥ずかしそうに視線を逸らしたままふるふると首を横に振ると、剛太郎の腕にそっと、触れた。
 それを承諾の返事と受け止めて、剛太郎はもう一度ゆっくりと、唇を重ね合わせた。

●○●○●

――なんかやっぱ、いつもと雰囲気違うな……
 堂々たる風格を漂わせながら前を歩くレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)の背中を見ながら城 紅月(じょう・こうげつ)はぼんやりとそんなことを考える。
 いつもはせっせと自分の世話を焼くレオンに、今日はレオンが主役、と吸血鬼の衣装、それも貴族や王侯のような、位の高そうな衣装を着せたのは紅月自身だ。ちなみに紅月は、お小姓のような衣装に角のついたカチューシャを付けて、お付きの使い魔役としてレオンの後ろをとことことついて回っている。
「紅月、こちらへおいで」
 レオンがいつもと違う、芝居がかった口調で紅月を呼ぶ。
 いつの間にやら、レオンは手元にお菓子を乗せた皿を持って、ホールの片隅に置かれた長椅子に優雅に腰掛けている。絵になる。
 紅月も紅月でお小姓になりきって、はぁい、なんて返事をしてみせた。そしてレオンの傍に跪こうとする。
 が、紅月が屈みかけたところをレオンの腕が捕まえた。そのまま膝の上に載せられてしまう。
「ちょ……レオン……」
 いつもと違う強引な仕草に、思わず紅月は頬を染める。そんな紅月のことを楽しそうに見下ろしながら、レオンは皿の上のチョコレートをひとつ、唇に挟んだ。そして、紅月の顎を軽く持ち上げて、口移しにチョコレートを紅月に食べさせる。じれったく唇が触れあい、二人の体温でぐずぐずに溶けたチョコレートが舌に絡みつく。
 頭の芯が痺れるような感覚に、紅月は潤んだ瞳でレオンを見詰める。
「レオン……俺、もうダメ……」
「おや……仕方の無い人ですね」
 レオンはくすくすと楽しそうに笑って、膝の上の紅月を抱いたまま立ち上がると、そっとパーティー会場を後にする。そして、個室の扉をそっと開けた。
 ベッドの上に紅月の体を横たえる。と、その拍子に、ベッドの影に隠されていた「それ」が目に入る。
「たっぷり、可愛がって上げますよ」
 言いながら、レオンはベッドの影から金属製のそれを取り出す。
「て、手錠?! や、やだ……」
 しかしレオンは、抵抗しようとする紅月の手を、手にした手錠で器用に縛り上げてしまう。そして、覆い被さる様にして紅月の耳朶を柔く噛んだ。
 ひ……と、紅月の喉が鳴る。
「も、やめろって……」
 紅月はなんとか力を振り絞り、レオンの首筋めがけて吸精幻夜を仕掛けようとするけれど、手錠で拘束されている所為で思うように行かず、あっさりかわされてしまう。
「甘いですね……もっと、誘惑してごらんなさい。本当は……したいのでしょう、紅月?」
 ふふ、とどこか加虐的な笑みを浮かべるレオンを見上げる。いつものレオンじゃない、と思う傍ら、その赤い瞳の向こうにいつものレオンが居ることも感じている。もっと欲しい、溶け合いたい、そう思う一方、いつものレオンならしないような、サディスティックな行為にためらいを感じても居る。でも。
 紅月の唇が、小さく動いた。
 レオンは満足そうに笑い、紅月の唇を塞いだ。

――なお、何故か部屋にあった手錠だが、ののがカップル応援のため、という悪戯心の元に仕掛けたものだったとかなんとか。