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サンサーラ ~輪廻の記憶~ ex『あの頃の欠片』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ ex『あの頃の欠片』
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 待ち合わせの場所で、トオルは、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)を順に見て、にやりと笑った。
 ヘルははっとする。
(呼雪にハグしようとしている……!
 しかも何か僕に見せつけようとアングルを考えている……!)
 じり、と牽制しながら、ヘルとトオルの間に、見えない火花が散る。
「……ヘル」
 ため息を吐いた呼雪の方を見た瞬間、トオルはヘルに抱きついた。
「よー! この前はありがとな!」
「ぎゃーっ!」


 ルーナサズも落ち着いただろうと思われる頃、呼雪は、トオルとシキを誘って再びこの地を訪れた。
 かつてルーナサズで関わった事件で死を遂げた、タルテュの墓参りの為だ。
 あらかじめイルヴリーヒに訪問の手紙を送っておいたら、当日、彼も墓地を訪れた。

「彼女は、我々兄弟が幼い頃から仕えてくれていた。
 彼女は忠実に仕えてくれ、家臣の域を越えることは絶対になかったが、俺達は母を早くに亡くしていたから、ずっと密かに、姉とも母とも慕っていた」
 許可を得て、持参した薔薇の苗木を植える呼雪達に、イルヴリーヒが思い出を語る。
 白く凛とした花を咲かせる、放っておいても丈夫に育つ品種だ。
「……兄に会わせてやりたかった」
「今のルーナサズは、タルテュちゃんが願った姿になってるかな」
 ヘルが墓標に語りかける。
「まあ良い領主さんみたいだし、イルヴさんもいるから大丈夫だね」
 魂はナラカに行ってしまったが、残った思いはきっとルーナサズを見守り続けるだろう。
「骸は土に。心は風に」
 シキが呟く。
「何だ?」
 トオルが訊ねた。
「俺の部族の、死者への手向けの言葉だ」

「今日来てくれてよかった。俺は明日にも此処を離れなければならないので」
「何で?」
 イルヴリーヒの言葉に、トオルが訊ねた。
「ミュケナイに戻らなくては。
 今回のことがあったので暫くこちらにいたが、もう随分空けたままにしているし、兄にも行くように言われている。
 ……本当は、まだこちらにいたいのだが」
「ミュケナイ?」
 ミュケナイ地方は、パラミタ内海にある半島が面積の大半を占める。
 半島の先にはミュケナイという交易都市があり、ルーナサズよりも都市としては大きかった。
 ルーナサズがミュケナイ地方の首都なのは、龍王の卵を抱く場所という宗教的な理由からであり、交易の中心は、実質都市ミュケナイにある。
 ミュケナイの選帝神であるイルダーナはルーナサズに常駐するが、イルヴリーヒがミュケナイ都市の実質的な施政を担い、月の半分はそちらに赴いていた。
「何で行きたくないんだ?」
 トオルの問いに、イルヴリーヒは苦笑する。
「……シボラが、不穏なので」
 ルーナサズは、エリュシオンの国境に近い。
 最近、隣国のシボラが色々と危うい状態になっているという。
 イルダーナは、自分を危険から遠ざけようとしているのだろうとも思う。
「心配なら残ってたらいいじゃん」
「兄の判断は正しい。
 もしも本当にシボラに危険が及ぶとして、国境付近の民を内陸へ避難させるような事態になった時、受け入れ体制を整えておかなくては」
 そう思ってはいても、心配なのだ。イルヴリーヒは肩を竦めた。
 元龍騎士であるトゥレンがその後もルーナサズに残っているのは、実のところ、彼等にとってはかなり有難い話だった。
「……出来ることをしなくてはな。
 色々慌しくて、発つ前に此処に来るのを忘れるところだった。ありがとう」


「呼雪の手作りチョコクッキー分けてあげる♪ トオルはナッツ入りと渦巻きのやつ、どっちがいい?」
「ナッツ入りのやつ」
 ヘルからクッキーを受け取って、トオルは呼雪を見た。
「サンキュ」
「ああ」
「…………あのさ」
 もぐもぐとクッキーを食べて、トオルは少し考え、改めて呼雪を見る。
「俺な、パラミタに来る前、どっかのカウンセリングだか何だかの人に、
『君は、全ての友人を家族のように愛するが、たった一人の人を特別に愛することは出来ないだろう』
って言われたことがある」
「……」
 呼雪は、黙ってトオルを見る。
「その時は、別にへーって思っただけだったし、普段完全に忘れてるんだけどな。何かな、思い出した。
 ……コユキは折角、特別がいるんだから、ちゃんとそいつを一番にしないと」
 呼雪はちらりとヘルを見た。
 少し耳を塞いでいてくれないだろうかと思ったが、そのままトオルに視線を戻す。
「……ヘルは、特別だが」
 ぴん、とヘルの見えない耳が立ち、尻尾が振られるのが解る気がした。
「それと、トオルを助けに行くのは別の話だ」
 ちら、ともう一度ヘルを見ると、ヘルは苦笑している。
「まー、仕方ないよね。それが呼雪だもん」
 そういうところが好きなんだしさ。
 そう言った二人を見て、トオルも苦笑した。