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水着とカレーと、大食いと。

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水着とカレーと、大食いと。

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2/大食いに挑む者たち

「む」
「あっ」

 ──被った。多分、お互いの脳裏にあったのは共通して、そんな考えであったはずだ。

 互いに、たまたますれ違った相手の抱えた大鍋に、視線を注いでいる。
 厳密にはそこに満たされた、双方のシーフードカレーに、だ。
 すぐそこに、リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)たちの舞い踊る特設ステージを望むオープンキッチンの前。
 スプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)と、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は相手のカレーをしげしげと見つめ合う結果になったのである。

「なんだ、そちらも海軍カレーとやらか。……まあいい、目の前は海。海の幸で被るのも無理ないものよな」

 若干、デリカシーに欠けた獣人の言いぐさに少し、むっとするゆかり。そんな、こっちが真似をしたみたいに。

「う、うちは海軍じゃなくて、海自です。海上自衛隊カレー。安直に一緒にしないでください」
「似たようなものだろう」
「それは、そうですけど……」

 ならば、本式の海軍カレーであるこちらが上だな。誇らしげに胸を張ってみせるスプリングロンドに、こっちだって、とゆかりも反論をする。
 そりゃあ海軍カレーとは少し違うけれど。
 こっちは、自衛隊の艦で実際に使われているレシピを再現したカレーなのだ。下に見られるのは、なんだか納得が行かない。
 片や、海軍カレー。そして片や、砕氷艦「しらせ」のカレー。両者はカレーの鍋を抱えたまま、隣り合ったキッチンで競い合うライバル同士として、火花を散らす。

「はーいはい、お隣さんに喧嘩売らない、そこ」
「む?」
「えっ?」

 その仲裁に入ったのは、ゆかりが鍋につっこんでいたおたまをひょいと持ち上げていった──腕。

「あ、あの?」

 その腕は、……ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は勝手に持ち上げたおたまで掬い上げたカレーを、これまた勝手にライスの上へとかけて、ひと口食べてみて。
 呑み込んで改めて、口を開く。

「ん! おいしー、これ! いいね、いくらでも食べられそう!」
「え。そ、そうですか?」
「うん、あー。いいな、こういうのもアリよねー。おいしーおいしー。お客さんとして、食べたかったなぁ」

 そうやってストレートに褒められて、うれしくないはずもない。
 親指を立ててみせるローザマリアに、ゆかりの顔も綻ぶ。
「ちょっとー、ゆかり。話し込んでないでこっちも手伝ってよおー」
「あ。ごめんなさい」
 素直に浮かれかけて、キッチンの向こうから投げられたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の声に踏みとどまる。
 ただでさえうだるような太陽の熱気に加えて、キッチンの中はコンロの火もあって灼熱地獄と言っていい。
 ゆかりにうんざりした声を向けた彼女も既に、水着の上に着ていたTシャツもとうに脱ぎ捨てていた。

「いい勝負できそうね。お互い、頑張りましょ」
「ええ」

 拳を軽く打ち合わせて、別れる二人。ゆかりは、マリエッタのもとに。ローザマリアには、スプリングロンドがついていく。

「あー!! こら、スプリングロンド、てめー!! どの面提げて戻ってきやがった!?」
「……は?」

 ステージ上から、その彼に怒声が響く。
 まあまあ、と呆れ顔で肩を竦めるリアトリスの制止も聞かず怒鳴る、フランシス・ドレーク(ふらんしす・どれーく)

「なんだよ、そのカレーは!? エビなんて入れてるんじゃねー! もっとホタテとかアワビとか色々あんだろーが! もっと!!」

 どうやら──彼らのつくったカレーの具材の選択に、不満があったらしい。



 皿の中身は、つい数分前まで大盛りのカレーがたっぷりと満ち満ちていたはずだった。
 もう、ほんとうにさっきまで。てんこ盛りだったのに。

「しかし、ほんとによく食べますねえ」

 それがもう、空っぽになろうとしている。そんな光景を幾度となく短時間で繰り返し見せられれば、そりゃあ呆れもするだろう。
 紙コップの、溶けかかった氷で薄まったコーラを手にしながら、御凪 真人(みなぎ・まこと)は恋人の食いっぷりに、思う。

「え、そう? まだまだいけるわよ?」

 この皿の、最後のひと口。それをぱくりとやって、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)はきょとんとした目を真人に向け返してくる。
「全然、お腹四分目くらいってとこだもん。ね、まだまだいけるもんね?」
「はい! どれもとっても、おいしいですから!」
 彼女とともに両脇にカレーの空き皿を山と積みあげた、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が同調する。
 実においしそうに、たやすく彼女たちはカレーを次から次に平らげていく。
「……そういう問題でも、ないと思いますよ?」
 少しの休む素振りもなく、次の皿にとりかかったふたりに苦笑いをしつつ。真人はそんな彼女らとは対照的に苦しげに、けれど彼女たちについていこうと頑張っている隣の男を見る。
「うっぷ」
 フレンディスのパートナー、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)である。
「何杯目です? それ」
「……十杯目」

 なにも胃薬まで用意して、ふたりについていこうとしなくても。
 このふたりの大喰らいっぷりは、一般人とは一線を画すものなのに。

「まあ、あまり無理はしないでくださいよ?」

 ため息交じりの苦笑を漏らし、眩しい日光に目を細める。
 と、テーブル上に影が落ちる。ふたりぶんの、ふたつの影。ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)と、詩壇 彩夜(しだん・あや)がそれぞれ、カレーの皿と水のグラスを手に、テーブルの脇にいた。
 無論彼女たちが運んできたそれらが差し出されるのは、セルファとフレンディスの前にである。
 ちなみに、これでそれぞれ、ミルディアのカレーは三杯目。
「どお? あたしのカレーは」
「おいしいよー。まだまだ全然入る」
「こっちもまだまだ全然残ってるから、いつでもまたもらいにきていいからね」
 ベルクはもう、限界みたいだけれども。
「あ。そーいえば、彩夜?」
「はい?」
「そーやって水着着てるけどさ、少しはあれから泳げるようになった?」
 こちらは雑談交じりに、まだまだ余裕だった。

 セルファから向けられた問いと、同じようにこちらを見上げるフレンディスからの視線とに一瞬、彩夜は言葉に詰まって。
 ぎこちなく目を逸らし、「なんのことやら」という顔で明らかに暑さとは異なる汗をその頬に垂らす。

「その……ええ、まあ。多少?」
「なーんで、疑問形なんだよ……。語るに落ちてるぞ、それ」

 ベルクのつっこみ。要するに、彩夜はまだ──そういうことだ。
 と。

「彩夜ちゃん、皆さーん」
「ん」

 浜辺を、こちらに歩いてくる女性、ひとり。『蒼の月』やカノンと一緒に行ったはずの、山葉 加夜(やまは・かや)である。

「おや。どうしました」
「いえ、蒼ちゃんが。彩夜ちゃんに、あとは自由にイベントを楽しんでくれていいって、伝えてくれって」

 水着の上からエプロンをかけた彩夜は、もともと『蒼の月』に乞われイベントを手伝いにきた身である。
 その依頼をした張本人がそう言ったのであれば、あとは完全に客の立場にまわっていいということなのだろう。

「せっかくだし、カノンちゃんたちと合流して、会場をまわりましょう?」
「あ、はい。じゃあ、ちょっと待っててくださいね」

 支度してきますから、と小走りに走っていく彩夜を、一同見送る。

「んー。じゃああたしたちも行こっか」
「そうですねー。もっともっと、色んなカレー、食べたいですし」
「まだ回るの!? しかももう!?」
 平らげた皿を、また一段積み上げて言うセルファにフレンディス。
 わかってたことじゃないですか。思わず声を上げたベルクを慰めるように、ぽんと肩を叩く真人。
 こういうふたりなのは、今更なんだから。
「だいじょーぶ、すぐには行かないし」
 平然とセルファが返したそのとき、彼女たちの前には次のカレーがそれぞれ、置かれていた。

「はい、おまちどうさん」

 首からタオルをかけた、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が自身製作の和風キーマカレーを、両者の前に差し出していたのである。
 一体いつの間に、注文していた。いつの間に、運んできた。
 そしていつの間にかもう、ひと口目にとりかかっている。

「んー、これ、おいしいです。和風のあっさりしたお味が、お腹ごなしにはちょうどいいというか」
「そうだろ。そういう味付けになるよう、調整したもんな」

 とろみも片栗粉でつけてるしな。フレンディスたちの華やいだ評論に、涼介も満足げに解説をして返す。
 一方で、そんな三人のやりとりにベルクも真人も顔を見合わせていた。ミルディアと、加夜も、だ。

 だって、そうだろう。
 カレーの腹ごなしにカレーを食べるって、もうどこからつっこんでいいやら。運動するとか、休憩を挟むとかならともかくとして。色々と、おかしいだろう。

「よーし、優しい味のカレーで味に変化もつけたところで、次のキッチンに向かうわよ!」
「はい!」

 なんかもう、色々とすごい。……としか、言いようがない。
 ──だが。圧倒される三人は、気付いていなかった。

「これは敵前調査であります! いざ、いざ!」

 セルファたちの視線が、彼らの背後のずっと先の、テーブルに向けられていたこと。
 そこでやはり、フレンディスやセルファと同じように猛然と、空いたカレーの器を積み上げていくふたりが存在していたことに。
 彼女たち──パール・ルイス(ぱーる・るいす)ルビー・ルル(るびー・るる)の存在に、密かにふたりは注目していたのだ。
 あの食いっぷりには負けられない、と。

 妙な対抗意識を、その胸の奥になんとなく、抱いていたのである。