リアクション
川原には友人同士は勿論、恋人同士で訪れている若者達がとても多かった。 ○ ○ ○ 「アレナちゃんお帰り〜」 川の家に戻ったアレナを、一緒に売り子をしていた秋月 葵(あきづき・あおい)が出迎えてくれた。 葵はアレナに誘われて、お手伝いをしているのだ。 「葵さん……あれ?」 アレナは不思議そうな顔をする。なんだかいつもの葵と少し違う……。 「ふふーん。どう似合ってる〜?」 葵は花柄のかわいらしい水着姿だった。 「アレナちゃんも次は水着だね! 同じタイプの水着にしよ〜。柄は違う方がいいかな」 葵は普段より堂々とした歩き方で、水着コーナーから水着を持ってくる。 「……あっ! 葵さん、いつもと胸の大きさが違います。ご飯食べすぎましたか?」 「ははっ、ご飯じゃ増えないよー。これが本来のあたしの姿……だったらいいんだけどねっ」 葵はアレナがいない間に、こっそり薬のコーナーにあった『大きくなる薬』を使って、胸に塗ってみたのだ。 効果覿面! 葵の無い胸がアレナと同じくらいまで膨らんだ。 「葵さん、なんだかちょっと大人っぽいです」 「ホント? そうかな。嬉しい〜♪」 葵は鏡で自分の姿を見て、嬉しくなる。 「ああでも、身長ももう少し欲しいかな……。ウエストはきゅっと、お尻はもっとふっくらしてるかな、同じ年頃の女性は。……年の割に、顔もかなり幼いんだよね……」 大きくなる薬を頭に塗ったら頭だけ大きくなっちゃうし、足に塗ったら、足だけ太くなりそうで。 バランス良い理想の体つきはこの薬だけでは実現できなそうだった。 それでも、胸が大きくなっただけで今は満足だった。 こうして水着になっていても全然恥ずかしくないし。 「着替えました」 水着に着替えて、アレナが戻ってきた。 葵はうんと頷く。アレナと並んで歩いても惨めな気分になることもない! 「夜の花火には、この浴衣なんてどう? この浴衣甚平っていうのも可愛い♪」 一緒に浴衣のコーナーも見て回る。 「はい、これ着てみたいですっ。優子さんには、これを」 アレナは優子の着替えとして、浴衣ではなく甚平を選んだ。 「っと、仕事しなきゃね。それじゃ、外の席に注文の品、届けにいこうか〜」 「はいっ。あ、それから……その葵さんが使った薬」 「ん?」 「是非、プレゼントしたい人がいるんです……っ!」 胸が小さいことを気にしているとある古くからの仲間のことを、アレナは思い浮かべていた。 「それなら後でワゴン販売する時、一緒に持っていこ〜」 「はい!」 葵とアレナはトレーに注文のかき氷とジュースを乗せて、外で楽しんでいる若者達へ運んで行くのだった。 この日、葵は男の子からオッサンまで幅広い年齢層の男性にナンパされた。 ようやく落ち着いた理子を、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は川の家のVIP席へと案内し傍で護衛をしていた。 「お待たせいたしました。宇治金時でございます」 「……う、うん」 「ごゆっくりどうぞ」 「ちょ、ちょっとまって!」 頭を下げて戻ろうとした給仕の女性を、理子が引きとめた。 「はははは……一緒に食べませんか? 交代のアレナさん戻ってこられましたし」 陽一が給仕の女性――ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)に微笑みかけた。 ジークリンデはアルバイトとして川の家で働いていた。 「これは俺の分ではなくて、ジークリンデ様の分なんですよ」 陽一は自分の前に置かれたかき氷の宇治金時を、ジークリンデの方へと押した。 「ありがとうございます。では、トレーを片付けてきます」 ジークリンデはもう一度頭を下げると、トレーを置き、エプロンを外してから戻ってきた。 「疲れたわ〜」 それからは普通の口調だった。 「どうぞ、かき氷のお礼よ」 ジークリンデは陽一にレモンティーを差し出した。 「ありがとうございます。いただきます」 陽一はありがたく戴くことにする。 「あたしも体力使った魚戦より、仕事の会議の方が疲れたー」 「そうよね。でも、仕事いただけるだけありがたいから」 「うん、ジークリンデはホント働き者だよね」 「働かないと、生きていけないから」 「ふふ、そうだね」 他愛ない話をしながら、2人は宇治金時を美味しそうに食べていく。 そんな2人の姿を、陽一はそっと後ろから見守っていた。 会議中の真剣な顔も。キラキラ目を輝かせながら、巨大魚と戦っていた理子の姿も、こうして友人と語り合っている彼女の姿も、本当に綺麗だと陽一は思う。 (初めてパラミタに来た4年前は、今の自分の姿を想像できなかったし、理子さんに告白するなんて思ってもいなかったな……) 理子という人物だけではなく、その時が。彼女が生き、紡いでいる時間が美しく、掛け替えのないものだ。 (永遠の今という言葉がある。本当に価値あるものは、どんなに時が経っても色褪ないという意味だ) 日本とシャンバラの今、が。 これからも色あせぬよう、微力を尽くし理子を支えていこう。 二人の側で、陽一は密かにそう決意していた。 |
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