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天空の博物館~月の想いと龍の骸~

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天空の博物館~月の想いと龍の骸~

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 いい、天気だった。暑すぎず、寒すぎず。雲の上、太陽の直射日光を浴びる場所だというのに、天井を覆う遮光フィルターが天窓の明るみを維持したまま、しっかりと環境も快適に整えてくれている。
 その博物館という空間内を、人を探し加夜は歩き回っている。
 負傷した、後輩のこと。彩夜は一体、どこに行ってしまったのか? その姿が先ほどから、見えなくなっていた。
   
「あら。どうしたの? 誰かお探し?」
「あ。いえ……彩夜ちゃんを見ませんでしたか?」
「へ。あの子? ううん、見てないわね。怪我してるんじゃなかった?」
   
 ルカがその様子に気付き、声をかけてくれた。しかし彼女に訊ねるも、知っている様子はない。
 おーい。これはどっちに運べばいいんだ。ベルクが、フレンディスとともに資材を運びながら彼女に向かい大声をあげる。的確に指示を出しつつ、同時に加夜の相手もしてくれる。
  
「はい。だから心配で」
「それは、たしかに心配ですね。……彼女の耳には入れない方がいいかな?」
「エースさん」
 同じく作業に当たっていたエースも気付き、こちらにやってくる。軽く彼が指し示す方向では、蒼の月がカルキノスたちとともに陣頭指揮の先頭に立っていた。
 ……たしかに、今は伝えない方がいいかもしれない。
「そうですね。もう少し探してみます」
「あ、いたいた。どう、そっちは知ってる人、いたー?」
 同じく彩夜を探していた美羽たちがこちらに向かい、手を振る。ルカも、彼女たちと加夜とを見比べて言葉を続ける。
「こっちも見つけたら、おとなしくベッドに戻るよう言っておくから」
「すいません、おねがいします」
 ひとまず、この館内のどこかにいるのは間違いないのだから。
 もうしばらく、自分たちだけで探してみよう。
   

   
「それで? なにを悩んでるんだよ?」
 後輩が頑張っていると聞いて。そして、負傷をしたというのも耳にして、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)はオープンに先んじてこの博物館を訪れた。
「……傷、大丈夫か?」
 そして今、喧騒から少し離れた裏手で壁に寄りかかり、その後輩とふたり並び、話している。
「はい。まだちょっと、ふらつきますけど」
 貧血気味なのだろう、彩夜の顔色はまだけっしてよくはなかった。見守るリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)の表情も心配げで。
 なにかあればすぐに医務室に戻すつもりはしている。
  
「……」
 見舞ったシリウスを外に誘ったのは、彩夜のほうだった。けれど彼女はなにかを言いよどみ、口を開きかけてはやめる。なにかを迷い、悩んでいるのは見るからに明らかだった。
 そしておおかた、彼女がなにを相談したいのかの察しもシリウスにはついている。
「わかるよ。蒼の月のやつのことだろ」
「あ……」
 明らかに図星を突かれたという顔で、彩夜はこちらを見る。
 わかりやすいな、ほんとうに。
「同じこと悩んでて、他のヤツにバレたりしたんじゃないのか?」
「……加夜先輩に、実は。だけど、どうしたらいいかわからなくて」
 紅くなって俯く彩夜。
 だろうな。わかりやすいもんな。つい、苦笑が漏れる。
 その上で、自分なりの意見を彩夜へと伝えていく。
「自分のやりたいように、やりゃいいんだよ」
「やりたい……ように?」
 彩夜を呼んだ時の蒼の月だって、きっと同じようにそうしたはずだから。
   
「ま、パートナーって意外に難しいもんだしな。オレたちだって、悩んだことないわけじゃないし」
  
 言いながらリーブラを見る。彼女は肩を竦めて、大袈裟にため息を吐いてみせる。
 まあ、色々と……ね。こっちもあったもんだ。
「彩夜は、どうしたい? 蒼の月をどうしてやりたいと思った?」
 たぶん、相手になにかしてやりたいと思うのはどうしようもない気持ちなのだ。理性や理屈で、抑えられるものじゃあない。
「……守りたいと、思いました」
 傷ついたり、折れたりしてほしくない。そのために、自分が守りたいと。
「そっか。……彩夜も立派になったなぁ」
 だったら、それに素直に従えばいい。
「思うようにすれば、いいんだよ」
   

   
 大きな大きな、雲の上。そこに、龍の姿はあった。
 ゆかりが、カルキノスが見守る中、ゆっくりとそれを載せ雲が舞い上がる。
 骨となってなお。雲の上にあって、そこを離れるときを待つ。
   
「係留、問題なし。……それにしても、あのときはびっくりさせられました」
「あのとき? ……ああ」
 ゆかりが言っているのは、皆がモニターの中で見た光景。
 銃火交差する中、その只中にジープ上へと立った蒼の月の、無茶のことだ。
「たしかにきちんと説明を、とは言いましたけど。場所と状況を考えてですね」
「あー、スマンスマン。結果オーライということで勘弁してくれ」
 戦場となった発掘現場、その中心で彼女はドラゴニュートたちに訴えかけた。そして、懇願し、頭を下げた。
 自分の願いと、龍の遺言をただただに、伝えたのだ。
   
「無茶と言えば、詩壇ちゃんもね」
   
 マリエッタも、ゆかりに同調する。蒼の月の演説が、ひとりではなかったこと。
「どうにかベアトリーチェが止血してくれてたからよかったようなものの。いつ傷口が開いてもおかしくない状態で付き合っちゃってさ」
 ドラゴニュートたちに語りかける蒼の月の手を取って、彩夜もジープ上に立った。そしてともに、頭を下げた。
 その光景は──なんだか、不思議だった。
 ドラゴニュートたちが、退いていったのだ。理解してくれたのかはわからない、ただ戦局がそうさせただけかもしれなかった。
 でも、結果的にふたりの立つジープの前から、戦闘の潮は引いていった。
 だから、無事に輸送機は飛び立ち。一行はここに辿り着くことができたのだ。
「いい子ですね、彼女」
「ああ。……ほんとうに、甘えてしまいそうになる」
 目を伏せて、蒼の月は微笑する。──背後から、彼女に声が投げられる。
   
 もう、甘えてるんじゃないかな。
   
「……?」
 振り返れば、そこには美羽とベアトリーチェがいた。
 穏やかな、やさしい微笑みを両者その顔に湛えて。
「もうたっぷり、甘えてるよ。もっともっと、甘えたい。そうでしょ?」
 ゆっくりと、こちらに向かい歩み出す。
「……フン。冗談を」
「いいえ、図星でしょう?」
 富豪だとか。島の主だとか。そういったものを取り払って、自分の心に素直になっても、いいんじゃないですか?
「もう、答えはでてると思うな」
 龍の骸を見つめながら、美羽が言う。向こう側から、各所のチェックをしていたエースたちがこちらに向かいやってくる。
   
「自分でもわかってないなら、よく考えなよ。いろんな、細かいことはこっちでやっておくから」
「彩夜さんのためにも、あなたのためにも。セレモニーまでよく考えてみてください」
 彼らに向かい、美羽たちも歩いていく。ゆかりたちも、それを追う。
「……私は、別に」
 蒼の月はひとり、残される。
「彩夜に迷惑ばかりは、かけられぬよ」
 そう、ぽつりと漏らすばかり。
   
「なあ……そうだろう? 『ロン』」
   
 目の前の、龍の化石を彼女はそっと撫でた。
 呼んだその名は、もう既に亡きその化石自身のもの。喪われし──龍の名前。彼のみがただ、蒼の月を、今は見守っていた。