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承・その目的
 
 
 シャンバラ王宮にて、仕事を終えたヨシュアは、時間を確認した。
「ニキータさん達との約束の時間には、まだ随分余裕があるな……。
 その前に、ハルカちゃんとの約束か」
 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)に、友人を紹介する、と言われて約束をしたのだが、その後、ハルカからも、お友達が会いたいそうなのです、と連絡があった。
 同じ内容だったので、勘違いして同じ日に予定を入れてしまい、その後慌てて時間をずらして貰った。
 急がなくては、と、ヨシュアは王宮の裏門から街に出る。

「フハハハ!
 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!」
 突如響き渡った笑い声に、ヨシュアはびくりと立ち止まった。
 何事かと思ったら、その声は自分に向けて発せられたものだった。
 背後に黒タイツの怪しい集団を従えた白衣の男が、高笑いして立っている。
「え、はい……?」
「ククク、貴様王宮の関係者だな。さぞかし多額の身代金を請求できると推測する!
 さあ、つべこべ言わずに来るがいい!」
「ええっ!?」
 何を頓珍漢なことを言っているのか、とヨシュアが呆気にとられる間に、背後に回ったもう一人が、ヨシュアを気絶させた。
「ちょっと、何段取りガン無視して目立ちまくってるのよ」
「だがしかし! オリュンポスの幹部として、ここは」
「いいから、この人担いで。さっさと行くわよ」
 この俺をこき使う気かとぶいぶい文句を言いつつも、ドクター・ハデス(どくたー・はです)スは戦闘員達にヨシュアを担ぐよう命令し、一行はすたこらさっさと走り出す。

「真深!?」
 その姿を、迎えに来た綾原さゆみとパートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が目撃した。
「……ごめんなさい、先輩」
 ちらりとさゆみ達を見て、真深はハデス達と共に走り去る。
「……ど、どういうことですの」
 さゆみの隣で、アデリーヌが呆然と立ち竦んだ。


「な、何だ今の……」
 ハデスが高らかに宣言しながらのヨシュアの誘拐現場は、当然、多くの目撃者があった。
 何かのアトラクションだろうかとうっかり疑いつつ、シャレム・アシュヴィン(しゃれむ・あしゅう゛ぃん)は、はたと我に返って通報する。


◇ ◇ ◇


 意識を失っていたヨシュアが目覚めると、全身を拘束されて床に転がされ、傍らにはハデスが立っていた。
「フハハ! 逃げ出そうしても無駄だ! さあ、身代金を要求する相手を言え!」
 ハデスに言われて、ヨシュアは困る。
 要求できる相手に心当たりがなかったからだ。
 その時、ヨシュアの携帯が鳴った。
 だがその携帯を持っていたのはヨシュアではなく、部屋の隅で様子を見ていた朝永真深だ。
「……もしもし」
 真深は携帯を取る。
『? ……あんた、誰?』
「あなたこそ誰よ」
 ヨシュアに電話をかけたのは、叶 白竜(よう・ぱいろん)のパートナー、世 羅儀(せい・らぎ)だった。
 真深は、携帯をぽいとハデスに放る。
「こいつの知り合いか! 生きて返して欲しくば、身代金を用意しろ!」
『白竜、ヨシュアがどうやら誘拐されたっぽい。何というか、声に聞き覚えが……』
「む、いかん!」
 自分を知っている人物らしいと見て、ハデスは電話を切った。今更だ。
「ま、身代金はどうでもいいわ」
 真深は、ヨシュアに歩み寄る。
「どうでもいいとはどういうことだっ!
 秘密結社オリュンポスは、絶賛活動資金不足だ!」
「そっちの事情は、どうでもいいのよ。
 全く、こんなのを共犯にしようとした私が馬鹿だったわ。
 片方が目立てば、私は目立たずに済むかと思ってたのに」
 真深は肩を竦めてヨシュアを見る。
「何だか時間がなさそうな気がするから、手っ取り早く行くわ。
 あなた、ラウル・オリヴィエから預かっている物はない?」
 ぽかん、と、ヨシュアは真深を見た。
 自分は、身代金目的で誘拐されたのではないのだろうか?
「は? 営利誘拐ではないのか?」
 ハデスも同様に、ぽかんとしている。
「別にいいわよ。あんたが身代金を請求しても。どうやって受け取るつもりなのか知らないけど。
 でも、私達には私達の事情があるの。
 ラウル・オリヴィエは、古王国時代の王宮魔導師の所持品を持っている。違う?」
「……知りませんし、知っていても言いませんよ」
 溜息を吐いたヨシュアに、真深は苦笑した。
「何の取柄もない平凡な一般人、と聞いたけど、肝は据わっているのね」