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リアクション
煮込まれる”ギフト”
ぐつぐつぐつ。
金元 ななな(かねもと・ななな)によって煮込まれていた「鳥人型ギフト」は今もまだ大きな鍋の中にいた。
「婦人。ご婦人」
「はい?」
少しの先で早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)が振り向く。鳥人型ギフトに呼ばれたのだと気付くと、急いで駆け戻ってきた。
「どうかされましたか?」
「ふむ」
羽先でゆっくりと湯水を混ぜて、それからそっとその水をすくった。
「やはり我輩、ダシ、とられてる?」
「少し火が強いですかね。モリー、火を弱めて貰っても良いですか?」
「了解です」
鳥のゆる族であるメメント モリー(めめんと・もりー)が丸い体をコロコロ揺らして火を弱めた。初めこそ「メカだから出汁は出ないんじゃ……」と思ったが、そこは空気の読み所。あゆみが「煮込み」を続行した以上、これも「おもてなし」の一環なのだと信じてこれに従っていた。
「ほう、堂々と話を逸らすか。なるほど、なるほど」鳥人型ギフトがコクリと頷く。
「冗談ですよ」
あゆみが笑みで応える。
「ダシを取ってる訳ではありませんわ。せっかくですから『入浴』をお楽しみいただければと思いまして。お湯加減は如何ですか?」
「ん。ふむ。結構であるぞ」
再びギフトがコクリと頷く。「うまく丸め込めたか」と思った矢先、ギフトが背後に目を向けた。
「……何をしている?」
「げっ!!」
「ノー!!!」
日堂 真宵(にちどう・まよい)とアーサー・レイス(あーさー・れいす)がビクリと跳ね上がる。と同時にこぼれ落ちる「ニンジン」と「ジャガイモ」。アーサーは刻んだ野菜を鍋にこっそり投入している所だった。
「やはり我輩でダシをとるつもりであったか」
「いやっ、違っ……これは……」
ダシが取れたなら野菜を投入。カレー粉を入れて煮込んだら出来上がり。最上のカレー鍋の完成だ。
「つまりこれは『入浴』ではない、と。なるほど、なるほど。我輩をもてなす気など無いというわけだ」
「そっ、それは違いマース! 地球やパラミタでは思いやりとは「カレー粉」の事を指すのでデース」
「カレー粉?」
「ちょっとアーサー黙ってて!」
真宵が止めた。完全に気分を害された?!! このままでは手遅れになる……。
「違うの! 違うの勘違いしないで! この野菜は…………そう! 鍋に入ってた野菜を鍋から取り出したの! アーサーと二人で取り出してたのよ!」
「………………」
苦しいか……しかしここでバレる訳にはいかない。ギフトを煮込めばきっと美味しいダシがとれるに違いない、それはこの場に居る者たち全員の共通認識。ここで機嫌を損ねる訳にはいかないのだ、美味しい鍋を振る舞うために、「おもてなし」をするために。
「野菜は水から煮るのが基本、だからあらかじめなななが入れてたみたいなのよ。湯加減を見ようとしてそれに気付いて、だから撤去してたってわけなのよ。だってこれは『入浴』なんですもの! だってこれは『入浴』なんですもの!!」
真宵は涙目だ。もはや策なし。野菜を投入する現場を目撃された以上、これで突き進むより他に手は無かった。
「おぉよ、ちょっと退いてくれぃ」
ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)の登場が場の空気を変えた。彼はギフトを煮込んでいる鍋の側に鉄柱を突き立てた。
「何をしている?」
「なにって。土台作りだよ、紗幕をかける為のな」
ここまで言ってヴァイスは口を噤んだ。思わず普通に言っていたが相手は鳥人型ギフト、もてなしの対象だった事を思い出したのだ。
彼は『貴賓への対応』を発動させてから、改めて続けた。
「せっかくの『入浴』ですから「のざらし」は如何なものかと」
テントの柱を組み変えて。拝借したカーテンを縫い直して作った紗幕をかければ出来上がり。野ざらし五右衛門風呂が裕福な旦那様のバスタイムに一変していた。
「なるほど、これは気分が良い」
「光栄です。ごゆっくりお楽しみ下さい」
救いに船の助け船。救世主の登場に真宵らは「おぉ。おぉ」と感極まった視線を向けたが、ヴァイスはこれに応えることなく一礼をしてその場を離れた。
「お、アニマルズ、手伝ってくれんの?」
『ペンギンアヴァターラ・ヘルム』に『スパロウアヴァターラ・レッグ』『ホエールアヴァターラ・クラフト』に『超人猿』。ヴァイスの同士たちも想いは同じなようだ。顔を寄せあって何かを打ち合わせている。
「なるほど、パフォーマンスをして『もてなす』のだな」とセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)もこれに加わろうと顔を割り込ませたが、
「あだっ!!」
猿にどつかれた。猿は楽器を指差している。
「ああ、演奏か、それは悪かった」
気を取り直してセリカは演奏を始めた。それに合わせてアニマルズたちが陽気に踊る。ストリートパフォーマンスといった様相だが、見せ物としては成功したようで、
「湯浴びによる静穏と歌と踊りによる活劇。なるほど、実によいバランスである」
ギフトが被るシルクハットが赤く点滅していた。メーターの下部に二つほど赤いブロックが積まれている。
「あゆみん、持ってきたよ」
ガラガラガラとメメント モリー(めめんと・もりー)が台車を押して戻ってきた。
「いつでも鍋を移動できるよ」
早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)が「ありがとう」とこれを迎えたが、
「もう少し待ちましょう。いま良い所だから」
とセリカたちのパフォーマンスが終わるまで待つことにした。台車に鍋を乗せて『入浴』させたまま移動させる。移動させる先は校舎内に建設中の温泉だ。
「ん、まぁ石垣はもうすぐ完成するけど」
鳥人型ギフトを温泉に入れること可能か、と訊かれたとき、新谷 衛(しんたに・まもる)はそう応えた。訊いたのはあゆみである。
彼女はなななたちを送り出した足で衛と樹(林田 樹(はやしだ・いつき))にそう訊ねたのだ。彼らは今日も継続して温泉作りを行っていたからである。
「鳥ギフトさんを風呂に入れるの? ずいぶんと急だね〜」
「いつまでも鍋に入れておくわけにはいかない、といったところか」
樹が察して、これに続けた。
「良いだろう、こちらの試運転も兼ねて風呂を稼働させよう。女湯であれば完成している」
女湯の一部、もっともシンプルな湯船が完成間近だ。全ての石垣が完成していない以上、必然的に露天風呂となってしまうが、それはそれで風情がある、もてなすには悪くない。
「すぐに準備しよう。湯を張るだけの時間があれば十分だ」
そう言っていたのが小一時間前。そろそろ頃合いだろう。
「なんだ? 移動するのか?」
校舎内の温泉に招待する旨を伝えて、鳥人型ギフトには一度鍋から出てもらった。
「せっかくだから、体を綺麗にしましょう」
叶 金(いぇ・じん)が湯上がりギフトをマットに座らせる。
「あっ、お客さん筋肉はないですね。じゃあどこかのネジが緩んだら遠慮なく申してください」
「はっはっは、ネジと来たか」
「私、技師の出身なんで。腕には自信があります。あ、それと艶出しはどうします? 手配いたしましょうか?」
「それは良い。お願いしよう」
「かしこまりました」
大まかにゴシゴシと洗い、その後に綿棒で細かいところの汚れを落とす。鍋を台車に乗せ終えるまでの間に叶はそれらの作業を全てこなした。ギフトは終始難しい顔をして目を閉じていたが、メーターが二つほど積まれるのを見て叶はホッと胸を撫で下ろした。
叶が作業を終えたとき、パートナーのソフィティア・ジュノ(そふぃ・じゅの)も丁度、作業を終えていた。彼女の役割はギフトに気付かれぬうちに鍋中の「アク」や「汚れ」をすくうこと。のちに沸騰消毒はするのは、念のため。
それから湯船に「柚子」と「塩」を入れた。味付けというよりはリラックス効果を狙ってのものだ。ギフトに効果があるかは不明だが、何もしないよりは良いと信じての事だった。
客人を無用に歩かせるような事はしない。校内温泉に移動する間も、ギフトには改めて鍋の中に入ってもらった。
ガラガラガラと移動して温泉に着いた時、出迎えたのは樹だった。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
丁寧な言葉と共に一礼。女将のような物腰で湯船へと案内した。
「張りたての湯ですので、一番風呂にあたります。どうぞごゆっくりとお楽しみ下さい」
「ふむ。また湯に入れようと言うのか」
当然のご指摘。鳥人型ギフトは露骨に戸惑いの表情を見せたが、すぐにエルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)がフォローに入る。
「見くびって貰っては困りますなぁ。ただの湯船と温泉は天国と地獄、雲泥の差があるものさ」
自分の名に続けてパートナーのディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)を紹介したエルシュにギフトが問う。
「天国と地獄。つまりこの湯船が天国だと?」
「おっと『揚げ足取り』かい? さすが『鳥』さんだ」
「ふっ。我輩の足は今にも煮立ちそうだがな」
「なるほど、つまり『煮立ち足取り』だと?」
「それは無い」
「そこはノラないんかーい!」
「我輩のツッコミを真似するんかーい!」
意味不明のノリツッコミの末に、なぜか二人は「イエーイ」と意気投合していた。すでにノリツッコミであるかどうかも怪しいが、変なスイッチが入ったようで、
「さぁ、早く鍋から出ておくれ」
「そうだな、このままでは煮立ってしまうからな」
「温泉はもっと熱いけどな」
「煮立たせる気、満々かーい!」
「大丈夫だ、体を拭いている間に火照りは冷める。さぁ、おいで、拭いてあげよう」
「温泉に入るのに?!! わざわざ体を拭くのか?!!」
「もちろん。それが温泉のマナーだからな」
「おぉ、そうであったか。それは知らなかった」
「他にも、このように『タオルは湯船に入れてはならない』といった決まりもある。こうして、こう、濡れてしまっては繊維がほぐれて湯船を汚してしまう恐れがあるからな。まぁ今は良い。さぁ、体を拭いてやろう」
「タオルがビチャビチャっ?!!」
二人は実に楽しそうだった。ギフトのゲージが四つも積まれている。
「どうぞ」
冷めた目で二人のやりとりを見ていたディオロスが頃合いを見て割って入った。というよりもいい加減このやりとりを終わらせたかったようだ。
「これは?」
「氷菓子です。ガリガリ食べるのが慣わしです」
「なるほど、氷で少しは頭を冷やせと」
「そこまでは言ってません。っていうか自覚あったんですか」
「ふふふ。我輩を誰だと思っている」
知らねぇよ、と思ったがディオロスはグッと我慢した。
「そうだ! 僕は君にとても大切な事を聞き忘れていたよ。君の名前は本当は何?」
エルシュが問う。
「遠くから苦労して来たし、鳥の形だからカラスのCROWともかけて「クロウさん」って感じかな?」
「苦労さんとな?」
「いやいや九労さんかな」
「特定されてるっ?!! ちょっと気になるやないかーい!」
「結局ダジャレかーい!」
「我輩のセリフだーい!」
ダメだ……もう止まらない。エルシュは「客人に合わせるのも大切なことだろ」なんて言っていたが、絶対に心から楽しんでいる。結局そのまま話が逸れて鳥人型ギフトの名も聞けずにいたし。
まぁ楽しんで貰えたなら良いか、と。ギフトのシルクハットメーターが更に一つ積まれたのを見て、ディオロスは寛大な心で妥協する事にした。
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