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第2章 咲く花一輪
「今日はいい天気ですねぇ」
 本根太陽(ほんね・たいよう)は空を見上げ、目を細めた。故郷よりもずっと近い、空。その青さに。
 外ではウサギを食い止めるべく奮闘している者達がいる。けれど、学園内はまだ静かで。
「絶好のお昼寝日和……いやいや、畑仕事日和です、ふわぁ〜」
 だからこそ、雛子や事情を知らぬ学生達に気取られぬよう、殊更のんびりとアクビをする。まぁ半分は自然と……何と言っても太陽は、眠るの大好き☆安眠至上主義なのだ。
「本当に、お昼寝したら気持ち良さそうな天気だね」
 思わず笑みをもらし、暁晴謳(あかつき・せいおう)もまた空を見上げた。軍手とスコップ持参の上、首に汗拭き用のタオルを巻き、麦藁帽子を装備という完璧な格好の晴謳。
 更に銀枝深雪(ぎんえだ・みゆき)は、大きな麦藁帽子、シャベル、スコップ、剪定鋏、バケツ、腐葉土、肥料、石灰、と様々なお役立ち用品を揃えてきている。
「暁さんも銀枝さんも、随分と用意が良いんですね」
 その気合充分な様子に近衛真也(このえ・しんや)は、すごいなぁと感心していた。頑張っている雛子を手助けしたいと来たものの、自分に何が出来るのか、迷う部分もあって。
「どうせなら、こういうボランティア活動も楽しくやりたいしね」
「そうですね。とりあえず、作業を始めましょうかねぇ」
「はい。この銀枝さんの用意してくれた花やハーブの苗とかを植えれば良いんですね?」
 照れたように言う晴謳に、太陽と真也もほのぼの笑んでから、の持ってきたハーブやバラの苗、パラミタ食肉植物(!?)、ヒマワリや朝顔の種といったものに手を伸ばした。
「こんなに色々用意していただいて……深雪さん、ありがとうございます」
「いえいえ、私も植物が好きなんです……綺麗な花が咲くといいですね」「
「はい!」
「フェイル? 少し顔色が悪いようだけど大丈夫か?」
 その中。隣で花の苗を手にしたパートナー、フェイル・ファクター(ふぇいる・ふぁくたー)の顔を晴謳は覗き込んだ。
「……いえ、大丈夫です」
 答える声はいつものように淡々としており、一見普通に見えるけれど。
 元来あまり口数の多くないし感情の起伏に乏しいフェイルである。無理をしていても、晴謳以外には分からないだろう。
「もし体調が悪くなったら、直ぐ休むんだぞ」
「それと、水分補給はマメにしないとダメですよ」
 晴謳だけでなく太陽にまで心配されたフェイルはちょっとだけ困ったように沈黙した後、
「……はい」
 小さく首肯した。
「じゃあ、日射病予防ということで」
 そんなフェイルに晴謳は一つ笑むと、その頭に自分とお揃いの麦藁帽子を乗せてやり。
 そうして、フェイルは空と同じ青い瞳を瞬かせると、
「……ありがとう、ございます」
 ホンの少し、口元をほころばせた。
「あっえっと、とはいえ僕、力仕事は苦手なんだよね」
「僕もどちらかというと……」
「良いんじゃないですか? それぞれ役割分担で」
「そうそう、力仕事は俺に任せときな!」
 と、自信ありげに胸をドンと叩いたのは、倉田由香(くらた・ゆか)のパートナーであるルーク・クライド(るーく・くらいど)だった。
「……げほっ」
 勢い余って軽く咳き込む、身長80センチな10歳児。
「るーくん、あんまり無理しちゃダメだよ!」
 慌てた由香にすかさず背中をさすられたルークは、ちょっと頬を膨らませた。
「こんなナリだけどな、そんなヤワじゃない!」
 実際、ドラゴニュートなルークは力だって強い。なのに由香には丸っきり子ども扱い・弟扱い……それがいつも歯がゆい
「うんうん、分かってる。土をね、ちょっと深く掘り返して耕してほしいんだ。るーくん、頼りにしてるよ」
「……おっおう、任せとけ!」
 途端、俄然やる気になるルークに、由香や真也達は笑みを深めたのだった。

「まあ……体力の訓練に比べたらこれぐらい何でもないな」
 照りつける太陽、それでもシャンバラ教導団に所属するグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)にとっては、言葉通り苦ではなかった。
 それはパートナーであるソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)も同じようで。
 そんな二人の前、ふらふら〜っと歩いてきた女子がパッタリと倒れた。沢スピカ(さわ・すぴか)である。
「おい大丈夫か?」
「うっうぅぅ、卑しいうさぎごとに、私の……皆のお茶菓子をくれてやるわけにはいきません」
 スピカのうわ言に、関係者だろうとグレンは当たりをつけた。
「その心意気は買うが……疲れたのなら日陰で休んだらどうだ? そんな有り様では、ウサギとも戦えまい」
「でも、もう動けませ……ごほっこぼっ」
 唐突に血を吐くスピカに、ソニアは自らが汚れるのも気にせず駆け寄る。
「もしやどこかお怪我を?」
「お腹……減って……」
「お腹ですか? って大変です?! 魂が半分抜け出てます!?」
「あの、こんなものでよければ」
 慌てるソニアの横、雛子が手持ちのお菓子を差し出すと、途端目をパチッと開けたスピカが素早く引ったく……いやいや、受け取ると、アッという間に包み紙を破り口に放り込んだ。バリバリバリ。
 ついでに残った分もちゃっかりしっかり懐行きだ。
「分かりました。このお菓子達は私が命に代えても守ります」
「あのっ、まだ動いては……」
 ソニアが引き止める間もなく。スピカは再びふらふらと何処かへと立ち去り。
「すまない! 今、沢……えと、夢遊病者みたいなのが来なかったか?」
 直後、スピカのお守り役的存在、ドゥドゥ・ホー(どぅどぅ・ほー)が駆けて来た。
「来たぞ。菓子を奪って去って行った」
 微妙に事実と違うようなそうでもないような事を耳にしたドゥドゥは、生真面目そうな顔に苦渋を滲ませ。
「すまない。とりあえずそこでウサギを一匹捕まえた……くそっ沢め、どこに隠れてる」
 グレンにウサギを押し付けると、来た時と同じく慌しく駆けて行った。
「もうウサギの侵入を許したのか……蒼空学園の対策はあまり良くないようだな……」
「でも、早すぎませんか?」
「確かに」
 陸斗達がパラミタウサギを迎撃に行ってからまだ時は立っていない。その先陣とてまだ蒼空学園から距離がある筈だった。
「別の迷いウサギか? 或いは……」
「可愛いウサちゃんですね」
「雛子さん危ないです!」
 何も知らずウサギに手を伸ばそうとした雛子を、深雪が止めた。
「ウサギは油断させておいて人間の頚動脈を喰い破りにくる凶暴な獣。殺られる前に殺るの精神が大切です」
「ええっ、そうなんですか?」
「はい」
「そう、ウサギは危険なので私が預かりましょう」
 と、横合いから花植えの作業をしていたガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が手を出した。パートナーのシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)と共にこっそり潜入中のパラ実生だ。
 目的は勿論、
「パラ実に持って帰れば売れる」(シルヴェスター談)
 である。
「だめですよ、ウサギは私が美味しく……」
「雛子ちゃん! ウサギさんは全然危険じゃないから。それと、あっちで晴謳さん達が呼んでたよ」
 深雪を遮った由香は、雛子を平和的に追い払うと、ガートルード達にある種の凄みを感じさせる笑顔を向けた。
「ウサギさんを傷つけちゃダメだよ!」

「あの、何か御用ですか?」
「ああ。例のたった一輪だけ咲いたって花を確認しておきたくて……これだよな?」
 晴謳に、雛子が嬉しそうに頷く。
「はい。あの、今までたくさん植えてみたんですが、みんな育たなくて……この子だけがようやく、根付いてくれたんです」
「え〜、マンドラゴラじゃないの?」
「……華野」
 ガッカリした様子のあーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)、パートナーのアイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)が慰めるようにその肩……てか『夏みかん』と描かれた段ボールボディを優しく叩く。
 そう。それはごく普通の花だった。道のそこら辺に生えている、ありふれた花。
 筐子が強く息を吹きかけたら、ポキッと茎が折れてしまいそうな、儚い花だった。
「不思議な花じゃないですけど、カワイイ花ですわ」
 荒巻さけ(あらまき・さけ)もまた、花とウサギ来襲の関連性を考えていた。
 花は普通の、何の力もなさそうなもので。それでも、草一本生えていない大地に健気に揺れている様はどこか、胸を熱くさせて。
「そうだね。見てるとあたしも頑張ろうって気持ちになるよ」
 ルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)は、雛子ににっこり笑いかけた。この場所の噂は聞いた事があった。ここで花を咲かせようと頑張っている雛子の事も共に。
「うんうん、素材としても申し分ないよ」
 その横合いから、パシャとカメラのシャッターを切ったのは羽入勇(はにゅう・いさみ)だった。
「何も無い所に花を植えるって素敵だと思うよ。その活動を皆に知って欲しい……ボクのカメラで伝えたいんだ」
 目をパチクリさせる雛子とルーシーに、はにかんだ笑みと共に説明する勇。
「だから、撮らせて欲しい。この花や、皆が花を植えている所、お茶会とかも」
「はい、よろしくお願いします」
 向けられた勇の真摯な想いに応えるように、雛子もしっかりと頷きを返した。
「ん〜、でもこれ、本当に良いね」
 レンズ越し、キラキラ輝いているようで。
「……って、あれ?」
 バックの空が瞬間、何だか微かに揺らいだような気がして。勇は目を擦った。
「それにしても、何故この場所には植物が根付かないんでしょうねえ」
 こちらは改めて、花の周辺をマジマジと見つめるルーシー。見た目も触った感じも、普通の土に見える。日当たりも、まぁ周りに樹が生えてないから当然だが、バッチリだし、雨だって降るし。
「或いは、何かおかしな力が働いているのかなぁ?」
「何かおかしな力、ですか?」
 考えても見なかったと、雛子が大きく目を見開いた。
「うん。きっと何か理由があるんだと思う。それでね、その原因さえわかればもっとお花を咲かせることもできると思うんだよね」
「自分も、何らかの原因があると思います」
 藤枝輝樹(ふじえだ・てるき)は調査してきた内容を思い出しながら、考えを口にした。
 元々、この蒼空学園の在るツァンダは、草原や森といった緑豊かな土地である。なのにこの場所だけこんな風に植物が育たないのは……異常だと輝樹は考えている。
 過去、パラミタウサギの異常発生や大移動といった事例が確認されていないのも、曖昧ながら嫌な予感を覚えさせ。
「文献を色々と当たってみたが、引っかかったというと、この地方に伝わる昔話くらいですね」
「昔話?」
「とはいえ、『草木は枯れ』という所しか共通していませんけどね」
 頷き、輝樹は口を開いた。

昔々、この地に悪しきものがありました
草木は枯れ、鳥も動物もじっと息を潜め、人々も笑顔を失っていきました
しかしある時、一人の巫女がこれを封印しました
そうして、この地に平穏が戻ったのです

「う〜ん、関係あるのかなぁ?」
「……あっ」
 首を傾げるルーシー、その足元で花を撮影していた勇が小さく声を上げた。カメラから目を放し、もう一度覗いて……もう、確認できなかったけれど。
「あれ? 目の錯覚……?」
 ファインダー越し、花の向こうに白い少女を見た、そんな気がして。