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都市伝説「闇から覗く目」

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都市伝説「闇から覗く目」

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SCENE・2 黒喜館にて 
  
 昼がだいぶ過ぎた頃、ブレイズ・カーマイクルは人が一人やっと通れるような路地の突き当りにある小さな店を見上げていた。文字の消えかけた木の看板には『黒喜館』と僅かに読める。
「フンッ、ここが敵の本拠地か」
「いえ、ブレイズ。まだ黒喜館の店主が悪者と決まったわけではないのですが……」 
 ブレイズの後ろに控えるロージーが小声で言うが、ブレイズには全く聞こえていない。
「地下水路での借りは返してやるぞ! 作戦通りで行くぞ! ロージー!」
 ロージーは頷きながらも心の中で呟く。
「ブレイズはもし間違いだったらどうする気でしょう……?」
 ブレイズたちの後ろでは、黒崎天音が眺めている。
「勇ましいことだね。ブルーズ」
 黒崎の隣ではブルーズが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「……おや、珍しく君から僕を誘っておいて、ずいぶん不機嫌そうだね。このお店が気に入らないのかい?」
「いや。店ではなく、あの者たちが気になるだけだ。我らも中に入ろう……どうした?」
 ブルーズは一緒に来ていた和原樹が、何度も後ろを振り返るのに気づいた。
「……何でもない。まっ、フォルクスもそのうち来るだろ」
 樹は努めて明るい声で言うが、表情は曇っていた。実は樹はフォルクスと黒喜館を目指していたが、途中でフラリと寄り道をしたせいで、フォルクスと逸れてしまった。幸い地図は樹が持っていたので、最初の場所へ戻り、黒喜館に行く途中だったブレイズたちと合流することもできた。
「でも、相棒の彼は地図を持っていないんだろう? ここに辿り着くのは不可能に近いと思うよ」
「うっ……」
 黒崎の言葉に樹の心が揺れる。黒喜館には興味があるが……。固まっている樹を見て、ブルーズは言う。
「黒喜館の店主に訊きたいことは、我らが代わりに聞いて、後であの青楽亭で教えてやろう。早めにフォルクスが見つかれば、地図がありこうして辿り着いたのだから、もう一度フォルクスと一緒に来ればよかろう」
「……わかった。フォルクスの馬鹿を連れて、もう一度二人で行くよ!」
 話が決まれば、見た目に反して行動は早い。樹は走って来た道を戻り始めた。
「何を話しているっ? 行くぞ!」  
 ブレイズは重く軋んだ音を立てて、黒喜館の扉を開けた。
 
 黒喜館の中はオレンジ色の明かりで照らされていた。周りには雑貨屋らしく人形や小物入れなど様々な物が棚に陳列し、天井から吊るされている物もある。店は狭く棚に飾るスペースがなく、床に放置されている物もあった。それらを避けながら奥へ進むと、棚の影に隠れるように店主が座っていた。
 店主はブレイズたちに気づいていたらしく、チェスの駒のような黒い人形を拭く手を休め、笑顔で迎える。
「いらっしゃい。よくここまで来れたね」
 ブレイズはロージーにアイコンタクトで移動するように指示する。ロージーは店内を見るふりをして、少しずつ移動する。
「店主はなぜそこまでこの事件に拘るのだ? 親類縁者でもあるまいし……。化け物の件に関しても『今はまだ』殺しの話を聞かないだけで、これからも殺さない保証はない」
 店主は笑みを絶やさず、無言で黒い人形を手の中で弄んでいる。ブレイズは無言を痛い所を指摘されて、何も言えないのだと判断する。疑惑は確信へと変わる。ロージーは店主が壁を背にしているので背後に回ることはできないが、店主の死角になる斜め後ろに立つ。入口の近くで様子を伺っていたブルーズは、ロージーの不穏な動きを見て、そっとロージーと距離を詰める。黒崎はその様子を面白そうに見ている。
 ブレイズは店主に一歩近づき言った。
「単刀直入に言おう。貴様はネルソンのことはどうでも良いのだ。貴様は例の化け物が犯人にされるのが不愉快なのではないか? 心外だと……そんなことはしないと証明したいのではないか? 何故なら……貴様がその化け物だからな! ロージー!」
 ロージーは剣の刃を逆さにし、振り上げる。
「間違えていたらごめんなさい!」
 謝罪の言葉とともに振り降ろそうとするが、
「やめろ!」
 店主の頭に直撃する前に、ロージーの手をブルーズが掴んだ。店主もやっとロージーに気づいた様子で、振り返る。
「むっ! なぜ止める? 貴様も仲間かっ?」
 ブレイズの抗議に、まだ入り口の所にいた黒崎が答える。
「悪いけど、店主にはまだ僕の質問にも答えてもらいたいからね。まあ、大体は君の疑惑と一緒だけどね」
 ブルーズはロージーの手を離すが、ブレイズとロージーへの警戒は解いていない。黒崎はブレイズの横に立ち、店主に訊く。
「この街に来る前に、色々と地下水路の事件と化け物に関して調べたよ。それで、いくつか僕なりに推理してみたんだけど、店主から教えて欲しい」
 店主は興味深そうに黒崎を見る。黒崎は続きを話しかけて、ふいに口を噤んだ。
「おじゃましま〜す」
「失礼します」
 複数の華やかの声と足音が店に入ってくる。
「わぁ、シーマちゃんは何かアクセサリーとか欲しくない? 首輪とか鎖とか」
 アルコリアはシーマに訊く。
 シーマは首を横に振り、用心深く店内を見回している。偶然、シーマーの傍にいたロザリンド・セリナは、アルコリアの問いかけに驚いた顔でシーマを見る。
「ええ! シーマさんは首輪とか鎖がお好きなんですか?」
「……アルの話を真に受けるな」
 メニエス・レインとミストラルは、さっそく商品を探し始めている。
「ここは食品とかは置いていないのかしら?」
 ミストラルは星型の小皿の埃を払いながら言う。
「メニエス様、食器などはありますが、残念ですが食品はなさそうです。それにしても、埃が……。メイドとしてお掃除をしたくなります」
「あ! 変わったペンを発見です。このモチーフはカエル? それとも蛇でしょうか?」
 ロザリンドは緑色の奇妙に波打つ彫刻が施されたペンを手にとって目を輝かせる。
「それいいね。私も何か記念に買っていきましょうかね」 
 アルコリアもロザリンドのペンを見て、他のペンを手に取る。
「ゴホンッ!」
 買い物に夢中になり始めた女性陣に、ブレイズが空咳をする。女性陣はブレイズと店主に視線を向け、買い物とは別の目的を思い出す。アルコリアはペンを元の場所に戻し、店主に訊く。
「そうそう。事件に関して店主さんに訊きたいことがあるんですけど……もしかして、もう質問済みですか?」
 店主の苦笑いを見て、アルコリアはすでにブレイズ達が質問済みだと覚る。
「僕が質問済みだ。色々邪魔が入って、まだ答えを聞いていないがな」
 ブレイズはブルーズとアルコリアたちを睨みながら言う。
 店主は弄っていた小さな人形をテーブルに置き答える。
「どうやら私の怪しい言動が、君たちに余計な労力と時間を使わせてしまったようだ。悪い事をしたね。
 先に言っておかなければいけないことは、私は長く光零に住んでいる。この街の全てを愛しているし、街に害を与える者は許せない。さっき彼にネルソンのことはどうでも良くて、化け物が犯人に仕立て上げられるのが不愉快なのだろうと言われたが」
 店主はチラリとブレイズを一瞥し、話を続ける。
「正直に言ってしまえばその通りだよ。もちろん化け物だからではなく、化け物が犯人になってしまえば、討伐隊や外部の調査を受けなければいけない。外部の人間が我が物顔で街を歩くことになるだろう」
「やはり僕の鋭い推理通りだろう! フハハハハハ!」
「……ブレイズ、さっき店主を化け物だと言って……」
 ロージーの小声のつっこみもブレイズの耳には届かない。胸を張って高笑いをするが、アルコリアがブレイズを押し退けて訊く。
「でも、聞いた限りでは犯人の目星と場所が付いているんですから、自分で動いたほうが早いんじゃないですか?」
 店主は首を小さく横に振る。
「今回の議会の決定を強く推したのは議長だ。私は以前から議長とは意見の食い違いが多くてね。この事件を機に議長を退いて頂こうと思ったのだけれども、議長は人望がなくても金と権力はあるから、私なんかでは太刀打ちできないよ」
「……どこの世界もいるのね。人望なくて金と権力だけある悪役が」
 メニエスは眉をひそめ、ぼそっと呟いた。
「だからと言って、空京の警察などの外部に相談すれば、結局は外部の人間が光零に口を出し始める。同じことだ。そこで、自由な立場である君たち学生を頼ったんだよ」
 シーマは首を傾げる。
「何故、店主は議会の話に詳しいのだ?」
 店主は初めて怪訝な顔で言った。
「なんだ、青楽亭の主人から聞いてなかったのか。私と青楽亭の主人は光零の議員だよ」
『ええっ!』
 見事に驚きの声がハモった。