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リアクション
第九章
■渓谷上
『そちらの状況は?』
携帯の向こうにアリーセの声が聞こえる。
「段階的に活発化してきているが、さっき印は全て打ち込まれた」
グスタフは、暴れ狂うゴアドーの方を睨みやりながら駆けていた。
『では――』
「だが、星槍がまだ届いていない」
『……そうですか』
「そっちは?」
『北部エリアの避難状況は約80%。しかし、ゴアドーの咆哮の範囲が予想以上に広範囲なため、空京自体からの避難の方が遅れています。正直、空港の混乱を管理し切れていないのが現状ですね――それから』
「なんだ?」
『ゴアドーから産み出されたと思われる怪人達が空京に近付いているのが確認されています。数は少ないですし、こちらの防備、避難誘導に当たっている戦力でも、おそらく対応は可能ですが――この混乱の中で、被害者を出さずに済むとは考えにくい』
「少し急ぐ必要があるかもしれない、か……分かった。エメネアに伝えておこう」
『お願いします』
グスタフが携帯を切る。
ゴアドーの咆哮が渡った。
■ゴアドー 正面の荒野
ギン、と耳障りな音が響く。
神代は怪人の爪を剣で弾いて、その腹を蹴り飛ばした。
わずかに開く距離の間に剣を腰に溜めて、別方向から飛び掛ってきた怪人をその切っ先で貫く。
神代の背後では、大神が怪人の攻撃を掠めうけながら、メイスを怪人へと叩き込んでいた。
神代は、貫いた怪人から剣を引き抜き、蹴り飛ばしておいた怪人が再び飛び掛って来る方へと剣を振り上げ、それを斬り捨てた。
「――ッ……はぁ……はぁ」
神代の背中に、わずかに触れる大神の背が乱れた呼吸で揺れている。
向こうではゴザルザとイリスが、やはり必死に怪人達の攻勢を凌いでいた。
他方の各所では、ゴアドーから退避した生徒達がそれぞれに怪人を抑えたり、ゴアドーの足止めを狙って攻撃を重ねている。
彼らが守る後方にはエメネアが居て、空京が有った。
怪人どもは次から次へと押し寄せて来る。
それが産み出されるペースはかなりの速さになっていた。
無数に蠢き来る。
そして、そのすぐ向こうには大怪獣が大地を抉り飛ばしながら迫っていた。
「愛――俺達は何だ?」
「……正義の……ヒーロー、です?」
神代の問いかけに、大神が息も切れ切れに言う。
「そうだ。だから――」
怪人の爪に切られて割れ掛けたお面の下。
隙間に覗いた神代の口元に浮かんでいたのは、力強い笑みだった。
「希望がある限り俺達は負けん!!」
怪人達を斬り蹴散らしていく神代達の向こうで。
ほぼ満身創痍のゴザルザとイリスは、ほとんど気力だけで戦っていた。
「そうだぁーーっ!! 俺達はまだ終われねぇぇぇぇっ!!」
限界突破で口調なんざ忘れたゴザルザが怪人を斬り飛ばす。
そのゴザルザの腹へと繰り出される別の怪人の爪。
イリスの剣が、その怪人を剣で突いてゴザルザから引き剥がす。
ゴザルザは口元に散る血すら拭わぬままに、他方から迫る怪人へと、また剣を振るい行く。
◇
輝月が、こちらに迫ろうとしている怪人達へと銃撃を叩き込みながら笑う。
「エメネアさん。そんなに強く握ってると跡が付いちゃいますよ?」
エメネアの手は強く握られていた。
うっすらと血が滲んでいる。
「エメネア……」
ムマが眉根を顰めながらエメネアを見やった。
「友達との約束を守るのって……こんなに、辛いことだったんですね……」
大きな目は真っ直ぐに傷だらけの生徒達を見つめていた。
きつく噛み締めた顎根が小さく震えている。
「あー……やっぱりエメネアさんって馬鹿なんですねぇ」
輝月がくすくすと笑いながら怪人へと引き金を引く。
「な――輝月ッ!? おぬしはエメネアの気持ちをッ!!」
ムマがさすがに本気の怒声を上げる。
それに、被せるように輝月は続けた。
「友達との約束って、それを守った方が楽しいとか面白いとか幸せだからするんでしょう? それが辛いことなのは、ちょっとおかしいですよねぇ」
そこで、ふぅと息を付いてから輝月は銃を構えたまま、エメネアの方を、傾げた目だけで見やった。
「『友達を信じて』なんて言わせないでくださいよ? 言ったでしょう。甘いのは苦手なんです」
■渓谷付近
昴は星槍を抱え、ふらふらとおぼつかない足取りでゴアドーの方を目指していた。
ヘリが落下の爆発に巻き込まれた際、昴とライラプスはダメージはそれなりに深かったものの、気を失う事は避けられていた。
一方、ルカルカとダリルの方も気を失ってはいたが、命に別状は無かった。
ライラプスに二人の介抱を頼み、昴は星槍をエメネアの元へ届けるべく、なんとか進んでいたのだが。
「これは……やはり、逆の方が……良かった、かも――」
バッタリ倒れ込んでしまう。
ざむり、と前方の地面を踏んだ足音が聞こえる。
それから、
「おーほっほっほっほ!」
響く哄笑。
覚えのあるそれを聞きながら、昴は意識を失った。
◇
役目に縛られる者。
理不尽な事。
『何故かは分かりませんが、事態を打開したく思うのです――人ならぬこの身が、何を思う物か……私自身にも、判断しかねるのですが』
ライラプスの無表情。
『お笑いになりますか? 主(あるじ)』
「それは……僕も判断しかねるなぁ」
昴は記憶の反復に向かって呟いた己の声で、目覚めた。
何か暖かい。
腹に掛かる圧迫感。
それから、地面が揺れている。
「――はて?」
「気が付きまして?」
昴はロザリィヌに担がれていた。
米俵を担ぐ要領で。
「ええ。ところで、これは一体……?」
昴は、忙しく揺れる地面から、ぜぇぜぇと気合で駆けているロザリィーヌの顔へと視線を巡らせた。
「エメネア様に星槍を届けようにも、あなたが全っ然、お放しにならなかったから――『あなたごと』担いで、エメネア様の元に急ぐことにしたのですわーっ!」
「――ほぉ?」
言われてみれば、今も尚、シッカリと星槍を握り締めていた。
がっくん、とロザリィヌの動きが止まり、昴は小さく呻いた。
ロザリィヌの足先には崖が有り、その下方にエメネア達の姿があった。
「エメネア様ぁーーーー! 星槍をお持ちしましたわぁーーー!!」
「――へ?」
昴の体がぐいっと持ち上げられる。
というか、完全に放り投げられる形になっている。
「や、やややや、そんな、冗談でしょう? 僕は、この重症で――」
「どっせーーぇ! ですわぁーーーっ!」
昴の悲鳴を引き連れて、昴の身体と星槍が宙を舞った。
怪人達の頭上を抜けて落下していった昴を輝月とムマが受け止める。
そうして――
エメネアが星槍を手に猛るゴアドーの正面へと立った。
スゥと巡らされる星槍の輝き。
エメネアと星槍の導きを受けて、天より、音の無い光がエメネアへと下り。
爆ぜる。
エメネアの身体を介した白い光筋が、幾重にも別れ散ってゴアドーの身体に打ち込まれた印へと繋がった。
そして、一瞬の後、ゴアドーの身体の至る所から白い光の筋が噴き出しては、身悶えるゴアドーの全身に絡みつき始める。
その内に、ゴアドーのコブ一つ一つが爆ぜ砕け散り、代わりに白い光の噴出が起こっていく。
■ゴアドー島 神殿中枢部
「反応増大! 始まったみたいですわ!」
モニターを覗き込んでいたマネットが声を上げ、
「大丈夫、間に合った」
九弓が、ギリギリで最後の操作を終える。
九弓は天音によって開かれた扉の向こうで発見した”方法”に沿って、神殿の機能を書き換えていた。ゴアドーを封印するのでは無く、消滅させるために。
エメネアからゴアドーを通じて神殿へ送られてくる星の力を、封印システムへ繋がずに、ゴアドーへと返すのだ。
この島の性質で増幅された星の力でゴアドーを侵食すれば、消滅させる事が出来る。
「これで、彼女は解放されるわ……」
と――。
「えっ?」
マネットが声を上げる。
「駄目! 力がシステムの方へ流れていきますわ!!」
一度はゴアドーへ返り始めていた力が、無理やりに封印システムへと巡る経路へ流れ始めていた。
九弓がマネットの元へと駆け、モニターを覗き込む。
「これは……」
零した九弓の目の前で、閉じた筈の経路弁をこじ開けて、星の力が封印システムへと流入していく。
星槍を得たエメネアの力が勝っているのだ。
彼女は頑なに”封印しなければいけない”と思っている。
「違う、ゴアドーは消滅させる事が出来る……気付きなさいッ」
「このままだと封印システムが――!」
マネットが叫んで。
九弓はもう一度、なんとか力の流れを変えるために操作盤に指を走らせ始めた。
■荒野
リィン、と星槍の端が高く澄んだ音を立てて欠けて。
「――く、ぅ」
ゴアドーへと光を放ち続けるエメネアの身体が傾ぐ。
「っと」
そのエメネアの身体を昴と、気が付いたダリルのヒールを受けて駆けつけていたルカルカが支えた。
「大丈夫!?」
「……何か、変なんですぅ……システムに拒まれて……封印が……ッ」
グゥと顔を顰めたエメネアの腕や頬の所々が、裂けたように光を噴出し始める。
ルカルカがエメネアの持つ星槍を共に握りながら、ゴアドーを睨みやり、
「――倒すの」
言った。
「封印してどうなる? 貴方は囚われたままよ――きっと、今がゴアドーを滅する時。あいつを倒そう!!」
「……ゴアドー、を……倒す?」
「大丈夫、僕達も力を貸します」
昴の手が星槍に添えられる。
「いや、ちょとクサい話だとは思いますがね――僕とて本気で考えているんですよ」
「……でも……ゴアドー、は……」
「あれ倒したら、一緒にカレーでも食べに行きましょう」
輝月の手が重なり、
「心配するな。これで倒せなかった時は、我も共に世界中に全力で謝ってやる」
ムマの手が加わる。
片目を光に侵食されたエメネアが、そこに居る皆や各所に散らばり、依然として怪人達と闘っている生徒達や、重症を追った状態で状況を見守る生徒達を見回した。
その中の多くの生徒達から想いを感じる。
そして、星槍をエメネアに届けるために建設中のテーマパークへと赴いた生徒達の想いを。
「あ――」
ボロリと、大粒の涙が白い光に侵食されていない方の目から零れた。
それがぼろぼろと頬を伝って、身体から溢れる光の中に解けていく。
俯いて、それから、顔を上げる。
そして。
「あ、あの――わたし……ゴアドーを、倒したいです! 倒したい! そして、もっと、皆さんと――」
エメネアは、願った。
「お願いします! 力を貸してくださいぃーーー!!」
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