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団長に愛の手を

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団長に愛の手を

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「きゃっ!」
「え?」
 悲鳴が少しだけ上がった。
 少しだけなのは、教導団の生徒たちは、声をあげるよりも前に、武器の方に手をかけたからだ。
 合コン会場で、ピアノの演奏をしていた軍楽科のセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)も明かりが消えた瞬間、ピアノの演奏をする手を止めかけ……。
(演奏を止めたら、もっと混乱するかも)
 と気づき、演奏を続けた。
 続けながら、つけておいたインカムでお姉さまである宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)たちに連絡を入れる。
「はい、はい……一気に電気が落ちましたので、電器系統を……。こちらの様子は随時ワタシがお伝えしますので……」
 ピアノを弾きながら小声でしゃべるという器用なことをしながら、それでもセリエは不安を感じていた。
(どうしよう、何か想定外なことが起きたのだったら……)
 普段、祥子のそばにいるので、あまり見られることがないが、セリエは少々暗めで、悲観的になりがちな性格だ。
 今は黒い肌に映える美しいオフショルダーの赤いパーティドレスを着ているので、華やかそうな印象だったが、ピアノを弾いているうちに、どんどん暗い気分になってきた。
(ピアノを弾くのなんてやめてワタシも行った方がいいのかな。お姉さまもランスロット卿もいないし、どうしよう……)
 迷うセリエのそばに、すっと一人の男性が立った。
「そのまま、弾き続けろ。何かあったら、俺が守る」
 セリエに声をかけてきたのはロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)だった。
 どの様な状況下においても冷静さを見失わずに行動する事が出来る彼は、自分たち教導団員が慌てると、外から来た他校生に影響を与えると思い、いつもの優雅さを崩さぬ態度で紅茶を飲んでいた。
 しかし、セリエの小さな変化に気づき、静かに近寄って来たのだ。
「あ、ありがとうございます……」
 セリエはお礼を言いながら、ピアノが止まらないように弾き続ける。
 そのピアノの音色を聞いて、何か暗くなったのも演出かな? というように、みんながだんだん静かになっていき、声が不安から歓談に変わっていった。
 それでも、ロブは注意を払うのを怠らなかった。
 スタッフたちが対応しているだろうが、いざとなれば、光条兵器の狙撃銃を取り出す構えだ。
「あの……ロブさん、合コンの参加者なんですよね。それなのにすみません……」
「気にするな。しょせんは頭数を揃えるため、程度の参加理由だ」
 冷静な声だが、ロブなりに年下のセリエを気遣っているらしい。
「軍楽科……か?」
「はい。ええと、ロブさんは」
「歩兵科だ」
「そうなんですね。うちはお姉さまが憲兵科で、ワタシが軍楽で、ランスロット卿が機甲科なので……」
「珍しいな」
「あ、そ、そうですかね。憲兵科は割と多いですが……」
 そんな話をしている間に、いきなりパッとスポットライトが光った。
「ヒャッハー!! 野郎ども女ども!! ファッションショー、シャンバラ金鋭峰団長コレクションを開催だ!!」
 どこから奪ってきたのか、マイクを持った鮪が出て来て、いきなりファッションショーを始めた。
「マリーさん、これは……」
 イリーナと真紀が寄って来て、止めるべきかと聞こうとしたが、マリーが「良いのではないですか?」と言うので、そのまま続行された。
「さーーて、まずは二二の理想のお兄ちゃん風団長だ!」
「理想のお兄ちゃん風って……」
 サイモンが何かつっこみたそうだったが、ネクタイ制服風の団長が出て来て、ちょっと驚いた。
「はーい、ニニだよ〜。団長さんは頼れる優しいお兄ちゃん要素が足りないと思うんだ! 圧倒的に! だから近寄りがたい雰囲気を変えてみました!」
 自信満々に自分のコーディネートを紹介するニニ。
 そして、団長にちょっとネクタイを緩めるように指示する。
「ほほらー。ネクタイの締め方が堅苦しすぎ! キッチリしすぎると、オジサンになっちゃうよー。あと、笑顔、笑顔、笑顔が足りないよ! 大事なのは笑顔! ほら、歯を見せて、ニー」
 可愛い八重歯を見せて、笑顔を見せるニニだったが、笑ったのはニニだけで、団長は笑わなかった。
「さて、次はわしじゃ。団長には威厳が足りん。その上、中途半端なスタイルが目立たぬ原因ゆえモテぬのだろう。それらを払拭するのが、これだ!!」
 信長コーディネートの衣装は、黒と金の甲冑に、朱色のビロードマントという出で立ちだった。
 見る人が見たら、かつて上洛の際に信長がしていた格好だったと気づくに違いない。
「武人ならば甲冑でアピールし、さらに南蛮の洋装を織り込む。己を貫くのも良いが、時には存分に傾くべきだ!」
 信長は金団長の手を取り、誇らしげに言った。
「うむ、凛々しい武者振りよ!」
 なんとなくそのパワーに押され、拍手する者も出てくる。
「ひゃっはー! さーて、乗ってきたところで俺のパラ実世紀末風ファッションだ! 男は時代の先端を更に先取りして末来に生きなけりゃいけねえんだ、つまり常に世紀末を目指せ! 出来れば来世紀の世紀末だぜ!」
「そう。でも、あなたの時間はここで終わりよ」
 そこにはウェイター役をしていたクロス・クロノス(くろす・くろのす)湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)を連れた祥子が現れた。
「面白い余興だったけれど、そろそろお引き取り願おうかしら?」
「ドルルルル ブィィィィン!!」
(何を言う! まだまだハーリーの『アメリカンチョッパー的改造バイク風団長』があるのに!)
「それってどんな団長ですか……」
 クロスはあきれたのだが、ハーリーは質問と思ったのか、高らかな音を上げ、説明を始めた。
「ドルンドルン ドルンドルン」
(男ならば、あらゆるパーツを装備して使いこなさないとな! タイヤとホイールが一番大事なポイントだ。大きいハンドルや改造マフラーもいい。時に意外性を出す方が……)
「バイクの教導団団長なんて意外すぎます!」
「ほらな、ハーリー。俺のが最高だろう? 肩に棘が必要なんだよ。それだけで宇宙時代っぽくてクールだ! まさに宇宙世紀末ファッションだー!」
「はいはい。それじゃ、会場の外にお連れするわ」
「おっと、それだけじゃないぜ、衣服の破れから出る筋肉が女どもの本能を刺激する。そういうワイルドさはきっと教導団の女性陣にも……」
 まだ何か言っている鮪やハーリーを祥子とランスロット連れて行く。
「さ、皆さん、合コンの前のイベントが終わりました。どうぞ、合コン本番をお楽しみください。カッティさん、料理の追加を」
「あ、はーーい!」
 クロスに声をかけられ、カッティが動き出す。
 会場の様子が普通に戻ったのを見て安心し、クロスは祥子の後を追った。


「大丈夫でしたか?」
 鮪を追いだした祥子にクロスが声をかけると、祥子が振り返り、穏やかな笑みを見せた。
「ええ、彼も単に本当に団長のファッションコーディネートをしたかっただけみたいだから、抵抗がなくて済んだわ」
「それなら良かったです。後は合コンの席で、団長に必要以上に接近しようとする人物がいたら、それを阻止するようにしないと」
「必要以上に接近?」
「ええ。特に男性の場合はマリーが泣くから、素早く阻止いないといけませんわ」
 温和なクロスもそのあたりはしっかりと区別しているらしい。
 しかし、祥子はクロスの言葉を聞いて、ちょっと困ったような顔をした。
「ん……クロスが言うことは分かるし、私もお祭り騒ぎで羽目を外しすぎるのはしょっ引かないとと思ってるけど……サミュエルについては除外してあげてちょうだい」
「サミュエル?」
サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)よ。校長会議で団長を守った」
「ああ……」
「それは我からもお願いしたいな」
「あら、フリッツ、なんでこんなところにいるの? あなた合コン参加者でしょ?」
「ジェシカ嬢とちょっと見周りに来てな。まあ、クロス嬢。サミュは団長に愛を捧げて生きているんだ。少し見逃してやってくれるとうれしい」
「そう言うことなら……」
 団長を庇って銃弾を浴びたというサミュエルの話は、教導団内でもよく知れ渡っている。
 それに、祥子やフリッツに言われ、それほど信じられているなら、というのがクロスにも伝わったのだろう。
 しかし、祥子の話はそれで終わりではなかった。
「もっとも、サミュエルのことは省くけど……。団長といえども羽目を外しすぎれば遠慮なく連行するわ。団長以外の男性陣にはより厳しく、ね。恋愛は大いに結構だけど、女は餓えた男どものための供物じゃないわ」
「そうですな、そもそも、組織の長が婚姻のためにこのような催しをするとは、職権乱用も甚だしいかと思いますし……」
 ランスロットの言葉に、今度はクロスのほうがちょっと困ったような顔する。
「お二人は合コンに反対だったのですか?」
「いや、ご婦人方のほうでも金団長と懇意になることを望む者もいるであろうからとやかくはいうまい」
「そうね、私も反対じゃないわ」
 軽く微笑む祥子を見て、クロスはまた疑問が湧いて尋ねた。
「それならなぜ合コンに参加をしなかったのですか? 私は合コンに出るほど容姿に自信があるわけでもなく、武闘大会に出るほどの実力が自分にあるとは思わない……ってことで、消去法でスタッフを選んだのですが」
 クロスの疑問に祥子は、少し辛そうな部分を含んだ、でも、それ以上にそれを想うことがうれしいかのような笑顔で答えた。
「心に決めた大切な人が蒼空学園にいるの」