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大樹の歌姫

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大樹の歌姫
大樹の歌姫 大樹の歌姫

リアクション

【4・楽しむ歌い手たち】

 先程の場所からまた離れた場所に移動した黒衣の男。
 真人の推測通り、男は奇妙な粉末の入った小瓶を開けて、その中身を風に乗せて撒き散らしていた。
 そしてその風の吹く先にいるのは、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)
 そんなこととは露知らないヴェルチェはチラシを配ったであろう人物を特定するため、大樹に集まった他の人達にチラシについて確認していた。
 今は轟 雷蔵(とどろき・らいぞう)に話を聞いていたが、
「それが、俺もこのチラシは落ちてたのを拾っただけだからな。配ってたヤツの姿は見てねぇんだ」
「そう。わかったわ、ありがとうね♪」
 彼をはじめ、不思議なことに誰も配っていた人物を見ていなかった。その人物を特定して会うことができれば、お金を貰えたりするかもと期待していたヴェルチェは、
「アテが外れちゃったわねぇ。まぁしかたないかな」
 と、若干気落ちするも。次の瞬間にはまぁせっかく来たからという事で今度は歌う方にすぐさま気持ちを切り替え、用意していたハンディカラオケを持ち、勢いよく大樹によじ登りはじめていた。
 そして。ほどよい高さまで登ったヴェルチェは、以前に某フェスティバルで歌ったナンバーの熱唱を始める。

『曲名不詳』               作詞作曲……ヴェルチェ・クライウォルフ

出会った時からわかっていた
飛べなかったココロを破壊する

アイツの笑顔があたしを狂わせる
あたしの胸はマグマより
熱く燃えて噴き出しそう

右手に確かな覚悟を握り締め
左手に危険な媚薬を忍ばせて

 片足を少し高い枝に乗せ、ライブ感覚でノリノリのヴェルチェ。
 その様子はもう大樹に聞かせるというより、大樹をステージにして歌う気持ちの方が強いようだった。
 カラララララララン
 どこかから鉄琴の音が届いてくる一方。香歌ノ樹はちゃんとその歌に反応し、香りは出していた。漂っていくのは薔薇にも似た、少し刺激が強めの甘美さを感じさせる類の香気。
 そんな香りを嗅ぎながらパートナーの様子を眺めているのはクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)
「媚薬をしのばせて〜♪」
 彼女は、自分も歌いたいと思いつつも、ヴェルチェがマイクを放しそうもないので仕方なく歌に合わせて小さく口ずさむ程度で我慢していた。が。
「……はぁ、やはりつまらぬ」
 溜め息混じりに呟きつつ、気持ちよさそうに歌うヴェルチェの表情に腹を立てていた。
「ヴェルチェ! 次はわらわにも歌わせぬか」
「えー? なにー?」
「だから! わらわにも! カラオケとやら! よこすのじゃ!」
 大声で抗議するクレオパトラだったが、
「あー。うんー、さっき枝先に若い芽見つけたわー。この大樹にも新しい命が産まれてるのかしらー♪」
 カラオケのボリュームをほぼ全快にしているので、まったくの聞き取り違いをしているヴェルチェに、再び嘆息するクレオパトラだった。
 そんな中。香りに混じったモンスターを誘う臭いにつられて、灰色狼達が下に集まり始めていた。それを確認するや、クレオパトラは指をポキポキと鳴らし、
「ふん。風情を解さぬ、うつけ者どもめが! ちょうどよい、わらわのこの怒り存分にぶつけさせて貰うとしよう」
 そして、群がる狼達を片っ端から殴りつけていき。しまいには突っ込んできた狼の一匹の顔をひっ掴みそのまま火術を発動させ、判別不能になるくらいに焼いていた。
 その容赦ない攻撃に、さすがに敵も怖じ気づくかに思われたが。予想に反して灰色狼のほうも容赦なく一切ひるむことなく向かってきていた。
 そんなモンスターの様子を見たヴェルチェのもうひとりのパートナークリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)は、パワーブレスをクレオパトラと雷蔵にかけておいた。
「やはり戦いが始まってしまいましたわね。はぁ、わたくし心配ですわ」
 振りまかれる香りがモンスターにも活力を与えているのでは、とか。長年香りを放ち続けたこの大樹も疲れているのでは、といった不安を抱えながらも、
「それでも、わたくしはわたくしに出来ることをしませんと」
 特には諌めることはなくサポートに徹していた。
「悪いな、助かるぜ」
 そして雷蔵はそんなクリスに礼を述べつつ、カバーする場所が被らないよう位置取りに注意を払い、戦闘を続けていた。
 彼は突進する狼をちゃんと盾で防ぎ、すぐさま槍で叩きのめして相手の戦意を喪失させようと試みるも、連中は諦める様子もなく距離をとってまた襲い掛かってきていた。
「かなわないってわかってるだろうに、これ以上攻撃してこないでくれよ、くそ……」
 モンスターだから、襲ってきてるんだから殺して良いってもんでもないという考えの彼としてはこの現状に歯噛みする思いだった。
(こいつら、どうやらこの森に住むモンスターみてぇだけど……今回に限ってこうも盲目な感じで襲ってくるってことは、やっぱ黒衣の男ってのが一枚噛んでやがるのか)
 そう推測しここにいない男に猛烈な怒りを感じ、同時に目の前の敵に対する同情心が湧き上がっていた。
「俺だってただやられるわけにはいかねぇ。でも、ま……仕方ねぇ。体を張ってやるか!」
 そう新たに心を決め、自分が不利になるのを理解しながらも、やはり殺傷は控えた戦いを続けるのだった。
 そんな雷蔵や、猛攻を繰り返すクレオパトラにヒールでのサポートを行うクリス。
 歌に戦いにと、この場も喧騒に包まれていく中。
「俺の歌を聴けええええええええええ!」
 更なる喧騒を招きそうな叫びが、上空より響いてきた。かと思うとそのまま下降して、辺りを旋回していく一台の小型飛空挺。
 皆の注目に、後部座席で立って手を振ってこたえているのは志位 大地(しい・だいち)。そしてパートナーであるシーラ・カンス(しーら・かんす)が操縦を行っていた。
「争いなんてくだらないぜ! そんなことより俺の歌を、魂を聴けえええ!!」
 大地は普段の丁寧な喋り方と異なったテンションのままギターを弾き、歌い始める。

                           作詞作曲……志位大地
どこかにあると信じてる キラキラと輝く世界
地平線の向こう 争いのない世界

声が枯れるまで歌いあかして
いつかたどり着くんだ WOW Wonderful World
ちっぽけな体で抱え込めるだけ抱え込んで
俺は行くぜ

今も誰かが泣いている 間違いだらけの世界
その涙を止めたくて 俺は歌い続ける

声が枯れるまで歌いあかして
いつかたどり着くんだ WOW Wonderful World
情熱的なこの世界に声を響かせ
俺は行くぜ

お前と行くぜ Life goes on !

WOW WOW WOW WOW

 熱唱する大地にこたえるように、シーラは飛空挺に設置したスピーカーの音響の調整を運転中でありながらシレッと行ない、
「私の歌も聴けぇ〜!」
 しまいにはそんな叫びと共にコーラスを入れたりもしていた。
 そんなふたりの熱唱に、大樹の方も熱く感じたのか、熱帯のココヤシから香りそうな濃いめの芳香を放っていた。その様子をじっくりと眺めているのは和原 樹(なぎはら・いつき)フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)。彼らは、大樹の見学も兼ねて歌い手の護衛に来ていたのである。
「すごい。確かに、さっきから色んな香りがしてくるな。これが香歌ノ樹なのか」
「ああ、我も実際にこうして見るのは確か初めてだ」
 そうして香歌ノ樹について語り合うふたりだったが。そこへ灰色のカラスが数羽、ギャアギャアと騒ぎながら向かってきていた。それを視界の端に確認しつつ、それでもあまり慌てる様子はなく、それどころか樹は一冊の本を出して開いてもいた。
「俺さ。イルミンの図書館からこの香歌ノ樹についての本借りてきてさ。さっきちょっと読んだ限りだとやっぱり歌を聞かせすぎると、大樹に支障が出るみたいな記述があったから気になるんだけど。このぶんじゃ詳しく読む暇なさそうだな」
 パタン、と閉じてそれから自身にパワーブレスを使う樹。
「やはり今回の件、何かしら裏があるのか……。とはいえディテクトエビルで周囲を警戒した限り、モンスターや黒衣の男以外に剣呑な気配を持つ者はいないようだ。だから……」
 そして。雷術でカラスを攻撃するフォルクス、そしてそれから逃れた相手に対しては、樹がウォーハンマーを思い切り振り回し、勢いよく吹っ飛ばしていた。
「今は、護衛に集中するとしようか」
「そうだな、フォルクス」
 そうしてふたりが奮闘する間に歌が終了していった時、
 カラララカラララカン、カン、カン
 また、鉄琴の音が響いていた。
 先程からそれをしているのは閃崎 静麻(せんざき・しずま)
 彼は大樹の枝のなかでも結構な高所に陣取って、そこで某のど自慢よろしく勝手に採点をしているのだった。
「おみごとおみごと、なかなかに聞きごたえのある歌だったぜ」
 その静麻の言葉に気づいた大地やシーラは照れて、危うく飛空挺から落ちそうになっていた。
 そんな様子に苦笑するのも一瞬。静麻は手元のメモをなにやら眺め、
「さあて。今のでもう、それなりの数の歌は聞かせたな。そろそろ平均を超えそうな感じだけど。どうしたもんか」
 そんな呟きを漏らしていた。
 実は彼は、事前に香歌ノ樹に関することをいくつか調べておいたのである。それを元に、
(一昨年の歌の量に比べて、昨年の量はやや多かったみたいだが、共に大樹への影響は無し……本当に歌の量が大樹に影響を及ぼすのかどうかも怪しいが、念の為、歌の量は平均を上回らないようにした方がいいか)
 という推測を立てていた。
「でもあんな風に歌うのを見ると、止めるのもなんだか忍びないしな……ひとまずもう少し様子を見るとする、かっ!」
 そして、パートナー閃崎 魅音(せんざき・みおん)からの光条兵器であるバトルライフルを構えた。ちなみに、それは延長バレルを展開させたLモードとなっており。単射ながら、長距離狙撃のできる代物だった。
 実際。ヴェルチェや大地が歌っている際も、狙ってくるモンスターを密かに迎撃していたのである。
 そして、一方の魅音は。
 その静麻の狙撃を感じながら、自身は大樹のそばで歌い手を守っていた。
 ただ、心中では先程から気持ちよさげに歌う人達に対し、
(ボクも歌いたかったのにな〜)
 という思いでいっぱいだったりした。
 そう思いつつも、近くで灰色狼を食い止めている樹月 刀真(きづき・とうま)へとヒールを使い回復させる。
「サンキュ、助かった」
「いえいえ。がんばってくださいっ」
 そう言ってまた応戦を繰り返していく刀真や、他の生徒達の回復を続ける魅音。
「クリュティ! チャージお願い!」
「わかりました」
 彼女の声に応じ、SPチャージを行うのは静麻のもうひとりのパートナークリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)
 彼女も、静麻の立てた過剰供給抑止の予想に乗っ取り行動していた。
 最前線から少し下がり、抜けてきたモンスターを程よく撃破、そして程よく突破させて妨害行為を黙認したりと。無理はしない姿勢を保ち続けるやり方を崩さずにいた。
「でも本当に大丈夫なのかな? ボク達こういうやり方で」
「マスター静麻が決めたことです。今更方針を変えるのは得策ではないかと」
 冷ややかにそう告げ、飛んできたカラスモンスターを叩き落すクリュティに、
「そうだね。今は、静麻お兄ちゃんを信じないとね」
 魅音も頷き変に迷うことはやめにし、考えを改めた魅音。その視線の端に黒衣を纏った男が映った。が、静麻から言われている彼女は相手にしないで見送ることにするのだった。
 黒衣の男は、刀真が守っているその対象を狙っていた。
「きましたね。黒衣の男、相手を致しましょうか」
 それに気づいた刀真はバスタードソードを振りかぶり、攻撃を繰り出す。それより先に、男は固めた葉っぱを刀真の後ろ、曲が流れる人影へと放った。
 てっきりそれを守ると踏んでいた男だったが、刀真はまるで構わずに剣を振り下ろした。
「!?」
 驚いた男は慌てて頭上で腕を交差し、その攻撃を受ける。
 ガキン、という鉄と鉄がぶつかり合う音がその場に轟いた。
「なるほど。手甲をしているんですね、その黒衣に隠れてわかりませんでしたが……黒衣のせいでそちらもアレがなにかよく見えなかったようですね」
 刀真が守っているようにみせかけていた、葉っぱが刺さった、それ。
 それは人ではなかった。木の棒を組み合わせ、それに服を着せて作られたただの案山子だった。聞こえていた歌は案山子の足元に置かれたラジカセからのもので。
「チッ……つまらん真似を」
 剣をもろに受けているため動けない黒衣の男は舌打ちし、どうにか身体をずらそうと試みていたが。刀真はそれはさせじと剣に込めた力を強くし、その状態を保っていた。
 そのまま拮抗状態が続く、かに思われたが。
「狙い、撃つ」
 どこかからそんな声がするや、黒衣の男の頭部が打ち抜かれた。
「ぐぁっ……!」
 男は呻き、その場に崩れ落ちる。
「ふぅ、油断大敵よ」
 そう言って少し離れた場所の物陰から現れたのは刀真のパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)。彼女が、スナイパーライフルとシャープシューターを使って男の頭を撃ち抜いたのだった。もちろん死んだら不味いので、使用したのはゴム弾であったが。
 そして男を押さえつけながら、刀真は問いかける。
「君に聞きたい事があります、香歌ノ樹に歌を聞かせ過ぎると何が不味いのですか?」
「私が読んだ本にはそれらしいことが書いてあったんだけど。詳しくは載っていなかったから……あなたは詳細を知っているから妨害するんでしょう?」
 そう言って月夜も詰め寄るが、返事が無い。気絶してしまったかと思うふたりだったが、突然男が靴の裏同士を叩き合わせた。
 直後、目を刺激する奇妙な緑色のまぶしい光がその場を包む。
「っ!」「きゃ……!」
 その光量に思わず目を覆うふたり。
 そして、目の状態が戻る頃には既に男は姿を消してしまっていた。