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リアクション
お嬢様と執事様?
「どなたも……いらっしゃらないですねえ」
フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)の言葉に、同じテーブルに座った高務 野々(たかつかさ・のの)とミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)がなんとも言えない表情をした。
「はぁ〜。まにゃが申し込んじゃったから参加してみたけど〜。これ、どうするの?」
「執事の数が足りないから、お嬢様を余らせておくなんて。それでも、おもてなしの心をなんて言えるのかしら?」
野々がステレオタイプなツンデレお嬢様を演じながら、チラッと視線を向ける。
視線の先には、薔薇学の校長であるジェイダスがいた。
一瞬、怯んだ野々だが、演技を解いたらいけないと思ったのか、えらそうな態度でジェイダスを見た。
「こういうのって主催者の、執事を用意する側の不備じゃないかしら? ねえ?」
「う、うん」
「え、ええ……」
野々に同意を求められ、ミルディアとフィルも戸惑いながら頷く。
「ま、まあでもさ、みんなでお茶飲むのもいいんじゃないかな!」
「そうですね。幸い、私も野々さんもミルディアさんもメイドなことですし。ティーセットもお茶菓子も用意されていますから、ここはみんなでお茶会でも」
ミルディアが提案し、フィルが立ち上がろうとすると、それを制するものが現れた。
「待て」
ピンクのショートウェーブの髪をした執事姿の男に、三人は固まった。
「あ、あなたは……」
「{SNM9999019#ラドゥ・イシュトヴァーン}。執事を勤めさせてもらう」
ジェイダスのツンデレパートナー・ラドゥだ。
いきなりのラドゥの出現に、三人はどうしていいのか分からなかったが、いち早く立ち直ったのが、ツンデレお嬢様を演じていた野々だった。
「そ、そう、あなたが執事さんなの。それじゃ、お相手をしてもらおうかしら?」
「…………」
非常に不服そうなラドゥだったが、ジェイダスの望みとあっては断れなかったらしい。
「用件を聞こうか」
すでに執事としてどうなのかと思う口調で野々の希望を聞く。
「そうですわね。ティータイムでしょう。私にお茶菓子と紅茶を用意しなさい。ああ、私は甘いものが嫌いだから。甘いものを出してきたら許さないわよ。解るわね?」
「そうか。そっちは?」
「え、ええと。同じくおやつと紅茶を……。あ、紅茶はハーブティで」
ミルディアの希望にラドゥが頷き、今度はフィルの方を向く。
「私はミルクティーを……後は薔薇学の執事さんがどれだけ作法に詳しいのか見せていただきたいですわ」
「分かった。全員の望みをかなえてやろう」
ラドゥはそう言うなり、ティーポットを3つとティーカップを3つ用意し、お湯を沸かし始めた。
そして、用意されたお茶菓子を持って来る。
「……これは、何?」
「煎餅だ」
野々の質問にラドゥは迷いなく答える。
「ええと……」
「甘くない菓子だろう?」
「そうですけれど、紅茶と……」
「紅茶と煎餅が合わないという決まりはあるまい? 意外なマリアージュということも有り得るだろう?」
「まあ、お煎餅は嫌いではないですけれど……」
お煎餅を食べ始めると、パリポリとなんとなく執事体育祭っぽくない音が会場に響いた。
食べている野々もどうかと思ったが、希望に沿っていないわけではないので、文句は言えなかった。
ラドゥはそれぞれのティーポットに茶葉を入れて、お湯を注ぐ。
それぞれの茶葉に合わせて、砂時計を用意し、きっちりと時間を計り始めた。
「あの、これは何のハーブティー?」
「セイヨウオトギリソウだ」
「そ、そんなハーブティーあるんだ」
ミルディアはドキドキしながら、入れられるハーブティーを見つめる。
「セイヨウオトギリソウ……セント・ジョーンズ・ワートのハーブティーは、若干苦いハーブティーで伝統的に愛飲されてるものだが……地方によっては毒草と言われる場合もある」
「え!?」
「だが、これはちゃんと飲めるものだから問題ない」
ラドゥのさらっと言った言葉にミルディアはビクッとしたが、問答無用で目の前にティーカップが置かれた。
自分の番が回ってきたフィルは、ティーカップのそばに置かれた缶を不思議そうに見た。
「これは何の缶ですか?」
「ミルクティーであろう? エバミルクだ」
「牛乳じゃないんですか?」
「アラブ出身の教師に、こう入れるものだと教わった」
疑問は受け付けず、ラドゥはフィルの前にエバミルクの甘いミルクティーを置く。
お菓子もそちらの地方を意識したファラフェルが置かれた。
「あ、ありがとうございます」
フィルはもう疑問は挟まずに出されたものを大人しく食べた。
ラドゥにはそうせざる得ないような威圧感があった。
「紅茶が濃すぎではなくて?」
入れられた紅茶を見て、野々がラドゥの威圧感に負けまいと胸を張る。
だが、女の子に興味がないラドゥはどこ吹く風だ。
「紅茶の濃さはこうあるべきというのは思い込みだ。地球でもヨーロッパ、アラブ、中国でそれぞれの茶の濃さの好みなど違うだろうに。そして、個々人でも」
「そ、それはそうかもしれないけれど、お嬢様を喜ばすという趣旨なら……」
「自分がうれしいものを供するのがもてなしであろう? 私はこれくらいの濃さが好みだ」
異論があるか、と言うようにラドゥが野々を見下ろす。
ああ言えばこう言う。
そもそもメイドの野々は、高飛車さでラドゥにまったく勝てなかった。
「……そういえば、あれは偏食だったな」
ラドゥに執事役を命じたジェイダスが、ボソッと呟く。
かくして3人のメイドお嬢様は、偉そうな執事に見下ろされながらという落ち着かないティータイムを過ごすのであった。
静香校長の頭痛
「あ、ああ……もうー……」
ラズィーヤの暴走と、ラドゥの執事姿に、桜井静香は頭を抱えた。
百合園と薔薇の学舎の体育祭が、簡単に無事に済むはずはないと思っていたけれど、こんな事態になるなんて……。
眩暈がしそうな静香の前に、香りの良いお茶が差し出された。
「どうぞ。こちらの席も寒いですから、温まってください」
高谷 智矢(こうたに・ともや)が静香校長の前に置いたのは、温かい紅茶だった。
「あ、ありがとう」
「お疲れでしたら、甘いチャイをお入れいたしましょうか? 季節のタルトもご用意しておりますので、どうぞご遠慮なくお申し付けください」
「う、うん。それじゃ、お言葉に甘えてタルトを……」
静香がお願いすると、白河 童子(しらかわ・どうじ)がちょこちょことした動きで、タルトを持ってきてくれた。
「わぁ、可愛い執事さんだね」
童子の姿を見て、眩暈がしそうな顔をしていた静香の顔に、小さな笑顔が浮かんだ。
「お喜びいただけて光栄です」
智矢は一礼し、「後であなたにもタルトをあげますからね」と童子に耳打ちして下がらせ、静香にタルトを勧めた。
「どうぞ、まだまだ競技は続きますので、ごゆっくり」
話をしながら、静香が紫外線に当たらないように、日差し避けの位置を変えたり、足元に置いた暖房の温度を上げたり、智矢は細やかな気遣いを見せた。
「おいしい……」
ゴールデンルールで入れられた紅茶に感動しながら、こちらも美味なタルトを口に入れ、静香は周囲を見回した。
「そういえば、ジェイダス校長は……?」
「何か御用があるとのことでした」
「御用……?」
静香は小さな不安に駆られながら、今は智矢の好意に甘えて、しばしの休息を楽しむのだった。
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