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ベツレヘムの星の下で

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ベツレヘムの星の下で
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リアクション



言わないけれど、大切だから

 恋人たちの多い東の建物で、そうじゃない佐伯 梓(さえき・あずさ)イル・レグラリス(いる・れぐらりす)は、他のカップルを邪魔しないように隅っこのテーブルに座っていた。外の見える席は遠慮しないと、と避けてしまったからこの席ではあまりツリーも見えないけれど、何かを思い出すように梓は遠くを見ていた。
「ボクと一緒で楽しくないの? 行きたいって言ったから付いてきてあげたのに」
 イルは、なんとなく梓が考えていることがわかったのだろう。人を連れて来ておいて、別の人のことを考えるだなんて失礼極まりない。しかも、それが自分の嫌いな人物だとしたら、なおさら。
「そんなことないぞ? イルとじゃなきゃこんなにケーキ食えないし、紅茶に砂糖も……」
「ふぅん。じゃあそれはボクがもらう」
「あっ!?」
 お互いにたくさん甘い物をとってきたのに、わざわざイルは梓の皿のケーキを食べ始める。オーナメントは飾り付けたのに、作ってくれた人のことを考えていた梓は、一気にケーキへと意識を持って行かれた。
(ショック受けてる。馬鹿じゃない? あっちにまだいっぱいあるのに)
 黙々と食べ続けるイルに、諦めて甘い紅茶を飲む。あのときも、砂糖の入れすぎを怒られた。甘い物だって食べすぎないように止められることがある。思う存分食べるんだとイルとやってきたのに、どうしてこんなに気になるんだろう。
(居なかったら居なかったで、なんか面白くなかったりするんだよなぁ……)
 かと言って、一緒に来ようと言うにも2人は仲が悪い。折角守護天使をモチーフにしたオーナメントも「なんかむかつく」と付ける直前まで受け取ってくれなかった。作った人が守護天使だからか、はたまた手作り感溢れるそれに何かを感じ取ったのかはわからないが、そんなに仲の悪い2人と来るのは無理だったかもしれない。
「そんなに誰かさんの事考えても、招待状ないと入れないでしょ。ごちそうさま」
 長いこと考え込んでしまっていたのか、目の前のお皿はすでに空。今度は自分のお皿のケーキを食べ始めるイルに、梓も戸惑う。
「イル、食べるの早くないか? 俺1口だって食べてなかったのに……」
「キープしてあげたけど、恋人のいない誰かさんが物思いに耽ってたんじゃん」
 しれっと言われたその言葉に、改めて周りを見る。薔薇園をまわって訪れたこの場所は、本当にカップルが多くてびっくりしたくらいだ。今まで恋愛のことを深く考えたことのなかった梓にとっては、ちょっとした衝撃だった。
「って、イルにはいるのか!?」
「ボクの恋人はニコだよ。って、冗談に決まってるじゃん」
 ふふんと笑うその顔に脱力して、噛み跡の凄いぬいぐるみを見る。傍にいれないと寂しいと思うのは、口うるさくても気に入っているということだろうか。
(寂しいじゃなく面白くないだし、気に入ってなかったら付き合い続けないだろうし)
 うーんと悩みながら、こうしている時間が勿体ない気がした。オーナメントまで持たせてくれて、楽しんでくるように言ってくれたのだから、報告出来るように楽しんでいかないと。
「おし! そのためにもケーキだな」
「……なにが」
 急に口に出した言葉に怪訝な顔をされてしまった。誤魔化すように、用意してきたクリスマスソングをセットしてイルにいつもつけているお気に入りのヘッドフォンをかけてやる。
「イル、メリークリスマス!」
「年末じゃん」
「関係ないって、こういうのは気持ちなの! ほら、プレゼント」
 ピッという電子音の後に流れてくる、優しいクリスマスソング。黙って聞き始めたイルを見て梓は甘い物を取りに行くが、もし気に入らなくてヘッドフォンを投げ捨てられていたらどうしようかと、お皿に半分ほど乗せて急いで戻って来た。
 けれど、イルははずすことなく音楽を聞いていて、好き嫌いのハッキリしている彼に気に入られたということだろうか。
 曲が終わるまでもう少しある。きっと素直な感想は聞けないかもしれないけれど、ちゃんと2人で楽しんで行こう。そして、ついつい嬉しくて食べたケーキの個数を報告してしまわないように気をつけようと、梓は思うのだった。
 この建物には飾り付けを終えたも楽しんでいる姿が見え、食事や飲み物を取りに行く唯に隠れて何度も額の辺りを気にしては頬を赤らめる京。
(魔除けのおまじないって言ってたけど、でも、これはその、うー……)
『このおまじないは、京にしかしないから』
 思い出すだけでも恥ずかしい。持ってきたベルに込められた意味なんて知らなくて、それの代わりだと額に口づけられた。動揺している顔など誰にも見られたくなくて、熱を冷ますように両手で頬を押さえてみても、あまり効果はなさそうだ。
(唯のくせに京をドキドキさせるなんて、許せないのだわ! 唯のくせに唯のくせに唯の――)
「ひゃあっ!」
 考え事をしてる途中、冷たいグラスが頬にある手へ当てられ遮られてしまった。何かが吹っ切れたような顔をしている唯は、悪びれもせずグラスを差し出してくる。
「お待たせ。声かけたんだけど、考え事してたみたいだったから。どうしたの?」
 どうしたもこうしたも、何もかも唯のせいだ。こんなに心臓が五月蠅いのも、頬が熱っぽいのも額が気になるのも、何も取りに行かなくていいからずっと一緒にいたいだなんて思うのも、全部。
 けれど、ここで文句を言ってしまってはいつもと同じ。今日だけは素直になるって決めたんだ。
「……絶対に、京専用のおまじない、だからね」
 意識しないようにおまじないの部分を強調してみる。そう、これはおまじないなんだ。ただちょっと副作用か何かでドキドキしてしまうだけ。こんな気持ちを他の子にはさせたくない。
「誰に命令されても、他の子なんかにする気はないよ」
 少なからず人目もある中で見つめ合い、約束の言葉を交わす。互いの気持ちを確認したわけではないけれど、ほんの少しだけパートナーから1歩進んだ関係になれたような気がした。
 の治療も終え、皐月に看病を任せた虚雲射月は、オーナメントを飾るために再び外に出ていた。中からも見えるように窓付近に植えられているもみの木だが、飾り付けが無いのも寂しいからと中からも薔薇園の通路からも死角になっている場所へまわり、仲良くピエロの人形と雪の結晶をつけた。
「虚雲くん、どうしてツリーにピエロなんですか?」
「ツッコミ役にツッコむな! 飾れればなんだっていいだろ、正直どうしようか困ってたし……」
「いらない、ってことですね」
(僕も、そう思われるときが来たら……)
 そのとき自分はどんな顔をして、どんな言葉を放つのだろう。何度も何度も考えた、いつか自分以外の人間が彼の隣に立つときのことを。祝福されないこの想いをぶつけてしまわないように押さえ込んでいることに気付かず、彼がどんな残酷な言葉を投げるのかとも。
 自分の諦めの悪さに自嘲しながら虚雲の手を握る。温もりは確かにここにあるのに、何故いつも遠いのだろう。
「雪のようにこの気持ちも溶けて無くなればどんなに楽か……あなたもいつか、僕の前から消えてしまうんでしょうか」
「は? ……お前はどうしたいんだ。俺に消えて貰いたいのか」
 訳が分からないと眉を顰め、怒っていることは声音で明白だ。なのに、虚雲は繋がれた手を振り払うことが出来なかった。射月の手があまりに冷たくて、むしろ握ってないと消えてしまいそうなのは彼だと思ったから。
「どうしたい? 虚雲くんは僕に選択肢をくれるんですか、あなたが選びもしない選択肢を」
「だからっ! 言わなきゃわかんねーって言ってんだろ!」
「好きなんです!」
 その言葉に、ぴたりと口論が止む。突然の告白に虚雲の頭がついていかないのだろう。
「僕は、ずっと虚雲くんだけを見ていました。だから、あなたが僕を見ていないことは知っています。振り向いてくれないことなんて分かりきっているんです! それなのに……あなたは僕に選択肢を投げかけるんですか」
「紅、俺は――」
 断りの言葉など、まして別れの言葉など聞きたくない。選択肢を与えたのは彼のほうだ。
 呟かれる言葉を自分自身の唇で塞ぎ込んで、自由を奪うように抱きしめる。胸を押して抵抗してきたけれど、同じ嫌われるならと長い間唇を塞ぎ次第にその抵抗は弱くなる。
「やっぱり僕は諦めきれない……あなたが、虚雲くんが好きです」
 直接的な言葉と態度をスルー出来るほど鈍くはない。力が抜け射月に寄りかかる形となっている虚雲は何か言わなければと思考を巡らす。
(入り口のも、縁ねえを抱えるときも……嫌だって思ったのは、まさか)
 そんなわけないと思いたいのに、今のキスは嫌じゃなかった。
「あの、虚雲くん……すみません」
「何故ここで謝る!? あれは嘘か、冗談か? 新手の嫌がらせかドッキリか!?」
「いえ、嘘でも冗談でもありません。聖なる夜を祝う場で、そんなことするわけないじゃないですか」
 けれども、勢い余って口づけてしまったのは詫びなければいけない。そう思っての謝罪だったのに虚雲はどこかホッとしていた。
「……ならいい」
「え?」
「じょ、冗談であんなことされてたまるか! ちょっと外で頭冷やしてろ、俺は中からご馳走自慢してやる」
 フラフラとしながらも建物への入り口を目指す虚雲に言葉もないのは射月の方だ。一方的に気持ちをぶつけ、答えも確認しないでキスをして。罵倒だけで済むとは到底思えないのに、それすらない。
「それから、凍えそうになってたら体温めるのに辛い物を差し入れてやる。それで全部忘れてやる!」
「虚雲くん! ……キスは忘れても、僕の気持ちは忘れないでくださいね?」
「気が向いたらな!」
 バタンッと大きな音を立てて虚雲が中に入ったことを確認すると、ツリーを見上げてみる。
(約束、ですよ……)
 大きな星に願いを乗せて。溶けることのない雪の結晶に自分の気持ちを重ねてみたけれど、やはり消すことは無理のようだ。
 拒絶の言葉が無いだけで安らげる今は、この幸せを噛みしめていようと射月は小さく微笑むのだった。
 クリスマスパーティという特別な場で、告白するのもやっとな2人がいるとは思わないくらいに幸せそうな顔で歩くのは、渋井 誠治(しぶい・せいじ)シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)。以前、別の薔薇園でデートしたときには大変な目に遭ったが、今ではそれを思い出話に出来るほど笑いあえる。今度こそ恋人らしく過ごせたら……そんなささやかな願いを込めて、タンブラーを持ちつつ空いている手はしっかりと繋いで薔薇を見てまわっていた。
「この薔薇、あのときのに似てないか?」
「本当ですぅ……あ、また誠治の後ろに」
 バッと言い終わる前に振り返るが、ライトアップされているとは言え、隅々まで見ることは難しい。キョロキョロと安全を確認している誠治に、クスクスと笑い声が漏れる。
「ごめんなさい、冗談なんです。今日は、ゆっくり過ごせると良いですよねぇ」
「脅かすなよ、またあんな目に遭うかと……」
 大嫌いなゴキブリが現れても叫び声1つ上げず、彼女の前だからとクールを装っていたら今度は吸血姫サマのご登場。後から聞いた話だと、防犯装置の誤作動か何かで高まった魔力が悪影響しての大惨事だったようだが、それでも彼女の手は絶対に離さなかった。
(そんなこと、出来るわけないしな)
 何が起きても大丈夫。言葉にしなくても見つめ合った瞳がそう告げているようで、なんだか少し照れくさい。
 寒い冬の風が吹いているのに、繋いだ手から温もりと安心感が伝わってくる気さえする。
「お、噴水も飾り付けられてるんだな。イルミネーションが綺麗だぜ」
 静寂の中で微かに聞こえる水音の方を向けば、道の交差するちょっとした広場には雪の結晶やクリスマスらしいイルミネーションが飾られていて、中央では噴水がその光をキラキラと反射している。思わず足を止めて見入っているカップルもちらほらいるくらいで、シャーロットも例外なく気に入ったようだ。
 そんな中で、自分たちはどんなカップルに見えているだろう。地味だし頼りないし、自分には勿体なさ過ぎる彼女だとはわかっているけれど、ふわふわと夢見がちな彼女をしっかりと自分の元へ繋ぎ止めておきたい。
「あのさ、シャロ」
 噴水の縁にタンブラーを置いて、深呼吸を1つ。プレゼントを選んだときから昨日寝る前まで、どうやって渡そうかと必死に考えた。考えて考えて、結局格好良い台詞の1つも思い浮かばなかったけれど、伝えたい言葉だけは変わらない。
「オレ、シャロのこと好きだ。だからずっと、一緒にいたい」
 繋いだ手を外し、ポケットに入れていた小さな小箱を開くと、そこにはシルバーのペアリング。箱に入ったままでは良く見えないが互いの名前が入っていて、この世に2つとして存在しない自分たちだけの指輪だ。
「誠治……で、でも私サイズなんて教えて」
「大丈夫!」
 慌てる彼女の先ほどまで繋いでいた左手を取り、薬指にはめる。サイズを教えたわけでもないのにぴったりとはまるそれに、シャーロットは驚くばかりだ。
「いつも繋いでる手を、間違えるわけないだろ」
 店員さんは困らせてしまったけれど、とアバウトな注文劇は秘密にしておいて誠治は自分の分の指輪を付けずに小箱を閉じる。
「誠治は付けないのですかー?」
 交換するのかと思っていたシャーロットが少し不満げな声を漏らすが、誠治は恥ずかしそうに手早くポケットにしまい込んでしまった。
「オレはほら、シャロから貰ったマフラーがあるし」
(自分で付けるのも虚しいし、かといって指輪の交換みたいに付けて貰うのも照れるし……それに)
 ゆっくり手に取られたら、名前を彫っていることにも気付かれてしまうので恥ずかしい。ごにょごにょと誤魔化すように呟いている誠治の想いには気がつかず、シャーロットは折角お揃いの指輪を付けて欲しくて、しまわれたポケットへと手を伸ばす。
「うわぁ!? ダメだ、これは、その、えっと」
「どうしてですかー? 私は誠治とお揃いがいいんですぅ……きゃあっ!」
「シャロッ!!」
 彼女の手を逃れようと噴水への段差を上っていく誠治を追いかけ、自分も足をかけたまでは良かったものの、追いかけることに夢中になって足下を確認していなかったシャーロットはしっかり登り切ることが出来ず、後ろに倒れてしまった。
 慌てて引き寄せたおかげで怪我は無かったものの、身長差のある彼女をしっかり抱き留めようと身を屈めていたので、勢いよくぶつかってしまったのだ。お互いの、唇が。
「――ご、ごめんっ! その、ワザとじゃ……」
 付き合っているとは言え、それはもう高校生代表としてお手本になるかのような清い交際を続けてきた2人にとって唇が触れ合うのは初めて。いつか出来ればいいなと胸の内に抱えていても、初めてのそれは特別な日にロマンチックな場所でと夢を描いていたはずなのに。
 こんな風にするはずじゃなかった。俯く彼女になんて言えば良いのかわからず、誠治は優しく抱きしめ直した。
「今度は、ちゃんとするから!」
「……今度?」
 なんとか許してもらおうと、彼なりの必死の弁解。けれどもそれが、いかに恥ずかしい約束だったのか気がつくのは彼女に反復されてからだ。
「違、わないけど違うというか、その、無理にとは……言わないけど」
「……あまり、待たせないでくださいね?」
 必死な自分につられてか、彼女なりに最大限の勇気を振り絞った答え。まさか、恥ずかしがりながらそんなことを口にするのが可愛すぎて、今すぐしたいなんて言えるわけもない。
 そんな顔を誰にも見せるものかと、誠治はもう1度強くシャーロットを抱きしめるのだった。