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バトルフェスティバル・ウィンターパーティ編

リアクション公開中!

バトルフェスティバル・ウィンターパーティ編

リアクション



取材中!

 日本庭園へとやってきたラルフは、見事な景色に熱くなる勇を見守るようにラルフがサポートをしていた。
「この日本庭園はなかなか……。むむむ、この角度かっ! この位置がベストショットかー!?」
 取材のときに動きやすく、かつはしゃいでいると思われないように制服を着てきた勇は色んなポーズで写真を撮りまくる。それこそ、制服が汚れることもお構いなしに、いい写真を撮るためにベストポジションを探すのだ。レンズの向こう側に夢中になる彼女は、何かを見つけては走り出し、突発的な行動で誰かにぶつかってしまったりと気が抜けない状況でラルフは静かに溜め息を吐く。
(夢中になる姿も愛らしいですが、もう少し人目を気にしてもらえると嬉しいのですが)
 閉じ込めたいとまでは言わないけれど、少し目を離した隙に悪い虫に捕まってしまうんじゃないか、無茶をして怪我をしまったら……そんな不安を抱えていることなど知らず、勇は天真爛漫な笑顔で走り続ける。
「勇、そんなに動きまわると最後まで持ちません。競技と違って逃げないのですから、少し休憩にしませんか?」
 次の競技まで少し時間もある。撮りたい写真は沢山あるけれど、本当は大会に出たりと参加する側で楽しみたかった勇は晴れ着を着た女の子を見てシャッターを切る手を休める。
「そうだね、ラルフにも重たい物持たせっぱなしだし。あそこのお茶屋さんで休憩しようっ!」
 日本庭園に馴染む野点。足下にはヒーターがあったりと近代的な物も見られるが、膝掛けと熱いお茶を出してくれるその店は何だかなじみ深い景色だ。
「あまり見慣れない服装の方が歩いていますが、あれは地上の物ですか?」
「んー地上というか、日本の着物だね」
 もし普通の参加者として来るなら、きっと自分も振り袖を着て来ただろう。ギリギリまで悩んだけれど、こんなに面白そうなことなら写真だってたくさん撮りたい。
(……だけど、こんなにたくさん着てる人がいるなら、ボクも着れば良かったかな)
 あまり無茶な撮影は出来なくなってしまうけれど、後悔するくらいなら着てしまった方が良かったかもしれない。冷えていた指先を温めるように湯呑みを握りしめたまま目の前を通り過ぎる同世代の女の子を眺めている勇に、ラルフは気付かないように庭園を眺める。
「とても綺麗な服ですね、勇が持ってるなら振袖を着てくれませんか? 髪飾りとも合いそうですし」
「え、ボクの? あるけど、たくさん着てる人もいるし今更……」
「勇の方が、絶対似合うと思いますよ」
 走り回ってズレかけた髪飾りを付け直すように優しく髪に触れる。着物が見たいのではなく、着物姿の勇が見たいのだ。どうしたら恋心を隠したままその想いを伝えられるだろうかと考えていると、ルイが2つの甘酒を持ちリアは小型飛空艇を押して勇たちの元へやってきた。
「ここにいましたか、わかりやすい所で助かりました」
「ルイさん! どうしたの?」
「少し勇に、相談があったんだ。もし良かったら――」
 リアが小型飛空艇を止めて勇の隣へ腰掛けると、ルイから甘酒を受け取る。一呼吸置いて、切り出された内容は報道志望の勇にとって断る理由が無いものだった。
「うん、やろうっ! これは、もっと気合い入れなきゃ。ね、アルフ」
 嬉しそうにアルフの手を取って立ち上がり、あれもしなきゃこれもしなきゃと話す勇に、今日はもうデートらしいものは出来ないだろうなと微苦笑を浮かべる。けれど、たまにはこうして夢に向かって輝いている彼女も見ていたい。
「しかしリア、よく思いつきましたね」
「笑顔は当人同士じゃなく……もっと多くの者を笑顔に、幸せに出来る。そうなのだろう?」
 最近は笑顔に加えて怪しげなポージングまで初め、どうにかしてスマイル進化を止めなければと頭を抱えることもあったが、その根本にある彼が目指すものは否定したくない。それへと軌道修正するにはどうすれば良いだろうかと悩み疲れたところに思いついた案は、3人に受け入れられたようだ。
(胸の奥が熱くなるような感覚……ルイに影響されたのかも知れないが、悪くない気分だ)
 新しく追加された企画に向けて、もう1度話し合う。沢山の人が手にして喜んでくれるものを作ろうと、4人は熱く語り合うのだった。



速攻! 餅つき大会

 いよいよこれが最後の種目。餅が早くつけても美味しく無ければ意味がないというこの競技、準備だけは時間のかかる物なので地味に朝から行われていたりする。
 初めに餅米を精米仕立てから1週間水につけた物まで20種類近く用意された物から選び、それぞれ炊く。その後からが本番となるので、観客が集まってくるのも美味しそうな餅米の炊けてくる香りが漂い始めてから。他の競技のように派手さも、特に交友関係を広げられそうな利点もない競技だが、参加者はそれなりに集まった。
 クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)は前回のハロウィンで学舎を勝利に導くためとは言え女装を、しかも魔女っ子クラリンとして振る舞うことになってしまったため、そのイメージを払拭させるためにもとジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)と共に参加した。
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)水神 樹(みなかみ・いつき)は恋人同士とは言え今回は敵同士。けれども互いに1人で参加しているので、餅は共同作業としトッピングから勝負だと手は抜かない様子だ。
「いよいよですね、ジィーンさん! ……本当に、その格好でやるんですか?」
 餅つきは武士もやっていたと聞き、青地のシンプルな着物で参加しているクライスに対し、ジィーンは黒地に金の枝にピンクの花が咲き乱れ、ついでに真っ赤な日の丸までも入ってるなんともセンスの悪い着物だった。
「ん? 日本といやぁ桜に日の丸。何か間違ってるか?」
(……まぁ、本人が気に入ってるなら別に構わないんだけどさ)
 少々ゲンナリしながら炊けた餅米を臼へ移す。その臼は自ら用意した通常の物より一回り大きく、要所を鉄とかで補強した臼だ。
「では、早速始めるか。玉潰しからだ」
「はいっ!」
 杵も普通より大きめな杵とうさぎ杵をそれぞれ2本ずつ自前で用意し、この段階では2人ともうさぎ杵を手にとった。
「油断するな、出来も速さもここで決まるぞ!」
「はいっ!!」
 そのスピードに負けないよう、弥十郎と樹も蒸し器の前で楽しく語らっていたのを止める。
「もうすぐ敵同士になってしまいますね」
 同じ学校であったならどれほど良いか。少し残念に思うけれど、互いに高め合うことが出来る場所を用意してくれたのだと時計に目を落とす。
「でもそれはトッピングからだし、今はまだ共同作業でしょ?」
「そうですけど……」
「じゃあ……そんな樹さんにおまじない」
 チュッと小さく音をたてて鼻の頭に落とされる唇。一瞬何が起こったのかわからなくて、樹はパチパチと目を瞬かせた。
「クリスマス、一緒に過ごせなかったし……それに、ササキキッスはスキルじゃないから平等に戦えるし」
 言われて初めてキスをされたのかと鼻を手で覆う。等間隔に離れているとはいえ、他の参加者もいる前でそんなことをされたのかと思うと次第に頬が熱くなる。
「弥十郎さんっ! そんな応援をされたら、イルミンスールが勝っちゃいますよ?」
「どうだろうねぇ。樹さんの可愛い顔も見られたし、ワタシも気合いが入りますよ。それより時間はどう?」
 ついつい話していて時間を気にしていなかった。若干固い程度で引き上げねばならないのに、このままでは柔らかくなりすぎてしまう。料理が得意な2人は手際も鮮やかで、雫が垂れないように蒸し器のフタを取り芯の具合を確認すると、布巾ごと臼へ運ぶ。もちろん臼も杵も十分に水を吸わせているものだ。
「息を合わせていきましょうっ!」
 樹が杵を持ち、弥十郎が返し手をする。離れている時間が多くても、ここは絆の見せ所。恋人同士の2人はリズミカルに餅をつくのだった。
 そうしてやる気満々な2組を余所に、まったりとした空気も流れている。緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)は袴と着物とで仲良く和装で揃えてきたのだが、些か遥遠は不服そうだ。
「遙遠、本当にそれで良かったのですか? こっちの方が色も柄も綺麗で……着たくなりませんか?」
 餅米が炊けるまでの間、くるくると遙遠の前を回ってみては着物をオススメする。普通に着物を着る分には良いのだが、彼女が着ている柄はもちろん女物。過去に女装をさせられたことのある遙遠は、丁寧にその申し出を断り続ける。
「袴で十分です、お気になさらず。ところで、トッピングの材料は遥遠に任せていましたが……」
「はい、鰻の蒲焼きです」
 彩りにも配慮して、漬け物なども持ってきた。餅がお米であることを考えれば、組み合わせ的にもバッチリだろう。
「見た目も味も良さそうなトッピングですね。ますます皆で美味しく頂けることが楽しみです」
 そう、この2人を含めた残り9チーム全てが勝敗など関係なく、皆で楽しく美味しいお餅を食べたいのだと願っている。中には自分が早く食べたいと言う理由で熱心に餅をついている様子も見られるのだが、それでも全力でお祭りを楽しんでくれているのが分かる。高月 芳樹(たかつき・よしき)アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)も持ち慣れぬ杵や返すタイミングを計りながらおっかなびっくりとつき始めたようだ。
 そんな和やかな空気に気がつかないまま、クライスとジィーンは最後の叩きに入る。ジィーンは上を脱ぎ杵を大きな物に持ち替えて、最も映え人を魅せる瞬間だと気合いを入れている。
「……行くぜ、クライス!」
「ここからが本番、ですね」
 補強した臼など自前で持ってきたのは、2人でヒロイックアサルトを使用して餅をつくから。巨大な獲物を腕一本で構え、大上段からの一撃で敵を叩き潰すフェイタルブロウなら、餅つきに応用出来るのではと考えたのだ。
「はい!」
「はいっ!」
「はい!!」
「はいっ!!」
 返し手をつけず、互いのかけ声でタイミングを合わせてどんどん餅に艶が出てくる。つきあがった餅の具合を調べて、ジィーナはニヤリと満足げな顔をする。
「これで冷ませば鏡餅の完成だな……っと、速攻餅つき大会だったか」
「はい、トッピングまでが勝負です。この早さに追いつける方はいないでしょうし、これで薔薇学も――」
 そう言いかけて周りを見る。確かに自分たち薔薇学は真っ先に餅を用意して、あとはトッピングをして届けるだけ。けれど、そう気負った人物はどこにも見あたらない。敵同士になることを危惧していた弥十郎と樹も、次第に周りの空気に感化されたのか仲睦まじくそれぞれのトッピングの話をしながら餅をついている。
「これは……競技で、試合だったはずじゃ」
 どうしてこんなにも和やかなんだろう。そう不思議に思っていると、同じ薔薇学のナイト・フェイクドール(ないと・ふぇいくどーる)がチョコレートとプリンを腕にいっぱい抱えてやってきた。
「わぁー! すごいです、お餅です! ボクはまだ、できてないですが、おいしそうです!」
「……君も、薔薇学生? どうして早く餅をつかないの?」
 もしかして、自分は何か競技を誤解していただろうか。そう思って聞き返せば、ナイトはパチパチと目を瞬かせる。
「え、早く餅つきをするのですか? そんなもの考えてないのです! 頑張ってペッタンペッタン打って、みんなで食べるです!」
「みんなで――」
 その言葉にクライスはもう1度周りを見る。勝負など関係ない、餅つきを楽しみ美味しい物をみんなと食べたい。そのために頑張っているんだ。
「……俺らの負けだな、クライス」
「悔しいですけど、そうですね。僕らは本質を見抜けなかったのかもしれない」
 そうして苦笑する2人の考えがわからず、ナイトは小首をかしげてしまう。
「えっと、えっと。ボクはナイト! プリンとチョコレート、お餅と食べよう!」
「僕はクライスです。そう言えば、最近プリン大福とか生チョコ大福とかあるってジィーンさんも言ってましたっけ」
 ちらりと見上げれば、それも悪くないという顔をしたジィーンが少し考えて手を差し出す。
「俺はジィーン。なぁナイト、甘いのは好きか? キャラメルなんていいと思うんだが」
「好きー!! 甘いの、大好きっ! ジィーンさん、ジィーンさんっ! 甘いお餅、早く食べようっ」
 パタパタと尻尾を振りながら、作業台へと急ぐナイト。まるで新しい弟が出来たかのようなくすぐったさに微苦笑を浮かべつつ、2人は餅つき大会を勝負など気にせず楽しむのだった。