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第2章 泉の謎を解明せよ

 愛美やマリエルに先行していた生徒達は早速、現場の調査を開始する。
 と、その前に。
「みんな、良ければメールアドレスを教えて欲しいの……情報が少な過ぎるわ。どう解決するべきか決めるために、まずは情報を集めないと。定期的に情報交換をしましょう」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)が、パソコンを抱えて呼びかける。
 アドレス交換を終えた生徒から、各々の思う行動へと移っていった。
「俺も、携帯の番号とメルアドを教えることにしよう」
 ジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)も、リネンと連絡先を交換した1人。
 情報を共有することで、少しでも効率的に調査を進めたいと考えたのだ。

「パラ実の人が皆悪人ってわけじゃないと思うのだけど……もしかしたら泉の住人が被った何かしらの災禍から、パラ実生が助け出そうとしているのかもしれないよね」
 誰よりも早く、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は泉へ到着していた。
 自らの【信じる心】の赴くまま、武器は身に付けていない。
 そこへ現れた、1人のパラ実生。
「あの……私はあなた達を悪者と決め付けたくないの。悪いこと、してませんよね?」
 おずおずと訊ねてみると、『そりゃもちろん』とのお返事が。
 ほっと胸を撫で下ろしたアリアだったが……パラ実生に、後ろ手に掴まってしまった。
「いっ、やっ、あぁぁぁんん! だ、だめっ、やめてええええ!」
 足をジタバタするも、離してくれそうにない。
 抵抗虚しく、縛られて放置されてしまう。
 仲間達が助けに来てくれるまで、アリアは裏切られた暗い気持ちのままで独り過ごしていた。
「大丈夫!? 今ほどくから。たとえ相手が相容れない存在だとしても……ボクはその心を信じたいんだ!」
 メルティナ・伊達(めるてぃな・だて)も、アリアと同じくパラ実生達は無罪だと信じている。
 しかしながら、パラ実生とって他校生のメルティナは敵と認識されるだろうとも予想していた。
 こっそりアリアを助けて、仲間のいる樹や茂みの陰へと戻る。
「泉に住む妖精……といったところでしょうか。でも以前から住んでたってわけじゃないんですよね」
 リチェル・フィアレット(りちぇる・ふぃあれっと)は泉調査隊の一員として、パートナーとは別行動をとっていた。
 パートナーである七瀬 瑠菜(ななせ・るな)は、パラ実生との接触を計っていることだろう。
「歌声にある程度危険な要素が含まれるのであれば、それを狙って波羅蜜多さん達が拉致とかしたとも考えられます。ひょっとしたら歌に惹かれて〜ってパターンかもしれませんな」
 害の無いことを願いつつも、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)の脳裏に過ぎる考え。
「歌を歌っていた者は泉の中におって、毒でも流されて困っとるんとちがいますかねぇ?」
 玲のパートナーであるイルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)も、可能性を口にする。
 何も判っていない現段階では、どのような仮定でも成り立つのだ。
「前は決まった時間に歌ってたということですが……そろそろですね」
 リチェルが事前に村人達に教えてもらっていた時刻は、午前10時。
 忍び足で泉に近附き、覗いてみたのだが……何も起こらない。
「ああ」
 一緒に泉を覗き込んでいた弐識 太郎(にしき・たろう)の鼻についたのは、泉から上がってくる悪臭。
 くんっと鼻を動かし、悟ったように感嘆詞を発する。
 油のような、工業廃棄物の臭いだ。
「なるほど」
 今度はジェイコブの隣で、泉の水質を調べ始める太郎。
 汲んでみた水は明らかに、人為的に汚されていた。
「さて……パラミタの連中が流し込んでいる物が気になるな。流し込んでいる、という事は液体か何かか?」
 考えながら、泉を覗き込んでみるジェイコブ。
 もともとの色を知っているわけではないが、どうも黒々としすぎている気がする。
「かもな」
 ジェイコブの言葉を聞き、太郎も静かに頷いた。
 表面の水をすくうと、細かいごみや油性の液体が浮かんでいる。
「もしパラ実生が泉に何かの異物を流し込んでいるのならば、魚や水生昆虫の死骸などがあるはず」
 太郎がすくった泉の水を、メルティナも覗き込んだ。
 何やら小さな虫の死骸が浮いているものの、死因を特定するのは難しそう。
「こうなったら……」
 どこからともなく網を取り出しすと、それで泉をさらい始める。
 魚の死骸は出なかったが、代わりに鉄くずやネジなんかが網に引っ掛かった。
「こんなものが掛かったんだよ、どう思う?」
 メルティナは、ジェイコブと太郎とも状況認識を共有する。
 幾つかの可能性が考えられるものの、確信が持てるような情報でもない。
「……」
 黙ったままで携帯を開き、太郎はメールを打ち始める。
 太郎もまた、リネンとメールアドレスを教え合っていた。
 とりあえずこれまでの調査で判明した事実を、太郎が代表してリネンへと伝える。
「この先に、何かあるかもしれない」
 泉の周辺に存在する複数のバイクのタイヤ痕は、辿ってみればどれも同じ方角へと向かっている。
 玲はパラ実生達の行動の痕跡を探るために、タイヤ痕を辿ってみることにした。
「……泉が汚染されているな、元に戻れば良いんだが」
 玲とともに、ジェイコブも隠れながらタイヤの跡を追ってみることにした。
 堂々とタイヤ痕を辿らないのは、スムーズな問題解決のためにも戦闘を避けようと思っていたからだ。
 太郎とメルティナも、やはり接触は回避する方向で泉周辺での調査続行を決めた。
「おや、バイクの音が聞こえてきましたなぁ」
 イルマの耳に届いたエンジン音は、2台以上の複数の音。
 泉を調査している面々へ、警戒を促す。
「……景色を眺めていただけだ」
 同じパラ実生としてそれとなく紛れ込んでいたのだが、見ない顔に相手も警戒したのだろう。
 やってきたパラ実生に、何をしていたのかと追求されてしまった。
 穏便に済ませようと、太郎は言葉を選ぶ。
 絡んできたパラ実生も、『それなら良い』と言い残して再度、バイクへとまたがった。
「パラ実の連中、あんな所で何をやってるんだ?」
 小さくごちり、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)はパラ実生を観察している。
 一定の調査を終えて、他の生徒達もいったん泉から離れたところだ。
 遠くから、バイクのエンジン音が聞こえてきた。
「はっきりとは判らないか、しかし……」
 亮一は、思わず鼻をつまむ。
 結構な距離があるはずなのだが、臭いとは遠くまで届くようで。
「えぇ……それにあの方々、ご自分の意志で動いているように見えますわ」
 臭いはもちろんだが、高嶋 梓(たかしま・あずさ)にはそれ以上に気になることがある。
 パラ実生の挙動を見ていると、どうも操られているわけではなさそう。
「いったん戻って、みんなと情報を交換しよう」
 顔は泉から離すことなく、梓へと告げる亮一。
 確信を持つにはいたらずとも、充分な情報を仕入れることができたのだった。