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学生たちの休日2

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学生たちの休日2
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    ☆    ☆    ☆
 
「せっかく、屋台を楽しみにしてたのに残念なことになっていたね」
 神野 永太(じんの・えいた)は、なぜか破壊されていた屋台の残骸を見て、残念そうに言った。
「いずれにしろ、焼き栗程度の摂取量では、わたくしにとっては満足なエネルギー補充になりませんから、状況に変化はございません」
 素っ気なく答えると、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)はすたすたと公園を出て行った。
「これこれ、待ちなさい」
 保護者然として、神野永太は彼女の後を追いかけた。
 どういうわけか、今日の燦式鎮護機ザイエンデは機嫌が悪い。いや、今日だけでなく、ここしばらくという感じだろうか。明るくしてくれていれば、亡くなった妹そっくりでかわいいのだが。
 商店街に出た燦式鎮護機ザイエンデは、「銀の月」の前を通り過ぎて、メインストリートを言葉もなく進んでいった。
「おっ、新しくできた店かな。セールをやっていますよ。ちょっと見ていきますか?」
 そう言うと、神野永太は燦式鎮護機ザイエンデの手を引っぱった。
 ちょっと複雑な表情で、燦式鎮護機ザイエンデが、つながれた二人の手をじっと見つめる。
「あの服とか、ザインに似合いそうじゃないか。それとも、あっちのドレスかなあ。こう見えても、永太は服選びは得意なんですよ。昔から、女の子の服なんかも結構選んだりしていましたし……」
「結構です。必要ありません」
 そう言うと、燦式鎮護機ザイエンデは神野永太の手をふりほどいてまた歩き出した。どこへむかっているわけではない。むしろ、自分はどこへむかいたいのだろうか。
「どうしたんですか。ずっと機嫌が悪いじゃないですか」
 意を決して、神野永太は訊ねてみた。
「……私は貴方の愛玩人形ではありません。……ましてや、貴方の妹でもないのです」
 そう言い放つと、燦式鎮護機ザイエンデはさらに先へと進んでいった。思わず、神野永太は一人立ち止まってしまった。
 気がつきもしなかった。いや、気づいていても、ザイン自身のことまで考えてはいなかった。パートナーであるザインはかわいい。そして、神野永太の中では、かわいい物、イコール、亡くなった妹と等価の物という図式がいつの間にかできあがっていたらしい。
 それは、ザインという個人を否定しかねないことだ。
「なんで馬鹿だ」
 神野永太は、あわてて燦式鎮護機ザイエンデの後を追いかけていった。
 一方の燦式鎮護機ザイエンデは、混乱していたというのが正しい。
 戦闘用機晶姫『月花燦式鎮護機一型改』として、余分な感情は一切廃してきたつもりであった。そもそも、彼女は自分に感情があるということすら信じてはいない。
 そのはずであった。
「なのに、わたくしは、今、いったい何をしている……」
 そうつぶやかずにはいられない。
 神野永太が、妹の姿を自分に重ね合わせているのは事実だ。だが、それになんの不都合があると言うのだろう。本来、それによって、メリットもデメリットも発生しないではないか。いや、永太の感情値が安定するというメリットはある。では、なぜ自分か不安定になるというデメリットが発生するのだろうか。
 思考は、くるくる回る。それは、止まるきっかけを知らないスパイラルだ。やがて、加速度を増した思考は、近づく者すべてを、その回転で弾き飛ばしてしまうだろう。その結果、何が生まれるのだろう。台風の目のように、中心には、ぽっかりした思考の空白、無が生まれるのだろうか。やがて、すべての思考はそれに呑み込まれ……。
「ザイン!」
 強い力で腕をつかまれて、燦式鎮護機ザイエンデは立ち止まった。
 巡る思考が一点で止まる。巡る思考を空回りさせるのも、しっかりと受け止めてくれる者も……。
 燦式鎮護機ザイエンデは、自分だけを見つめる真摯な瞳を見つめ返した。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「本当にすみません。この年末の大変な時期にお買い物につきあっていただけるなんて、本当に助かります」
「いやあ、喜んでもらえて本望や。なあ、磁楠」
 嬉しそうに言う小尾田 真奈(おびた・まな)に、七枷 陣(ななかせ・じん)はたいしたことじゃないと答えた。
「私は、本意ではないんだが……」
 七枷陣同様、たくさんの紙袋を両手に持った仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)が不満気に言った。
「それは関係ない。つべこべ言わずに、男なら黙って荷物運べや」
 にべもなく、七枷陣は、仲瀬磁楠に言った。
 それとは関係なく、小尾田真奈は、とにかくこの機会にすべての年末年始の買い物をすませてしまおうと大張り切りだ。
「次は、お魚屋さんに行きますのでお願いします」
「まだ、買うつもりなのか」
「ええ、もちろんです」
 少し驚愕する仲瀬磁楠に、小尾田真奈は真顔で答えた。
「すいません、そこの新巻鮭くださいますか」
「へいまいど」
 巨大な新巻鮭をさして、小尾田真奈が魚屋のオッサンに言った。
「五十ゴルダです」
「すみませんが、もう少し負けてくれませんでしょうか」
「じゃあ、四十八ゴルダで」
「お願いします、おじさま。後ろで怖いお兄さんたちが、私の買い物を待っているんです。うるうるうる……」
「しかたないなあ、えーい、四十ゴルダでどうだ。もう底値だよ」
「ありがとう、おじさま。でも、これはちょっと大きいですね。ああ、その隣にある少し小さいのがちょうどいいかもしれません。でも、小さいですから、もう少し安くて、三十ゴルダでいいですね」
 なんだか、恐ろしい展開で新巻鮭が値切られていく。
「おい、あの鮭、隣のが小さいと思うか?」
「いや、私には判別不可能だ」
 七枷陣と仲瀬磁楠が、小声でささやきあう。
「いくらなんでも、それは無茶な……」
「私たちは、早く帰らないといけないんです。御主人様、これを持ってくださいますか?」
 そう言うと、小尾田真奈は、七枷陣に新巻鮭を押しつけて持たせた。
「しかたないなあ」
 もう半ばやけくそで、魚屋が折れた。だが、まだ甘かったのだ。
「えっ、磁楠様、まあ、あなたもお持ちになりたいのですか。しかたありません、魚屋さん、この最初に選んでた新巻鮭、一本サービスで……」
「ええええーーー!!」
 魚屋と七枷陣と仲瀬磁楠が同時に叫んだ。
「はい、四十ゴルダです。さあ、行きましょう、御主人様」
 呆然とする魚屋に四十ゴルダを押しつけると、小尾田真奈は二本の新巻鮭とともに魚屋を去っていった。
「あの……、いつも、あんなふうにして買い物してるんか?」
「もちろんです。家計を預かる身としては、当然のことだと思いますが」
 どん引きしている七枷陣に、平然と小尾田真奈は答えた。
「それにしても、あれはちとやりすぎだと思うのだが……」
「うん、魚屋のおっちゃん、半べそだったよな」
「それがなんだと言うのです。買い物は戦いなのです。この戦いに勝利なくしては、新しい年は迎えられません。二人とも、身も心も引き締めて、次のお店ではもうちょっとうまくやってくださいね」
「まだ買うのか……」
 力説する小尾田真奈に、二人は絶句した。
「当然です。さあ、行きましょう」
 そう言うと、小尾田真奈は年末の人混みをかき分けるようにして歩き出した。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ええと、どの本を見たらいいんでしょう」
「そうですねえ、時期も時期ですから、これなんかどうでしょう」
 本屋の料理書コーナーに張りついた六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)は、棚の中から『クリスマースディナー百科』と、『おせち料理百珍』という本を取り出して見比べた。
「ミラさん、どちらがいいのかしら」
「それは、御自分でお決めにならないと」
「そうよね、今回は自分で作るって決めたんだから。ええと……」
 迷いつつも、六本木優希は両方の本を購入した。とはいえ、今日作るのはクリスマスの方だ。おせちの方は、後日に備えてということになる。
「さて、具材を買わなくちゃいけないのだけれど……」
 街路のベンチに座って本を広げながら、六本木優希は頭を悩ませた。
「迷っておいででしたら、いきなり難しい物は大変ですし、簡単な煮込み系をおすすめいたします」
 具体的な料理の名前を挙げないように注意しながら、ミラベル・オブライエンは助言した。
「とにかく、作る物を決めて、その食材を余すことなく買い集めるのが、料理の基本ですわ」
「そうなんだ。うーん、じゃあ、ポトフにしましょう。これなら、簡単でおいしそうですもの」
「ええ、すばらしい選択ですわ」
 決断を下した六本木優希に、ミラベル・オブライエンはニッコリと微笑んだ。
 アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)の話では、昔の六本木優希は自分では何も決められない性格で、ずっとそれを気に病んでいたという。それが、パラミタで様々な経験を積むうちに少しずつ自立していく姿は、アレクセイ・ヴァングライドの言葉を借りれば感動的だったという。ミラベル・オブライエンとしても、仕えるべき主として、六本木優希の成長を手伝えることはとても喜ばしいことであった。
 めいっぱい野菜を詰めた紙袋をかかえて、六本木優希が帰ってきたのは、もう日もすっかり落ちた頃だ。最終的にこれでいいかミラベル・オブライエンに確認したとはいえ、すべての野菜は六本木優希が吟味した物だ。ソーセージも、年末特売で思ったよりも上等の物が手に入った。
「お帰り。ずいぶんと遅かったけど、がんばったみたいだな」
「ごめんね、すぐに取りかかるから」
 出迎えてくれたアレクセイ・ヴァングライドに手短に言うと、六本木優希は一直線にキッチンへとむかった。
 買ってきた本を開くと、まずよく一読する。
 ポトフ自体の作り方は比較的簡単だ。皮をむいた野菜を適当な大きさに切り、ソーセージとともにコンソメで煮るだけだ。柔らかく煮えたら、塩こしょうで味を調える。本場だと、具とスープを別々の容器に盛ったりするのだが、家庭料理であればそのままスープ皿に入れたのでいいだろう。
 言葉にすると簡単なのだが、実際にやるとなると、野菜の皮むきが結構大変な作業となる。
「ピーラーを使えば、ある程度簡単ですわよ」
「ううん、一度包丁でやってみる」
 ミラベル・オブライエンのアドバイスに礼を言いつつ、六本木優希は包丁でニンジンの皮むきに挑戦した。
「きゃあっ!」(V)
 当然の結果というか、固いニンジンを持つ手がすべって、ざっくりと指を切ってしまった。
「ティッシュ……」
 血止めのためにあわててティッシュを押しあてた六本木優希であったが、血を拭き取ると、そこに傷はなかった。
「あわてないようにな。便利な道具を使うのは、悪いことじゃない」
 ソファーに座ってテレビの方を見ているふりをしたアレクセイ・ヴァングライドが、指でヒールの印を結んだ右手を挙げながら言った。
「うん」
 ミラベル・オブライエンに手渡されたピーラーを手に取ると、六本木優希はショリショリと皮をむいていった。
「料理は、科学みたいな物ですから。いい加減なことをしないで、ちゃんと分量と火加減を守れば、必ずおいしい物ができます」
 ミラベル・オブライエンに言われて、レシピ通りに慎重に火加減や調味料や水の量を守って、六本木優希は調理を進めていった。
 多少危なっかしいところもあったが、夜も遅くなって、無事にポトフは完成した。
「さあ、遅くなってごめんなさい。食事にしましょう」
 熱々の鍋を運びながら、六本木優希は言った。
 この展開は危険だ。
「あっ……」
 お約束通り、六本木優希が躓いた。だが、鍋敷きを持ったアレクセイ・ヴァングライドが、さっと下から鍋をすくい上げ、ミラベル・オブライエンが素早く後ろから六本木優希をささえた。
「あ、ありがとう……」
 最後の最後で失敗しそうになって、六本木優希が恐縮する。
「なんのなんの。パートナーの出した結果を守るのが、俺様たちの仕事だからな。そうだろ?」
 アレクセイ・ヴァングライドの問いかけに、ミラベル・オブライエンがうなずいた。
「さあ、みんな一緒に食べようぜ!」
 
    ☆    ☆    ☆
 
「うーん、よく分からないなあ……」
 蒼空学園のデータベースを検索しながら、樹月 刀真(きづき・とうま)は頬杖をついて唸った。
「何を調べている……の?」
 後ろにやってきた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、不思議そうに訊ねた。
 モニタには、剣の花嫁についての情報ウィンドウがいくつも開かれていた。
「私のこと?」
 ちょっととまどい気味に、漆髪月夜が聞いた。
「うーん、まあ、剣の花嫁全般についてなんだけれど。剣の花嫁ってなんなのだろうかなって思ってね。月夜の昔の記憶がはっきりしていれば、簡単なんだろうけれど。だって、光条兵器の鞘に、なんで人を使う必要があるんだろうって思うじゃないか。普通に、機械とかで作ればいいんじゃないのかな。そんな必要のないことで、月夜たちに俺たちが負担をかけているとしたら……」
「ううん、それは……ないよ」
 そう言うと、漆髪月夜は、椅子に座っている樹月刀真の後ろから彼をだきしめた。
「だって、私は自分が剣の花嫁だったから、刀真に逢えたと思っているもの」
「それは……、ああ、そうだね」
 そう言って、樹月刀真は漆髪月夜の手を握りしめた。
 それにしても、光条兵器とはなんなのだろう。多種多様な形状や、人によって違う発動条件。まだまだはっきりしない秘密が隠されているのかもしれない。
 噂では、今までの物とは比べることもできないほど強力な威力と特殊能力をもった光条兵器が目撃されたという話もある。もし、そのような物があるとしたら、いったいどんな剣の花嫁が、それを持っているのだろうか。そして、なぜ、そのような剣の花嫁が存在するのだろう。
 あまり深く考えてもしょうがないのかもしれない。今自分にできることは、その光条兵器をしっかりと自分の一部として使いこなせるようにすることだ。
「訓練場に行くよ、月夜。玉藻が待っている」
「はい」
 ファイルを閉じると、樹月刀真は訓練場へとむかった。
「遅いのだ、刀真」
 闘技場では、待ちくたびれていた玉藻 前(たまもの・まえ)が、ちょっと怒っているかのように大声で樹月刀真を迎えた。
「すみません、結局よく分からなかったもので」
「頭で考えて分からないのであれば、身体で覚えればよいであろう」
 あっけらかんと、玉藻前が言った。
「そうですね。玉藻、本気でお願いします」
「うむ」
 一礼する樹月刀真に、玉藻前が真顔で答える。
「月夜、お願いします」
「はい」
 樹月刀真は、パートナーの漆髪月夜に手をのばした。
 むぎゅっ。
「刀真、そこ、違う……」
「ああ、いや、その、間違えた!」
「ふっ、戦いの前に月夜の胸を鷲掴みか。見直したぞ刀真!」
「そこ、感心しないでください!」
 大あわてで、樹月刀真は、漆髪月夜のへその上あたりにあらためて右手をあてた。光が集まり、光条兵器の柄の部分に変化する。少し前屈みだった月夜が、下にむけた両手を軽く開いてやや後ろにのけぞった。
 刀真は勢いよく光条兵器を持った手を引いた。片刃の黒い刀身が、月夜の身体からすらりと抜き放たれる。
――本当に、剣の花嫁は、光条兵器の鞘でしかない存在なのだろうか……。
 樹月刀真は、そんな思いごと振り払うように、光条兵器を振って右中段に構えた。
「樹月刀真、推して参る」
 すっと、剣を上段へと移行させる。
「よかろう、かかって参れ!」
 言うなり、挨拶代わりに玉藻前が火球を樹月刀真に放った。あまり手加減しているようには見えない。
「火を……断つ!」
 樹月刀真は、炎をイメージして、その火球を真っ二つに叩き割った。
 微妙な、物としての手応えがある。今斬った物は、魔法その物ではなく、火球という形を持った物体だ。
「光条は、使い手の設定した物や意識した物だけを斬る。それゆえに、敵にとっては、物理防御は無意味となる。ただ、意識が乗る分、魔法防御には乱されるようであるがな」
「では、相手を傷つけずに、武器だけを破壊することも」
「たやすい」
 玉藻前が、即答した。
「だが、武器や鎧になんの意味があろう。特に、我のような者たちにとっては!」
 黒髪を振り乱して、玉藻前が腕を振った。アシッドミストの固まりが、樹月刀真にむかって飛んでくる。極端に範囲を狭めて密度を高めているため、球状の酸の固まりとあまり変わりがない。
「なんでも斬れるのであれば……」
 樹月刀真は、自分の手前右の空間を斬った。直前まで迫っていた酸の固まりが、くいと軌道を変えて樹月刀真を外れる。
「大気を斬って、風の流れを作ったか」
「今度は、こちらから行くぜ」
 一呼吸ためて、樹月刀真が飛び出した。下段から突き上げられる漆黒の光剣を玉藻前がジャンプ一番避けて見せた。その身軽さは、玉藻前の出自によるものだ。
「次の動作が遅い」
 言いつつ、玉藻前が氷つぶてを放った。散弾では、避けようがない。樹月刀真は身をひねって剣を振るった。剣を炎がつつみ、長い尾を引く火流となって氷つぶてを薙ぎ払った。爆炎波を、ヒロイックアサルトで強化したのだ。
「我の技を使うか。ならば、そろそろ本気を出さねば失礼というものであるな」
 危なくないように訓練場の隅に避難した漆髪月夜は、はらはらしながら二人の戦いを見守っていた。だんだんと、二人とも本気になってきたようだ。交わす言葉も、いつもとは違って荒々しいものに変わってきている。
 激しく体(たい)を入れ替えながら、二人がぶつかりあう。玉藻前は、長刀(なぎなた)を使って、樹月刀真を牽制していた。決して、刃を交えることはしない。そんなことをすれば、武器は光条兵器に壊されてしまう。
 その思い切りのなさが、一瞬の隙を生んだ。懐に飛び込んだ樹月刀真が、光条兵器を一閃させる。光の刃が、確かに股のあたりから肩にむけて斬りあげた。だが、肉体を避けるようにしていたため、玉藻前に怪我はない。
「不覚であった」
 あわてて、跳ね退いて玉藻前が間合いをとる。その直後、彼女の顔が変わった。
「刀真! いったい、今、何を斬ったのだ!!」
 顔を真っ赤にして、玉藻前が叫んだ。
「えっと、下着……かな」
 しれっとした顔で樹月刀真が答えた。
「ほざけ小僧が、自分の立場を分からせてやる!」
 ぐっと床を踏みしめると、玉藻前が白面金毛九尾の狐の本性を顕わにした。九つの尾が、裳裾の後ろを持ちあげるようにしてピンと立つ。
「ふっ、見えますぜ」
「うるさい! 我が三尾より氷がいずる!」
 玉藻前の尾の一つが弾けて消えた。直後に、樹月刀真の周囲を取り囲むようにして、幾本もの巨大な氷柱が地中より飛び出してくる。
「我が一尾より炎がいずる!」
 玉藻前の声とともに再び尾の一本が消え、替わりに樹月刀真を閉じこめた氷柱の間に炎の嵐が巻き起こった。さらに……。
「我が二尾より雷がいずる!」
 最後に炎が雷に打たれ、氷柱の内部がプラズマ化した。直後に、氷柱が内側に次々と崩れて内部を押し潰す。
「ふむ、中にいたのであれば、最期であろうな。さらば、刀真」
「ええ、危ないところでした」
 手を合わせる玉藻前の横で、いつの間にそこにきたのか、樹月刀真がつぶやいた。
「刀真、なぜ生きている」
 横目で樹月刀真を睨みながら、玉藻前が訊ねた。
「月夜が、寸前にハンドガンで氷柱に穴を開けてくれました。ぎりぎりのタイミングで、光条兵器でそれを広げて脱出を」
「月夜に助けられるとは、未熟な」
「はい。ではお覚悟を。今度は、鎧だけ真っ二つに!」
 そう答えると、樹月刀真は大上段から光条兵器を玉藻前に振り下ろした……はずだった。
「あれ? 光条がなくなっている……」
「刀真、月夜から離れて、何分たったと思っている。この未熟者があ!」
 叫ぶなり、玉藻前がジャンプして身体をひねった。ふさふさのしっぽが、樹月刀真の横っ面をはり倒しす。
「うげぼ……」
「月夜、この気絶した未熟者を介抱するがよい」
 むき出しになりかけたおしりを、あわててスカートで隠しながら玉藻前は言った。