百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

絵本図書館ミルム(第1回/全3回)

リアクション公開中!

絵本図書館ミルム(第1回/全3回)

リアクション



8.絵本のある場所


 どこかで誰かがしゃくり上げて泣いている。
 デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)は溜息をつくと、光学迷彩を解いた。白うさぎの着ぐるみに黒スーツという恰好では子供に絡まれそうだからと、姿を隠していたけれど……泣いている子供を放っておく訳にはいかない。
「……泣くな」
 裾で涙を拭いてやってから、デューイは子供を迷子預かり所になっている庭へと連れて行った。本の整理に戻ってくると、閲覧コーナーに座っているミレイユがこっちこっちと手招きした。
「休憩をもらったから、みんなで絵本を読もうよ」
 ミレイユはもう絵本を確保している。作業中もずっと気にしていた水彩調の絵本だ。デューイもシェイドも読みたい絵本を探し、ミレイユの両側に席を取って広げた。
 しばらくは静かにそれぞれの世界に没頭していたのだけれど。
「く……っ、あは、は……」
 絵本を読むミレイユの肩が震え出した。読んでいる絵本は『うさぎとおおかみ』。何故か仲良しなウサギと狼の話だ。
「この2匹、ものすごくあほなことして浮かれてるんだけど……デューイとシェイドを重ねてみたら……あはっ……あまりのギャップに……」
 自分たちに重ねられてると聞き、デューイとシェイドもその絵本を読んでみた。ひたすら間抜けにはしゃぎ回る脳天気なウサギと狼……。
「こんな事しませんよ」
「だから、ギャップが……」
 シェイドのツッコミも意に介せず、ミレイユは肩を揺らし続けるのだった。


 絵本図書館に並ぶ数多くの絵本。
 そのどこに手をのばすのか、どれを手に取るのか。それは不思議な巡り合わせと出会いの妙――。

 図書館にあるのが絵本だけと知り、最初は残念がっていたクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)だったが、読んでみると意外と面白い。おまけに周囲には年下の子供がいて、普段は味わえないお姉さん気分を満喫できる。
「どれ、わらわが朗読してくれようぞ」
 子供部屋に置いてあった絵本から地球産の1冊を選ぶと、クレオパトラは気分良くその朗読を始めた。題名は『嘘吐きな猫』。動物が仲良く暮らす森でのお話……。
 村で一緒に育ったミアとワウ。2人はお互いがとても大好きだった。しかしある日、ワウが病気で寝たきりになってしまう。ミアが森の奥にひっそりと住む魔女に相談に行くと、魔女はワウを元気にする魔法を掛けてくれた。だけど……。
 クレオパトラが朗読するのをヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)はニヤニヤしながら眺めていたが、ふと呟いた。
「……その魔法には代償が必要だったのです」
 その呟きと朗読がぴったりと重なる。クレオパトラが選んだのは、ヴェルチェが子供の頃に読んだことのある絵本だった。ヴェルチェの記憶の通りに、魔女はミアに魔法の代償を話す。
『ミア、これからあなたはずっと嘘を吐き続けなければならないの。もしも誰かに一言でも本当のことを話したら、この魔法は解けてしまうわ』と。
 ワウの為に嘘を吐き続けるミアを、森の仲間達は避けるようになり、そして遂にはミアを信じていたワウもまたミアから離れてゆく。けれど、どんなに悲しくてもミアは嘘吐きをやめない。魔女はそんなミアを不憫に思い、一緒に暮らすように勧めた。ミアは森の奥の魔女の家で、命尽きるまで嘘を吐き続ける。
『ワウなんて大嫌い。ワウなんて死んじゃえばいいのに!』
 そう語り終えたクレオパトラは絵本を閉じた。
「何やら物悲しい絵本じゃな」
 話を聞いていた子供たちはぐすぐすと泣いている。絵本の選択を間違えたか、と思って巡らせたクレオパトラの視線が、ヴェルチェと合った。抱えたクッションに顎を載せ、銀の目はまたたきもしない。そんなに真剣に聞いてくれたのかと思うと気恥ずかしく、クレオパトラは絵本の表紙に描かれた2匹の絵を指でなぞった。
 人が絵本を選ぶのか、絵本が人を選ぶのか――。
 そしてまた不思議な縁に引かれて、1冊の絵本が選ばれる……。
「……ん、この本は……」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)の手が探し当てたのは、2人の騎士と女王の物語。どこかで聞いたような……と考え、噂の中にあった絵本だと思い当たった。まるで読まれることを望んでいるかのように感じられて、天音はその絵本を手に閲覧用の席についた。
 天音が開いた絵本をブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が覗き込む。が、
「ふむ、これも文字が少なく絵が多いのだな」
 専門書を好んで読むブルーズには、絵本の文字量は物足りないらしく、すぐに興味を失った。
「絵本というくらいだからね」
 天音は軽く笑うと、絵本を読み始めた。
 その物語の概要は、
 ――世界の裏側の流れを暴れ回る怪物に世界を壊されてしまわぬように、2人の騎士が怪物をおさえこみ、大地ごと世界の外に切り離してくれと女王に頼んだ。女王は泣きながらその頼みを聞き入れ、怪物と2人の騎士が閉じこめられた大地は島となって世界を離れた。騎士は今でも怪物をおさえ続け、女王の嘆きは涙の壁となった――。
 というもの。
 イルミンスール大図書館にあった本と同一ではないが、記されている内容はほぼ同じだ。
 天音が絵本を読んでいる間、ブルーズは何をして退屈を紛らわそうかと考え、天音の睫毛に目をつけた。本を読んでいる為に顔は俯き伏し目がち。睫毛の本数を数えるには絶好のポジションだ。
 睫毛が1本、睫毛が2本、睫毛が……。
「……ブルーズ、何?」
 天音が本から目を上げずに問う。
「うん? 何とはなんだ?」
「さっきから視線を感じるんだけど」
「…………」
 これだけ注視していれば、視線を感じて当然だ。なおもブルーズは睫毛を数える作業を続けようとしたが、天音は目を上げてしまう。
「退屈なら退屈と言えば良いのに」
 退屈だ。
 そう答えようとして、自分がもう退屈を感じていないことにブルーズは思い当たった。天音の睫毛観察は十分退屈しのぎになったようだ。だからこう答えた。
「別に退屈などではないぞ。たまにはこういう日もいい」


 絵本の何に惹かれるか。それは人それぞれ。
 特に何かを読みたい訳ではなかったが、珂慧は書架に手を伸ばしてみた。本自体、触れる機会は少ないから、絵本はほとんど読んだことはない。
 けれど、たまたま取った1冊の表紙に目を奪われた。緑系の色で塗ってあるのではないのに、それが森の風景なのだと解る。主人公が森を歩く、ただそれだけの話なのに、絵と文字が頭の中に深い緑を浮かび上がらせる。
 絵本の含有するイメージ、それをまたどう絵に描けるかと、珂慧は目と頭に見える色彩を心に留めようとした。

 絵本への思い出。普段、その内容は忘れてしまっているのに、時にふと蘇る。それは文章の一節だったり、1枚の絵だったり。あるいは絵本を読んでいる自分の、その時の姿だったり。
 エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)は絵本を手にとっては、読み聞かせに使うものをどれにしようかと考えていた。
 子供たちに聞いてもらうなら、ハッピーエンドがいい。絵柄も暖かみがある可愛いものにしよう。そして、聞いてくれている子供からも絵柄が見易いように、絵がはっきりしていて分かりやすい大型絵本を。
 そうして選んだのが『まいごのモモタ』。ブタのぬいぐるみが主人公のお話だ。
「みなさん、よろしければお話を聞いていただけませんか?」
 エルシーは子供部屋で遊んでいる子供たちに集まってもらった。
「おねーちゃんのおはなし、はじまりはじまり〜」
 ラビ・ラビ(らび・らび)は子供たちの真ん中に、ころころっと寝返りを打つように転がって、クッションにしがみついた。さっきまではお姉さんぶって、子供たちの世話をしていたりもしたけれど、もう飽きてしまったらしい。
 ルミ・クッカ(るみ・くっか)は読み聞かせの輪からは離れ、エルシーとラビを見守った。ドラゴニュートの自分の顔では、子供受けしないだろうと思っての立ち位置だ。
 そんな2人に笑顔を向けた後、エルシーは絵本を読み始めた。
「あるところに、モモタというブタのぬいぐるみがいました――」
 はぐれてしまった持ち主を捜して、モモタがあちこちに旅をするお話。ある時には雨が降ってきて、びしょぬれに湿ってしまったり、またある時には本物のブタさんに追いかけられたり。はらはらドキドキの大冒険。
 抑揚は抑えて、間の取り方や声の大きさ、早さで変化をつけて、エルシーは話の面白さを伝えようと懸命だった。子供の頃は病弱で、本を読むのが数少ない楽しみだったエルシーは、今でもかなりの絵本好き。この楽しさを他の子に伝えられて、その子にどんどん本を好きになって貰えたら嬉しい。
 子供たちはエルシーの話に真剣に聴き入っている。けれど、ラビはお話よりも遊びたいのが先に立ち、クッションをボール代わりに投げはじめてしまった為、
「ラビさん、外に遊びに参りましょう」
 ルミが耳元で囁いて部屋から連れ出した。
 ラビにもいつか絵本に耳を傾ける楽しさが解る日が来るのだろうか。そんなことをちらっと思い、エルシーは絵本のページをめくるのだった。


 絵本が呼び起こす過去の記憶……。
 目を輝かせて絵本を読む子供の姿を見ているうちに、神野 永太(じんの・えいた)の脳裏にいつかの光景が蘇った。
 幼少の頃。並んで歩く母の手の温もり。煤けた市営図書館の木壁。夕日の差し込む橙色の室内。そそり立つ壁のような書架。日焼けした本の香り。
「かーさん、きょうはこの本よんでー」
 甘えて掴まった亡き母の背中……。
 なんだか解らない、暖かくて、でも冷たくて。複雑な思いが湧き上がってくる。その思いに突き動かされて、永太は絵本を読む子供の側に行った。
「その本、読んであげようか? お兄ちゃん、本読むの上手なんだぞー」
「うん、読んで」
 にこにこして本を渡してくれた子供に、永太は本を読み聞かせた。身振り手振りを交えて、声色を多用に変化させて、面白可笑しく聞かせたけれど、子供からは楽しそうな様子が消え、やがて、もういい……、と絵本を抱えて向こうに行ってしまった。
 突き放された気分がして、永太は力無く座り込んだ。母がしてくれた読み聞かせとは何かが違う。何かが足りない。
 ぽっかりとした空虚を抱え、永太はパートナーの燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)を眺めた。
「これも読むのですか?」
 ザイエンデは子供が次々に差し出す絵本を読んでやっていた。身振り手振りもなく、声色も使わない。ただ穏やかに言葉を紡ぐ。けれど子供はザイエンデの朗読に耳を傾け、ころころと表情を変化させている。
 それは永太の読み聞かせには見せなかった表情だ。
「……母さん……」
 ザイエンデに母の姿を重ね、永太の胸はぎゅっと痛んだ――。


「俺は顔が怖いし教養もないからな」
 子供部屋の片隅で、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)から読み聞かせの仕方を教授してもらいつつ、強盗 ヘル(ごうとう・へる)は頭を掻いた。全身真っ黒でぴっちりなヒーローショーの敵スーツに着ぐるみ狼のマスク。深くかぶったカウボーイハット。見た目だけで、子供たちを怖がらせてしまいそうな風貌だ。
 そう心配するヘルをザカコは大丈夫と励ました。
「ヘルは良く通るいい声をしていますからね。きっと上手く聞かせられるようになりますよ」
「せめて子供に泣かれず落ち着いて聞いてもらえる様になりたいからな」
 いつか孤児院を設立したい。絵本の読み聞かせは、そんな夢を持つヘルが乗り越えておきたい試練の1つだ。
「いいですか。まず、柔らかく落ち着いた声で読むこと。子供は声の調子に敏感ですからね」
「柔らかく、か……大声で読むだけなら簡単なんだがな……抑えて読むってのはどうも苦手だぜ」
「声のコントロールは一朝一夕にはいきませんから、焦らずに訓練していきましょう。それから、ある程度先に絵本の内容を理解しておくことも大切です。本の文字ばかりを追わず、子供を見ながらでも話せるくらいに」
 感情移入できるように、声を使い分けること。子供相手に読み聞かせをするならば、自分の手を使ってアクションをして、情景が想像し易くすること。
 ザカコが1つ1つ説明していくことをヘルは頭に入れ、実践しようと努力した。
 やったことのない練習は、身も心も疲れさせる。本の整理は平気でも、読み聞かせの練習をしていると身体に力が入って筋肉痛になりそうだ。
 けれど何でも練習練習。諦めずに続けることが夢への道を拓く。
「ヘルが気に入った絵本があれば、借りていって練習させてもらいましょう。こういうのは慣れが大事ですからね」
 必死に実践しようとするヘルに、ザカコは暖かい笑みを向けた。
 今はきっととても大変だろうけれど、夢がかなったその時には、こうして苦労して練習した日々は良き思い出として刻まれるだろうから。


 絵本図書館ミルムもまた、歩き出したばかり。
 よちよち歩きの心許ないスタートではあるけれど、多くの人の手に助けられ歩き出したからにはその先を目指そう。
 閉じこめられていた絵本たちを開放した先に、いつか何かが生まれたなら、そこに至るまでの道のりは最高の思い出として輝くだろうから。




担当マスターより

▼担当マスター

桜月うさぎ

▼マスターコメント

 このたびは、ご参加ありがとうございました。
 参加して下さった方のお陰で、絵本図書館ミルムは無事スタートを切ることができました。そしてまた私も、蒼空のフロンティアのGMとしての第一歩を踏み出すことができました。ミルムも私もこれからもどうぞよろしくお願い致します。

 こんなにたくさんの方が参加してくださると思っていなかったので、当初の予定よりミルムの規模が随分大きくなってしまってたりしますけれど……(笑)、それもまた皆様が参加して下さった成果ですね。
 つたないリアクションではありますけれど、絵本図書館ミルムでのひとときを楽しんでいただけたのなら嬉しいです。

 今回お会いしたPCさん、PLさん、また機会がありましたら是非ご一緒して下さいね〜。ではでは。ありがとうございました。