百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

絵本図書館ミルム  ~番外編~

リアクション公開中!

絵本図書館ミルム  ~番外編~

リアクション

 
 
 第3章 やさしい時間
 
 
 きゅっきゅっと窓ガラスを磨けば、外からの光が明るく感じられる。はたきで埃を払えば、絵本が生き生きして見える。
「埃に注意、水気厳禁〜」
 サリチェから聞いた図書館掃除の注意を繰り返しながら、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)は床をマイモップでピカピカに磨き上げにかかった。
 毎日掃除していても、いつの間にか隅に埃はたまってしまうもの。埃がたまればその場所はどことなくくすんで見えてしまう。
 綺麗な図書館を保つには、たまにはこうして徹底的に磨きあげなければ。
「サリチェさんにお掃除ボランティアを募ったらどうか、って聞いてみたら、いいって言ってくれたの〜。後でチラシとかポスターとか作らないとねぇ」
 綺麗にすると気持ち良いからと、プレナはてきぱきと掃除をしてゆく。
 掃除が得意なプレナのすることを見様見真似で、幻時 想(げんじ・そう)も掃除道具を手にした。
「何かすることがあれば、遠慮無く言ってくれていいからね。プレナ先輩のすること、僕も手伝いたいんだ」
 勇気を出して言った想に、プレナは屈託ない笑顔を向けた。
「ありがと〜。何でもそうだけど、掃除も誰かといっしょにやる方が楽しいよねぇ〜」
 1人でももちろん掃除はできるけれど、協力してやる方がずっと楽しくできる。掃除した後を、綺麗になったねと言い合える人がいるのは嬉しいことだ。
「そうだな……」
 プレナに答えながら、想は館内にいる人々に目をやった。皆それぞれ絵本を開き、静かに見入っている。そんな様子は、想にはある意味孤独に見えた。
「図書館の利用者同士が仲良くなる方法はないんだろうか」
 誰にとっても図書館が大切な場所になれば、大抵の問題は片づいてくれる気がする。けれど想自身、人付き合いが上手い方ではないのが悩みどころだ。
「……変わらないといけないのは図書館の人々ではなく、僕自身かも知れないな」
「どうかしたの〜? 手が止まっちゃってるよぉ〜」
 黙り込んでしまった想を心配して、プレナが覗き込む。それに対して僅かに赤面しつつ、想は何でもないと、また手を動かした。そして、近くを来館者が通ると思い切って話しかけてみる。
「少年、名前を教えてくれないか」
「ぼく? ショーンだよ」
 急に話しかけられた子供は一瞬きょとんとしたが、すぐに答えてくれた。
「ありがとう。僕は幻時想っていうんだよ」
 照れながら想が言うと、
「あたしはプレナだよぉ」
 プレナも自己紹介して、またね、とショーンに手を振った。
 そうやって自然に人と交流できる処はやはり叶わないなと、想はプレナの明るい笑顔を眩しく眺めた。
 
「綺麗にするのも、いい印象を持ってもらう要素だと思うのですよっ」
 広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)はパートナーのウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)広瀬 刹那(ひろせ・せつな)と共に、ミルムの外回りの掃除をしていた。
 汚くしていると、人の目はどうしても冷たくなるもの。あんな事件があった後だからこそ、こざっぱりと掃除しなければ。
 壁の汚れを洗い落として、図書館前の道路や庭の落ち葉を掃き集め、と動いているファイリアと対照的に、ウィノナは戸惑いがちに掃除を頼まれた窓を見上げる。
 普段、家事はファイリアがやってしまうので、ウィノナはあまりこういうことに慣れていない。
「えーっと、窓の外側って、雑巾で汚れた処だけを拭けばいいのかな」
 ぬれ雑巾で汚れを拭き取っていったけれど、一息入れて窓を見れば拭いた跡が縞のように窓に残ってしまっている。
「そのやり方ではダメですよ〜。これを使うんですっ」
 ファイリアはウォッシャーで窓を水ぶきし、スクイジーをかけ下ろす。最後に周囲を乾いた雑巾でぐるっと拭き取れば窓ガラスはピカピカだ。
「分かったよ。じゃあこれからはそのやり方にするね」
 ウィノナはファイリアから道具を受け取り、続きから掃除しようとした。けれどファイリアはそれににこにことダメ出しする。
「これからは、じゃなくて全部最初からこのやり方でやり直しです!」
「え? 最初から? ファイ、ちょっとまってー! 半分くらい拭いたのに、全部ダメなの?」
「はい!」
「そんな明るく言われてもー」
 がっくりと肩を落としたウィノナを、
「ウィノナお姉ちゃん、怒られているっスね〜」
 箒で植え込みの間を掃除しながら刹那が笑った。自分はメイド修業をしているから大丈夫、と刹那は胸を張ったけれど、そこにもファイリアのチェックは入る。
「刹那ちゃん、そういう処を掃除するなら普通の箒はダメですよっ。竹箒を使わないと、ほら、集めたゴミにいっぱい土が入っちゃってるでしょう?」
「なるほど〜。お姉ちゃん頭いいっス〜」
 刹那は素直に感心する。
「メイドならこんなこと知ってて当たり前ですっ! もっと勉強が必要ですね」
「トホホっス〜」
 やり直しをはじめた2人に笑顔を向けると、ファイリアも自分の掃除に戻る。庭に落ちている枯れ葉を集めて……。
「あっ、鳥さん、そこで群がっちゃダメですっ! 落ち葉を散らかされたら、またお掃除し直しになるのですっ」
 枯れ葉に混ざっている草の実をつつく鳥たちを散らして、慌てて枯れ葉を纏め直す。
「草の実はちゃんと分けてあげますから、ちょっと待っていてくださいねっ」
 わたわたとファイリアが掃除をしていると、落ち葉をさくさくと踏んで巡回の着ぐるみがやってくる。ブーツを履いた猫の着ぐるみに見覚えのあるファイリアは、
「隼ちゃんー、かっこ良くて可愛いですーっ!」
 と手を叩いて褒めた。と……着ぐるみは頭部をすっぽりと脱ぐ。
「隼じゃないぜ」
 その下から現れたのは永谷だった。
「あれれ、人違いです〜」
「確かにこれを着ていれば、中身が誰かなんて分からないからな。子供の保護者に入ってもらって巡回してもらうのもあり、ということか」
 効果はありそうだと言う永谷に、ゆる族の福はちょっと肩をすくめた。
「あたいにはそんな着ぐるみ、かぶれないけどね」
 
 そんな掃除や巡回が行われている庭を、子供たちが走ってゆく。
 寒さなんて元気に遊んでいれば感じない。それどころか邪魔な上着を脱ぎ捨てているくらいだ。
 霜月 帝人(しもつき・みかど)に絵本を読んでもらっていた鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は、途中休憩を入れた際、外で遊ぶ子供たちに目を留めた。
「ねぇ、ねぇ、あの子たちと遊んできて良い?」
 わくわくと外を指さす氷雨に、帝人は良いですよと答えた後に付け加える。
「ですが、氷雨さんが怪我でもしたら心配ですから、僕も一緒に行きますね」
 帝人と共に外に出ると、氷雨はさっそく子供たちに駆け寄った。
「ねぇ、何してるの? ボクも仲間に入れて!」
「追いかけ鬼してるんだ。じゃんけんで負けた子が鬼で、みんなを捕まえるの」
 子供にその他の細かなルールを説明してもらい、氷雨はさっそくじゃんけんをする。
「えっと、ボクが鬼だね。数を20数えてから追いかければ良かったんだよね。いくよ。いーち、にーい、さーん……」
 氷雨が数え始めると、子供たちは歓声を挙げて散ってゆく。
 20まで数え終えて追いかけるけれど、子供たちは素速く、なかなか氷雨には捕まえられない。息を切らして立ち止まった氷雨は、ぐっと拳を握りしめた。
「うぅー頑張る!」
 懸命に追いかける氷雨を、帝人は微笑ましく眺めた。絵本を聞いている時も楽しそうだったけれど、こうして駆け回っている氷雨はとても生き生きしている。
 後ろで束ねた赤い髪を弾ませ、氷雨は逃げる子供たちを追い、そしてやっと。
「やった、捕まえた!」
 ぺた、と子供にタッチして捕まえ、鬼を交代した。
「絶対捕まらないからね!」
 今度は鬼に捕まらないように、一生懸命に逃げる。
 そうして何度鬼が交代した後だったか、氷雨はくたくたになって帝人の処に戻ってきた。
「ふぇ、帝人、疲れた」
「そうですか。そろそろ帰らないと、皆さん心配する時間ですし」
「うん。もう帰る……」
 身を預けてくる氷雨を帝人は抱き上げた。その腕の中で氷雨は呟く。
「また今度……たくさん遊んで、たくさん絵本を読みたい……な……」
 言葉の後半は眠りの中へ。ゆらゆらと帝人の腕に揺られて。
 
 植え込みの向こうから聞こえてくる子供たちが遊ぶ声を、終夏は聞くともなしに聞きながら、ラテルの街で買ってきたサンドイッチを食べていた。
「のどかと言うか……学校とは別世界のような場所だなぁ」
 ここでは時間までゆるやかに流れているように感じられる。
 ひとつのびをすると、終夏はさっき図書館で読んだ絵本を脳裏に呼び起こした。
 それは、暗い暗い夜に希望を灯そうとした小さな鳥の話。
 憶えている話を口に出しながら、終夏は光術で物語に出てくる動物たちを作ろうと試みた。その絵本は、こんなシーンで終わる。
「その鳥は真っ暗な空に舞い上がり、1つの星になりました。そして真っ暗だった空を明るく照らしてくれたのです。今も夜空を見上げると、ほら」
 夕暮れの空高く、終夏は光の鳥を飛ばせる。
「その鳥の優しい気持ちが生み出した星が、キラキラと輝いているのでした。……おしまい」
 そう締めくくった途端、ぱちぱちと拍手が聞こえてきて、終夏は我に返った。いつ来ていたのか、子供たちが周りを取り囲んでいる。
「すごいね〜。鳥がピカピカ!」
「ありがと。まだ練習中なんだけどね」
 終夏は照れたような笑顔を子供たちに向けた。
 
 
 冬の日は暮れてゆく。
 絵本を読むのには暗くなりすぎた館内に、ランプの明かりが灯される。
 そろそろ子供たちは帰らなければならない時間。けれど、遊び足りない子供が音を立てて館内を走り、絵本を振り回して遊んでいた。
「…………」
 読んでいた絵本から顔を上げ、アンゴルはむっとした様子で騒ぎの元を探して館内を見渡した。けれどアンゴルが注意するよりも早く、
「こらーっ!」
 絵本のチェックをしながら巡回していた夏野 夢見(なつの・ゆめみ)がやってきて、子供を捕まえた。子供は抗って逃げようとしたけれど、夢見の腕はしっかりとその子を捕らえたままだった。ふわっとした服を着ているから一見分からないけれど、夢見の服の下には訓練で培われた筋肉が潜んでいる。
「なんだよぉ」
 夢見の声に驚いたことを隠そうとして、子供は肩をそびやかして強がった。
「絵本を振り回したりしたら破れちゃうよ。どうしてそんなことするの」
「この本つまんないからー。遊んでた方が面白いんだもーん」
「そんなこと言わないの」
 真剣な顔を作って夢見は子供と向き合った。こういう時にちゃんと叱ってあげることが、本にとってもその人にとっても、大事なことだと思うから。
「……だってー」
 子供は少し大人しくなったけれど、まだ納得できない様子で身体を揺らしている。その手から夢見は絵本を取った。
「もし内容が気に入らなくても、わがままで物に当たるのは駄目なことだよ。そういうこと繰り返してたら、友だちもいなくなっちゃうんだからね」
 それは困ると思ったのだろう。子供はしぶしぶ、うんと答えると、くるっと身を返して走り出した。
「図書館の中では走ったら駄目だよー」
 夢見はその背中に注意をしてから、子供に振り回された絵本の傷み具合を調べた。
 
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)もパートナーと共に館内を巡回していた。
「いっぱい人が集まってくれるのは嬉しいけど、これだけいると困った子も出てきちゃうんだよね……」
 絵本に触れあうことがこれまでほとんどなかった所為か、子供の本に対する扱いは、とても大切にする子と、全然気を払わない子に二分されている。絵本が大切だと伝えることが出来れば、みんなが本を大切にしてくれるようになるだろうか……。
 本の表紙を持ってぶら下げている子供を見つけると、ミレイユはそっと近づいた。
「絵本は大切にね」
 優しく注意すると子供はうんと返事はしたが、扱いは変わらない。片手に絵本をぶら提げたまま他の本を眺めている為、持っている方の本を書架にぶつけたりもしているが、それも全く気にしてない。負荷の掛かっている表紙の端はもう既に破れている。
 ミレイユは注意を重ねる。
「あのね、大切にしないと絵本さんも困るって言ってるよ。ね?」
 ね、と話を振られたロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)は、いきなり何事だと目を丸くした。ぽかんとしているロレッタには構わず、ミレイユはロレッタの本体である絵本『ふかふかの旅』を出して見せた。
「ロレッタはこの絵本の化身なんだよ」
 今度ぽかんとするのは子供の方だった。急にそんなことを言われても信じるのは難しい。実際に見せられればいいのだけれど、とミレイユはロレッタに尋ねる。
「本体の絵本に出入りしたりは出来ないの?」
「無理を言うでない。一度化身すれば本には戻れぬのだぞ」
「そっかぁ……でも本の気持ちは分かるよね。何とか絵本を大切にして欲しいってこと、この子に伝えられないかな」
 ミレイユから頼まれて、ロレッタは帰りたくなった。けれど何とかそれを思いとどまる。
「まあ……確かにそういうことをされると痛いからマジやめてほしいぞ」
「…………」
 じぃーっと子供はロレッタを食い入るように見た。
「本棚にしまわれる時も、ぎゅうぎゅう無理矢理入れられるとほっぺのお肉が引っ張られて痛いんだぞ」
 頬をさすりながら言うと、子供は手にしていた絵本に目を落とした。
「本って痛いの?」
「当たり前だぞ。化身してからも本体が傷つけば痛いんだぞ。大切にしてくれなければ困るぞ」
 ロレッタの言葉には実感がこもっている。子供は絵本とロレッタを見比べた後、ごめんなさい、と絵本を持ち直した。
「これからは本は大切にしてあげてね。その絵本はちゃんと直しておくから」
 ミレイユは子供の頭を撫でた。表紙の破れた絵本はシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)が受け取って、傷み具合を確かめる。
 そんなやり取りを窓辺にもたれて見ていたデューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)は、やれやれと思いつつ外に目を移した。窓ごしにまだ花の咲いていない植え込みが見える。
「デューイ?」
 何を見ているのかと寄ってきたシェイドに、デューイは植え込みを指さした。
「あの花の名前を知っているか?」
「ここからでははっきり見えませんけれど、ハクチョウゲに似ていますね。花言葉は『純愛』です」
「そうか……ありがとう」
 デューイは再び目を外に戻した。
「……我にはこういう場所は場違いだと思っていたが……ここにいるとゆったりとした気持ちになるな」
 様々なことが起きているけれど、それでも絵本図書館の時間は穏やかだ。それが絵本に囲まれている環境からくるのか、この場所を大切に思って動いている人々の想いからのものなのかは分からないけれど。
「仕事を黙々とこなしていた昔の自分だったら、このような気持ちは絶対にありえなかったであろうな……」
 自嘲気味に話すデューイに、シェイドも苦い笑いを返す。自分もデューイと同じに仕事を黙々とこなしていた頃があった。それもかなり殺伐と。それがいつから変わったのか……。
 そんな2人の様子は知らず、ミレイユはロレッタに礼を言っている。
「ありがとう、ロレッタ。助かっちゃった。時間ができたら後で一緒に色んな絵本を見に行ってみようか」
「本当か? い、いや……行っても構わないぞ」
「じゃあ行こうね。シェイドとデューイも一緒に」
 笑顔を向けてくるミレイユに、シェイドとデューイは視線を交わして微苦笑するのだった。

 ふん、と鼻を鳴らし、アンゴルは本に目を戻した。
 今の処は自分が出しゃばって注意せずとも、絵本図書館にある本は守られるだろう。ならばゆっくりと読書を、と白い手袋をした手をページに戻したのだが。
「おじさんこんにちは、この前は色々ありがとう」
 アンゴルを見つけた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、嬉しそうに近寄ってきた。
「ああ……この前はどうも……」
 アンゴルは言葉尻を濁した。自分の起こしてしまった事件を思えば、どうしても口は重くなる。けれど、そんなアンゴルと対照的に月夜は屈託ない。
「私、この本を探しているんだけど見つからないの。おじさんの店にある? 取り寄せとか出来るかな?」
「うちには無いが……七都市で発行している本か。ならば取り寄せも出来るが……ふむ……」
「月夜、話しかけるのはいいですが、アンゴルさんにあまり迷惑をかけてはいけませんよ」
 アンゴルが本の奥付を調べていると、樹月 刀真(きづき・とうま)が月夜の頭に手を置いた。今日はミルムのボランティアとしてではなく、来館者として絵本を読みに来ている。
 最初にミルムに来た時には、仕事をしたのは刀真だけで月夜は本を読みっぱなし。放火騒ぎの時には調査の為に行ったはずのアンゴルの本屋で、刀真の財布で勝手に本を買われてしまい。月夜が図書館の為にがんばって働こうとするたびに被害を被っている刀真は、今度は最初から、本を読む為にミルムに来よう、と決めてきたのだ。
 偶には自分も本を読みたいと、今日1日静かにゆっくりと読書の時間を楽しんできたのだが……その時間もそろそろ終わり。
 アンゴルに会ったのも機会かと、刀真は本を読み止めて話しかけた。
「こちらの本は地球で普及しているものと比べて、大型で重さもありますね。読んでいてもずいぶん勝手が違います」
「だろうな。逆にわしは最初に地球産の文庫本とやらを手にした時に仰天した。くたくたと頼りなくたわむ表紙に、触ったら穴が空いてしまうんじゃないかという程の薄いページ。産まれたての赤子でも渡された気分になったものだ」
「ああ、そうかも知れませんね」
 大型の手描き本に慣れていたら、地球産のハードカバーの本でさえも頼りなく感じるだろうと刀真は肯く。自分がこちらの本を見た時、その大きさと重さに戸惑ったように。
「俺も正直、ここの利用者に本の扱い方を教えようにも、自分でも分かっていない部分が多いんですよ。俺としては本を大切に扱っているつもりなんですけどやはり素人ですし、こちらの本に慣れていないこともあります。希少本の取り扱いや人に扱い方を教えるとなると、ある程度知識が必要になると思うんですよ」
 なので、と刀真はアンゴルに頼む。
「本の取り扱い方やその他の事も色々教えてもらって良いですか? そちらの都合の良い時間にこちらから伺いますので」
「わしも商売をしておるから、常に相手ができるというものではないが、来るというなら好きにするが良い。……その嬢ちゃんも本が好きなようだしな」
 アンゴルは月夜を目で指した。
「おじさんの店に教えて貰いに行くの? 分かった」
 月夜はいかにも嬉しそうに目を輝かせている。
「ええそれはもう……こちらの財布を圧迫する程には」
 刀真が緊縮財政に突入している生活を思い、溜息をついている間に、月夜はアンゴルに顔を寄せてこんな頼み事。
「おじさん、今度教えて貰いに行く時までに、この本を取り寄せてもらう事できる? お金? 大丈夫、刀真が払ってくれるから」
「ああ。間に合うかどうかわからんがやってみよう」
 そんな会話をしているうちに、物思いからさめた刀真はアンゴルに向き直る。
「何だかんだで俺もこの図書館は好きなので力になれればと思うんですよ」
 知らないうちにまた財布から生活費が飛び去っているとは知らず、刀真は穏やかな表情で書架に並ぶ本を見渡すのだった――。