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夢の中の悲劇のヒロイン~ミーミル~

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夢の中の悲劇のヒロイン~ミーミル~

リアクション



11ページめ


 ところで、この街の市長は、強欲で有名でした。
 最近になって税金を上げたのですが、それは私服をこやすためなのです。
 しかし罰が当たったのか、市長はある日突然お風呂で溺れ死んでしまいました。
 市長の秘書は、遺言により新市長となった市長の娘と組んで、公共事業をはじめます。
 その中には像のリフォームもはいっていました。
 また、街には銀行がオープンし、貧しい人々にお金を貸していくのでした。
 街はこうして豊かになっていったのです。

 
 市庁舎の最上階。
 シャンデリアに毛皮の絨毯、革張りのソファ。
 樫の本棚には読みもしないハードカバーの本がずらりと並び、価値があるのかどうか分からない大理石の像が部屋を占拠している。
 部屋中央、金の房のついたカーテンで縁取られた窓を背に、ワイングラスを傾けて、市長のふかふかの椅子に腰掛けているのが、この街の市長だった。
 グラスの中身は葡萄ジュース。その手の主は小柄な少女。
「何、もう予算がないのですかぁ? だったらちょちょっと増税すればいいのですぅ」
 市長役の神代 明日香(かみしろ・あすか)が市議を一蹴して引き取らせると、彼女の隣にいる妖艶な美女ロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)が、彼女にしなだれかかった。片手でキセルをふかしている。
「のう、市長。わらわとそなた、良きパートナーになれそうじゃの」
 バラ色の唇から細く煙を吹き出し、明日香の横顔に吹きかける。
「うふふ、そうですわねぇ」
「街の近くの森、あそこを開墾して商業地区にでもしたらどうかのう。最近は、幸福の王女の像に祈ると御利益があるとかで、周りに芸人やらが集まって観光名所になっておるとか」
「あなたのお好きにしてくださぁい。そうですぅ、あなたを秘書にしてあげますねぇ。これで動きやすくなるでしょう〜」
 ロゼは明日香の頬をひと撫ですると、計画を実行に移した。
 街周辺の森林地帯の開墾事業を始めたのだ。
 求人が市庁舎前に張り出されると、職を失った人々の応募が殺到した。
「やれ、うれしや。くずのような土地が百倍千倍になりおるわ」
 ロゼは市長室の中で街を見渡して、明日香にいちゃついている。
 しかし翌日、市長がお風呂で溺死したというニュースが新聞に載った。
 市長の娘ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)は、遺言通り次の市長になった。未就学児にしか見えない彼女は──とはいえ、まだ十代の明日香の娘にはとても思えないが──傍らにいる、前市長の秘書であるロゼに話しかける。
「ロゼさん、お母さんは悪いことをしてお金をためていたんでしょう? そのお金で、幸福の王女の像を修復して、屋根を作ってもらえませんか? それから税金も下げて、貰ったお金を貧しい人にあげてください」
「パンを与えるのは彼らのためにならんのじゃよ。クワを与えなければ……また作業員を増やすとするかのう」
「あの、修理もお願いします……」
「分かっておる、安心するがいい」
 胸を叩いて請け負いつつも、ますます儲かるわい、とロゼは札束の扇の影でにんまり笑うのだった。

「はーい、“アップル工房”です! ちょっと見せてくださいね〜」
 はしごや工具を担いだ金髪の姉妹が、観光客で人だかりのするミーミルの前までやって来る。
 プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)マグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)の二人だ。彼女たちはは市庁舎へのビラ配り他、あの手この手を思い出して、顔を見合わせて笑う。
「良かったねぇプレナ先輩。売り込んだ甲斐があったねぇ〜」
 修理&補強の専門技師“アップル工房”の、マグはプレナの後輩技師という役どころだ。
 二人は足元に座るルカルカやツバメや猫に一旦降りて貰うと、工事に取りかかった。
 請け負ったのは像の修復と屋根の取り付け。とはいえ、最大の目標は請け負ってもいない、ミーミルと柱の固定だ。市長の依頼という大義名分のために市役所に通い詰めたのである。
 物語の最後の最後、王子像が取り外されて溶かされる可能性があるのなら、ガチガチに固定しちゃえば溶かされないよね! という力業である。
「ミーミルさんには助けてもらったことがあったんですよぉ。やっと恩返しできますねぇ」
 柱の下でセメントをまぜまぜしていると、そこにもう二組、少女達がやって来る。
「そちらも市長さんから請け負ってきたんですかぁ?」
「いいえ違います。私達はこの街に住む貧乏な匠です。……ああ、金箔はやはりこの像から取られたものでしたか」
 プレナに返答したのは赤羽 美央(あかばね・みお)
「街の象徴の像がこんなに剥げてしまっているなら、恩返しに補修するしかありません。ですよね、ジョセフ?」
 美央はジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)に振り向く。
「ええ。友人の美央を救ってくれてありがとうございマス、ミーミルサン」
「……カボちゃんはどうか知りませんが」
 カボちゃんこと四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は、
「もちろん私もそのつもりよ。ねぇエル」
 エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)に一度振り向く。エラノールは頷いて見せた。
「唯乃のお手伝いをしますですよ。自己犠牲の上に成り立つ幸せなんかまやかしなのです!」
「勝負といきたいところですが、仕方ありません、今回は街の象徴ため。不本意ながら共同作業としましょうか」
 どうやら美央と唯乃の二人は、匠のライバル同士という設定を楽しんでいるようだ。
 ……さっそく二組はミーミルの補修にとりかかった。
 童話の王子が、みすぼらしいという理由で溶かされてしまうのなら、みすぼらしくなければいい、という理屈である。
 ミーミルにかけられた縄ばしごを登る唯乃の膝の位置に、エラノールがペンキの缶を差し出す。唯乃は刷毛で、ミーミルの表面を白っぽいペンキで塗り変えていく。
「メインテーマは“落ち着いた心地よさ”です。もらったモノを返すのも失礼ですし、こちらを嵌めてっと……ああ、こっちの王冠はテーマに合いませんね」
 美央は無くなった目の代わりに、丁度良い大きさに削った「きれいな石」をはめ込むと、ミーミルの王冠を削り落としていった。
 その間ジョセフは手伝わずに、ミーミルに話しかけながら周囲を警戒していた。ローティーンの中にあって一人だけ保護者のような雰囲気である。二メートル近い身長もあって、まさに大人と子どものようだ。
「ほら、ミーミルサン。貴方がここに居るだけでも、こんなに多くの人がユーに感謝して、ユーのためにここに集まってきてくれているじゃないですカ! 何をしなくても、OKなのデス。ユーはみんなの心の拠り所なのデスカラ! ハハハ!」
 二人は最後に薔薇の王冠を被せ、手首にはリボンを結ぶ。

「なんということでしょう。匠達の手によって、あれだけ見窄らしくなっていた王子像が、家庭的であたたかい雰囲気な像にリフォームされました」
 その頃にはプレナとマグも、針金や鉄板で芯を入れたを土台を固定し終わっていて、ミーミルは誰にも動かせないように思われた。

 ところは変わって、王女像にほど近い商店街。
 煉瓦造りの空き家の軒先に、最近できた店がある。入り口にかかった看板には“ミーミル銀行”と書かれており、ひっきりなしに失業者達が訪れていた。
 社長はリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)。彼女が開いたのはマイクロクレジット──普通の銀行からはお金を借りることもできない貧困者を対象とする、無担保少額融資の銀行だった。返済額も少額で、借りたお金で貧困者が自立できる可能性がある、というのが特徴だ。
 元手は宝石や金箔を一時的に借りるつもりだったが、宝石は既に何処かに売り払われ、金箔もどこにいったものやら分からなかったので、嫌がるパートナー・ロゼの「お風呂に浮かべる用札束」でまかなった。ロゼはミーミルを救うよりも、億万長者状態に味を占めているらしい。
 それはともかく、リリは商売を始めたい人間や職人に重点的に金を貸した。おかげでその日の暮らしに困る人間も、これで事業を興すことができたし、そうでなくとも公共事業があったおかげで、食品や衣料品、雑貨など当面のものを揃えて生活していくことができるようになったのだった。
 リリはミーミルの元に行くと、彼女を見上げて話しかける。
「ミーミル、街が見えるか? この町は豊かなのだ。今は貧しい者も明日への希望を持って生きている」
 ミーミルにもそれが分かる。この街から飢えた子どもがいなくなるのも、時間の問題だろう。
「だがこの町に一人だけ、リリには母とはぐれた哀れな娘が見えるのだ。ミーミル、もう帰ろう。エリザベートが心配しているのだよ」
「帰る……? ……エリザベート……私の、お母さん……」
 ミーミルはリリには聞こえない声で呟いた。