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灯台に光をともせ!

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灯台に光をともせ!

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第二章 灯台へ 2

 灯台編成組。

 灯台の入り口。
 それは巨大な鉄の塊のようであり、容易に灯台への侵入を阻んでいた。
 しかし、その扉は長年の間、潮風に晒されていたため、ほとんどの部分がさび付いている。
「へー。すげぇ、でけえ扉だぜ。で、じいさん。どうやって入るんだ?」
 ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)が、イーハブに問いかける。
「ふん。心配するでない。ほれ、この通り」
 イーハブが背に背負っている鞄から、手の平よりも一回り大きい、錆びた鍵を取り出した。
「なんとも、まあ、古臭い方法を使っているんだな」
 ヤジロがため息混じりに言う。
「ワシは魔法や科学などには、頼らないんじゃ」
 イーハブが扉の中央部に手を置くと、ゆっくりと手を横にスライドさせる。
 すると、扉の表面が開き、中から鍵穴が出てくる。
「ここに、差し込んで回せばいいんじゃよ」
 イーハブが鍵穴に、鍵を差し込み、思い切り回す。
 ゴキンと、鈍い音が響き渡る。
「……」
 イーハブの手には、根元から折れた鍵が握られている。
「……で、じいさん。どうすんだ?」
 ヤジロの問いに答えたのは、海の冷たい風だけだった。


 島巡回組1

 魔修湖。
 時間は、まだ昼を若干過ぎたほど。
 上空では未だにウミネコがのどかに飛んでいるし、日もポカポカと暖かい光を放っている。
「ああ。いいね。実にのどかだね」
 そう言って、湖の畔で釣りをしているジェンナーロ・ヴェルデ(じぇんなーろ・う゛ぇるで)
「たまの休暇に釣りも悪くないな」
「その通り。釣りこそは、人間に与えられた最高の暇つぶしなのだよ」
 ジェンナーロの横で同じく釣りに興じてるのは、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だ。
「いや、その発言は全国の釣りファンを敵に回すぞ」
「む? そうかね? わらわは、あの有名な太公望が糸だけを垂らすという姿に感銘を受けたのだよ」
「……いや、まあ、そういう楽しみもあるんだけどな……」
「それにしても、まだ落ち込んでるのかね?」
「……」
 ジェンナーロの隣で、海女の格好をしたルクレツィア・テレサ・マキャヴェリ(るくれつぃあてれさ・まきゃう゛ぇり)がガックリと肩を落としていた。
「いい加減、元気出だせよ」
 ジェンナーロがそう言うと、テレサはブワっと涙を流す。
「だって、だって、全然売れなかったんだよ」
 シュンとしながら、テレサは横に置いてある鞄から、色々な物を出す。
「パラミタ内海名産の魚肉ソーセージでしょ、蒲鉾、ハンペン、ちくわ……。全部、一級品なのに」
「うーん」
 ジェンナーロは眉間を、指でモミモミしながら船内での事を思い出す。

 回想。
「みなさんこんにちはー。私はマキャヴェリ水産のルクレツィアと申します。今日はパラミタ内海名産の魚肉ソーセージ、蒲鉾、ハンペン、ちくわ、をご紹介します。旅の思い出に、御一ついかがでしょうか?」
 海女の格好をしたテレサが、元気いっぱい、売りさばいていた。
 テレサが、船の端でうずくまっているウィルネストに声をかける。
「頼む。今の俺に、食べ物を見せないでくれ……。うぷっ」

 今度は必死の形相で釣りをしている輪廻に声をかける。
「ほう。それは、タダなのかね?」
 眼鏡をキランと光らせる。
「なに? 有料だと? 話にならん。出直してきたまえ」

 船壁に腕を組んで立っているカイル。
「……いらんな」

「ごめんね。翼騎狼がいたら、あの子に買ってあげたかったんだけどさ」
 手を合わせて、申し訳なさそうに言う、ヘイリー。
 回想終わり。

「……」
 ジェンナーロは、大きくため息をつく。
「私、商売下手なんだわ……」
「商売とは得てして、そんなものなのだよ」
「まあ、また帰りに売ればいいよ。オレも手伝うからさ」
「うん……」
 テレサが頷くと同時に、後ろから足音が聞こえる。
「思ったより、状況は悪いわね」
 ジェンナーロたちの後ろに立つと同時にそう言ったのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だった。
「と、言うと?」
 ジェンナーロの問いに、ローザマリアは一枚の大きな鱗を見せる。
「『サハギン』の鱗よ」
「サハギン?」
「パラミタ内海に巣食う蛮族の一種て、三つ又の簡素な槍を武器にする半魚人のことよ」
「鯱獣人とは、また希少よの。どんな種族なのだい?」
「知能は低く言葉は喋れないわ。数名の群れで行動することが多いって話よ」
「ほう、それはまたやっかいな」
「で、どうして状況は悪いんだ?」
 ジェンナーロが問いかけると、今度はローザマリアの隣に立っている、シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)が答えた。
「えっとね、島のいたるところに鱗が落ちてたのよね。それも結構大量に」
「と、なると、結構な数が島に上陸してるってわけだ?」
 ジェンナーロが腕組みしながら、唸るように言うと、困ったようにローザマリアが頷く。
「ええ。そうなるわね」
「まあ、水中戦であれば、何も問題なかろう?」
 ライザが、テレサとセレーネを見る。
「確かにそうだけど……、厄介事はさっさと片付けたいわ」
 ローザマリアが、商品を鞄に戻している、テレサとセレーネを見る。
「姉妹の時間を壊すのは、無粋というものだしね」
「……そうだな」
「異論はない」
 と、その時、テレサとセレーネが同時に立ち上がる。
「どうした?」
「しっ」
 テレサが口に人差し指を当てて、湖の方を見る。
「?」
 ジェンナーロも、湖の方を見た時だった。湖の中から、急に槍が出てきた。
 三叉の槍。さらに、その持ち主も姿を現す。
 パラミタ内海に巣食う蛮族の一種。三つ又の簡素な槍を武器にする半魚人だ。
 全身が鱗に覆われていて、顔の作りは人よりも魚の印象の方が強い。
 背中にはヒレがついている。
『サハギン』が現れたのだ。
「くっ!」
 ジェンナーロたち三人が、臨戦態勢をとる。
「あら、河童さん? 尻小玉でも抜きに来たのかしら? 残念だけれども、抜かれるのは――あんたたちの魂よ」
 ローザマリアがクロスファイアを構える。
「エリザベス1世が直々に其方らを成敗してくれよう。我が剣の錆と消えたくば、何処からなりとかかってくるがよい!」
 ルーンの剣を構えるライザ。
「今回は、テレサたちに任せておけば悪い結果にゃならんだろ」
 悠然と腕を組む、ジェンナーロ。
 それと同時に獣人化したテレサとセレーネが、サハギンに襲い掛かる。
 二人がサハギンの喉元を掴んで、湖の中に押し戻す。

 数分後。
 湖の中から、赤い色が広がっていく。
「……ふむ。鯱姉妹の牙にかかるサバキンどもに同情を禁じ得ぬな。パニック映画どころの話では済むまい」
 ライザが、ポソリとつぶやく。
 それを聞いた、ジェンナーロがゆっくりと頷く。
「今頃水中はジョーズより酷い事になっているだろうぜ」
「……そうだわ。こうしてはいられない。他の人たちにも、警戒信号を出さないといけないわ」
 ローザマリアが信号弾を空へと打ち上げる。
 空で、注意を促す黄色い煙が立ち上る。
 その時、後ろの方で、ガサガサと草が揺れる音がする。
「あ、見て、見て花火だよ、花火」
「ホントだ。昼間なのに珍しいな」
 空を見上げているのは、リアトリスとベアトリスだった。
「アトリ、見て! 魔修湖。赤くなってる。きっと色が変わるんだよ」
「ホントだ」
 マジマジと湖を見る二人。
「……いや、それは、違うのだよ」
 しかし、ライザの呟きは、風によってかき消され、二人の耳に届く事はなかった。


 島巡回組2

「うん……。なるほど、なるほど。ここがこうなってるから……」
 白地図に書き込みをしながら歩いている輝寛。
「また俺の地図から少し空白が消えるわけだね、うんうん」
 上機嫌で、ペンを走らせていく。
「それにしても、悪いね。こんな役回りに付き合ってもらって」
「いいえ。輝寛さんに着いていくだけです」
「殿をお守りするのが、私の役目ですから」
 輝寛の両サイドを守るようにして歩く、ナディアと鶴姫。
 すまなさそうに頬を掻く、輝寛。その輝寛を見て、鶴姫が言葉を重ねる。
「それに、灯台を守るのは大事、その手伝いが出来るのは喜ばしい事です」
「……だね」
 輝寛は、最後に素早く白地図を埋めると、折りたたみ、鞄の中へと入れる。
「よし、そろそろ一周するころだね。灯台が見えてきた。それにさっきの警戒信号も気になる。灯台に急ごう」
 三人は足早に、灯台へと向かう。


 島巡回組3

「ふう」
 ちょっとしたため息をついたのは、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)だった。
「リンネは、サハギンが野蛮で、言葉が通じないって言ってたけど、ホントかな?」
 島を回りながら、ヨルはサハギンを探していた。
 そんな時だった。上空に警戒信号弾の音が響く。
 顔を上げると、そこには黄色い煙が漂っていた。
「……警戒しろ、かぁ……」
 やりきれない思いが、ヨルの心を締め付ける。
「彼らだって、生きてるんだし、意志はあるはずだよ」
 そんなことを考えていた時だった。
 不意に、横からガサガサと草を掻き分ける音がする。
 ヨルは身構えるが、すぐに警戒を解き、両手を上に上げる。
「ねえ、別に怖がらなくていいよ。ボクは危害を加えたりしないからさ」
 しかし、沈黙がヨルを包む。
「……ほら、武器だって、この通り何も持ってない」
 ヨルは両手を上げたまま、その場でクルリと回転して見せる。
 すると、草むらから、ガサガサと姿を現したのは、とても小さなサハギンだった。
 大きさは、ヨルの腰程度。五、六歳児と同等の大きさだ。
「……テ、キ?」
 小さい、サハギンは、自分の身の丈にあった、小さな三叉の槍を持っている。
「違う、違う。ほら、武器なんか、持ってないでしょ?」
 ヨルは微笑んでみせる。
「……ホント?」
 サハギンが首を傾ける。
「あ、そうだ。お腹減ってない? みかん、あるよ」
 ヨルが鞄からみかんを出し、サハギンに向かって放り投げる。
 サハギンは槍を放り捨て、みかんに飛びつく。
 クンクンと匂いを嗅ぎ、そして、かぶりつく。
「あっ!」
 サハギンは目を細め、しょぼんとする。
「……ニガイ」
「それは、皮を剥いて食べるんだよ」
「……カワ?」
 ヨルは、サハギンに近づき、みかんの皮を剥いて、身をサハギンに渡す。
 サハギンは、またもスンスンと匂いを嗅ぎ、口の中に入れる。
「!」
 サハギンは、ピョンピョンと跳ね上がって、ヨルの周りをグルグル回る。
「アマイ。アマイ」
 ヨルは微笑んで、サハギンを見る。
 サハギンはヨルの目の前で立ち止まり、首をかしげる。
「モット、アル?」
「うん。あるよ」
 ヨルは鞄からみかんをもう一個出し、皮を剥いてから渡す。
 それを、パクッと食べるサハギン。
「アマイ、アマイヨ!」
 またも、ピョンピョン飛び上がるサハギン。
「ねえ、他のサハギンも、キミみたいに話せるの?」
 サハギンは跳ぶのを止め、首を横にプルプルと振る。
「……ボク、ダケ」
「キミだけ?」
「……ボク、ナカマハズレ」
 ショボーンと肩を落とす、サハギン。
「……ねえ、キミ、学校に興味ある?」
「ガッコウ?」
「うん。学校だったら、みんな友達になってくれるよ」
「……トモ、ダチ?」
「そう。仲間」
「ナカマ! ホシイ。ガッコウ、イク」
 サハギンはみかんを貰った時よりも、二倍以上高く、ジャンプしながら、ヨルの周りを回る。
「今度、百合園に遊びに来くる? 入学もできたらいいんだけど、これは校長に聞いてみないとね」
「ナカマ、ナカマ、ナカマ!」
「よし、じゃあ、さっそく、みんなのところに案内するよ」
 ヨルと、サハギンが手を繋いで歩き出す。
「ねえ、よかったらパラミタ内海の冒険談聞かせてよ」
「ウミ、コワイ、ヤツイル」
「怖いやつ?」
「デモ、ボク、ニゲナカッタ」
「へー、すごいね」
 ヨルがそういうと、サハギンは嬉しそうに、ピョンとジャンプする。
「……リク、コワイヤツ、イル?」
「あはは、いっぱいいるよ。家にいる執事がさ……」
 ヨルは、実家での執事との戦いの日々を話し始める。


 灯台編成組

 一際大きな爆発音が響く。
 灯台の扉がギシギシと悲鳴を上げている。
「ちっ! 分厚いな」
 カイルが舌打ちをして、扉を見あげる。
 今の爆発音は、カイルが『破壊工作』を行なったのだ。
「もう、一息だと思うんだがな」
 カイルは、自分の装備を見る。武器になるようなものは、アーミーショットガンだけだ。
「もっと、衝撃を与えるものじゃないと無理だな」
「なら、我の出番であろうな」
 カイルの呟きに答えたのは、ユピーナ・エフランナ(ゆぴーな・えふらんな)だった。
 その手には、巨大なハンマー、ウォーハンマーが握られている。
 ユピーナは、大きく息を吸い込み、ハンマーを構える。
 そして、扉に向かって打ち込む。
 先ほどの『破壊工作』負けず、劣らずの炸裂音を奏でた。
 扉は、弱々しいギシギシと言う声を上げて倒れた。
「こんなもんだな」
 ニッと笑うユピーナ。
「ユピーナ、よくやった。よし、中に入るぞ」
 そう言って、灯台の中に入っていく、ヤジロ。
「……それ、ワシのセリフ」
 悲しげな、イーハブの声はヤジロは、おろか、他の生徒たちにも届く事はなかった。