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空京神社の花換まつり

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空京神社の花換まつり

リアクション

 
 
 小枝つくりましょう
 
 
 社の中に置かれた段ボール箱を、橘 恭司(たちばな・きょうじ)は早速開けてみた。布紅がすでに封を切ってある為に箱の蓋は止められておらず、左右に広げるだけで中が確認できた。
「こちらは花びらの紙のようですね。それと茶色のテープ……これは枝に巻くものでしょうか」
 恭司は次々に置かれている箱を開けてゆく。1箱が何本分、というのではなく、材料別に分けられているようだ。
「こちらの布はお守り袋用でしょうか。これは……?」
「あ、それはお札です。お守り袋の中に入れるんですー」
 小枝につけるものなので、お守り袋もお札も常の物よりも随分と小ぶりだ。
 恭司と同様に材料を確認していた水神 樹(みなかみ・いつき)が、図解の載った紙を見つけて皆に示す。
「これが組み立て図のようですね」
 花びらを針金でまとめて1輪にしたものを、枝に留めつけて紙テープでくるくると巻く。そこに、布を袋状に縫ってお札を入れたお守り袋、小さな絵馬、花換まつりと書いてある紙を取れないようにしっかりと結ぶ。
 お守り袋を縫う以外は工作と変わらない。手芸の腕前が壊滅的な樹でも、これなら大丈夫そうだ。
 樹の持つ組み立て図を肩越しに三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)も覗き込む。
「わ、結構いろいろつけるんだね。これってどんな手順で作れば一番やりやすいのかな?」
 闇雲に作ろうとすると効率も悪いし、作りにくい処も出てくるだろうから、というのぞみに、ミルディアも組み立て図を覗き込み。
「作業は、『下ごしらえ』と『組み上げ』の2つに分けて考えるといいんじゃないかな。下ごしらえに入るのは、桜の花を作ること、お守り袋を作ること……だね。下ごしらえをしたものを1本にまとめて小枝にするのが、組み上げ。1人でやっても分担してやってもいいけど、下ごしらえをして組み上げ、っていう順番はしっかり頭に置いておくといいと思うよ」
 枝を組み立てかけて、下ごしらえが出来てないものに気づいてそちらをやり……なんてやっていると、しっかりしたものが出来ない、というミルディアに、布紅が思い当たることがあるように胸を押さえた。
 ただでさえ不器用なのに、テープを巻きかけては、出来ていないものに気づいて手を放し……なんてことをしていては、きれいな桜の小枝が出来るはずもない。
「てことは、まず『桜の花を作る』『お守り袋を作る』。で、『桜の花の針金をテープで枝に留める』。最後に『お守りとか絵馬とかの飾りをつける』だね。布紅ちゃんも分かった?」
 のぞみは確認した手順を繰り返し、布紅に視線を向けた。
「はいっ。今度はちゃんと順番通りにやってみます」
「だったら誰が一番たくさん作れるか競争しようよ」
「ええっ、競争、ですか〜」
「うん。あたしもがんばって、一番たくさん小枝を作るからね!」
 たくさん作って、皆をたくさん幸せに、とはりきってのぞみは材料を手に取った。
「桜……お守り袋……う〜ん……」
 どちらから手をつければ良いのかと、布紅はまだ迷っている。
「下ごしらえの方が細かい作業が多くて大変かしら。私はそちらを作るわね」
 早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)はお守り袋用の布を手に取り、小さくて可愛いわねと微笑んだ。縫い物が苦手な人にとっては小さなお守り袋は一番の難敵だけれど、『みんなで手芸くらぶ』のコミュニティに入るくらい手芸が好きなあゆみにとっては、小さな方が可愛く見える。
「ワタシも裁縫を手伝いますね」
 同じコミュニティに入っているジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)も、率先して針を持つと、ちくちくと小さな袋を縫い始めた。
 四角い布の端を縫い、それを袋状に縫って裏返し。お札を入れて口元を紐でしばればお守り袋の出来上がり。
「それなんだけどさ、これをお守り袋の中に忍ばせてみない?」
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は持参した桜の香を取り出した。紙の桜に香りはないけれど、お守り袋にこれを忍ばせればふんわりと春らしい香りが漂うだろう。
「花の部分にも香りをつけとくといいんじゃねえか。ほら、こうして……」
 朱鷺宰 アスラ(しゅるさ・あすら)は桜の花びらが入っている箱の中に香を入れると、蓋を閉めた。しばらくそうしておけば、紙の桜の花からも良い香りがすることだろう。持続性はないけれど、祭りの間だけ保ってくれれば良い。
「いい匂いです〜」
 布紅は香を吸い込んで、嬉しそうに笑った。
 
 
 そして本格的に桜の小枝作りが開始された。
 小枝作りを手伝いに集まったのは50人ほど。机を出す余裕もないから、手伝いの皆は床に座り、花や材料は敷き紙に載せての作業だ。
「あれ、ここはどうだったっけ?」
 ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)は組み立て図を確かめては、丁寧に作ってゆく。応用は利かないほうだから、出来上がってゆく小枝は組み立て図通りのものだ。
 手早いけれど、その手早さに流されてしまわないように、丁寧に丁寧に。
 ミレーヌよりはやや遅いけれど、ラヴェル・シルバーバーグ(らう゛ぇる・しるばーばーぐ)はとても丁寧に桜の小枝を作っていった。几帳面な性格を表すように、桜の小枝の制作もきっちりと。花びらの並びも等間隔な桜を、組み立て図通りの位置にテープで着けてゆく。テープにも緩みや皺はなく、まるで見本のような出来上がりだ。
 桜の小枝を作っている最中にミレーヌはふと思いつき、アーサー・カーディフ(あーさー・かーでぃふ)に提案した。
「アサ兄はお裁縫得意だよね? お守り袋に簡単な刺繍とかしてみたらどうかな?」
「刺繍……花換まつりだから、桜の花か花びらぐらいか? それくらいなら縫えると思うぜ」
 さすがに刺繍糸は持ってきていないから、アーサーは縫い糸で桜の花を縫い取ってみる。
「うん、可愛いんじゃない?」
 ミレーヌは満足そうだけれど、アーサーは守り袋と枝を見比べる。
「刺繍をしていると、枝作りはあんまりできなくなるぞ」
「その分あたしたちが頑張るよ。あ、布紅ちゃん、桜の小枝ってこんな感じでいい?」
 ミレーヌに呼び止められて、布紅はちょこちょこと寄ってきた。3人が作った桜の小枝を見ると、目を丸くする。
「わわ、みなさんお上手です」
 その出来映えに感心するように布紅は枝を回しながら眺め、お守り袋の刺繍に気づいて顔を近づける。
「これは桜……? もしかして縫ったんですか?」
「ああ。これで問題ないようならオレも手伝わせてくれ」
 アーサーの言葉に布紅はもちろんです、と深く肯いた。
「このお守り袋の刺繍に気づいたら、きっと喜んでもらえると思います」
「俺が作った枝も問題ないか?」
 ラヴェルの小枝も布紅は感心したように確認する。
「とても上手です。私の作ったのと同じ材料で出来てるとは思えないくらいです〜」
「それならこのまま作業を進めさせてもらうな」
「よろしくです〜」
 ラヴェルに頼むと、私もがんばらないと、と布紅は自分の作りかけの小枝が置いてある方へと急ぎ足で戻っていった。
 
 小鳥遊 椛(たかなし・もみじ)の細い指先が、桜の花を作ってゆく。1枚1枚、薄い花びらを纏めては、くるくると元を留め、次々にきれいな形の桜の花が出来上がる。
 一心に作業をしている椛の隣では、花を取りつける作業係の篠宮 悠(しのみや・ゆう)がふぅと大きな息を吐き。
「めんどくせぇー」
 持っていた枝と桜の花を床に敷かれた作業紙の上に下ろした。
 細かい上に単調な作業は、悠にはまったく向いていない。一向に悠の作業が進んでいかないので、作業紙の上には、椛の作った桜の花がどんどん溜まりつつあった。
「ちょっと悠! 縁起モノ作ってる時はその口癖は禁止!」
 悠の口癖であるその言葉を聞きとがめ、ミィル・フランベルド(みぃる・ふらんべるど)がびしっと注意する。最近少しやる気になってきたんじゃないかと思っていたのだけれど、小枝作りをする悠はいつもと同じにかったるそうだ。
「本当に面倒だぜ、これ」
「面倒だろうがどうだろうが、どうせ万年暇人なんだから、たまには誰か手伝ってもいいじゃない」
 ミィルに言われて悠はしぶしぶ手を動かし始めた。
 しぶしぶと言っても、出来上がりは決して悪くない。けれど、気が乗らない為か悠の作業の進みは非常に遅い。
 見かねた椛が桜の花を作る手を休め、遅れている悠の分担を手伝いに掛かった。
 これで遅れは取り戻せる……かと思いきや。手伝ってくれる椛に悠は、
「後頼む」
 とうそぶき、自分は休憩してのびをする。
「さぼらないの! 誰の分担だと思ってるのよ」
 その悠の背中をどやしつけたミィルは、小枝の最終段階、お守り袋や絵馬をつるす役割をしている瀬良永 梓(せらなが・あずさ)の手元にふと目をやった。
「……それ、何?」
 お守り袋、にしては何だか見た目がおかしいけれど、とミィルが尋ねると、梓は触ってみて、と吊した枝ごと差し出した。
 ミィルが指先で警戒しつつそれに触れると。
 お守り袋に仕掛けたバネが弾け、びしっとミィルの指先を挟み込む。
「な、何よこれ」
「福を逃がさないように、しっかりと噛みついて離れないお守り袋よ。これで福をがっちりゲットできるわ」
「ゲットされてるのは福じゃなくて、私の指の方よ! もう、どういう発想したらこんなモノつけられるの? ってか、いつ作ったの?」
 ミィルは指を挟み込んでいるお守り袋を、桜の小枝から引きちぎった。
「それならこっちにするわね。厄払いのための、大量警報機つきお守り袋。これで枝を持つ者の身は安全よ」
「だから、そういうのはダメだっ……痛っ……」
 梓から怪しいお守り袋を取り上げようとして、桜の花についている針金を引っかけ、ミィルは顔をしかめた。
「大丈夫ですか? 今回復致しますわね」
 椛が急いでミィルの傷を癒す。そんな風に3人がばたばたしている間も、悠は面倒そうに花のついていない小枝を、ゆらゆらと振って退屈をしのいでいるのだった……。
 
 
「折角だから、小枝作りじゃなくて巫女や福娘をすれば良かったのに。ワタシ、葉月の巫女姿、見てみたかったな」
 桜の小枝作りをしながら、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が葉月に言う。
「それも考えたんですけれど、見目麗しいお嬢さんたちに任せた方が、僕が着るよりお似合いでしょう」
 外見が男性的な自分では、福娘の衣装をつけてもイメージは、可愛らしいではなく凛々しいになってしまいそうだ。神事の種類によってはそちらが似合う時もあるだろうけれど、福娘ならば可愛い雰囲気の方が合う。そう判断し、葉月は小枝作りの方の手伝いをすることにしたのだった。
「葉月だって似合うと思うんだけどな」
 ミーナは未練ありげに呟きはしたけれど、本人が乗り気でないなら仕方がない。こうして一緒に並んで小枝作りが出来るんだから、それで我慢することにした。福娘なんかしたら誰かにみそめられて、悪い虫でもついてしまうかも知れないし。
 そんなことを思いながらミーナが目をやれば、葉月は1本ずつ丁寧に小枝を仕上げていた。
 葉月が作りながら思い浮かべるのは、桜の小枝を手にした人々が交換し合う様子、そしてそれを布紅がはにかみながら見ている姿。
 桜の花が舞い散る中で、ひとときの逢瀬を楽しむ人たちに、福がもたらされるように……そんな想いをこめて、桜の花を留め、お守りを吊す。
「ま、これも良いよね」
 そんな葉月の姿も良いものだと、ミーナはしばし見とれた後、自分が作りかけていた小枝へと意識を移した。
 
 
「やったー、また完成だよっ」
 競争しよう、と言い出しただけに、のぞみが小枝を作るペースは速い。
 出来た小枝を置くと一息いれることもせず、すぐに次の材料に手を伸ばし、桜の花を作り始める。
 のぞみが手元に集中し始めたのを見ると、ミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)はのぞみの作った桜の小枝を手にとって確認した。
「……やっぱりか」
 スピード重視の余り、出来上がりには粗が目立つ。このまま使えないことは無いだろうけれど、祭りに使うものなのだから、もう少し整っていた方が良さそうだ。
 ミカは辺りを見回すと、すぐ近くで小枝を作っている橘恭司の処に行った。
「少しその枝を見せてもらえるか?」
「ええどうぞ」
 恭司が作っているのはアレンジのない基本通りの小枝だ。下手にアレンジをすると失敗しそうだから、と手本通りに桜を作り、組み立ててある。
 整った出来上がりの枝を、ミカはじっくり観察した。
「なるほど……こうなってるんだな。ここはどうなってるのか……」
 出来上がってからでは良く見えない箇所の作りを、何とかして見極めようとしているミカに、
「ああ、そこはですね」
 恭司は次の枝を見本にしてやってみせた。
「後からではこの部分は直し辛そうだな……いや、ありがとう」
 恭司に礼を言って戻ると、ミカはのぞみが作った枝の手直しを始めた。
 そんなミカにも気づかぬくらい、のぞみは真剣に小枝を作っている。たくさんたくさん、もっとたくさん。福を交換したい人の手に行き渡るように。
 
 鈴木周もまた、大急ぎで小枝を作っていた。細かい作業は苦手だけれど、とりあえず形がなんとかなっていればいいだろう。
「よーし、できたできた!」
 出来上がったばかりの桜の小枝を手に、周は琴子の処に急いだ。
「琴子ちゃーん!」
「先生のことをそんな風に呼んではいけませんと、いつも注意していますのに」
 蒼空学園の生徒には先生と呼ばれたい琴子は、めっ、と周を軽く睨んだ。
「いいからいいから。ほら、花かえようぜ! そして教師と生徒の関係を超えよう」
「もう……何を言ってるんですの」
 そう言いながらも琴子は、周が差し出した小枝を受け取った。その出来映えを見て、まあ、と声を挙げ。
「もっときちんと作らないと……あら、鈴木君……?」
 注意した頃にはもう周は元の位置に戻って、次の枝を作っている。出来上がると今度はそれをセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の処に持っていった。
「祭りなんて待ってられねぇよな。花かえようぜ!」
「え、私……?」
 セルファは反射的に隣にいる真人に目をやって、大した反応をしてくれていないのに気づいて密かに凹む。そんなうちにも周はセルファの前に花を置いて去ってゆき、また次の花を作る。
 こめる願いは1つ。世界中の女の子に愛と笑顔を。
 出来上がったものは、小枝と格闘中の布紅の処へ持ってゆく。
「布紅ちゃん、これ受け取ってくれ。神とか人とか関係ねぇよ。可愛い子は大好きだぜ!」
「ありがとうございます」
 布紅は礼を言うと、もらった小枝を自分が作った小枝の隣に置いた。
「いや、違ぇよ。単に完成した花を渡してるわけじゃなくって……」
 花換まつりの前倒しだ、と言いかけた周だったけれど。
「お手伝いありがとうございます。助かります」
 布紅ににっこりと笑顔を向けられて、その先を続けるのをやめた。
 予定とは全く違う反応だったけれど、枝を作れば布紅が喜んでくれるし、祭りで枝を交換する女の子たちも喜ぶことだろう。
「こうなりゃやけだ。どんどん作るぜ」
 周は花換えならぬ花渡しを断念すると、さっきに増して猛然と小枝を作り始めるのだった。
 
 
 福神社の隅の一角に場所を占め、白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は小枝につける桜の花をひたすらに作っていた。繊細な薄紙の花びらをまとめて、1輪の花に仕立てる。
 そのうち幾つかの花びらの裏には、こっそりと小さなイラストを描いた。絵柄は縁起物が良いだろうと、だるま、招き猫、末広がりの扇……。
 この桜を手にした人は、裏にそっと描かれたイラストに気づくだろうか。もし気づいたら、どう思っうだろう。ちょっと得した気分になってくれるだろうか……。
 見てもらう為の絵ではなく、かといって見られないことを前提とした絵でもなく。気づいた人だけを微笑ませる、そんな隠し絵のようなイラストを描くのは楽しい。
「お山の絵はおめでたいの?」
 ちまちまと桜の花を枝につけていたヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)が珂慧の描いた山型のイラストに、どうして山が縁起物なんだろうと首を傾げる。
「これ、富士山のつもり……あ、ここ日本じゃないけど、いっか……」
 この山は何だろうと思ってもらうのも、それはそれで面白いかも知れないし。
 そんなことを思っている珂慧の前で、作業にちょっと飽きかけていたヴィアスはじっと桜の花に描かれた山の絵に見入った。いや正確には見入っているのは絵ではなくて、それが描かれた薄紙の花びらの方。
 ほんのりとピンクがかった薄紙はきれいで、口の中にいれたらふわっと溶けそうに見える。とても美味しそうな……。
「……ヴィー、その造花は食べちゃダメだよ」
 珂慧の声に白ヤギの獣人のヴィアスははっと顔を引いた。
「我はヤギだけど紙は食べたりしないのよぅ。美味しそうな色の紙だけど食べないの……た、食べ……」
 ……ごくり。つい呑み込んだ唾を誤魔化すように、ヴィアスは珂慧にお腹が空いたと訴える。
「日本では桜を見ながらお団子食べるって聞いたのよぅ」
「分かった。あとで食べるもの買ってくる」
「なら頑張るのよぅ」
 単調な作業に眠くなりかかった目をこすり、ヴィアスは枝に桜の花をてんこ盛りに付けていった。取れてしまったら縁起が悪いから、しっかりきっちり留めてゆく。
 何を買ってきてもらおうか。社の中にも溢れる桜の枝に似合う食べ物……花見団子、桜餅、桜茶……。
 時折花びらの裏のイラストを見ては、眠気を紛らわせ。
「白菊ぅ、ヤギさんの絵がないのよぅ?」
「だって縁起物じゃないから」
 そう言いながらも珂慧は、少し失敗した桜にヤギの絵を描いて、ヴィアスの髪に付けてやった。
 こんな処でヴィアスに眠られては困るから気を紛らわせる為……のものだったけれど、ふわふわしたヤギの毛色の髪に、淡い桜の花飾りは想像以上に似合っている。
「縁起物じゃなくても、このヤギさん桜はきっと縁起がいいのよぅ」
 ヴィアスはまんざらでないように桜に手を触れると、またちまちまと桜を小枝につけてゆくのだった。
 
「陽太郎ー、飽きたぁ」
 イブは気力が尽きたように、作りかけの桜の小枝を下ろした。
「もう、ですか? イブ、キミの火術で屋根を焦がしたお詫びの作業なんですから、もう少し頑張りましょうよ」
 陽太郎がそう宥めたが、元々細かい作業を続けるのは性に合わないイブは、
「お詫びをするのはやぶさかではないんだけど……ねぇ」
 と、小さなパーツで成り立っている桜の小枝に、恨めしそうな視線をあてた。小さな花びらをまとめて花にするのも、お守り袋をちくちくと縫うのも、それを枝に仕立てるのも、地味なちまちまとした作業だ。細かい作業が苦にならない人ならいいが、イブにとってはこれを長時間続けるのは苦行だ。
「はぁ……そうだ。小人さん手伝ってプリーズ!」
 良いことを思いついたとばかりに、イブは小人の小鞄を開いた。
 鞄から出て来た小人は、身体の半分ほどもある花びらを桜の花に仕立ててゆく。上手とは言えないけれど、とりあえず使えるレベルの花は出来るようだ。イブは花作りを小人に任せ、自分は花作りよりも少しは興味の持てる飾り付けをしていった。
 地味に目立たず慎ましく、が座右の銘である陽太郎が作った小枝は、マニュアル通りのかっちりしたごく普通の仕上がりだけれど、イブが作る小枝はそこに原色の派手な飾り付けがされてとても華やかだ。
「陽太郎ももっと飾りをつけてみたら?」
 イブに進められたけれど、
「俺にはイブのようなセンスはありませんから……」
 自分のセンスを信じていない陽太郎は普通が一番と、見本のような小枝を作ってゆく。
「縁起物なんだから派手な方がいいのよ。ほら、あんな感じに」
 と、イブが陽太郎に目で示した処では、珠輝リアが花枝作りのまっ最中。
 珠輝は薄紙でできた桜を枝に留めつけ、金のラメでたっぷりと化粧する。ラメに負けないように、枝には紫のリボンを巻き付けて濃厚な飾り付け。
「濃密な愛を運ぶといいですねぇ、ふふ……!」
「こんなんでも、手先は器用だからなぁ……」
 手際よく枝を作り上げる珠輝を見て、リアも桜の小枝作りにチャレンジ。
「結構難しいなぁ……」
 桜はきれいな形に出来たけれど、どうやったら潰さずに枝に取りつけられるのか。
 苦労しているリアの手元を珠輝がそっと押さえた。
「ここをこう押さえて……そう、そしてこちらのテープを下に……」
「えーと、こうで……こう? あ、いけるかも」
 巧く留められてリアから思わず笑みがこぼれた、けれど。
「そうです! 嗚呼っ、イイ、実にお上手ですね……! 素晴らしいです!」
 神社の中とは思えない珠輝の嬌声に、リアの素直な笑みは苦笑へと移る。
「珠輝、褒めてくれるのは嬉しいが普通に褒めてくれ」
 綺麗にテープが巻き上がった枝に、リアはお守り袋を吊す。アレンジしても良いと聞いたから、ピンクのお守り袋の口元にひらひらとフリル。枝にはピンクとレースをあしらったリボンを結び。
「ふふ、まるで初恋のような可愛らしさですね」
「し、仕方ないだろ、可愛いの好きなんだからっ! あんまり見るなよっ」
 珠輝の微笑に、リアは出来上がった桜の小枝を背に回して隠すのだった。
 
 
 定番の桜の花の中に、十数個にひとつだけ、ハート型の花びらをまぜて。福娘になる人に、受け取る人にこっそりと花びらの形を耳打ちしてもらおう。周りの人には聞こえないように小さな声で。
 そんなことを思いながら作業していたヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、顔を上げて周囲を眺め、ちょっと笑った。
 神社に集まった皆が紙を手に、枝を手に、黙々と桜の小枝を作ってゆく。そんな様子はまるで。
「内職みたいだわ、これ」
「内職とは何じゃ?」
 クレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)は耳慣れぬ言葉に手を止めて尋ねた。
「家でするちょっとした仕事のことよ。日本の昔のお母さんは家計を助ける為に、家のちゃぶ台の上に材料を広げて、こんな作業をしたものなのよ」
 説明されてもクレオパトラにはさっぱり分からなかったけれど、神社で花を作る皆を見渡し、こんなものなのだろうと想像する。
 最初こそ戸惑い、作ることのにみ神経が集中していたけれど、幾つか作るうち、クレオパトラの手は自然に動き、苦もなく桜の枝を作れるようになっていた。周りで作業する皆も、随分と落ち着いて……と見た目が布紅の上で止まる。
「布紅殿の出来具合は……うむ」
「やっぱり……ですか?」
 クレオパトラの視線に気づいて、布紅はテープを巻き直す手を止めた。上手に作るのが難しい桜の花は他の人に任せ、出来たものを束ねていたのだけれど……。ぶかぶかのテープから桜が抜け落ちて、均等に巻けていない枝は太さがまちまちになり、とうまくいかない。
「力加減とか、結構難しいものですね」
 布紅ほどではないけれど、美魅もまだ苦戦中。美魅の作るものは一応形にはなっていて、十分花換まつりに使えそうではあるのだけれど、自分の思うようには出来上がらない。
「慌てなくていいのよ。ゆっくり、心と時間をかけただけ、福が宿るわ」
 あゆみは根気よく手を取って作り方のコツを教えた。
 不器用な子は、手に正しい動作を覚えこませるのが上手ではない。だから丁寧に、ゆっくりと1つずつ。そうして作っているうちに、だんだん手が動くようになってゆくから。
「こう……ですか?」
 あゆみに教えられたことを繰り返すうち、美魅の手つきは良くなっていった。まだゆっくりではあるけれど、小枝の形はさっきのものと比べても随分整ってきている。
「そうそう。美魅ちゃん、上手になったじゃない」
 励ますあゆみの隣で、メメント モリー(めめんと・もりー)はこういう工作は得意だとばかりに、ひょいひょいと小枝を作ってゆく。
「モリーはちょっと作るのが早すぎるわね」
「え、なんで?」
 注意されて、モリーはきょとんとあゆみを見返した。
「こういうものは、この小枝を手にする人の幸せを願いながら丁寧に作るものなのよ」
「心を込めないとダメってこと? そっかー。ボクってすぐあくせくしちゃうんだよねぇ」
 あゆみんがほっとけないもんだから、と付け加えると、モリーは今度は心をこめようとしながら枝を作り出した。
「花かえましょ〜♪ そうしましょ〜♪」
 即興で作った歌を歌いながら、材料の切れ端を切り抜いて小さな猫や鳥を作り、それを小枝に飾り付ける。
 その様子を微笑ましげに眺めると、美魅も手にした枝に想いを込める。
「どうかみんなに福が宿りますように」
 満開の桜の下、小枝を交換する人々の笑顔の役に立てますように、と。