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リアクション
【5・小さな意地】
アリアのおかげで逃げることができたシリウス達だったが。
路地裏を抜け、大通りに出たところで予想外の事態に遭遇して困っていた。
実は先程逃げていた際にぶつかった八神 誠一(やがみ・せいいち)が追いかけてきたからである。彼はせっかく買った特売卵を取り落とし、見事に割ってしまったのだ。それもひとつ残らず。
そんなわけで必死の捜索の末シリウスに詰め寄っているのである。
「まったく、どうしてくれるんですかぁ! ちゃんと弁償してくれるんでしょうねぇ?」
「あ、あの。今はそれどころじゃないんですよ。寺院の追っ手がですね」
「あっ。誤魔化すつもりですか!」
「だからそうじゃなくって……」
実際非がこちらにあるせいでシリウスは邪険にすることもできず、かと言って現在手持ちも無いため弁償もできず、解決策が見出せないでいた。
ついでに言うと、借金まみれのホイップも当然お金など持ってないので、あさっての方向を向いてとばっちりを受けないようにしていた。やはりお金で痛い目にあっているゆえに、そこだけは関与したくないらしい。
「ちょっと君! なにやってるんですか!」
そこへ駆けつけてきたのは葉月とミーナ。
ようやく見つけたシリウスが誰かに詰め寄られていたので、ふたりは慌てて駆け寄り両者の間に割っている。
「この人に危害を加えるつもりなら、ワタシ達が容赦しないよ!」
「あ、僕は別に怪しいものじゃないよぉ。ただ卵を弁償して欲しいだけなんだから」
ミーナに反論する誠一の声は、怒りを含んではいたが、どこかのんびりした口調なので悪意は無く聞こえた。
なんとなくそれを感じ取った葉月達は後ろのシリウスを見て、彼女が申し訳なさそうに首を上下させたことで、どうやら嘘ではないようだと警戒をときかけた。が、
「そうさぁ! 本当に怪しい連中ってのは、オレらみたいのを言うんさぁああ!」
そのとき前方からバイクに二人乗りしている、黒と緑のフルフェイスのライダーが突撃してきた。手には棍棒とヌンチャクが握られており、確かに怪しかった。
「女王候補。お命、頂戴!」
時代劇じみた掛け声と共に、そのまま男達はスピードを落とすことなく突っ込んでくる。
「……とりあえず、好意的な相手ではないようですね」
が、葉月はそれに臆することなく冷静にバイクへと駆け。すれ違いざまに一気に木刀を振りぬいた。
運転していた黒ヘルの方は、その行動にギョッとヘルメット内の目をむいて頭を下げたので助かったが。
後ろのヌンチャク持った緑ヘル男はマンガみたいに勢いよく後ろへ吹っ飛ばされた。幸いヘルメットのおかげで死にはしなかったが、一発で地面にひれ伏して気絶した。
「な、なにさぁ!? あの野郎、フツーあんなアブネー真似するかさぁ?」
後ろを向きながら絶叫する棍棒男に、
(女王候補狙ってきた人が危ないとか言うか……)
傍観していたミーナは呆れつつ、
「運転中に振り返ると危ないよー」
一応の注意をしてあげた。
男が正面を向いた直後、誠一が投げた中身ぐちゃぐちゃの卵パックが見事に激突し。衝撃でパックが壊れ、中が飛び出して男の視界は一気に卵まみれになる。
前が見えなくなった男がそのあとどうなったかは言うまでも無いが、とりあえず病院送り確実な怪我をする羽目になった。
「襲ってきたからついやっちゃったけど、この人達誰?」
事態収束後、誠一は改めて尋ねる。
「だからさっきから言ってるでしょ! 鏖殺寺院の人達ですよ!」
ちょっとだけ声を荒げながら言うシリウスに、葉月達は軽く驚いた。
「鏖殺寺院……?」
誠一の方はぴくりと片眉を動かし、なんだか考える風になった。かと思うと口元に笑みを浮かべて、
「なるほどぉ、わかりました。それなら僕が護衛しましょうかぁ? 勿論その際にかかる経費は後で払ってもらいますけど。あ、勿論卵代もねぇ」
唐突に提案をしてきた。
どうやらそのほうが確実にお金を貰えると踏んだらしい。
「え、でも……」
さっきみたいなことが起こるかもしれないという不安が、シリウスの脳裏をよぎる。
エルや芳樹は傷を負ってなお護衛を続けたいと言っていたが、ほぼ強制的に病院に任せてきた。
とはいえ、自分達になにかあったらそれこそ彼らに何と言って侘びればいいかわからなかった。
「いた、あそこじゃい!」「ちぃっ、もうふたりやられてるっぺよ!」
しかもタイミングの悪いことに、またまた別の追っ手らしきライダーが怒鳴り声と共に走りこんでくるのが見えた。五台ほど見えてしまった。
「わ、わかりました。少しの間、護衛をお願いします!」
「よぉし、決まりだね〜。あ、やり過ぎた時は、もみ消しもお願いしますよぉ。そうすれば例えバイク相手でも、どうにか逃げ切ってみせるから」
なんだか物騒なことを言いながらどこかへと連絡する誠一に、あらゆる意味で余計不安になるシリウス。そして再び逃走劇が開始される。
逃げながら誠一はおもむろに自分が買ってきた小麦粉の袋を背後に大きく投げると、それにリターニングダガーを投擲して袋に風穴を開け、粉を宙に舞い散らせる。
「あぁん? なんじゃい、これは」
追ってきた鏖殺寺院のライダー達は自分達の前に漂ってくる粉を鬱陶しく思いながらも、全員が大した脅威でもないだろうと高をくくってブレーキをかけることはしなかった。
しかし誠一が不敵に笑って、手元に戻ってきたダガーを掴み直し、今度はそれに爆炎波を纏わせての投擲を試みた直後には、何人かは慌ててブレーキをかけた。
直後小規模な粉塵爆発が巻き起こり、軽く視界が白く塗りつぶされた。
規模こそ目くらまし程度にしかならない爆発だったが、バイクに乗っている連中をビビらせるには十分だったようで、一台が横転し、一台が壁に激突する被害をこうむった。
「火気厳禁、火遊びしたらこわ〜い目に会いますよ?」
だが誠一の攻撃はそれだけに留まらない。
次はせっかく買ったカセットボンベを後方に投げると、先程と同様に爆炎波を纏わせたリターニングダガーを投擲した。
即席の簡易爆弾となったボンベは、爆音と共にまた一台追っ手を横転させて気絶させた。
「くぁあ! なんなんだっぺよ、あの野郎はぁあ!」
だがここまでされても、残りの二台のライダーにはまだ心のどこかに余裕があった。
しょせん走りとバイク、目の前の相手の行動に注意していればすぐに捕まえられると踏んでいた。
「薬品は用法用量を守って使用しましょうね」
誠一が路地の一角に設置された階段の下あたりで、塩素系洗剤と酸性洗剤の容器をダガーで破壊することで、周囲に塩素ガスを発生させてもなお連中は焦らなかった。
あんなもの数秒息を止めていれば何の害もないと考え、油断の無い自分達に満足するという、
そんな馬鹿な油断をしていた。
「リア!」
「了解なのだよ」
直後、誠一の声に答えたのは彼のパートナーであるオフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)。彼女は指示を受けてバイクで先回りし、その階段の上で待機していたのだ。
そしてシリウス達が駆け抜けるのと同時に、サイドカーに積んであるベアリング(軸受のこと)の玉を上から一気にぶちまけた。
「頭上注意、ですよ」
「本日は晴れ時々ベアリングボール、外出の際には足元に気をつけると良いのだよ」
誠一とオフィーリアの声は、二台のバイクが物凄い勢いで壁に激突した音でかき消され、乗っていた者達にはまったく届かなかった。
夢見と司は、空飛ぶ箒に乗って空から捜索をしていた。
「見つからないなぁ」
「そうねぇ」
ビルの屋上と同程度の高さから見下ろしながらぼやくふたりだったが、
突如どこかから轟音が響いてきた。
「「!」」
音源はすぐに見つかった。そこは建設途中であったビルの工事現場。
なにがあったのか宙吊りになっていた建材が落下し、顔つきの悪い男達を押しつぶしていた。一応死んではいないようだったが。
「容赦ないですね……」「せ〜ちゃん、よくそこまでえげつない事ができるのだよ」
「くそ、そこまでやるかこいつら!」「それってもうオレら悪役の仕事じゃね!?」
「テメェらちょい待て! 現場監督の俺の前でこんなマネするたぁいい度胸だ!」
「それより早く逃げないと!」「うわっ、文句ならあの女王候補さんに言ってよぉ」
その場では、シリウスとホイップ、葉月とミーナ、誠一とオフィーリア、鏖殺寺院、あとついでに物凄く激怒したオジサンが入り混じって大騒ぎしていた。
しばらく傍観していると、工事現場のオジサン連中が一斉に血走った目で飛び出してきて。その圧迫感に敵味方全員が気圧されて一斉に逃げ出し。
シリウスとホイップ、あと鏖殺寺院が男と女の二名ほど上手く逃げられたようだったが。残りのメンバーは容赦なく取り押さえられ、抵抗しようとした残りの鏖殺寺院達はボコボコに殴られて簀巻きにされていた。
「なに、あのバケモノじみた工事の人達」
「事情は飲み込めないけど、あっちには関わらないほうがよさそうよ」
ふたりはそう割り切り、本来の目的であるシリウスの方へと箒を向ける。
彼女達は路地裏で再び物騒な追いかけっこをしていた。
「司、危ないからちょっと離れて待ってて」
夢見にそう言われて若干逡巡する司だったが、自分には別にやることがあると気づき、小さく頷いて一度ビルの屋上に降り立った。
そこから司は流れるような速さで銃型HCを取り出し、下の現場を撮影しテティス達へと送信する。続いて携帯電話でメールを打ち始め。発見した旨と位置や現状など、考え付く限りの情報を他メンバーへと一括送信し応援を求めていった。
夢見のほうはというと、一気に加速して高度を二階ぐらいまで下げていく。途中気圧差のせいで耳がキーンとしてきたが、さほど弊害はないので構わずに、
「そこの不審者! 止まりなさあいぃっ!」
今度は相手の耳がキンキンしそうな勢いで警告の声をあげる。
だがこういう場合、止まれと言われて止まることはなくガン無視された。
しかたなく追うふたりと追われるふたりの丁度中間くらいの位置に飛び降りて、すかさず黒薔薇の銃を上に向けて引き金をひいた。
路地に破裂音が轟いた。
突然の威嚇射撃に、さすがに寺院の連中も足を止めさせられる。もっとも、不可抗力でシリウス達も思わず足を止めて振り返ってしまっていたが。
「行って。あたしには構わないで!」
夢見が振り返らずに放った言葉は、自分達へ向けられたものだとシリウスもホイップもすぐ理解できた。
できたが、それでもすぐには逃げられなかった。
なぜなら、真人達やアリアのように、どこか余裕が見える人ならまだしも、外見かわいらしく弱そうな夢見を残していくのは、さすがに躊躇いを感じてしまったのだ。
結果として生まれてしまった隙を、敵は見逃さない。
女は夢見に向かっていき、その間に男の方がシリウス達へ襲いかかったのだ。
そして男の腕がシリウスにかかろうかとした瞬間、
弾丸が男の右肘と左手に飛来した。
撃ったのは夢見ではない、かといって司でもない。
「危ないところだったな」
答えは、姿を現した一輝だった。手には、サイレンサー付きのハンドガンがある。
ちなみに彼の耳にはイヤホンがついており、常に銃型HCからの情報を聞き続けていて。司の情報を元に、ここへ駆けつけることができたという具合なのだった。
だがそんなことは両腕を血だらけにして転げまわる男にはわかりようもなかったが。
「こっ、この野郎!」
代わりに女の方が、一輝の方へ駆け寄ろうとした。が、
「あたしを無視する気!? それは、さすがに心外だよっ!」
対していた夢見から意識を外したのは大失敗だった。
おかげで右の足首に弾丸を食らい、同様にのたうちまわる羽目になったのだから。
「くっそ、がぁああ!」
それでも女をやられたことで、文字通り手負いの男は一輝に飛び掛っていく。
一輝は再びハンドガンを向けた。彼としては相手が両腕を怪我している以上、あと一発足にでも当てれば黙らせられると踏んでいた。
が、それより先に男がなんと銃口に噛み付いてきたことで、さすがにギョッと目をむいて引き金を引こうとした指を止めてしまった。
(窮鼠猫を噛むとはよく言ったものだけど、現実に噛んで来るか、普通!?)
驚愕する一輝をよそに、男は血まみれの左手にも関わらず殴りかかるべく振り上げた。
直後、振り下ろされた。
方向感覚を元に、敵を挟撃できるよう狙っていたローザのクレセントアックスが、男の後ろの地面を抉るように。
大量の土がいっぺんに飛び散り、それに思い切り背中を叩かれた男はうめき声をあげ、がくりと膝をつく。
「貴様の異常な執念は見事ですわ。けれど、私に気づかなかったのは残念でしたわね」
「助かったぜ、ありがとなローザ」
一輝は、苦しみながらもまだ闘志が消えていない男に注意を払いつつ礼を述べたが、視線があるものをとらえたとき、また仰天に目を見開かせた。
そのあるものとは、傷ついた足を押さえながら、隠し持っていた光銃エルドリッジを構えている女の姿だった。
女はニヤリと笑い、発射しようとしたが。
そのとき、まさに横槍が入れられた。
いきなりフェザースピアが投擲され、銃を弾き飛ばしたのである。
「一輝、ローザ。油断は大敵であろう」
そのまま足早に駆けてきて、スピアを回収しつつ彼らの横に立ったのは、
銃型HCの情報を頼りに急行してきたプッロであった。
しかし喜んでいる暇はなかった。
鏖殺寺院の男女は、ここまで傷つきながらもまるで諦める様子が無く。
動かない腕や足を引き摺りながらも、また攻勢に転ずるべく男はふらふらと立ち上がり、女は転がった銃を取り戻すべく地面を這いずっていた。
「ミルザム様、こっちへ」
ここまで執念深い相手とこれ以上戦うのは危険だと判断した一輝は、シリウスの手をとって走り出し。
そのまま先頭が一輝、次にシリウスとホイップ、そして夢見とプッロも続き、最後にローザがしんがりになって六人は路地裏を奔走していく。
「くっそぉぉおおお、逃がすかぁ!」
「私達の……憎しみを受けなさい!」
男の血まみれの手から放たれた氷術の棘が、ローザのアックスを激しく打ち。
女の放ったビーム弾が次々と全員の頭上をあぶなくかすめていく。
「なんてしつこい連中なんでしょう。さすがの私も、少々冷や汗ものですわ」
そこから丸々三分ほど、ター×ネー×ーじみた男女に追い掛け回された六人だったが。
しばらく走って路地裏を抜け、少し開けた通りに出た頃にはどうにか追っ手を撒くことができていた。
「はぁ、はぁ……さ、さすがに諦めたか。なんとか助かったな」
息切れしつつ一輝は、安心してある一言を呟いた。
「さあ。はやく、テティス様に合流しないと」
それを聞いたとき、シリウスの表情が変わった。
同時に彼らがどうして自分を助けてくれたのかを今更ながら知った。
そして、クイーン・ヴァンガードにこのまま連れて行かれればどうなるのかも、
容易に察することができた。
だから。
「ごめんなさいっ!」
「「「え?」」」
突然の謝罪の後、シリウスはホイップの手をとり、疲れた足に鞭をうって、
一目散に逃げていってしまった。
「……あ……えぇ?」
まさか保護対象に逃げられるとは思っていなかった一輝達は、
わけがわからずしばらくその場から動けなかった。
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