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「暗き森のラビリンス」毒草に捕らわれし妖精

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「暗き森のラビリンス」毒草に捕らわれし妖精

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第3章 悪意の研究に立ち向かう研究者

「あれ?島村さんじゃないか」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は事件が一段落し、趣味の薬学研鑚のため空大に来ている。
 見知った顔の人物を見つけて声をかける。
「どうしたんですか、弥十郎さんこそ」
 医療器具の運搬用台車に注射機や顕微鏡などを乗せ、研究室へ向かおうとしている島村 幸(しまむら・さち)が振り返る。
「時間があるうちに、趣味に没頭しようかなってね。島村さんは?」
 彼の方は分析で薔薇学に無いものがあるため、空大の施設を借りてタシガン地方の菌類を分類しようと、サンプルを持って来たようだ。
「孤島から持ってきたウイルスにガートナが感染してしまって・・・。感染後、すぐに発症してしまったんです・・・」
 ウイルスが突然増殖して容器が壊れ、中のウィルスが空気中に漂い、ガートナは感染してしまったのだ。
「それって姚天君が作ったウイルスだよね?」
「えぇ・・・そうです。ウイルスは駄目になってしまいましたが、これで諦める私ではありません」
 研究室に入ると幸は手袋を両手にはめ、マスクをしてその中に薄い透明なプラスチックを押し込み顔を覆う。
 ガウンタイプの感染防護衣を着て、ベッドの上に横たわっているガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)の元へ行く。



 部屋に行くとガートナがベッドの上に横たわっている。
「おお、佐々木殿、奇遇ですな」
 ガートナは弥十郎の姿を見つけて声をかける。
「ちょっと調べものをね」
 カバンから菌を入れたシャーレを取り出し、テーブルの上に並べた。
「貴方もウイルスを調べているですと!?治療薬を作る研究・・・幸と共に研究してみてはいかがですか」
「うん、そのつもりだよ」
 弥十郎は彼に、にっこりと笑いかける。
「さぁ検査を始めますよ。誰ですか?こんな時に・・・」
 研究室に入りガートナの傍へ行くと、ドンドンッとやかましくドアを叩く音が聞こえてくる。
「ちょっと僕が見てくるかな。そんなに叩いたらドアが壊れちゃうよ。待ってて今開けてあげるから」
 放っておいたら破壊されてしまいそうだと思い、すぐさまドアを開けてやる。
 開けたとたんに叩いてた者がノブを掴み、室内へ入り込む。
 その衝撃で弥十郎は床へ倒れてしまう。
「うぁあ!?―・・・いったた・・・・・・」
「ごっごめん、佐々木さん。ちょっと急いでたもんだから」
「―・・・その声はカガチさん?」
「幻草陣に近づいたら、なぎさんが倒れちゃって・・・。さっちゃんに連絡しようとしたんだけど、携帯がつながりにくいから、連絡しないまま来ちゃったよ」
「なぎちゃん・・・こんなに弱ってしまって可哀想に・・・」
 幸はカガチの腕からなぎこを抱きかかえ、ガートナがいる隣のベッドへ寝かせてやる。
「カガチ、貴方も検査しますよ。衣服は検査後適切に処理致しますので、この私の服を着なさい」
 彼の方へ近寄り、自分の服を貸してやる。
「前回は私は発症しませんでしたが。“地球人に感染しない”のか、“感染するが発症しない”のかまだ判りません。後者だった場合、地球人や他種族がキャリアとなって拡散する可能性だってあります」
「なるほどねぇ・・・」
「検査品目は血液、鼻や口腔内粘膜。髪の毛や爪、皮膚、その身につけている衣服もですよ」
「って・・・これさっちゃんの・・・」
 カガチは投げ渡された服をまじまじと見つめる。
「ほら、さっさと脱ぐ!恥ずかしがるような柄じゃないでしょう」
「きつ!これきっついよ!?」
「サイズは・・・まぁ諦めなさい」
 服が破けそうなほどピチピチなサイズを着ているカガチを見て幸は苦笑する。
「なぎちゃんたちよりも先に発症したガートナの抗体が出来ていれば、ワクチンが作れると思うんです」
 注射器でガートナーの血液を取り、シャーレに移して蓋をする。
「いってて、ひっぱらないで。んぎゃぁあ!」
 髪の毛を数本抜かれ検査用の皮膚などを、容赦なくべりっと取られてしまう。
「これで検査用のやつが揃いましたね」
「サンプルを持ってきたけど・・・」
 薬学と博識でウィルスの活性化を抑える物質が無いか、顕微鏡を覗き込み菌を調べてみる。
「今回のウイルスとは特に関係なさそうだね」
 調べてみた結果、それらしい菌は見つからなかった。
 一方、弥十郎と一緒に大学へやってきた仁科 響(にしな・ひびき)の方は、似たようなウイルスがないか図書館やネットを使って調べている。
「世界にはいろんなウイルスがあるんだね。スペイン風邪か・・・インフルエンザと今回のやつとは関係ないみたい」
 他にも情報がないか調べてみる。
「うーん・・・やっぱりこういうものって載ってないのかもね」
 ノリノリで調べていた響だったが、目的のことが見つからず、だんだんと気分が沈んできた。
「そもそも今回のウイルスの原型・・・。つまり元となるやつがここに載ってるのとまったく違うんだよね?」
 本のページを捲りながら首を傾げる。
「魔女とシャンバラ人が発症したやつを元にしたんだったけ。直接関わった人たちに、もっとよく聞いておけばよかったかな・・・」
 結局何も見つけられず、しょんぼりと弥十郎の元へ戻る。



「と、そろそろ検温の時間だな。なぎさん、熱測るよ」
 熱がないか調べようとカガチは、なぎこに体温計を手渡す。
「ん・・・貸して」
 数分後ピピッと音が鳴り、体温計を受け取る。
「40度か・・・結構あるね」
「おやそっちはかなり高いですね。発症したばかりだからでしょうか?」
 幸はなぎことガートナの体温と比べてみる。
「こっちは38度でしたよ。それと検査の結果、カガチにウイルスは感染してないみたいです。念のため服は燃やさせていただきましたよ」
「地球人には感染しないってこと?」
「えぇおそらくは」
「ただいま・・・」
「おかえり、何か分かった?」
 しょんぼりとした顔のまま、ドアを開けてやってきた響に弥十郎が声をかける。
「ううん、何も分からなかったよ」
「そっか・・・そう簡単に対処法は見つからないようだね」
「もしよかったらボクの血液で試してみない?」
 何も出来ないままでは悔しいと思い、響は自らの血液を幸に提供する。
「そうですね・・・やってみましょう」
 注射器で響の血液を抜き取り、シャーレにうつしてカガチの服についたウイルスと混ぜ、変化がないか顕微鏡を覗き込む。
「もう少し倍率を上げてみましょうか・・・」
 血液成分を破壊しないか調べてみる。
「特に変化はないですね。このウイルスは剣の花嫁にしか感染して発症しないようです。ガートナにも抗体は出来ていないようですし」
「―・・・そうか」
「ん・・・・・・そうですね、てことはそうなんですか・・・」
「どうしたんだい?」
 弥十郎は首を傾げて、ぶつぶつと独り言を言う幸に話しかける。
「ガートナの体温が平熱に戻り始め、体調がよくなってきています。抗体は出来ていませんが・・・このウイルスは一定期間で自然的に消滅するようです」
「それは試作品だからってことかな?」
「そうですね、おそらくは・・・。逆にこう考えてみたんです」
「何か思いついたのかい?」
 隔離されているカーテンの向こうから、カガチが会話に参加しようと声をかける。
「ウイルスをばら撒かれる前に対処すればいいんじゃないですか」
「というと・・・?」
「容器ごと破壊するんです」
「完全に死滅させなきゃいないよね。どうやってやるんだい?」
「再生するゴーストと違い、ウイルスは死滅させることが出来るんじゃないでしょうか」
 幸は問いかけるカガチと弥十郎に答える。
「コレラなどを対処するにはまず、感染者の服を燃やしたようですし。このウイルスも高熱などには耐えられないのでは?空気中に撒かれていなければ、対処できるかもしれません!」
「なるほどねぇ〜!」
 カガチは幸の考えに、関心したように声を上げる。
「待ってなさい姚天君。今度こそ、あなたの計画を粉々に砕いてあげます」
 どこかでせせら笑う悪女に一泡吹かせてやろうと、幸は口元を笑わせる。