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温室の一日

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温室の一日

リアクション



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 触手と戯れ始めた異様な光景を横目に、温室奥地探検隊は前へと進んだ。
 奥に一体何があるというのだろう?
「……グリちゃん。摘み食いは程々にしとかないと管理人さんが怒って温室立ち入り禁止になっちゃうかもよ?」
 歩きながら果物をもぎ取り、口の中へひょいひょい入れていくイングリットに、葵は苦笑する。
「害虫に食べられるくらいならイングリットが食べた方が有意義じゃあにゃい?」
「それはそうかもしれませんが……」
 エレンディラが小さくため息をついた。
「それより、害虫は遠くから見るだけですよ、葵ちゃん? 退治なんて危ない事はダメですからね」
「はーい、分かってます♪」
「本当ですかぁ?」
「本当、本当。分かってる分かってる!」
「葵ちゃん達が危ない目にあったら、泣いちゃいますからね」
「エレン……」

 緑が一層濃くなっていく。
 密林のジャングルに生い茂る葉を掻き分け、潜り抜け、そして──
「うわっ!」
 思わず幻時 想(げんじ・そう)が叫んだ。
 足場がいきなり消えたのだ。
 一緒に行動していたプレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)が、驚いて声をかける。
「幻ちゃん、大丈夫っ!?」
 プレナは息を弾ませて駆け寄ってきた。
 虫……と聞いて、プレナの頭にぱっと思い浮かんだのが、昆虫採集。
(謎の多い温室のコトだから、珍しい虫さんや可愛い虫さんもいるかなって、わくわくしていたんだけど……)
 幻ちゃんは虫は大丈夫って言うけど、とてもそうには見えない。
 心強い友達と一緒で、テンションも上がっていたはずなのだが、想の悲鳴で一気に緊張感に変わった。
「どうしたの、想ちゃん!?」
 クラーク 波音(くらーく・はのん)が叫んだ。
「もしかして温室のお花さんの大敵出た!? よ〜しみんなで退治しちゃうぞ〜!」
 波音の能天気な言葉に、パートナーのアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)は苦笑した。
「害虫の情報がないのですから、軽はずみなことは……。誰か知っている方に聞けるといいのですけど…まぁ、害虫というくらいですから、お花や人に害を為す存在なのでしょうが…」
「ララはぁ〜波音おねぇちゃんとプレナおねぇちゃんが集めた虫さんを虫取り網で捕まえるんだよぉ♪ えへへっ、ララい〜っぱい虫さん捕まえちゃうよぉ〜!」
 もう一人のパートナー、ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)が、普通のデパートで売っているような虫取り網と虫カゴを持って、楽しそうにはしゃいでいた。
「いっぱい捕まえられたら褒めてねぇ♪ でも害虫さんって大きさどれ位なんだろぉ? あ、あ、害虫さん見つかったんだっけ??」
 皆が想のもとへと駆け寄っていく──
「来ないでっ!」
 想が崩れた姿勢のまま、叫んだ。
「え? どうし……な、なによなによこれはあぁああ〜〜〜!!!?」
 想の声に気付いてやって来たリアクライス・フェリシティ(りあくらいす・ふぇりしてぃ)が、背後から覗き込んで、発狂した。
──ぽっかりと開いた、巨大な穴。
 乾燥しきった土は砂と化す一歩手前。
「いきなり穴が現れるとは予想してなかったのう」
 パートナーのシュテファーニエ・ソレスター(しゅてふぁーにえ・それすたー)が、感心した声を出した。
「これはもしかして俗に言う……あり地獄みたいなもの、ですかぁ?」
 もう一人のパートナーエステル・カヴァデール(えすてる・かう゛ぁでーる)が指を差す。
「あの一番下に……」
 ちょうど穴の中心部分。そこに、何やら黒い物体があった。
 いや……いた。
 人の気配を感じたのか、そいつが穴からゆっくりと顔を、身体を出してくる。
──巨大なムカデのようなものが現れた!
 鋏に似た牙を、シャキシャキと動かしている。
「…うぅーん、ちょっとこれは可愛くないなぁ…え? ぅわぁっ!」
 そいつがいきなりこっちに向かってきやがった!
「やっやだーーーーーこないでこないでこないでーーーーー!!!」
 あまりの大きさ不気味さに、リアクライスは慌てふためいた。
 早く逃げなければっ!
 しかし、どうやら動ける範囲に限界があるらしく、てっぺんまで上ってくることはなかった。
「どうしてあれ、あんな形してるのぉ気持ち悪いィイイイ!!!」
「…むぅ。虫に怯える姿…これはこれで久しぶりで可愛いのう……」
 そんな場合ではないのだが、シュテファーニエはリアクライスへの変態じみた思いを、こっそり口にした。
「……一体どうしたら良いのでしょうか?」
 顎に手を当てながら、赤羽 美央(あかばね・みお)は呟いた。
 シュテファーニエの危険な思想は耳に入ってきたが、とりあえず無視しよう。
 虫が大好きな美央は、出来れば平和的に逃がしてあげたいと思っていた。
 殺してしまおうとするような輩にはナイトの一撃! を、お見舞いするつもりだったのだが。
 しかしこれは……
 虫には新天地を目指して旅立ってもらいたかった。だけど、移動させるにも一苦労しそうだ。それに虫なんて生易しいものじゃない。
 まさしく害虫だ。
「それにしても危なかったですねぇ……こんな所に落ちたらひとたまりもないですよ」
 美央は穴を覗き込んでブルっと震えた。
「そうじゃのう……って、うえええぇええぇぇえーーー!!!???」
 シュテファーニエの絶叫が辺りに響く。
 別ルートで来ていた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が、目の前を思い切り転げ落ちていた。
 もちろん一緒に行動していたパートナーのナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)樂紗坂 眞綾(らくしゃさか・まあや)も一緒だ。

 ごろんごろんごろんごろん……

 悲鳴もあげずに転がっている。
 そして、それを助けようとした七瀬 歩(ななせ・あゆむ)とそのパートナーの七瀬 巡(ななせ・めぐる)も奈落の底へ。

「きゃああぁああああぁあ!」


「ひょえぇええぇええええぇぇぇええ!!」


 どうやらこの二人は悲鳴をあげる余裕があったらしい。
 しかしもちろんそれだけではない。
 続いてもう一人。またもう一人。続いて続いて……
 ごろごろと、まるで黄な粉の中に白玉だんごを投入して行くかのように、転がり落ちていく。

「──い、いたたた……」
 ようやく止まった場所で、アルコリアは頭を振りながら起き上がった。
「ぷへぇっ、何ですかこれ? 土が口の中に入りました」
 辺りを見回すと、すぐ横にナコトとシーマの姿が。
「ちょっとシーマ! 重いです、早くどいてくださいですわっ」
「あつつ…、びっくりしたのだ……」
「あれ? 眞綾は?」
 きょろきょろ辺りを探していると、首だけ埋まってもがいている眞綾の姿を見つけた。
「眞綾−!!!!」
 急いで駆け寄り、せーので引っ張り出す。
「おんしつだ〜、がいちゅう〜くじょだ〜 まぁやがんばるっ!」
「……そ、そうですね」
 無事な様子に、アルコリアは安堵の吐息を漏らしたが。
「──アルコリアさん逃げてっ!!!」
 歩の声に、はっとした。
 ズドンっ! と、何かがすぐ横の地面に激突した。
「…………へ?」
「虫だよ! 害虫だよ! ううん、違う! 巨大ムカデ!!! 早く逃げてっ!!!!」
 自分達よりも少しだけ上の位置で止まっていた歩と巡。
 その巡が両手をバタつかせ、真っ青な顔をしながら逃げてと叫びまくっている。
「……た、た、た、た、たすけて〜〜〜〜〜!!!!」
 何が起こっているのか分からなかったが、とりあえず上に向かって駆け出した。
 ゆっくりと起き上がる、超巨大ムカデ。
 エサ場に迷い込んできた獲物に、飛び掛かってくる。
「ひぃーーーーーー! お助けーーーー!!」
 みんな一目散に、上へと這い登っていった。