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第二章 ゼノ・クオルヴェル 1


 森の南東に近い場所では、とある洞窟が顔を見せる。
 洞窟の周辺は、普段は誰も近寄らない辺鄙なところであり、人影があるのは大変珍しいと言えた。
 そんな洞窟の入り口付近で、白砂 司(しらすな・つかさ)サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)を含む一派が集まっていた。彼らの目的は、洞窟内にあると言われているゼノの剣を手に入れること。そのために、彼らはリーズ一行とは別行動をとっているのである。
「本当に……いいの?」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)の心配そうな声に、司は頷いた。
「ああ。もしかしたら、敵は洞窟の中に侵入した俺たちに気づいてやってくるかもしれないからな。ここで食い止めておくとするさ。剣には興味があるが……どうせ、リーズのところに持って行くんだろう? 見るのはそのときで十分だ」
 司のそんな推測に、カーディは心配性すぎると口を尖らせる。
「まったく、司ったら心配しすぎですよ。でも、ここは私が大人だから、おとなしく連れ添ってあげます」
 彼女はえっへんとお姉さん風を吹かして胸を張った。その態度には大いに納得いかないところがあったが、そこはご愛嬌としておこう。司はため息だけこぼすにとどまって、再び仲間に向き直った。
「まぁ、ということだ。俺たちはここで待っておく。剣を見つけるのは頼んだ」
 仲間たちは気が引ける思いがあったが、司の意見を尊重して、洞窟の中へと侵入していった。
 洞窟の入り口に残された二人の周りを穏やかな静寂が包んだ。だがそれは、決して心落ち着くようなものではなかった。予感めいた、つまりは嵐の前の静けさ、というものに似ていた。
「魔物は瘴気で生まれてるみたいだからな。感覚を共有している、かもしれない。油断するなよ、カーディ」
「うーん、でも、本当に司の言うとおりになるんでしょうか……」
 カーディが不服そうに呟いたとき、茂みが音を鳴らし、彼らの前に数体の影が降り立った。
「……これでも信じないか?」
「……参りました」
 影は盗賊のような風体をしたミイラであり、その手で鋭利なダガーを曲芸のように振り回していた。
「暴れるときくらいは、思いっきりやらせてもらいますよ?」
 カーディの声が収まるころ、ミイラたちは二人へと襲い掛かってきた。カーディはその瞬間、己の中の獣の性を奮い立たせる。唸る声が吐き出され、カーディは獣化した。
 ミイラのダガーが迫り来る。が、それを弾き返したのは司だ。
「いくぞ」
 彼の呼びかけに応じて、隅で隠れていた騎狼が飛び出してきた。これこそが司の本領。魔獣使いとしての彼の能力である。彼の跨る騎狼はけたたましいおたけびをあげ、敵を蹂躙していく。加えて、槍を構えた司が勢いをつけて振り回す。
 そうして弾き飛ばされていく敵へと狙いをつけて、素早い猫へと獣化したカーディが、鋭い爪を生やした拳を叩き込んでいった。
 剣を持って帰ってくるまで、この洞窟へは一歩も踏み入れさせない。そんな気迫が、彼らからは裂気となってあふれ出ているのだった。
 
 
 洞窟の中は薄暗く、人の目に見える光景はかろうじて歩ける程度のものだった。まるで意思ある者のごとく、不気味な影が侵入者を見下ろしている。
 そんな洞窟の姿に、咲等 遊戯(さくら・ゆうぎ)は恐怖を感じざるえなかった。それでも自分の役目を果たすのだと、彼女は前を見据えて歩いていく。だが、その足は緊張からかおぼつかず、強張っているのが傍目からもよく分かった。
「あまり……気を張り過ぎないほうが、いいと、思う。……私たちも、います、し」
 そんな遊戯をたしなめて、リネンが彼に微笑んだ。自分ひとりではないのだと、彼女の微笑みが語っている。
「ありがとう」
 遊戯は笑顔でお礼を言って、少しだけ落ち着いてきたところで洞窟を見回した。
「次は個人的な発掘で来てみたいなぁ。そのためにも、森を守らないとっ!」
 自身の決意を新たにして、遊戯は気合を込めた。。
「それにしても、ここはまた、よく作り込まれた洞窟だね。さすがは伝説の剣のある場所ってことかな」
「ふむ。伝説の剣か……確かにどんな物なのか興味はあるな。だが、興味を優先して身の安全を考えないという事にはならんよう注意しろ」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)は内部を観察しながら囁くように呟き、それをブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がたしなめた。天音の興味は洞窟も含め、数多くの神秘に注がれている。事実、ゼノの剣を手に入れに行こうとしているのも、伝説の剣という神秘に惹かれたからだ。
「ふっ……くくっ、伝説の剣か。まさかあの剣がこんなところにあったとはね……」
 リネンの側で囁く獣人、ベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)に皆が振り向いた。まるで、何かを知っているかのような意味深な言葉。ベスティエは愉快そうに笑い声を洩らしながら、疑念を抱く連中ににやりとした笑みを見せた。
「ははっ、おいおい、みんなしてなんだい」
 人を食ったような迷惑な態度で、彼は心底楽しそうに笑っていた。
「……あまり、気にしないほうが、いい……」
 ベスティエのことが気にかかるみんなに、リネンが呟く。ベスティエは意味深な言葉を発するが、その実、それはただの気まぐれに過ぎないことが多い。胡散臭い言動に気を取られ、精神をかき乱しては彼の思う壺なのだ。
 ベスティエから目を離し、天音たちは再び歩き始めた。ブルーズの持つ光精の指輪からぼんやりと漏れる光が、一行の視界を明るく照らす。
 ふと、ブルーズは何かに気づいたように立ち止まった。全員がその挙動に気づいて同じように立ち止まる。
「瘴気か……来るな」
 ブルーズがそう呟いた瞬間、まるで地面から木がむくむくと生えてくるように、瘴気が人型を描き出した。ゆらめく霧のような瘴気は、徐々に形を生み出していく。それは――
「甲冑……!?」
 瘴気が象ったその姿は物体となり、甲冑として顕現した。その姿に誰もが驚くが、今はそれに気を取られている場合ではない。いずれにせよ、倒すべき敵だということははっきりしていた。
「攻撃が効かない……!?」
 甲冑へと先制攻撃を仕掛けた天音は、敵の体に入り込んだ短刀が、まるで霧を裂くようにすり抜けるのを感じた。これにはまいったとばかりに、反撃をしてくる甲冑から距離をとる。
 『超感覚』によって敵の気配に気づいていた清泉 北都(いずみ・ほくと)は、いち早く行動していた。その幾多の能力を駆使して、彼は甲冑の内部が瘴気によって支えられているのだと知る。
「あれは……氷付けが有効みたいだなぁ」
 のんびりとしたような間延びした声で、北都は呟いた。彼の視線の合図を受けて、白銀 昶(しろがね・あきら)が飛び出していく。リーズ・クオルヴェルと同様に狼の獣人である彼は、その素早い動きで甲冑たちの懐近くに踏み込んだ。
「アルティマ・トゥーレ!」
 そして、氷結の術を唱える。放たれた冷気は甲冑の体を包み込んで、氷付けにしてしまった。そうなれば、こっちのものだ。
 氷付けになった甲冑は、物理攻撃を有効にするようだ。昶と北都はお互いに連携し、氷付けした甲冑を次々と粉々に粉砕していった。
 粉砕された甲冑たちは瘴気を失い、姿そのものを霧散する。やがて、敵は全て消え去った。
 だが、そうそうここで時間をとられてばかりもいられまい。
 一行は剣を探すために、急ぎ足をその場を先に進んでいった。