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今日は、雨日和。

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今日は、雨日和。
今日は、雨日和。 今日は、雨日和。

リアクション

 
 
 紫陽花色のひととき 
 
 
 外でやるはずだった予定は雨の為にお流れに。
「暇、ひま〜。こう雨ばっかりだと予定が狂っちゃうよ」
 ぽっかりと空いてしまった時間を持て余し、秋月 葵(あきづき・あおい)がソファの背に寄りかかる。
 楽しみにしていた予定は延期。これからの時間どう過ごせば良いのだろう。
 そんな葵にエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は微笑した。
「葵ちゃん、暇そうですね」
「うん。ほんっとに暇〜」
「でしたら、私と紫陽花を観に行きませんか?」
 エレンディラの誘いに、葵はぱっと顔を上げた。弾みで長いツインテールがぴょんっと跳ねる。
「エレンと? 行く行くっ!」
 さっきまでの暇そうな様子はどこへやら。今にも飛び出していきたそうな葵を、エレンディラはもう一度座り直させた。
「雨ですから、髪はお団子にしましょうね。服は何にしましょうか」
 クローゼットから何着も服を出しては葵にあて、エレンディラはちょっとした着せ替え気分を楽しんだ。
 着替えを終えると1本の傘に肩を寄せ合い、相合い傘で出発だ。
「エレン、濡れてない? あたしの方ばかりに傘を差し掛けるんだもん」
「だいじょうぶですよ。傘が大きいですから十分入ってます」
「そう? でももっとくっついちゃおう〜」
 ピッタリとくっついて、2人は紫陽花の群生地へと出かけた。
「うわ〜、たくさん咲いてるね〜」
 雨を受けて手鞠型に咲くピンクの花、紫の花……嬉しそうに紫陽花を観ていた葵は、ふと紫陽花の方に足を踏み出した。
「ええ。あ、葵ちゃん、あんまり奥に入っていくと足下が悪いですよ」
「だってほら、これ」
 かたつむり、と葵は言いながら指先でかたつむりの殻をつついた。
 ゆっくりと紫陽花を堪能したあとは、茶店へ。
「いらっしゃいませ〜!」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は雨にも負けない元気さで2人を迎え入れ、注文されたあじさいまんじゅうとお茶をてきぱきと運ぶ。雨の日だろうと風の日だろうと、たとえ台風が来ていてもミルディアは相も変わらずアルバイトの日々だ。
 アルバイトをしなければ苦しい、というのではないのだけれど、働く人がいなければお店側が困ってしまう。手伝いを欲しているお店あれば、行って働き……とやっていると、雨の日でも休みの日でも結局こうしてアルバイトをすることになってしまう。
 紫陽花の花もこの季節ならではのものだけれど、その観賞に出かけるよりは花を観に来た人にこうして元気に接客している方が自分には似合っている、と思う。
「はい、あじさいまんじゅうとお茶2人前、お待たせしました〜」
 ミルディアがそう言って置いたあじさいまんじゅうは、まんじゅうの上に紫陽花色の羊羹を小さな方形に切ったものを散らし、緑の葉を染めたもの。艶のある羊羹でできた花は、雨に濡れる紫陽花の花のようだ。
「紫陽花も綺麗だったけど、おまんじゅうのあじさいも綺麗だね〜」
「よく出来てますね。帰りにお土産に買って帰りましょうか」
 お留守番してくれているみんなの為に、とエレンディラはまんじゅうの持ち帰りを頼んだ。
「わしにもそのまんじゅう、それから持ち運びできる茶があれば欲しいんやけど」
 群生地から戻ってきたコウ オウロ(こう・おうろ)も、まんじゅうとお茶を注文する。
「はい、かしこまりまし……あれ、1人?」
 さっき通っていった時には2人だったような……とミルディアが首を傾げると、オウロは笑った。
「もう1人が一向に戻る様子がないさかい、退屈しのぎの菓子でもと思うたんやわ」
 包んでもらったまんじゅうと、持ち帰り用の小さな水筒にいれたお茶を持つと、またオウロはふらふらと群生地の方に歩いてゆく。ミルディアがそれを見送る暇もなく、また声が掛けられた。
「そこの綺麗なおっじょーさん! まんじゅう3つちょーだい♪」
 作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)が3本立てた指を振って見せる。
「はーい!」
 紫陽花に誘われてきた人々が、ほっと甘いものと温かいお茶でひと休憩。そんな場所になっている雨の日の茶店は、今日も千客万来のようだった。
 
「まんじゅう買ってきたから、これ食べながら歩こうねぇ」
 茶店で買ったまんじゅうを1つずつ配り、『名もなき独奏曲』はさっそく自分もまんじゅうを口に入れた。甘さをおさえた餡が口の中でふわりと溶け、幸せな甘味が広がる。
「おまんじゅう、美味しい」
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)も嬉しそうにあじさいまんじゅうを頬張った。
 雨の日は好き。紫陽花も好き。
 日の光に弱いスウェルにとって、雨の日の弱い陽射しはありがたい。晴れている日には出かけてしまう、『名もなき独奏曲』もヴィオラ・コード(びおら・こーど)も、こんな日には遊びに行かない。だからこうやって、3人一緒にお出かけできる。
 3人一緒なのが嬉しくてたまらないスウェルと反対に、ヴィオラは何で一緒に来たんだ、とでも言いたげな顔で『名もなき独奏曲』をちらりと見た。けれど、その気持ちを見越したようにへらりと『名もなき独奏曲』に笑われ、さっと視線を紫陽花と佇むスウェルへと向けた。
「スウェルと出会ったのもこんな紫陽花の花畑の中だったよね」
 紫陽花畑の中に封印されていたから、ヴィオラは紫陽花にはあまりいい思い出はない。けれど、スウェルと契約したのも紫陽花畑だったから、この花のことは嫌いではない。
「うん。ヴィオラと契約したの、こんな雨の日。紫陽花、とても、懐かしい」
 雨の静かに降る紫陽花畑での出会い。それはいつまでも、物語の一場面を描いた絵のように心に深く畳み込まれている。
(カエル、いるかな?)
 ヴィオラと出会った地球の紫陽花畑と同じように、パラミタの紫陽花畑にもカエルはいるだろうか。
 スウェルは紫陽花の葉をかき分け、カエルの姿を探してみた。
(いない……向こうは?)
 紫陽花の間に入って本格的にカエルを探し始めると、
「あれ、嬢ちゃん?」
「スウェル? どこだ?」
 スウェルの姿を見失った『名もなき独奏曲』とヴィオラの焦る声が聞こえた。ちょっと面白くなって、スウェルは紫陽花の間にこっそりと身を隠した。
 名を呼びながら探しに来た2人がすぐ横に来た処で、紫陽花の間から姿を現す。
「驚いた?」
「あたり前だろ。どこ行ったかと思ったぜ」
 心配した為にちょっと怒りかかっているヴィオラの様子に、スウェルは
「……よし」
 と満足そうに肯いた。いたずら成功。
「嬢ちゃん、そーゆーとこに潜り込むのはいいけど、俺の本体濡れてない?」
 防水加工された魔道書ならともかく、自分は普通の楽譜。湿っぽいのは苦手だという『名もなき独奏曲』に、スウェルは懐を覗き込んだ。
「ムメイの本体、大丈夫。……でも、はしっこだけ、危ない」
「ええーっ!」
 叫ぶ『名もなき独奏曲』に、ヴィオラが言う。
「雨で本体の楽譜ごとしわしわになってしまえばいい。むしろ、する」
「ちょっと〜そんな怖い事言わないでよ兄さん……って目が本気よ?」
「本気だからな」
 そんな2人のやりとりを見ながら、スウェルは思う。
(紫陽花、好き。皆で出かけるのも、好き。だから、雨は、好き)
 帰りには紫陽花を買って帰ろう。青、紫、白。3人別々の色の、でも同じ紫陽花を。
 
 紫陽花に降る雨の音、地面に落ちる雨の音、雫となって木々から降る水の音。
 強くなり、弱くなり。
 風に煽られ、風運ばれ。
 一様に聞こえる雨の音も、耳を澄ませば無数の変化する音の集まりだ。
 そんな雨の音に耳を澄ましながら、五月葉 終夏(さつきば・おりが)は銀のハーモニカを吹いていた。できた曲を綴る為の五線譜は濡れぬように鞄に入れて木の下に置いてあるけれど、自分自身は傘もささずに、全身で雨の音を感じている。
「こんな雨ん中でずぶぬれになって、何が楽しいのか分からんわ」
 そんな終夏の様子を、オウロは買ってきたまんじゅうを食べながら見物していた。
「あははは。君もずぶぬれになってみれば分かるよ」
「いらんわ。わしはあんまり雨は好きやない」
 楽しそうな終夏に言い返すと、オウロは視線を雨に向けた。
(……あん時も、雨が降っとったなぁ……)
 昔……自分が守っていた小さな村が焼けたときのことを思い出す。あの時もちょうどこんな雨が降っていた……。
 そんなオウロの物思いにも気づかずに、終夏はのってきたのか、今度は軽くダンスするように動き始めた。ハーモニカで奏でるのは雨の歌う曲。雨に揺れる紫陽花や草木は終夏の踏むステップ。
 自然の生み出すオーケストラを捉えようと、終夏はハーモニカに息を吹き込み、身体でリズムを取る。
 しとどに濡れた終夏からしたたる水が、雨の音に別のアクセントを加える。
 こうして作り出した曲を、いつか元気のない人に聞いてもらって元気を出してもらえたら。そのいつかがいつ来るのか、来るかどうかも分からないけれど、その時の為にいい曲を作ろうと終夏ははりきった。
「終夏の奴、ようこけんもんやなぁ」
 いっそこけたら面白いのに。そんな物騒なことを呟いてオウロはまたまんじゅうを口に運んだ。
 それを食べ終えても、まだ終夏の作曲は終わりそうにない。
「紫陽花に、雨。そして雨上がりには太陽と虹。この世の中は素敵だ」
「まぁ……確かに紫陽花は綺麗やな」
 雨の奏でる音楽に触発されて止まらない終夏に苦笑すると、オウロはゆっくりと紫陽花を眺めつつお茶を啜った。