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大脱走! 教諭の研究室(ラボ)と合成獣

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大脱走! 教諭の研究室(ラボ)と合成獣

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第2章 みっしょん

「ストレスを感じると蓄電する、という事でしたよね?」
「えっ、って事はボクが攻撃したら蓄電しちゃうって事?!」
 いつも以上に眉をキリリとさせている朱宮 満夜(あけみや・まよ)に、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が初めて聞いたといった反応を見せている。何なのだ? 唸り声まで聞こえてくるぞ。2人とも気合いが空回っているのだろうか?
「そうですね、でもチャンスは放電した直後だと思います」
「どういう事?」
「蓄電するにつれて体が膨れる、という事は放電すれば元の大きさに戻るはずです。そこを狙うんです」
「なるほどっ! 放電してスッキリした所を狙うんだねっ。じゃあじゃあボクはシャープシューターで…… あ、でも傷つけちゃいけないんだっけ? 紐の部分なら平気かなぁ?」
「効果はあると思います。私は銃は使えませんので、紐に金属性のワイヤーを結びつけて、もう一方を樹に縛り付けて動きを封じてみようと思います」
「おぉっ! 何か『捕獲』って感じだねっ!」
「えぇ、放電ルートも確保できますし、私たちの手も空きます」
 …… 無茶だな。
 やりとりを見つめていたミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)は目を細めた。
 紐にワイヤーを結んだり樹に縛り付けたり… そんな事をしてる間に放電されるに違いない。感電は覚悟の上という事か? 追い詰められてもいないのに捨て身の策を講じる必要があるのだろうか…… いや、無いであろう。
「ミハエルも…… 手伝ってくれますよね?」
 真っ直ぐに見つめられていた。不安そうに、またその不安を打ち消すように大きく瞳を開いて見上げていた、上目遣いだった。
「も… もちろんだ。作業は… 空中でやるのが良いだろう、地面と接していては電気が流れてくる可能性もあるからな、空飛ぶ箒を使おう」
「えぇ! では早速準備に取り掛かります!」
 何とも嬉しそうな顔を……。いや、決して上目遣いに揺れたわけではない…… そう! あの瞳だ、決意の込もった瞳を見たからだ。いつも足手まといな満夜が自主的にハツラツと動こうとしている、我輩はその意志を尊重してやっているに過ぎないのだ。
「放電への対処も考えるべきだな、全て捕獲する前にこちらが倒れては意味が無いからな」
「わらわの子守歌を有効に使うがよいぞ、今日は喉の調子も良いからのう」
 ミア・マハ(みあ・まは)が薄い胸を張って提案するのを見て、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)影野 陽太(かげの・ようた)を見上げて−−−
「た、対抗した訳じゃないわ! 見上げたから、こう、背筋が伸びただけ… なのよっ!」
「? …… 何の話です……?」
「な、何でもないっ! 良かったですわね! 上手くデータが取れそうで!」
 恥ずかしがったり怒ったり。陽太は首を傾げたが、その視線はすぐにレキたちの輪に向き戻っていった。
「そうですね。環菜会長に良い報告が出来るよう、俺も頑張ります!」
 放電の前に眠らせるという流れだけは勘弁して欲しいなぁ、と願いながら、陽太紐付きプクプク譜グ捕獲作戦が練り上がってゆくのを静観するのだった。



「また、厄介なものが逃げ出しましたね」
「ノーム教諭の合成獣ですからね。早く捕まえないと、後が怖いです」
「まぁ、何かの特訓だと思って頑張るとしましょう」
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)の「特訓」という言葉が、以前に行われたノーム教諭の特別授業の様子を水神 樹(みなかみ・いつき)に思い出させた。
 あの時は、トランプ兵の機動テストが目的だという事は明らかでしたが、聞いた限りの「教諭の慌て苛立つ様」を考えると、今回は偽りなく心からの捕獲要請なのでしょう。まぁ、それでも何らかの形でデータ収集は行われるのでしょうけど。
 校舎から少しと離れた森の中、ナナたちと合流し、共にマトリョーシカ猪の捕獲を目指していた。
 これまでにも幾度となく同じ事件に携わってきた、その中にはもちろん今回のようにノーム教諭が関わっているものも含まれている。
 狂人色の強い教諭が生み出したマッ猪と相対するのだ、気心の知れた戦友となら、連携も取りやすいというものだ。
「あっ、あれじゃない?」
 ナナの声に顔を向けたは、飛び来るパートナーのカジカ・メニスディア(かじか・めにすでぃあ)の姿を見つけた。
「えぇ、上手くいったようですね、手筈通りです」
 メロンパンをくくり付けたロープを空飛ぶ箒に結び、それを餌にマツ猪をおびき寄せ−−−
「手筈… 通り…… なのですが………」
 校内放送では「巨大な猪」としか言っていませんでした、だからこそに校舎内ではなく森中まで誘導してから捕獲に当たろうとしたのですが。
「えっと、樹さん?」
「えぇ… 手筈通り見事に猪を誘導……」
 危惧する点があるとすれば、カジカがメロンパンを食べてしまわないか、という事くらいでしたが−−−
「マッ猪が多い!!」
「ズィーベン! マサムネ! ルース師匠! 行きますよ!」
「ちょっ、ナナさん?!」
 の横を、側顔に笑みを見せてナナはパートナーたちと飛び出した。打ち合わせていたのは一匹ずつに捕獲する方法、しかし今カジカさんのメロンパンを追ってきたマッ猪は、なんと6体!
「数が多くても戦術は変えません! ズィーベン、リース師匠、お願いします!」
「任せろォアタァ!」
「ねぇねぇナナっ、箒に跨る長身の狼が猪に追われてる画って、ちょっとシュールだよねっ」
「ズィーベン!!」
「分かってるって! よぉし、行っくよ−」
 弾丸の如くに箒で飛び駆ける。向かい来るカジカとすれ違い直後に、ズィーベンは道の両サイドを氷術で凍らせた。同時にカジカは氷壁の中にメロンパンを投げ放った。
 黄と青の毛色をしたマッ猪のうち、子マッ猪孫マッ猪は速度を落とし初めた。しかし2色の親マッ猪だけは足を止めるどころかカジカめがけて加速してきた。
「なぜ加速する… メロンパン、あげたのに…」
 ボヤくカジカの前に氷壁が築かれた。それでも猪たちは風を切り続けている。
「止まれよ」
 氷壁の向こうに何者かが現れた。カジカにその姿は見えなかったが、そこにはルース・リー(るーす・りー)が立ちはだかっていた。
「ズィーベンの奴ぁ気合い入れてデケェ壁を作ってんだ、勝手な猛進で壊させる訳には…… いかねぇんだよォ!」
 ドラゴンアーツで地をひっぺ返す。畳替えしのように、いや、地の壁が次々に生えてくるように現れてゆく。
「おらおらぁ、燃えてきたぜ! ホワタァァァァァァアッ!」
 幾重の壁に猪突して貫くにつれて、ようやくに2匹の親マッ猪は頭を揺らして倒れ込んだ。
「リース師匠! みかんを!」
「みかん?」
 砕けた地壁の先へ目をやれば、メロンパンに向いていた子マッ猪が駆け始めていた。
「マサムネさんも!」
「オレもか? 馬鹿言うな、こいつはオレの大事な非常用食料−−−」
「いいから早くっ!」
「ちっ」
 独眼猫 マサムネ(どくがんねこ・まさむね)が放った、みかんにも黄の子マッ猪だけが見向きもせずに。それが一層にマサムネを苛立たせた。
「オレの、みかんじゃ満足できねぇってか?」
 光学迷彩で消していた姿を突然に現して。
「おまえの腹を満たす物も、目指す高みも、こっちにゃねぇぜっ!」
 言いながら、己の言葉によってマサムネは徐々に冷静さを取り戻してゆくようだった。子マッ猪の目の前で、木刀で空を微塵に斬り舞わして猪視を惑わせた。足が止まるのと同時にナナが飛び出してきた。
 とっさにカジカが耳をふさいだ。眠らされてしまわぬように。
 子守歌のハーモニーが猪たちを眠らせる。群れさせられた猪と、惑わされている猪。眠らせるには2人で十分に十分だった。
 6体のマトリョーシカ猪の捕獲が今、完了しようとしていた。