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【空京百貨店】呉服・食品フロア

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【空京百貨店】呉服・食品フロア

リアクション


4、呉服フロア・昼


 つま先からメガネまで平凡な少年、皆川 陽(みなかわ・よう)。平凡なサラリーマン家庭で、家族構成は父(眼鏡)、母(眼鏡)、自分(眼鏡)、妹(眼鏡)。
「携帯ストラップ、おそろいにするし!」
「うん……」
 彼は今、昼時の呉服フロアにいつものようにぼんやりと立ちながら、パートナーであるテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)のことを考えている。自分のような凡庸極まりない人間に、どうしていつも強くて、育ちもよさそうな……ついでに美少年のテディが付いてくるんだろう。
「んぐー、色違いにするかー……悩むし」
 テディは自分との契約が原因で、陽が家族と離れ離れになった可能性も一応考えている。だが、やっぱり自分と家族になって欲しいので何かしらの繋がりや絆が欲しかった。トンボの和風携帯ストラップを見て、さっきからなにやらブツブツ呟いている。
「……ボクも選んでいい?」
「!」
 そんなテディの考えにまるで気づかない陽は、珍しく自分もストラップ選びに参加してきた。テディが自分をヨメなんて、冗談で言ってくれる日が来なくなる時を考えると……今日、故郷を思い出せそうなものを見たいと思ってきただけのこの場所での時間も、もう少し大切にしたくなってきたのだ。
「ボク、トンボより動物がいいな。日本には十二支っていうのがいて……」
「ふむふむ!!」
 陽が寂しいような複雑な気持を紛らわすためにした日本文化の説明をテディは身を乗り出してノリノリで聞いていた。

「コハクー! この浴衣はどう!?」
 元気な声とともにシャッと試着室のカーテンが開き、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がひざ上丈のセクシーな浴衣を着てコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)をおろおろさせているのが見える。……テディも、すぐにああいう可愛い彼女とか作って自分とは一緒に歩いてくれなくなるのかな。
「むっきー、なによそ見してるし!!」
「いたいイタイ痛い」
 陽が美羽のふとももにドキドキしていると勘違いしたテディは、やきもちを焼いて陽の耳をぐいっと引っ張った。実際は、美羽はコハクのハートを射止めようと必死なのだが……いや、誰が見てもそうなんだろうが、当のコハクが激ニブで気付いてくれないという……。
「コハクって、どういう女の子……じゃなくて、浴衣が好き?」
「えっと、僕は美羽らしいものなら何でもいいと思うよ」
 び、微妙にかみ合っていない気がする。でも、負けないんだもん!
 コハクは涼しそうな水色の浴衣に白帯に決め、今は翼が通せるように仕立て直しで待機中だ。その間に美羽は落ち着いたデザインの大人っぽいものなどいろいろ試着してコハクの好みを探ろうとしているのだが、真面目に感想を言ってくれるがどうにも好みがわからなかった。
「美羽。あの、僕は女の子の服ってくわしくないけど、美羽には元気なのがいいんじゃないかな」
「えっ!? じゃ、じゃあこれにする!」
 美羽は今まで試着したものの中で一番元気なイメージの、ピンク地にヒマワリ柄の浴衣を選んだ。ひざ丈上でリボンが他の帯が付いた、可愛くて元気な浴衣だった。
「今度、これきて一緒に夏まつり行こうね!」
「うん。楽しみにしてる」
 買う前にもう1度試着したピンクの浴衣はコハクに可愛いと褒めてもらえた。
 いつも、可愛いって言ってもらいたいんだけど……伝わっているかなぁ、この気持ち。コハクに可愛いって思ってもらわないと、意味がないんだもん……。
「荷物持つよ?」
 浴衣を買った後、さりげなく荷物を持ってくれようとする。こういう時、美羽は自分が女の子として見てもらっているようでくすぐったい気持ちになった。
「……でも、この荷物持ってもらったら、手がつなげなくなっちゃうもん」
「何か言った、美羽?」
「なんでもない!」
「???」
 そういうコハクが好きだから……しょうがないかっ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 霧島 春美(きりしま・はるみ)宇佐木 みらび(うさぎ・みらび)は同じ学校の先輩後輩である。今日はディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)も含めた推理研の仲間たちと行く浴衣を買いに来ていた。
「これも、あれも、全部可愛いー!! うさぎちゃん、お揃いにしよっ」
 2人は朝顔模様の水色の浴衣に、鮮やかな黄色の帯を選んだ。ディオネアはニンジン柄の黄色い浴衣に、ピンクの帯を締めている。
「あ、あの、春美先輩。今日ってホントに花火するんですか……?」
 春美は上目づかいでおどおどしている後輩に向って、『そうよ!』とウィンクしながら答えている。春美はすでに支払いを済ませて浴衣に着替えており、皆の着付けを手伝う準備ができている。みらびは家を出る時に宇佐木煌著 煌星の書(うさぎきらびちょ・きらぼしのしょ)からギャップ萌えを狙えと言われているが、セイ・グランドル(せい・ぐらんどる)にドキドキしてもらえるかあんまり自信がないのであった……。で、でも春美先輩と同じ浴衣なら心強いですっ。
「うさぎちゃん、セイ君きてる!」
「は、はわわ、はわわわ……」
「自信持ってっ。すっごく可愛いから♪」
 背中をとん。と押されると少し勇気が出た気がして、みらびは息をふかーく胸まで吸い込んでうつむきがちに歩いて行った。後ろでは春美が『ガンバレ!』とエールを送っている。
「セ、セイく……う、うさぎ、浴衣にあ」
「セイー!!」
 店員から飴をもらっていたディオネアは、春美とみらびの会話を聞いていなかった。仲良しのセイを見つけてぴょんぴょん駆け寄り、くるりとモデルターンをしている。
「どう? 似合ってるでしょ。可愛い??」
「おお、似合ってるぜ」
 ディオネアはてへへ、と嬉しそうに笑うとセイの腕にジャンプして肩までよじ登り『ほめてくれてありがと♪』とほっぺにお礼のチューをした。


「よーし、荷物預けに行くか」
「うん!」
 セイはヒマワリの浴衣を着ていた煌星の書にハイテクソロバンの入荷を聞いてやってきたのに、なぜか浴衣を買うはめになってご機嫌斜め気味だった。準備されていた藍色の浴衣を着ることになり、逆らっても無駄なのでむすっと黙ってついてきている。友達のディオネアもいると聞いて一応着ていたものの、さっさとロッカーに荷物を預けて雑談でもしたいところだ。
「……」
「……うさぎちゃん?」
「あー……ま、ライバルは恋のスパイスじゃん☆」
 肩にディオネアを乗せて、雑談しながら遠ざかっていくセイの後姿……。煌星の書はあちゃーっと顔に手を当てて、突然のトラブルに頭を悩ませている。『はるはる、みらび頼んだよ!』と耳打ちするとセイの方へと走って行った。へなへなとその場にしゃがみ込むみらびを心配して春美が声をかけると、瞳を潤ませたみらびが情けない声を出した。
「春美せんぱぁい……ディオちゃんはセイくんのこと、……好きなんでしょうか……」
 なんで悲しいのか分からないけど、ぽろぽろぽろぽろ、涙が止まらない。春美は黙ってみらびを起こすと、軽く浴衣のほこりを払ってみらびのほっぺをむにっと持ち上げた。
「ふぁひふふんへふはぁ、はふひへんはい〜……」
「うさぎちゃん、しっかりして。せっかくの奇麗な浴衣が汚れちゃうよっ。ん……、ちょっとビックリしちゃったね」
「……ぐすっ」
「ディオのセイ君を好きな気持ちは、うさぎちゃんを好きな気持ちとおんなじなんだよ。ほらほらっ、泣き虫さんは嫌われちゃうよ。スマイル、スマイル♪」
 向こうから煌星の書に拳骨で殴られ仏頂面のセイが戻ってきた。ディオはもらったチョコを美味しそうに食べており、みらびの目が赤いのに気づくと半分食べる? と大きい方を差し出した。
「奇麗な浴衣姿、セイくんに見せつけてやろ。ね?」
 こくりと頷き、涙をぬぐって笑顔を見せるみらび。春美は彼女の頭を優しくなでて、戻ってきた煌星の書と一緒に少し離れたところで見守っている。
「あんがとね、はるはる。まったく、乙女心の分らんやつだよ!」
「上手くいくといいけど……ディオの純粋さも、罪なものね」

 みらびは浴衣の裾を握りしめ、緊張しながらセイに話しかけようとする。一歩、また一歩、足を踏み出すごとにセイの姿が大きくなっていく。
 ディオネアが友達としてセイを好きなことは、本当はみらびもよくわかっているはずだ。なのに、どうしてあんなに取り乱してしまったんだろう。セイに、どんなふうに自分を見てもらいたい? どんな自分が、セイの隣にいたらいいと思う?
「煌星が花火やるから呼んで来いってよ」
「あ、あの……」
 ここからは、みらびが1人で頑張る番だ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、友人の和服愛好家・久途 侘助(くず・わびすけ)に浴衣を見たててもらう約束をしていた。
「よう、こっちだ! 俺は久途侘助だ、よろしくな」
 百貨店に来るのが初めてらしく、侘助はうきうき、そわそわしながら友人たちと遊びに来るのを楽しみにしていたようだ。待ち合わせ場所にはずいぶん早く着いてしまって、その間は他のフロアを物珍しそうに探検していた。
「はじめまして。私は真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)で、こっちは熊谷 直実(くまがや・なおざね)だよ」
 今日はオフのため女の子らしいふわっとした服を着た真奈美。バスティアン・ブランシュ(ばすてぃあん・ぶらんしゅ)香住 火藍(かすみ・からん)とも初めて会うが、人見知りしないタチのようでニコニコとあいさつしている。
「佐々木君、少し元気がないようですが……」
「まぁ、この世の中は諸行無常だから」
 蒼空学園所属でありながら、どうみても薔薇学生徒のエメ。彼は真夏でも白いスーツをエレガントに着こなしている。普段は靴で過ごしているため、下駄に興味があるそうだ。
「あのチラシを見てな」
「ワ、ワタシも料理が好きなので……。こほん」
 落ち込んだ様子の弥十郎に気付いたエメが直実に聞いてみたところ、呉服フロアに行く時に『料理自慢コンテスト』があると聞いて気になっているらしい。流石に約束があるので出場を断念したのだが、もうすぐ開催するのを思い出してしまったのだろう。

「人間の顔はツルツルしてて……見分けるのが難しいのです。先ほどから動かないあの人たちは、お店の人なのですかな?」
 反物に毛がつくため今回は人間の姿になったバスティアンだが、美的感覚が猫のため先ほどからマネキンと人間の区別がつかないようだ。侘助や火藍の瞳をじーっと見て覚えようとはするのだが、エメのことも色で判別しているくらいであった。
「ありゃあ、マネキンだ! エメと佐々木に似合う浴衣を探すぞー! 着付けも任せろ!」
「招き猫の一種ですかな……あっ、白い服を着てていただかないと」
 キラキラしたオーラの美青年であるバスティアンだが、侘助が自分の身立てた市松山吹を試着してもらおうとすると年より幼い表情でオロオロとあたりを見回した。し、白い人間がいない。
「佐々木はこれ、絣縞や燕柄はどうだ?」
「君がカッコいいと思うもので、僕を彩ってくれるかな」
 侘助がどちらがいいか迷っている間、弥十郎は今日来ることができなかった大切な人に思いをはせつつ呉服フロアを見学していた。
「和服が似合うのは分かってるんだけど、どういう感じがよいかねぇ」
 ピンクの花柄は確実、白基調に赤の格子柄も見てみたい。遠くに似た背格好の女性を見つけて軽く後姿に浴衣を合せてみる。彼女の面影を重ねて頬が緩んでいると、うさぎ柄の浴衣を持った真奈美とバナナ柄の浴衣を持った直実が、あらあらまあまあといった表情で自分を見ているのに気付いた。
「くすっ。先生、おっさん、何にやにやしてるっすか」
「たまには、こういうのを着てどっかに出かけたいなぁ? って……」
「わたくしもこの奇妙な黄色い柄がなんとも、と……」
「そのセンスは『ない』よ……」
 自分のセンスを冷たく拒否された直実だが、呉服フロアで地味にテンションが上がっていたため次々と素っ頓狂な柄を真奈美にすすめている。しかし、試着もしてくれないのでアルバイトの一森に声をかけ始めた。
「ど、どうされましたか。お客様」
「このフロアはなかなか良い物をそろえてますね。……君が着るなら尚素晴らしいでしょうけど」
「何言ってるのー!」
 戸惑う一森を背にかばった真奈美は、直実との軽い口げんかの後にくるりと一森に向き直る。元々大人しい性格の一森はどうしたものかと硬い表情をしていた。
「ごめんね。でも、笑ったほうがもっと可愛いよ」
 一森のほっぺたをふにっと持ち上げ、お手本のように真奈美自身もにこりと笑った。


「とりあえず着てみろ、試しだ試し! いやぁ、女性が買い物でキャーキャー言うのは理解できなかったが、なかなか楽しいもんだな」
 侘助は弥十郎を試着室に放り込むと満足げな笑いを浮かべ、恋人に似合う浴衣や彼へのお土産を物色し始めた。藍色は、意中の人の肌の白さを引き立てそうだ。
「火藍に似合うのは……あの黒地のやつ、どうだ?」
「あんたは暢気でいいですね。はいはい、そうやって惚けててくださいな」
「ま、そう言わずにさ。で、帯はあそこのやつで、下駄はこれっと。あーっ、やっぱあっちのがいいかなぁ」
 火藍は女性のいない場所を選び、着付けの終ったエメと談笑しているところであった。侘助が選び終えるまでもう少しかかりそうなので、エメに和服の着心地を訪ねてみる。
「下駄を履いてはみましたが、そもそも足の指がそれほど開きません。常に履いている久途君はすごいですねぇ」
「似合っていますよ。……あの人は、落ち着きが足りなくて困ったものです。エメさんを見習って欲しいもんだ」
「ふふふ。でも、サムライになったらこれを履いて戦うのですよね? 直実さん?」
 和服に慣れている直実はオーソドックスなものより奇抜な柄に興味が強く、先ほどまで子供コーナーをうろうろしていたようだ。
「いや、下駄は天気を占うのに使用する。草履の方が格式高く、江戸時代の同心は雪駄が中心だな。現代も男の着物は雪駄が中心だろう」
 火藍は前半はどうかと思ったが、間違いではないため放っておくことにした。その後、直実は雪駄をビーチサンダルみたいなアレと説明するなど雑と的確が入り混じった説明を続けていた。エメが日本を正しく理解したかは誰にもわからない。

 浴衣を買いに来る若い女性たちの中では少し気まずさを感じてしまうので、エメや弥十郎の存在が心強いのだが……。
「俺に浴衣ですか……。そうですね、あんたが選んでくれるのなら」
 着付けの終った弥十郎の浴衣姿を褒めると、火藍はすすめられた浴衣を持って自分も着替えることにした。侘助はその間に携帯ストラップを購入し、マネキンに話しかけているバスティアンをエメのもとに連れていったりと忙しく動き回っている。
「どうですか、着ましたけど」
「おお、似合ってるじゃんか!」
 そう言われれば悪い気はしない。バスティアンも和服特有のゆったりした着心地を楽しんでいるようだ。『これは悪くないですな』とにこやかにマネキンに話しかけている。作家なら和服を持つのも雰囲気が出そうなものだが、人間の姿は何かと不便も多そうだ。
 買い物を済ませた後は料理自慢大会の見学に向かう。選手には見知った顔もいるらしい。誰が優勝するのかも気になるところだ。
 
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は水色のチャイナ服をで可愛くおしゃれし、夏のお祭りに向けて浴衣の下調べにやってきた。和服の知識があまりないので他のお客を参考にしようとしていたのだが、自分と同じ年周りの子供がいないため途方に暮れているようだ……。
「あら、可愛い子。どうしたのかしら」
「こんにちはです! えと、かわいいゆかたを探しているけど、むずかしくって、まよっているです……」
 ヴァーナーに話しかけたのは同じく浴衣を買いにきたアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)だった。アルメリアも浴衣を買うのは初めてだったが、店員からアドバイスを受けすでに買い物を済ませてしまったようだ。
「おねえちゃんは、何にしたですか?」
「ワタシ? ええとね、コレにしたのよ」
 購入した浴衣は宅配に回してしまったが、彼女は携帯で浴衣の写真を撮っていた。写真には紺色の花柄の浴衣に、黄色い帯をしめたアルメリアの姿が映っている。鏡にうつった自分を撮影しておいたようだ。
「おねえちゃん、おしゃしん上手です! ボクもかわいいのがあったらかっちゃうですよ♪」
「ありがとう、写真は得意なの。……そうね、子供フロアはこっちだったわ。浴衣の着付け程度ならワタシも知ってるし、着せか……試着も手伝ってあげようかしら♪」
 博識なアルメリアならヴァーナーの浴衣選びの質問に答えることもできるだろうが……。なぜだろう、下心がチラチラと見え隠れするような……。
「わーい♪ ありがとですっ」
「せっかくだから下駄と巾着もそろえちゃいましょ。髪飾りも見てみましょうね♪」
 緑のしっぽをふんわり揺らして、ヴァーナーはアルメリアをぎゅっと抱きしめた後ほっぺに軽く口づけをした。可愛い妹ができたようで嬉しい気持ちになったが、ふと、これを着た姿を見せたい人が心をよぎる。
「似合ってますよとか可愛いですねとか言ってくれるかしら……って、なんでワタシこんなこと考えてるのかしら」
「おねえちゃん、かわいいですよ?」
 そもそもワタシは、この子みたいな可愛い子たちを平等に愛してるはずなのに……。あ、あの子だっていぢめて楽しいお友達ってだけで、むむむ。
「えっと、おねえちゃん着付けできるからみんなに着せてあげれるです。それってすごいです! みんなを、かわいくできるですっ♪」
 ヴァーナーはアルメリアが何で悩んでいるのかはわからなかったが、一生懸命元気づけようと両手をぱたぱたと振りながら自信を持ってもらおうと頑張った。その姿にキュンときたアルメリアが子供フロアに到着すると、彼女のスーパー着せ替えタイムがスタートしたそうだ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 某氏とのいつか訪れるであろう戦いに備え、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)白砂 司(しらすな・つかさ)を引っ張って呉服フロアに変装セットを買いに来ていた。
「女が殴れないなら、女と見られなければいいんじゃないか?」
 そんな投げやりな解決策を提案したばかりにこんなことになってしまうとは、と司は少々後悔しているようだ。だが、サクラコ自身は顔さえ隠せれば十分と考えている。
「ぶっちゃけ、誰でもそう考えますよね〜。まぁ、私にとってはおいしい展開ですっ」
 変装用にお金を出してもらいましょ♪ にっしっし♪


 コスプレイヤーの綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)にとって、夏は聖地巡礼の季節であった。しかし浴衣・水着などその時期しか着られない衣装も多々あり、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)と過ごす夏休みを考えるとわくわくが止まらなかった。
「そうだ、今年の浴衣はアディとお揃いで揃えよう!」
 そのアイデアに賛成したアデリーヌはお揃いの浴衣で夏を楽しむだけでなく、さゆみが過ごしていた日本の文化を学びたいと言う。そのため2人で呉服フロアに来店していた。
「こんなに種類があるなんて、繊細な文化ね」
「色は私が決めちゃおうかな。一緒に小物を選ぼうね♪」
 浴衣初心者のアデリーヌを気遣いながら、さゆみが選んだのは青色の生地にさまざまの花模様があしらわれた王道路線のものだった。
 向こうの猫耳獣人さんはお魚柄なのね。すごく気に入ってるみたい……。
 試着室を使っていたサクラコは魚柄の浴衣にお面をかぶってうきうきしているが、その様子を見た司は『どこの盆踊り会場だ』と突っ込みたかった。しかし、あまりにも気に入っている様子……指摘できずにヤキモキしている。
「男装なら身体のラインさえ隠せれば衣装なんて何でもいいだろ」
「キラキラキラ。この目を見れば、言いたいことは伝わりますよね?」
「和服は胸がないほうが似合うとか言うな」
「なーんですって!?」
 目線を反らして率直な感想を述べる司だが、姉貴分に喜んでほしいとは思うのだ。だが、出費が! 無い袖は振れない! 散財は敵!
「あ、あの。あちらに男性浴衣のコーナーもありましたよ」
 場の空気を和ませようとしたさゆみがサクラコにそう告げると、そうだ共犯にしちゃいましょう! と司の分も買う流れになった。あれでよかったかしら……と、不安は残るがアデリーヌと自分の着付けを開始する。
「ずいぶん印象が違うものですわね」
「わぁ、アディ大人っぽい〜!」
 同じ浴衣と帯であるのに、さゆみが着ると少女らしい可愛さが引き立ち、アデリーヌが着るとしっとりとした大人の色香が漂った。試着のつもりが気が変わり、今日はこの浴衣でのんびり1日を楽しみたくなった。
「この近くにある『新月』の抹茶パフェっておすすめだって! 料理コンテストももうすぐ始まるみたい」
「……」
「アディ? ……泣いてるの?」
「あ……。ごめなさい。楽しくても、涙って、でるのね……」
 かつて失った恋人の笑顔が、さゆみとかぶってしまったのか。無言でにぎられた手を両手で包みかえすと、温かい幸せが心に満ちてぽたりと涙がこぼれた。
「今日はずーっと一緒にいようね。でも、またこうして浴衣でお出かけしよ?」
「ええ」
 さゆみの左手には着換えの入った紙袋、右手にはアデリーヌの手があった。さ、次は噂のメロンパンを見よう! 引かれている手の優しいぬくもりに、アデリーヌの心は少しずつ癒されていった。


「いい浴衣見つかってよかったですよね!」
 元気いっぱいのサクラコとは対照的に、がっくりと肩を落とす司。現在彼の財布は、そうとう、軽い。監視していたはずが取り込まれてしまった……。
「はぁ……」
「ほらほら、ため息つくと幸せが逃げちゃいますよっ」
 ……自分の浴衣、たしかに彼女がいなければ買うことはなかっただろう。実際に使えるものだし、和服自体は格好いいが……。
 ちょっぴりの嬉しさと、懐事情への憂鬱。
「〜♪」
「それって、なんの曲ですか?」

 気が付くと盆踊りの鼻歌を歌っていたようだ。