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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

リアクション

 SCENE 14

 部隊【新星】ブルーニクは、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)をリーダーとして移動を進めている。
「了解。妨害電波が出ているようだ。徐々に通信状態が悪化してきた。今後も回線が開ける限りは連絡を入れる」
 以上、と言い残してクレーメックは無線機を切った。ここまでの過程で彼らは、すでに大小三つもの設備を破壊している。
「例の『CRUNGE』が確認されたらしい。個体名『Χ(カイ)』と名乗っているそうだ。現在、味方部隊と交戦中だが、かなりの苦戦を強いられているらしい……」
「まだなにかおありですの?」
 桐島 麗子(きりしま・れいこ)の言葉に、クレーメックは重々しく首肯した。
「さらに悪いことに、『CRUNGE』は複数体存在するという情報も届いている。全容は判らないが、『カイ』の他に最低一体はいるはずだ」
「我々も用心したほうがいいということね」
 麻生 優子(あそう・ゆうこ)は険しい表情だ。
(「『CRUNGE』、一度は手合わせしてみたいもんだがな……」)
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は密かにそう思うのだが、作戦遂行こそが最優先であるので発言は控えた。
「ジーベック、今戻った」
 チームの強行偵察役を買って出たケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が合流した。彼は何度も先行偵察を行い、そのたびに有益な情報を持って帰還している。
「やや本筋から外れるがこの先に、大量のマシンが守っている拠点があった。重要な生産工場か、さもなくば『頭脳(ブレイン)』の所在地かもしれない」
 同じく天津 麻衣(あまつ・まい)も発言する。
「『頭脳』の制圧は私たちの任務ではないけれど、発見したという情報を共有するだけで味方は大きく有利になるわ。【新星】ブルーニク全員の移動を提案します」
「率直な意見をお聞かせ願えますこと? この人数で、制圧できそうかどうか」
 クリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)が問う。勇気と無謀は違うということを、作戦参謀コース志望の彼女はよく知っている。これまで、彼らは主に戦闘部隊が敵を蹴散らした後に乗り込んで、施設の徹底破壊を行ってきたのである。
「恐れるほどじゃねぇ、と俺は見たぜ。まあ、俺がビビるほどといったらよっぽどだがな」
 腕組みしてアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)が断じた。彼もケーニッヒ・ファウストと共に偵察に及んでいたのだ。
「どうなされます?」
 麗子が改めてクレーメックに問うた。チームのメンバーも、じっと彼の決断を待っている。
 クレーメックは断を下した。
 すなわち、拠点への攻撃を決定したのだ。

「追加情報ですじゃ」
 対空射撃に散々な目に遭わされながらも、天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)は箒に乗って戻ってきた。そして、拠点の正体を明らかにしたのである。
 拠点はまさにこの鋼魔宮の心臓部といっていい。屋外、別棟のこの建物こそ、ヒューマノイドマシンの生産工場だったのだ。工場設備の規模としても最大級、それだけに防衛に配置されたマシン数も凄まじい。彼らを発見するや、恐ろしいほどのヒューマノイドマシンが襲ってきた。
「突撃! 戦場は工場内部とする!」
 クレーメックの指揮の下、一点集中して【新星】ブルーニクは工場内部に突撃する。
 ある程度予想していたこととはいえ、異様な光景であることに相違なかった。工場は現在も稼働しており、次々と新しい機体が生産されているのである。しかも、黒ずんだ装甲を施した強化型だ。
 無計画な破壊が惨事を招くと知っているのが彼らの鋭さだろう。四方に散って乱戦になるかと思いきやさにあらず、そこから【新星】ブルーニクは円陣となり、中央にマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)を置く体勢に移った。きっかけは、本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)が施設内の情報端末を見つけたことにある。
「ここは私が生まれた場所じゃない、けれど」
 飛鳥は、己が生み出された、つまり生産されたときの状況をメモリから読み出し、工場の構造を読んだのだ。
「私も機晶姫、工場の構造なら……わかるもん!」
 そして飛鳥は壁の一部に触れ、そこに隠されていたコントロールパネルを明らかにしたのだ。飛鳥の頭を、マーゼンの大きな手が撫でた。
「解析は任せてくれますかな」
 飛鳥はうなずいて離れ、代わりにマーゼンが、パネルに映し出された画面に見入ったのだった。
 それから数分も経たぬうちに工場の稼働は停止した。
「これでもう敵は増えないと考えてよさそうですな」
 マーゼンはモニターから顔を上げる。彼は真っ先に壁の入力端末を見出し、短時間でパスワードを解析したのちパワーオフを実行したのだである。言うまでもなく困難であり、しかも乱戦の最中という状況を考慮すれば神業的な行動だが、寡黙なマーゼンは決して功を誇るでもなく、また、指揮官クレーメックも彼を称賛したりしない。彼ならばこれくらいできて当然、とクレーメックはみなしているのである。冷淡なのではない。むしろ逆、マーゼンの能力に対する最大限の信頼の現れと見ていい。
 なんら声を荒げることのないまま、クレーメック・ジーベックの声は易々と戦場全体に行き渡った。
「クロッシュナーを守るシフトは完了、これより殲滅体勢に入る。クロッシュナーは前進して盾役、その位置を死守せよ。フリンガーは後衛、バウアーはセイバー隊を指揮して左右側面より攻め入れ。スペルユーザーはこれを魔法で援護、フリンガー、貴官には後衛職の護衛を任せる。相沢は例の武器を使え」
「いいのか! ジーベック!?」
 言われた相沢 洋(あいざわ・ひろし)自身が驚いたように、目を見開いて指揮官に問うた。
「悪いはずがない。その武器の実戦評価をしたがっていたのは貴官だ」
「よし、任せてくれ! みとは俺を援護しろよ!」
 待ってましたとばかりに、洋は銃を抱いて飛び出した。ヒューマノイドマシンの攻撃は容赦がない。その間にも数え切れないほどの銃弾が飛びかう。バズーカ砲のようなものまで放ってくる。それらを縫うようにして乃木坂 みと(のぎさか・みと)も駆けた。
「さすがに激しいですね。生産拠点は重要な場所。可能なら制圧して教導団の兵器工場にしたいですが……今はそうも言ってられません」
 みとは足を止め、
「支援砲撃します」
 宣言して両手より、視界が白く焼けるほどの強烈なサンダーブラストを放つ。これで敵の勢いを殺して、
「本来偵察兵向きの盗賊がこんな重装備とはな。どけええ!!
 コンマ数秒ほど後に洋が、一抱えもあるパワードレーザーを両腕で固定し、力の限りそのトリガーを引いた。空気中のイオンが異常反応し、清涼な突風を瞬時吹かせた。無論、風をもたらすのがこの武器の目的ではない。この武器の目的とするものは、丸太ほどの太さのあるレーザー光線である!
 青白いレーザーの光は、眼前のヒューマノイドマシンは勿論、その後方にあるものも、さらにその後方も、さらにその後方も(!)すべて巻き込み瞬時にして塵に変えた。
 力の反動で洋は後方にのけ反り、耐えきれず倒れ込んでしまう。
「洋さま、ご無事で!?」
 みとが駆け寄るも、洋はその手を振り払って会心の笑みを見せたのである。
「いい銃だな。このパワードレーザーは。ただ、少々、不満があると言えば弾幕が張れないことかな」
「洋さまの武装、羨ましいです。私もそのうち転職しましょうか。メイドとかに」
「好きにしろ」
「私、似合うでしょうか、メイドの扮装……」
「つ、つまらないことを聞くんじゃない!」
 照れているのか怒っているのか、判別しがたい声で洋は怒鳴り、再度構える。レーザーのパワーはあと三回分はあった。
「評価試験、続けさせてもらう。みと! 再度直接火砲支援だ! 目標は敵マシン! ただし壁、柱などの構造物、友軍には当てるな。狙い、撃ちこめ!」
「はいっ!」
(「洋さま……」)
 巨大なレーザーを構えて立つ洋の背に、激しい胸のときめきを覚えるみとだった。戦いに生き残ることができれば今夜、彼の寝床に忍び込んでみようか……怒られるかもしれないが。
「ここで力の出し惜しみはできないもんね! 負けないよ!」
 綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)のギャザリングへクスが発動し、チーム全体の魔力を底上げする。
 麗夢はゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)の背に隠れるようにしていた。彼がいるかぎり、絶対に自分は安全だという確信があった。
(「なんだか、全部壊すのが勿体無くなってきたなぁ……」)
 ゴットリープはスペルユーザーの護衛役を務めつつも、手早くカメラを回して工場内部の撮影を終えた。帰還後、必ずやこのデータは活きることだろう。彼はカメラを折り畳むと、
「レナ、預かって置いてくれるかい?」
 とこれをレナ・ブランド(れな・ぶらんど)に渡した。
「ええ、でもゴットリープは?」
「僕は、前に出ます」
「えっ!?」
 レナの驚きに答えることなく、彼はクレーメックに向き直った。
「敵はセイバーを包囲し始めました。救援にいかなくちゃ。ジーベック! 許可を」
「許可する。今後フリンガーの役割は私がつとめよう」
「感謝します!」
 指揮官たるクレーメック、チームの要石たるクロッシュナー、職業軍人らしいシャープさを有するジェイコブ、あるいは情報収集に高い能力を発揮するケーニッヒ、血気盛んな洋と比べると、ゴットリープは慎重派であり、比較的地味な印象があった。しかし現在その彼が、率先して味方の救援に赴くという。やはり彼も、勇ましき教導団軍人の一人なのである。
(「ゴットリープ、頼りないところがあると思っていたけれど……」)
 レナは思った。
(「随分たくましくなってきたじゃない」)
 そんなゴットリープの前に、箒にまたがった老女が舞い降りる。
「おばあちゃん?」
「一気に距離を詰めて進ぜましょう」
 幻舟は箒に彼を乗せ、最前線に送り込んだ。