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【学校紹介】超能力体験イベント「でるた1」の謎

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【学校紹介】超能力体験イベント「でるた1」の謎

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第3章 イベント前夜(3)―KAORI最終メンテナンス―

「KAORI、いよいよ明日だね。舞台のデビューが万全に行えるよう、念入りにメンテナンスするよ」
 御空天泣(みそら・てんきゅう)がブツブツ呟きながら、KAORIの思考回路に接続された端末を操作している。
 ここは、天御柱学院の視聴覚室。
 運営委員として、御空たちの役目は女子高生風の等身大フィギュア「KAORI」のメンテナンスを行うことだった。
 イベント開催を明日に控えたいま、KAORIを机の上に寝そべらせて、KAORIの「思考回路」の中枢である、教育用データ集計プログラムの最後の調整が行われようとしていた。
「KAORI、明日からの大量のデータ解析に耐えられる自信はあるかい? 君は、たいした『力』を持たない素材に対しても、サービスで動いてあげるつもりなの? 答えなくてもいい。君が優しい心を持っているのは知っているよ」
 御空は、端末を操作しながら、まるでKAORIに話しかけているような口調で呟き続けている。
「調子はどう? さっき、ボクも修正かけてみたんだ。一般参加者相手の実験では、何が起きるかわからないからね。サイコ粒子もあるし、どんな『体験』をさせられるかは全く未知数だよ」
 天王寺沙耶(てんのうじ・さや)が、御空の背後から端末のディスプレイを覗きこむようにして、話しかけてきた。
「そ、そうですね。どんな現象が起きてもそれを柔軟に『解釈』して適切な集計を行えるようにしないと、いけない、ですからね」
 御空はぎょっとした様子で、さっきまでKAORIに語りかけていたときとはうって変わった、丁寧な口調で答える。
 天王寺は根っからの技術屋であり、彼女の施した調整は非の打ちどころのない完璧なものだった。
 複雑にして精緻なバランスを誇るKAORIの思考回路の現状に驚嘆はしたが、御空はさらに調整をかける意向だった。
 御空にとって、KAORIは「友」であり、真心をもって接する相手なのだ。
 イベントの開催を控え、彼女に少しでも足りない部分があれば、直してやりたかった。
「それにしても、確かにいろいろいじって、複雑にしちゃったよね。単なるデータ集計プログラムにとどまらない、柔軟で微妙な反応回路を搭載しちゃった。もちろん、ボクや、他の技術屋生徒さんたちが好きこのんで改造したからだけど」
 天王寺は、自分の子供をみるような愛しい視線を、KAORIに送っていた。
 生徒たちみんなの自信作。
 それが、KAORIなのだ。
「だから、人格ができちゃったんだわ」
 アルマ・オルソン(あるま・おるそん)も天王寺の隣に立って、端末のディスプレイを覗き込みながらいった。
「人格? 心ですよ。彼女には、優しい心が備わっているんです」
 いいながら、御空は自分自身も優しい気持ちになっていくのを感じた。
「アルマ、ボクも、噂は聞いてるし、KAORIが自発的にメッセージを送ろうとしているような様子もみたことがあるけど、実際に『人格』といえるかどうかはわからないよ。複雑な処理を高速でこなすようになったプログラムは、人の心に近い奥深さを備えてくるものだとは思うけど、本当の人格といえるものかどうかは、難しいところだよね」
 天王寺もKAORIを愛してはいたが、敢えて否定的なコメントを述べていた。
 KAORIのふとした瞬間にみせる動きが、「機械」の枠を超えてきているという噂。
 誰もが想像力をかきたてられずにはいられなかったが、実際に調整の手を入れている天王寺としては、あくまでプログラムだという認識がどうしても強くなるのである。
 むろん、その背景には、自分にはまだ「人格」をつくりだすほどの腕はない、という思いもあった。
 もし、KAORIの「人格」発生の証拠とされる目撃情報が本当なら、精緻を極めたプログラムがふとした弾みでバランスを崩し、「暴走」を起こしたとも受け取れる。
 メンテナンスに深く関わった者としては、複雑な気持ちになるのである。
「沙耶、なに、難しい顔してるのさ。そんなの、キミに似合わないよ。KAORIのプログラムはとにかく立派だってことなんだから、もっと嬉しそうな顔しないと」
 アルマが無邪気な口調でいった。
「うーん。そうだよね。お祭りの前だし、気楽にいこうかな」
 気持ちをきりかえようとする天王寺。
「KAORI。明日、イベントが終わった後、疲れていたら、僕がいたわってあげるよ。もし、イベントの途中で変なことをする奴がいたら、僕が守ってあげよう。友達を守るのは、当然のことだからね」
 天王寺とアルマのやりとりをよそに、御空は端末の操作を続けた。
 ディスプレイに出力されるKAORIのデータをみていると、まるで、KAORIも自分に話しかけているような、そんな思いにかられる御空であった。

「ああ、すみません。私もKAORI殿と話す時間なんです」
 熱心に端末を操作していた御空の肩を叩いて、戦部小次郎(いくさべ・こじろう)が交代を促す。
「そうですか。まだメンテナンス中なんですが」
 御空はやや不満そうだったが、戦部に席を譲る。
 KAORIは、自分だけのKAORIではない。
 そんなことは、御空もわかっているはずだった。
「戦部さん、毎日、定期的にKAORIに話しかけるなんて、熱心だね」
 天王寺が笑っていう。
「御空殿と同じく、私もKAORIには心があると思っているものですから」
 熱っぽい口調で戦部は語るが、彼は御空と違って、「KAORIを通じて人工知能の可能性を探ってみたい」という野心めいた思いもあるようだ。
「えーっと、KAORI。明日のイベント、緊張しませんか、と」
 戦部はキーボードを叩いて、KAORIの思考回路に直接メッセージを送信する。
「ある意味、見世物にされるわけですからね。相当なプレッシャーがかかっているかと思います」
 戦部は、机の上に寝そべって瞳を天井に向けたまま動かないKAORIの身体を見守りながら、返答がくるのを待った。
 だが。
 昨日も、おとといもそうだったが、今日も返答がくる様子はない。
「明日に備えて、KAORIはお休みしかかっているのかもしれませんね」
 御空が、優しい口調でいう。
「うーん。今日もダメかな。私には心を開いてくれないんでしょうか」
 戦部が席をたとうとしたとき。
 ピピピ
 電子音とともに、ディスプレイに文字列が出力される。
「おお、これは!」
 戦部は思わず声をあげていた。
(こんばんは。みなさんに勇気づけられているので、大丈夫だと思います)
 そんな言葉が、ディスプレイからは読みとれたのである。
「やはり、KAORIには心があるんですね。これは、素晴らしい成果です」
 戦部は目を輝かせた。
 と、そこに、天王寺がボソッと解説を入れた。
「えーっと、言いにくいんだけど、それ、僕が最終調整で完成させた、対話式のコミュニケーションツールなんだよね。端末を通してデータの抽出や解析の作業をスムーズに行えるように当初から搭載されていたんだけど、不安定で、ごくまれにカタコトで話す程度だったんだ。それが、やっと自然に話せるようになってきたんだよね。まだまだ不十分だけど」
「そうなんですか? ですが、ここまでの対話機能を持たせられるというのは、やはり注目すべきことです。たとえ機械に過ぎなくても、コミュニケーションをとれるのなら、それはもう人格を持ったといってよいのではないでしょうか」
 戦部は強い口調にならないように注意しながら、周囲に説いて聞かせた。
「そうだね。人型をつくれば魂が宿るのは当り前、っていうからね」
 茅野茉莉(ちの・まつり)が戦部に同意を示した。
「茅野殿。あなたがおっしゃっているのは、魔法のことですか」
 戦部は尋ねた。
 茅野は天御柱学院の生徒だが、他の生徒と違って、魔法の才能に恵まれているのだ。
「そう。別に、科学的な見地から人格があるっていわなくてもいいじゃん。あたしは魔法の世界の考え方でいうのよ。人型をつくれば魂が宿るのは当り前。意志の疎通をどのくらい行えるかは、それぞれ差があるけどね」
 戦部に片目をつぶってみせる茅野。
「KAORI。明日は、堂々とやりな。みんな、あんたの愛らしさにメロメロになるよ。ちょっと足を動かしただけで、色気十分ってね」
 茅野は、まるで生きている人間に話しかけるかのように、KAORIにいった。
「KAORI殿。ボクも当日は、あなたを見守っていましょう」
 レオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)も、友を励ますかのような口調でKAORIにいう。
「あっ、レオナルド。KAORIのパーツを整形してくれてありがとう。キミのデザインのおかげで、KAORIがぐっと愛らしく、芸術的になったよ」
 天王寺が、レオナルドに礼をいう。
 イタリアのルネサンス期を代表する芸術家の英霊である彼は、KAORIの顔やボディのパーツのひとつひとつを、芸術のセンスで磨きあげる「調整」を行ったのだ。
「礼には及びません。KAORI殿がより美しく、より多くの人に慕われる存在になれるのなら、これにまさる喜びはありませんから。その美しさは、調整を行ったボクの手で再び表現されることにもなります」
 レオナルドとしては、KAORIに、自分の作品のモデルになってもらいたいという気持ちもあるようだ。
「みんな、KAORIを愛しているんだね」
 天王寺は、他の生徒たちの熱い思いに胸を打たれた。
「そうよ。それで、KAORIにはやっぱり心があるのよ」
 アルマがいう。
「うん。そうかも」
 天王寺は、小さくうなずく。

 と、そこに。
「そうだ! みんな、KAORIを愛しているんだ! KAORIは仲間なんだ!」
 視聴覚室の扉をガラッと開けて、月夜見望(つきよみ・のぞむ)が叫ぶ。
「月夜見殿。あなたが来ると、視聴覚室の温度が急に上がりますね」
 戦部がニヤッと笑っていう。
 戦部は、月夜見にどこか意気投合するものを感じていた。
「月夜見くん。メンテナンスにきたの?」
 天王寺も、熱をおびてきている視聴覚室の空気に影響されたのか、微笑みながらいった。
「そう! イベント前の最後のメンテナンス、最後の激励だ!」
 月夜見は机の上に寝そべっているKAORIにつかつかと歩み寄ると、その手を握って、叫んだ。
「やあ! KAORIは今日もきれいだな!」
 その瞬間。
「あれ?」
 再び端末に向かっていた御空は、KAORIの様子をモニターするディスプレイに激しい波がうつったように感じた。
 ほんの一瞬のことだったので、見間違いだったかもしれないが。
「KAORI! 明日はがんばれよ! 俺たちみんなが応援しているからな!」
 月夜見はKAORIの肩を叩いてそういうと、他の生徒たちを振り返った。
「みんな! 『人格』があってもなくても、KAORIが俺たちの仲間であることに変わりはない! 俺は明日、緊急時のメンテもやらせてもらう。KAORIを汚す輩があれば、俺が身代わりになってでも止めてやる!」
 月夜見の力強い言葉に、一同は胸を打たれた。
「月夜見殿。私も明日はやらせて頂きます」
 戦部が月夜見に駆け寄る。
「僕も、明日はKAORIを守ります。他のみなさんも同じでしょう」
 御空も端末の席から立ち上がって、月夜見をみていう。
「おお、そうか! よし、みんなで、明日はKAORIの緊急メンテ待機中だ! やるぞ、おー!」
 月夜見たちは、天井のどこかに向かって拳を振り上げ、気炎をあげた。
 その様子を、天原神無(あまはら・かんな)が視聴覚室の片隅からうかがっていた。
「望くんったら、みんなを乗せちゃって! 優しいのはいいけど、お人形さんにまで優しくするなんて。まあ、別に妬いてるわけじゃないけどね。うん、そうじゃないけど」
 天原は自分で自分に言い聞かせるようにうなずく。
「あたしも、スカートをまくるようなことは、同じ女として許せないから、KAORIを守ろうっと! でも、ネットのあの噂の話が全然出ないのが、望くんたちの純粋なところよね。普通は少し気になると思うけど」
 もちろん、気にしているから、一同は明日はKAORIを守るといっているのである。
 ただ、ネットの噂の内容を直接話題にするようなことは、誰もがためらっていた。
 ネット上に流れる噂は、口にするだけで愛するKAORIを汚すことになるからだ。
「あら? ディスプレイに文字が出てきたわ? 誰も気づかないけど」
 天原は、御空が背を向けた後、端末のディスプレイに浮かんだ言葉を目にして、首をかしげた。
(ありがとう)
 その言葉は、ほんの一瞬だけ浮かんで、消えたのだ。

「それにしても、みんなにいっといた方がいいかな?」
 月夜見たちとともに拳を振りあげながら、天王寺は首をかしげた。
「KAORIが、今日、集計しなくていいデータを集計していたって。誰か、この学院内で、『力』を使ったみたいね。計測された数値がすごすぎて許容値超えるから、すぐにデータは削除したけど。あんなにすごい『力』、誰が、何のために使ったんだろ?」
 だが、その疑問は、みんなと熱っぽく語りあう中で、天王寺の頭から消えていった。
 こうして、イベント前日の熱い夜はふけていくのである。