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序章 〜追憶〜


――2004年。


「ここで一つ問おう」
 その部屋には、六人の男女がいた。上は六十代から下は十代後半と、見た目だけだけならば、これがどのような集まりなのか判断するのは難しいだろう。
「お前達は、『神』を信じるか?」
 最も年配の男が口を開く。
「我々は科学者だ。そんなものはわざわざ問うまでもないだろう、ノーツ博士」
 別の人物が、呆れ半分にノーツ博士と呼ばれた人物に視線を送る。
「ここにいる六人は、二十一世紀を担うべく、あなたの意志に賛同して集った者達だ。おそらく全員の答えは同じだろう――信じない、と」
 だが、他の五人は誰も頷かなかった。
「司城、お前はどう思う?」
「『神』の定義次第です。例えば、人智を超えた力を使える人間をある種の神と見立てるならば、その存在は信じましょう」
 中性的な風貌な若者は答える。
「だが、それはそもそもノーツ博士の問いからズレているのではないかね? 氏の問いは、あくまでも『オカルト』としての存在だろう」
「それこそ、思い込みというものだ。ノーツ博士は『科学で証明出来ない存在』とは一言も言っていない。固定観念は視野を狭めるぞ」
 最も若い、十八、九くらいの女性が言う。
「ユダヤ人の青年が神として崇められるのは、今の司城博士の言う人智を超えた力を持っているというエピソードから来ている。新約聖書からも分かるようにな。だが、神とは人間の生み出した幻想だ。『神』がいるからそれを信じるのではなく、人が信ずるところに神が生まれる。神とは、『創れる』ものだ」
「こっちの国じゃ、万物に神が宿るなんて言われてるからね。さらに『人間だけが神を持つ』とされ、どの国でも何らかの信仰が見られる事を考えると、集合的無意識の領域において刷り込みがなされているんだと思うよ。『神を持て』と」
「司城君、ホワイトスノー君、それこそただの憶測というものだろう? ここで哲学の議論をするのは不毛だとは思わないかね?」
「そうとは限らない」
 口を開いたのは、ノーツ博士だ。
「今の問いは、ただの前置きだ。これを見て欲しい」
「司城・ノーツ予想?」
「私と司城の二人で導き出したものだ。これが証明されれば、『神』に対して一つの答えを導く事が出来よう」
 それは、魔法を科学的に解明する事を発端とした、一つの予想であった。だが、これには神を「人智を超えた存在」と定義する場合、その存在をも解明し得るだけの理論が書かれていた。
「ホワイトスノー君の言うことは、ある意味では正しい。これが完全に証明されれば、いずれ『神』を自在に創れるようになるだろう。もっとも、そうなってはもはや『神』とは呼べないのかもしれんが、な」
「……ノーツ博士。あなたは一体何をするつもりだ?」
 他の科学者に食ってかかっていた男が、ノーツ博士に問う。
「この世界の理を知る。そして、この世界を我々が支えていく。そのための六人だ。司城・ノーツ予想の証明はそのための一つのステップに過ぎない――見ろ」
 彼はさらに、複数の理論を提唱した論文を見せる。
「あなたは、神にでもなるつもりか?」
「おや、お前は神を信じないのではなかったのか?」
 ノーツ博士の言葉に、科学者ははっとした。神を否定している自分が、思わずその単語を発してしまったのだ。
「二十一世紀は不穏な幕開けだったが、今後は争いのない平和な時代となっていくだろう。しばらくはこれらの完全な証明、及び各分野の研究を主導していくことになる。計画通りに行けば、2010年には――完全に我々が世界を掌握する」
 ノーツ博士はそう断言した。
「それが、あなたの真意か?」
 ここに来るまでは、ただ科学者として新時代を主導するつもりだと、男は考えていた。だが、ノーツ博士がやろうとしていることは彼が思っている以上のようだ。
「世界をどうこうすることに興味はない。だが、平和と更なる技術の発展には賛成だ。私は私のやり方で協力するとしよう」
「先生には申し訳ありませんが、ボクもあくまで自分の研究のためです」
「それで構わない。別に世界を支配する恐怖の大王になるというわけはないのだ。最低限の協力だけしてくれれば、あとは自分の研究に専念すればいい。科学者とは、そういうものだろう?」
 他の者達も、特に異を唱えることはなかった。
「氏が本当に何を考えているか、私には検討もつかない。だが、一科学者として、あなたが何をなすのか見届けさせてもらおう」
 ノーツ博士や他の科学者に食ってかかっていた男も、この科学者集団の一員として加わった。
 ここに集った六人の天才は、すぐに「新世紀の六人」と称され、世界から期待される存在となる。

 だが、2009年に全ての歯車が狂いだすとは、この時の彼らには決して知る由もなかった。

            * * *

――2009年。


「なぜですか、先生!?」
 ノーツ邸にて、二人の人物が向かい合っていた。
「私の計画が大幅に狂った。ここで、自らの知識を失うわけにはいかないのだよ、征。いや、ジェネシス・ワーズワース」
「それはあなた自身のものではない。前々から不思議でした。どこか、私の中にあるワーズワースの記憶が、あなたの研究に呼応していたのが。思えば、ボクが先生に出会ったのが、最初の兆候だったのかもしれませんね」
 静かに、司城は眼前の師を見据える。
「誓ったはずです、知識と記憶を分けて継承していく時に。来たるべき時、記憶を持つ者に知識を引き渡すと」
「そんなもの、私は聞いていない。それに、一つにするというのなら……」
 じっ、と司城と目を合わせるノーツ博士。
「寄越せ、征。私はお前の師だ」
 古い誓いを覚えているのは、記憶を受け継ぐ者だけだった。知識を持つ者は、自らの欲望のため、それを手放す事を拒む。
「出来ません」
「そうか」
 ノーツ博士は徐に動き出し、「それ」を司城に見せた。
「クラウス、シルヴィア!!」
「この通り、もう後には引けんのだよ」
 それは、ノーツ博士の息子であり司城の友人でもあるクラウスと、その妻のシルヴィアの変わり果てた姿だった。
「こうまでして……やはり、今のあなたには絶対に渡せません」
「なら、力ずくで奪うまでだ」
 ノーツ博士が司城に向かって刃物を閃かす。咄嗟に、司城も護身用に隠し持っていたナイフを手にし、それを受け止める。
 そのままリビングを出ようとすると、一人の少女の姿が二人の目に飛び込んできた。その先には、幼い少年がいる。
「一体、何の騒ぎなの。お父さん、お母さん?」
「ヘイゼル、はやくリヴァルトを連れて逃げるんだ!」
「え、先生?」
 目の前で何が起こっているのか、ヘイゼル・ノーツには理解出来なかった。いや、理解はしたがそれを拒もうとした。
「お祖父ちゃん、どうして!?」
 その声に反応し、ノーツ博士は孫娘に向かって駆ける。それを、なんとか阻止しようとする司城。
 だが……
「じ、祖父ちゃん……っ!!」
 リヴァルトが目の前の光景に足をすくませ、動けなくなってしまっていた。
「悪いが、死ね、リヴァルト!」
 司城を押しのけ、リヴァルトを一閃しようとするノーツ博士。
 しかし、それは叶わなかった。
「姉……ちゃん? 祖父ちゃん?」
 ノーツ博士の刃をその身で受け止め、ヘイゼルは倒れた。ノーツ博士の後ろからは、司城がナイフで彼の頚動脈をかっ裂いた。
「もう……大丈夫よ……リヴァルト」
 精一杯の笑顔をリヴァルトに向け、ヘイゼルは倒れた。彼女に続き、ノーツ博士も倒れる。
 ただ一人、司城だけがそこに立っていた。
(すまない、リヴァルト)
 顔を合わせないように、その場を立ち去ろうとする。だが、一度立ち止まり、彼にメッセージを伝えた。
「君にはまだやるべき事がある。キミの家族は皆死んだ。でも、キミは絶対に死のうとするな」
 それだけを言い残し、司城は去っていった。
 これが、当時ニュースで大きく取り上げられた、「ノーツ一家惨殺事件」である。
 ただ一人生き残ったリヴァルト・ノーツは、姉と祖父は自分を庇って犠牲になったと、思い込んでいた。

 その後、パラミタが出現し、世界の目線は全てそこに注がれる事になる。そして、新世紀の六人も、ノーツ博士が進めていた「2010計画」も、人々の記憶から消えていった。
 2020年現在、それらは過去のものとして、一部で語られているに過ぎない。

 同年、死んだはずのアントウォールト・ノーツ博士と、新世紀の六人が一人、司城 征の二人がパラミタで因縁の再会を果たしている事など、誰が想像しようか――


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