リアクション
● 「つまり、これは俺に対する挑戦という訳だなッ」 誰ともなく、巨大豆の木に向かってビシっと指を差しながらエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が言った。幹の途中の葉っぱの上にてそんなことを叫ぶ若者というのは、端から見ればお母さんが「しっ、見ちゃいけません!」と子どもの目を塞ぐような光景であった。 もちろん、当の本人はそんな自覚などは全くないのだが。 「おわああぁっ! 木がうじゃーって動くよー!」 逆に、遊ぶという自覚満々のクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は、幹から飛び出た蔓で作られた滑り台――もちろん、クマラが勝手に滑り台にしただけだが――で無邪気に遊んでいた。 「ねえ、ねえ、エース。これって『豆の木促進剤』? とかいうやつで大きくなったんだろー? そうすると、その薬って豆の木にしか効かないのかな?」 「そうだと考えるのが一番無難だろうな。と言っても、地球で普通『ジャックと豆の木』って通称名で流通しているのはカスタノスペルマムって名前の常緑高木性の観葉植物なんだ。それとどう違うのかっ! ってのはまた俺の興味をそそるところで――」 「わーい、蔓のムチー!」 「……人の話は聞こうぜ」 難しい話に飽きてきたのだろう。クマラは豆の木と遊ぶので頭がいっぱいのようだ。 仕方なく、エースは話を止めてデジカメで豆の木の写真を撮っていくことにした。もちろん、気がついたことはすかさずメモすることを忘れない。 「動くってことは……蔓性の幹が見かけより柔軟って事なんだな。蔓は緑色か。となると、動くためにエネルギーがドッサリ要るから、光合成してるのかもな」 ペンを動かしてカキカキカキカキ。 様々な方向からの写真は十分に撮り終えた。あとは、出来れば少し枝が欲しいところである。蔓系植物は生命力が強くて挿し木で増やせるものが多い。薬の効果で巨大化しているとはいえ、その特徴はきっと変わらないだろう。可能ならば、育ててみたいものである。 「と言っても……」 無断でちぎる、というのはどうにも気が進まない。紳士にははなはだしい行為だ。 そういえば……とエースは思い返していた。この豆の木は夢安京太郎を主人とみなしているという話である。ということは、少なからず意思を持っているということだ。 クマラに目をやると、彼は今度はエースから借りた機材で動画を撮りながら蔓と戯れていた。その様子は、確かに豆の木が自身の意思で動いていることも表している。 「――なあ、ちょっと相談があるんだけど」 物は試しだ。 エースは豆の木に向かって話しかけてみることにした。 「君はここから他の場所に動いていくことが出来ないけれど、葉のついた小枝をひとつもらえれば、それを俺が他の場所で増やしてあげる事が出来るよ。もし良かったら、小枝を分けて貰えないかな? 種族繁栄のためにもさ。ちゃんとお世話はするぜ」 すると、クマラと遊んでいた蔓がピタリと止まった。 どうしたのか、といったようにきょとんとするクマラ。エースは、その蔓だけでなく、それまで僅かに動いていた豆の木が動かなくなったことに気づいた。 失敗したかな? 不安がよぎったが、そのとき、豆の木は再び僅かに動き、蔓がどこからかエースへと伸びてきた。 「これは……」 蔓が手のようにして持っていたのは、一本の小枝である。 「……さんきゅ」 エースはそれを受け取ると、大事に懐の中にしまった。これは、言わば豆の木から託された子どもである。決して、無駄にはしない。 「なんか、どんどん蔓が伸びててっぺんに昇っていくねー」 クマラがふとこぼした声に、エースも異常な蔓の動きに気づいた。きっと、それはてっぺんの広場で主人である夢安が何かをしているに他ならない。 気にはなったものの、エースは豆の木を降りていくことにした。 「あれ、エース? もういいの?」 「ああ。この豆の木だったら、きっとなんとかなりそうだからな。今は、こっちを育てることが俺の役目ってこと」 「……?」 いまいちよく分かっていないクマラだったが、エースは最後に語った。 「薬の効果として特筆すべきは、巨大化より『豆の木が多少の意思を持ち、可能な限り主人の要望に応えて形を変える』という部分。この豆の木は、悪いやつじゃあないみたいだ。薬の効果がどうかは分からないけど、悪い結果には転がらないだろう。植物を信じてやるのも、園芸家としての務め――」 「きゃほー! 地上までひとっすべり〜!」 「……だから人の話聞けよ」 豆の木を滑りながら降りていくクマラの背中を追って、エースは葉っぱを渡り降りていった。 ● |
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