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学生たちの休日5

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学生たちの休日5
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リアクション

 
    ★    ★    ★
 
「ほらー、そこの人、残さないでちゃんと食べる。いい、ただよ、ただのカレーよ、ただ飯なのよ。文句言わないで食え!」
 長机の上に土足で上がったメイド姿の日堂真宵が、拡声器を片手に叫んだ。すぐそばには、「カレーフェスティバル」とか「無料カレー」と書かれた幟が風にはためいている。
「日堂真宵! ちゃんとお客様を接客するのデース」
 寸胴の中のカレーをグルグルとかき回しながら、アーサー・レイスが怒鳴った。
 懲りずに、また世界樹の軒先を借りてカレーの普及活動をしているのだ。
「さあ、あのカレー嫌いのリン・ダージ(りん・だーじ)ですら大好きになったという伝説のカレーがこれなのデース。一口食べればお肌つやつや、二口食べれば寿命がのび、三口食べれば天国に行けマース!」
 アーサー・レイスが、調子のいいことをポンポン言って人を集める。
「はーい、そこ。空いてるとこ座って。えっ、何? はぁ? 辛すぎるですって? なあに面倒な文句垂れてるのよ。お金払ってないでしょ? 無料! これ程甘いトッピングは世界にはないわよ?」
 傍若無人に、日堂真宵が客をさばいていく。
「もう、なんでみんなこんなカレーを食べになんか来るのよ。暇なんだから。こっちは忙しいったらありゃしない。せっかくこの間放送局のバイトで稼いだのに、みんなアーサーが勝手にカレーに使っちゃうし。テスタメント! テスタメントはどこ。こっち来て手伝いなさい。……くそ、逃げたわね、あの子、さっきまでは、最後尾はここの看板持ってうろうろしてたと思ったのに……」
 ぶつくさぼやきながら、日堂真宵がてきとーにカレーを運んでいった。
「まったく。今度は食中毒を起こさないでくれるでしょうね」
 無事にイベントが進んでいるのか確認に来た天城 紗理華(あまぎ・さりか)アリアス・ジェイリル(ありあす・じぇいりる)と共に会場を見渡しながら言った。
「その点なら抜かりはない。この俺が石田散薬を大量に持ってきているのだからな。さあ、お腹の調子が少しでも悪くなったと感じた者は、この薬を飲むのだ。たちどころに気分すっきり……」
 カレー会場の隣に臨時薬局を開いた土方 歳三(ひじかた・としぞう)が、自信満々で天城紗理華に答えた。
「アリアス、後で薬事法にちゃんと則っているか調べておいて」
「かしこまりました」
 違反していたら、高分子ポリマーにつつんで即廃棄だと天城紗理華がアリアス・ジェイリルに命じた。
『ぴんぽんぱんぽーん。リン・ダージ様、リン・ダージ様。いらっしゃいましたら、至急エントランス前、カレーフェスティバル会場までおいでください。リン・ダージは激辛カレーが大好きだと、よからぬ噂が流れております。このままでは、三食、カレーにされちゃいますよー。お早めの対処をお勧めします。ぴんぽんぱんぽーん』
 突然校内放送でベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)の声が流れた。
「あの子ったら、放送室で遊んで……」
 放送を聞いた日堂真宵が呆れる。
「ナイス宣伝デース。リンさんが来たら、カレーづけにしてみせマース」
 ほくそ笑んだアーサー・レイスの前で、突然寸胴に大穴が開いた。
「な、何デスカー!?」
 驚く彼の目の前で、次々に寸胴が狙撃され、開いた穴から豪快にカレーが零れていく。
「ノー!! カレーが」
 アーサー・レイスが頭をかかえてパニックを起こす。
「や、やだ、こっち来んな。しっしっ!」
 流れてくるカレーの川に、日堂真宵がいやんと飛び退った。
 
「ふっ、これでもうカレーはおしゃかでしょう」
 世界樹の枝の一つから、大きく両足を広げながら寝そべって身体を固定したリン・ダージが、大型のスナイパーライフルによる狙撃を完了した。
 
    ★    ★    ★
 
「さて、やるかな。勉強すっぜ」(V)
 頭に捻り鉢巻きを巻いたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、大きい声を出して大図書室の司書さんに怒られた。
 わざわざイルミンスール魔法学校の大図書室まで出むいてきたのには理由がある。空京大学の図書館とデータベースでは、現代医学の情報は完璧に揃っているが、データベース化されていないパラミタの書物はまるでないからだ。純粋な書籍の形では、独自の書物の多い明倫館、古代からの貴族の多いタシガンやヴァイシャリーなどがあるが、魔法関係の書籍ではイルミンスール魔法学校の蔵書がまさに桁が違う。
「パートナーロストの文献があればいいんだが……」
 静かに本のページをめくりながらラルク・クローディスはつぶやいた。
 さすがに、地下大浴場に行ったりしなければ、ゴチメイたちにも会うことはあるまい。ここでなら落ち着いて研究が……。
「あらあ、こんな所に変態さんがあ……」
 聞き知った声に、ラルク・クローディスがぎくうっとなった。
「えっ、どこかに変態がいるんですか?」
 軽く身構えてアルディミアク・ミトゥナ(あるでぃみあく・みとぅな)チャイ・セイロン(ちゃい・せいろん)に訊ねた。
「あそこですうわあ」
 チャイ・セイロンが、迷うことなくラルク・クローディスを指さした。
「ちょ、ちょっと待て。いきなり人を変態扱いは酷いだろう!」
 あわてて、ラルク・クローディスが反論する。
「ええ。ちょっと老けた真面目な学生さんに見えますけど……」
 そう言って構えを解くアルディミアク・ミトゥナに、チャイ・セイロンが何ごとか耳許でささやいた。みるみるうちに、アルディミアク・ミトゥナが真っ赤になる。
「おい、何か誤解を……」
 ラルク・クローディスが問いただそうとすると、二人はささっと書架の陰に隠れて、半分だけ顔をのぞかせてじーっとラルク・クローディスの顔を見つめた。
「あー、もういい好きにし……。おや、あんたたちだけか? ココはどうしたんだ?」
 珍しく全員揃ってないなと、ラルク・クローディスが聞いた。
「リーダーでしたらあ、お茶を飲みに行ってますわあ」
 チャイ・セイロンの答えに、また何かしでかさなければいいがと、ラルク・クローディスが心配した。
「とりあえず、脱いだり暴れたりしなさそうですから、調べ物をしましょう」
「そうでしたわあ」
 二人はやっとラルク・クローディスを開放すると、めあての書架の方へと移動していった。
「やれやれ。それにしても、何を調べに来たんだ?」
 ちょっと興味を引かれて、ラルク・クローディスは聞き耳をたてた。
「雲海の気流のコースを調べてたらしいんですがあ、何か心あたりはありますでしょうかあ」
「シニストラさんとデクステラさんは頻繁に雲海へ何かを運んでいましたけれど、私は直接関わっていませんでしたから。担当わけをして、私はサルベージに専念していたんです」
「うーん、そうすると、海賊さんたちが狙っていたマ・メール・ロアが雲海にあったのでしょうかあ。でも、それでしたらあ、蒼空学園にいた変な人たちとの繋がりが分からないですねえ」
 アルディミアク・ミトゥナの言葉を聞いて、チャイ・セイロンが考え込む。
「最近、変わったことと言えば、葦原明倫館が無人島探検に人を集めていたようですけれどお。リーダーも行きたがってましたねえ」
「さすがに、原生林を焼いたり破壊したりしましたから、しばらくは葦原島には顔を出しにくいでしょう」
 ちょっと自嘲気味にアルディミアク・ミトゥナが言う。
「なんでもお、飛空艇の遭難事故が多発したとかなんとかあ」
「どの辺の話でしょう?」
「このへんらしいですけれどお」
 アルディミアク・ミトゥナに聞かれて、チャイ・セイロンが広げた地図のおおよその場所を指でなぞった。だいたいにして、気流のデータが少し公開されただけで、雲海のほとんどの場所は真っ白な空白地帯だ。まだ、詳細なデータがあるわけではない。
「そのあたりだと、昔から空賊たちが秘密基地を作ってお宝を隠していたり、危ない物を封印したりしていたと思います。あまり近づかない方が……」
「お宝は魅力的ですねえ」
「それに、空京の周りには、彷徨える島があるはずですから、地図通りだと安心しているといきなりぶつかって遭難するということもありますよ」
「彷徨える島? ああ、七不思議にそういうのがありましたねえ」
「七不思議ですって!!」
 チャイ・セイロンたちの会話を小耳に挟んで、近くで調べ物をしていたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)たちがバタバタと近寄ってきた。
「ちょうど今、『戦慄、ゆる族の墓場』と『秘境、茨ドームの眠り姫』と『絶美、黄金葉の願い』について調べているんです。何か知りませんか?」
 ソア・ウェンボリスが、そういうことを一番知っていそうなアルディミアク・ミトゥナに訊ねた。
「さあ、そもそも、私がパラミタにいたころには学校の七不思議などというものはありませんでしたから」
 ちょっと困ったように、アルディミアク・ミトゥナが答えた。なにしろ、彼女がパラミタを離れたのは五千年前のことだ。
「そうだ、アルディミアクなら、パートナーとの絆のことも何か知ってるんじゃないのか」
 唐突に思いついて、ラルク・クローディスが訊ねた。
「それもあまり……。なにしろ、私が契約したのはココが初めてですから……」
 ちょっと困ったようにアルディミアク・ミトゥナが言った。
「ん?」
 それを聞いて、ラルク・クローディスがちょっと怪訝そうな顔になる。十二星華の中で、パートナー契約を結んでいる者は意外と少ない。だとすると、今の実力が本当の力なのか、それとも契約による力の増加を彼女たちは自覚していないのだろうか。もしも、ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)たちがパートナーを得たら、今以上の力を持つことになるのだろうか。
 そんなラルク・クローディスの思惑とは別に、ソア・ウェンボリスたちは七不思議談議に花を咲かせていた。
「ねえねえ、ゆる族の墓場だったら、ベアが知ってても当然じゃないの?」
 『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)が、いきなり核心を突くようなことを口にした。
「知らん」
 そっけなく、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が答える。
「本当でしょうね、ベア」
 ソア・ウェンボリスが念を押した。
「さあねえ、俺が死んだら分かるかもよ。いきなり姿を消すとか……」
「それは私が許しません!」
 きっぱりと、ソア・ウェンボリスが言った。
「だいたい、そういう難しいことは、ベストセラー様の方がよく知ってんじゃないのかよ」
 カウンターの上に飾られている『空中庭園』ソラの写真を指さして雪国ベアが話をごまかした。この間の読書大会で優勝したときの物だ。
「ええっと、ベア、あなたうらやましがってる?」
「わけねえだろ!」
 『空中庭園』ソラに言われて、雪国ベアは即答した。
「うーん、ベアはどこで死ぬのかしら。試しに瀕死にしてみれば……」
 『空中庭園』ソラがしらふで恐ろしいことを言うので、雪国ベアがあわててそばにいた人の陰に隠れた。
「あらあら、どうしたんですぅ。何かお困りごとですかぁ」
 突然雪国ベアにひっつかれて、メイベル・ポーターが怪訝そうに訊ねた。その手には、いつものように野球のバットがある。
 サーッと、雪国ベアの血の気が引いたが、着ぐるみの上からではまったく分からなかった。
「私たちも、『恐怖、撲殺する森』のことを調べにきたんですぅ。メイちゃんたちみたいな、生きている武器とか、武器の生き霊みたいなものって、昔からいたのですかあ」
「さあ、それは……」
 アルディミアク・ミトゥナが口籠もる。さすがに、大昔のことをすべて知っていたわけではないし、再生治療の間に実はかなりの記憶はなくしてしまっている。もう少し明確に覚えていれば、彷徨える島だろうと、ゆる族の墓場だろうと、正しい位置が分かるかもしれないのだが。とはいえ、現実にはソア・ウェンボリスたちであったとしても、何々国の何々町の位置を言えと突然聞かれたら、ちゃんと答えられるかは怪しいものだ。そんなことができるのは地理学者ぐらいのものだろう。だとすれば、文献をあたるという彼女たちの行為は、実は一番正しいということにもなる。有名人がなんでも知っていると思うのはただの幻想でしかない。
「最近は魔鎧という人たちもいるそうですから、絶対にいないとは言えませんが、少なくとも私はそういった種族に出会ったことはないと思います。あるいは覚えていませんとしか……」
「まあまあ、しかたないですよお。リンちゃんなんか、昨日のことでも忘れちゃうんですからあ」
 チャイ・セイロンが、笑いながらフォローを入れた。
「地道に調べるしかないよね。でも、それが面白いんだもん」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の言葉に、多くの者がうなずいた。
「お話に花が咲いていますが、私は小ババ様にアイスを届けに……」
「こば?」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がメイベル・ポーターに言いかけたとき、当の小ババ様が突然返事をした。
 どうやら、大図書室に遊びにきて、秋月 葵(あきづき・あおい)の見ていたティーカップ・パンダ写真集を一緒に見ていたらしい。
「じゃ、我はちょっと奧に行ってくるから」
 何やら、人が集まり始めたので、フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)はそう言って秋月葵のそばを離れた。
「一人で大丈夫なのかな?」
「何度も来ているので大丈夫です」
「へー、そうなんだ〜♪」
「なので、主は適当に時間を潰していてください」
 秋月葵にそう答えると、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』は一人きりで魔道書保管庫の方へと姿を消していった。
「まあ、小ババ様、いい所に。いつもいつもアイスクリームを他の人に食べられてしまっていたので、ずいぶんと悲しい思いをしたのですわ。これで、やっとシャンバラ山羊のミルクアイスを食べていただけます」
「こばー♪」
 フィリッパ・アヴェーヌが小ババ様用の小さなカップアイスとスプーンを差し出すと、小ババ様は喜んでそれを食べ始めた。食べながら、ニコニコと最新のティーカップパンダ写真集を見ていく。
「図書室でアイスを食べては怒られてしまいますから、大丈夫な所へ行きましょうね」
 アルディミアク・ミトゥナが、小ババ様の面倒をみるためにその場から連れて出していった。人が集まりすぎて調べ物もできないと、必要な本を借りてチャイ・セイロンもついてくる。
 カウンターそばのいつぞや読書会が開かれた喫茶コーナーで、小ババ様はティーカップパンダ写真集を楽しそうに見ながらアイスクリームを食べた。
 ふと、そんな、小ババ様の手が止まった。
 そこには、最新の謎のティーカップパンダ像の写真が挟んであった。誰かがティーカップパンダを調べたときに忘れていった物だろうか。
「それは、まさか、客寄せパンダ様では……」
 興味深そうにじーっと客寄せパンダの写真を見つめる小ババ様を見て、アルディミアク・ミトゥナが思わず叫んだ。
「あら、それなら、先日新聞に載ってましたわよお。なんでも、どこかの浮き島で発見されて、搬送途中で行方不明になったそうですわあ。噂では、ここからずっと南にできた新しい町で、それらしい物が発見されたとかされないとか」
 写真を見たチャイ・セイロンが言った。どうも、明倫館や空京大学が発した学生たちへの命令は一般に対しては正確に報道されていなかったようだ。チャイ・セイロンの中でも、断片的な情報が一つに纏められていない。
「それは、危険だと思います。たしか、女王器の失敗作クラスの強力なアイテムだと聞いていますから。記憶の曖昧な私ですら覚えているくらいです。あまりに危険だったので、雲海の無人島に封印されたと聞いています。もし、その封印が解けたのだとしたら、放っておくわけにはいきません」
「まさか、探しに行くつもりですかあ」
 こくりと、アルディミアク・ミトゥナがうなずいた。
「こばー!」
「えっ、まさかあなたも?」
「こばこばこばー」
 ちょっと驚くアルディミアク・ミトゥナに、小ババ様がすり寄っていく。これは、小ババ様にわずかに残る大ババ様の知識がそうさせているのだろうか。
「いいでしょう、一緒に行きましょう」
 放っておいたら自分一人で行きかねない様子だったので、アルディミアク・ミトゥナは小ババ様の面倒をみることにした。
「でもお、まずはリーダーにちゃんと許可をとってからにしましょうねえ。それにしても、雲海にはそんな物まで隠されていたのですかあ。彷徨える島といい、ちょっと面白そうですねえ」
 チャイ・セイロンが、悪戯っぽく目を輝かせた。何やら、雲海の島に興味を持ってしまったようだ。そういえば、前にペコ・フラワリーも七不思議の彷徨える島には興味を示していたとも聞いている。
「分かりました。でも、お姉ちゃんには、世界樹に残るように説得してください」
「どうしてですかあ」
 みんなで行けばいいのにと、チャイ・セイロンが首をかしげた。
「多分、お姉ちゃんと客寄せパンダの相性は最悪です。被害を拡大しかねませんので、絶対に会わせてはいけないと思います」
「うーん、そうでしたらあ、内緒で行っちゃった方がいいかもお。あたしが、適当にごまかしておきますわあ」
「ありがとうございます。お願いします」
 アルディミアク・ミトゥナがぺこりとチャイ・セイロンにお辞儀をした。