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学生たちの休日5

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学生たちの休日5
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    ★    ★    ★
 
「いらっしゃいませ」
 書店に入ってきた橘恭司を見て、オリオン・トライスター(おりおん・とらいすたー)が声をかけた。
「やれやれ、なんとか無事辿り着いたか。小説の新刊はと……」
 艱難辛苦を乗り越えて辿り着いた橘恭司が、目的の本を探し始めた。オリオン・トライスターは、それを目で見送った。
「わあ、こんな所に、おっきな本屋さんがあったんだー」
 少しして、立川 るる(たちかわ・るる)が同じ書店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
 再びオリオン・トライスターが声をかける。
「何かお探しでしょうか?」
 立川るるの存在を視たオリオン・トライスターが訊ねた。
「えっと、神話をいろいろと調べてみたくてえ。北欧神話に、クトゥルフ神話に、ギリシャ神話とか……」
「でしたら、こちらの棚になります。御案内いたしましょう」
 オリオン・トライスターが、奧の方の民俗学の棚へと立川るるを案内していった。
「ギリシャ神話に興味がおありですか?」
「うーん、神話としてだと一番好きかなあ。でも、ちゃんとした原典は読んだことがないんだよね。だからちょっと読んでみたくて。ほら、いろいろと星のお話があるでしょ」
「まあ、ギリシャ神話が星の物語になったわけですが」
 順番が逆だと、ちょっとオリオン・トライスターが苦笑する。ほとんどのギリシャ神話では、英雄やニンフが空に上って星になるのであって、あくまでも星が主役というわけではない。もっとも、現代では密接に両者が結びついてしまっているから、切り離して考えろと言うのは無粋な気もするが。
「ロマンチックだからいいの! 特に、オリオンさんって月の女神様と恋に落ちるんだよー、ロマンチックで素敵なんだよ!」
「それはそれは。お褒めにあずかって光栄です。小さなディアナ様」
 立川るるの言葉に、オリオン・トライスターがうやうやしく一礼した。
「どういうこと?」
「あっ、俺、オリオンだから」
 うってかわって砕けた調子で、あっけらかんとオリオン・トライスターが言った。
「うっそー。イメージがちがーう」
「今はバイト中だからな、一応、接客言葉だ。結構肩が凝るんだぜ、このしゃべり方」
 グルグルと腕を肩の所で回しながら、オリオン・トライスターが面倒くさそうに言った。
「何言ってるの。オリオンさんはもっとカッコいいんだよ」
 精錬されたギリシャ彫刻の完璧さを思って、立川るるが言った。今目の前でオリオンを名乗るこの男は、体格こそ逞しいものの、ドレッドヘアーに髯面というどうにも俗っぽい姿だ。もっとも、ちゃんと原典を読めば、オリオンは結構粗暴で猛々しい狩人ということが分かるのだが。
「だから、格好いいだろうが」
 ぐいと顔を立川るるに近づけて、オリオン・トライスターが自賛した。
「仕方ねえな。そこまで褒めてくれるんじゃ……」
「褒めてないから……」
 どういう思考回路だろうかと、立川るるが言い返した。
「だったら、褒めたくなるところを見せつけてやるぜ。本当はもっといい女がよかったんだが、パートナーになってやる。惚れるなよ」
「ちょっと、るるそんなこと一言も言ってない……」
 想定外の方向に唐突に話が進んでいくので、ついていけなくなった立川るるが目を白黒させた。
「さあ、契約の泉に行こうぜ」
 問答無用で立川るるの腕をつかむと、オリオン・トライスターが店の外にむかって歩きだす。
「お店は、いいの? お店は!」
 ずるずると引きずられていきながら立川るるが叫んだ。
「他にも店員はいるから心配すんなって。じゃ、善は急げだ!」
「誰か〜、助けてー……」
 豪快に笑うオリオン・トライスターの声に、立川るるの悲鳴はかき消されていった。
「すいませーん。レジ、誰かいませんかー?」
 そのころ、文庫本をかかえた橘恭司は、空っぽのカウンターの前で立ちすくんでいた。
 
    ★    ★    ★
 
「まだ買うのかぁ?」
 山ほどの紙バッグを持った樹月 刀真(きづき・とうま)が、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)に言った。すぐ横には、同じように荷物をたくさん持たせられた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)がいる。二人は、先日パートナーたちに奢ると言ってしまったため、それを絶賛遂行中なのであった。
「まだまだ。半分も買ってない。次、あのお店……」
 欠片も遠慮せずに、漆髪月夜が商店街にある大きな洋服店を指さした。
「わあ、いろいろな服がありますね」
 ショーウィンドウに飾られた最新モードを見て、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が顔をほころばせた。巫女をしていたころは、ほとんどおしゃれというものをしていなかったので、こういうショッピング自体が斬新でとても楽しい。
「さあ、入りましょう♪」
 エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)が、皆をうながした。
「皆様方……ほ、ほどほどにお願いします」
 言葉とは裏腹に、諦めきった如月正悟が言った。いったい、すでにいくら使ったことだろう。
「やれやれ。正悟、行きますよ」
 同じように諦めきった樹月刀真が、先にドアを開けて中へと入っていった。
「この間のコンテストで、刀真がメイド服に見とれていたから……。白花と一緒にメイド服買ってあげる。……嬉しい?」
「ああ、もちろん」
 漆髪月夜にそう答えつつ、お金を出して買うのは俺だと、樹月刀真は心の中で叫んでいた。
 そうこうしているうちに、女性陣がメイド服コーナーを物色していく。
 パラミタではメイドが特別な職業であるため、メイド服も様々な物が洋品店には揃っていた。オーソドックスなエプロンドレスの他にも、古風なビクトリアン調のロングドレスのものや、フレンチメイド風のミニドレスも数多く揃えられていた。バリエーションとしては、和服に割烹着や、アリスドレス風の華やかな色のエプロンドレスもある。
「ゴチメイたちの着ているようなのはどこかしら……」
 ずらりとならんだドレスを見比べながら、漆髪月夜たちは気に入った物を探していった。
 ゴチメイたちが着ているのは、正確にはメイド服とは言い難いところもあるのだが、広義のフレンチメイドのファッションだと言いはることはできなくもない。ゴシックロリータの流れを汲んだ、メイド風の現代ファッションといったところだ。
 典型的なゴシックロリータのココ・カンパーニュ(ここ・かんぱーにゅ)たちとくらべれば、衣替えしたアルディミアク・ミトゥナ(あるでぃみあく・みとぅな)は甘ロリファッションとなっている。
「ゴチメイさんたちと、まったく同じのはないですねえ」
「やっぱり、お手製なの……かな」
 エミリア・パージカルと漆髪月夜が、あちこちを探し回りながらちょっと残念そうに言った。
「あのときの物は返してしまいましたからねえ」
 ちょっと残念そうに、封印の巫女白花も言った。
「まあ、二人とも体型が違うからなあ」
 その様子を下から見守っていた樹月刀真がつぶやいた。うんうんと、如月正悟がうなずく。
「ちょうどいい。今なら、あの子たちには聞こえないから、一つだけよけいなおせっかいをしておくか……」
 如月正悟が、漆髪月夜の方を気にしながら、振り返らずに樹月刀真にささやきかけた。
「守りきれなかったことを責めるなとは言わない、ただ同じ風に責めてる大切な人が近くにいるなら支えてあげなよ、男だろ?」
「これでもうまく隠していたつもりなんだが、分かる奴には分かるか……。
 少し自嘲気味に、樹月刀真が苦笑した。
「サンキュー、正悟」
「ああ。お礼はおっぱい党名誉党員に所属でいいぜ」
 如月正悟の言葉を軽く聞き流しつつ、樹月刀真は嬌声をあげて服を選んでいる漆髪月夜たちを静かに見つめた。
 そのうちに、なんとか似ているパーツを寄せ集めて、ココ・カンパーニュとアルディミアク・ミトゥナに似た服を選び終える。
「試着しましょうよ」
 エミリア・パージカルが言いだして、三人は試着室へとむかった。エミリア・パージカルがすぐに着替えだしたのとは違って、漆髪月夜と封印の巫女白花は、下着もコーディネートしたいと、まだ少し店内を物色する。
 その間に着替え終わったエミリア・パージカルが、試着室から出てきた。
 以前の剣の花嫁のドレス姿のアルディミアク・ミトゥナにあわせた衣装は、エミリア・パージカルの艶やかな青の髪も相まって、よりはっきりとした印象を与える。白を基調としたドレスだが、裏地は薄菫色に淡く色がつき、前が開いたロングコートのようなスカート部分が翻る度に不思議な色合いと共に、ガーターリングをつけた太腿をチラリとチラリと垣間見せた。シャフトヘムのロングの巻きスカートを挟み込むようにしているインナーのマイクロスカートとアウターのスカートは、共に細かいレースで編まれており、対照的な黒と白で内と外を飾っていた。幸いにして、エミリア・パージカルの豊かな胸元は、ドレスにぴったりとあって、メリハリのあるラインをちゃんと描きだしていた。
 入れ替わるようにして、漆髪月夜と封印の巫女白花が、試着室へと入る。
「それにしても……なぜ、女性の買い物はこんなに長いんだ?」
 ただじっと待っている樹月刀真が、待ちくたびれたようにつぶやいた。
「刀真……」
 そのとき、脱衣所のカーテンの隙間から、漆髪月夜の手だけがひょいと飛び出しておいでおいでをした。
「やっと着替え終わったか」
 呼ばれるままに、樹月刀真が近づくと、彼の手をとった漆髪月夜がぐいと引っぱった。勢い、脱衣所の中へ樹月刀真も入ってしまう。
「刀真、この下着似合う?」
「ちょ、ちょ、ちょっと……」
 下着姿の漆髪月夜に訊ねられて、樹月刀真があわてた。
 漆髪月夜は、いつもと同じような黒いストッキングと黒のガーターベルトをつけ、その上から赤いショーツを穿いている。上は、いつものホルターネックのスポーツブラではなくストラップレスの赤いチューブブラをつけていた。
「大丈夫、これ、アンダースコート」
 ピラリと、ショーツに見えたアンダースコートについているフリル飾りを軽くめくって、漆髪月夜が言った。
「本当だ。よく見れば、フリルがたくさんついている……って、よく見させるんじゃない!」
「ん……? 水着と変わらないし……」
 赤面して突っ込む樹月刀真に、漆髪月夜があっけらかんと答えた。
「おしゃれは見えない所にも気を使え……と本に書いてあった」
「だからといって、見せパンを見せるな……いや、見せるための物だから……、だからといって……、あー、もう」
 思いっきり、樹月刀真が混乱する。
「え〜と、刀真さんこれは似合いますか?」
「あっ……ううん、白花まで……」
 レース飾りの多い白のブラジャーに、白いアンダースコート姿の封印の巫女白花にまで訊ねられて、樹月刀真はさらに混乱した。
「恥ずかしいですけど……刀真さんですし」
「恥ずかしいなら、早く服着ろ!」
 まったくどっちなんだと、樹月刀真が怒鳴った。
「どうした、刀真? もう着替えたんだろ?」
 何を遊んでいると、如月正悟が脱衣所のカーテンを勢いよく開けた。
「刀真……、おおう♪」
 下着姿の漆髪月夜と目があって、如月正悟が歓声をあげた。このシチュエーションは、二度目だろうか。
 その場の空気が、一瞬凍りついた。
「なんてことをしてるの、正悟ー!」
 状況を理解したエミリア・パージカルが叫ぶ。
「女の敵……今度こそ確実に記憶を失え! 狙い撃つ!!」
 予感のしていた漆髪月夜が、横においてあった銃を手に取った。目にも止まらぬ早業で、ゴム弾を連射する、連射する、連射する……。
「消し飛べ消し飛べ消し飛べ……」
「うぐうっ……。こんな所で……」(V)
「ご、ごめんなさいね、月夜さん。悪気はまったくないと思うのよ……悪ふざけしているだけで。もうそのへんで勘弁してあげて。後は、正悟のお財布がなんとかしてくれるわー」
 際限なく如月正悟の額に0距離でゴム弾を撃ち込む漆髪月夜にさすがにエミリア・パージカルが止めに入った。
 その後、如月正悟のお財布の行方は杳としてしれない……。